第3話 不安

 太平さんは怖がる私の気を紛らわすためなのか、もしかしたら親戚の子供でも遊びに来ている人が居るのかもと言った。 そうして、あまり気にしないでと言って、二人は別れた。


「そういえば、子供の声だけで姿見たことないかも・・・」


 自分の言葉にゾッとして、マンションから逃げるように走り出した。 近くのコンビニで、適当にお昼を買うと探検気分で散歩をする。

 暫く行くと、公園があったのでそこのベンチに座ってサンドイッチを頬張った。


「あー・・もぅ、不気味な話聞いちゃったよ!」


 基本的に、怖い話は夏の風物詩だからTVや雑誌でよく見たりする。 でもそれは、自分に降りかからない災難の類だからだ。実際そんな怪奇現象になんて、誰だってあいたくないだろう。

 気を使って大平さんは「気にしないで」と言っていたが、目が笑ってなかった。

 本当にあのエレベーターの中で、怖がっていた。


「帰り、階段決定!」


 6階まで上るのかと思うと憂鬱だが、怖い思いをするよりはマシだ。

 外が暗くなる前に帰れば、階段で怖い思いをする事もないだろう。

「誰かいたら、一緒にエレベーターに乗ろう」


 そうしようと一人頷くと、残りの紙パックのジュースを一気に飲み干した。



******



 近くに図書館を見つけて、ほんの少し涼んで行くつもりが、面白い本を発見して読んでいたらすっかり夕方になっていた。 民間の企業が入っているらしく、夜の8時半まで開館しているらしい。 以前住んでいた所は、田舎も良いところだったので、都会は便利だとのんきに帰りを急ぐ。

 まだ6時なので、外は明るいオレンジ色の夕日が出始めたところだ。

 もう母親も帰って来てるだろうと、マンションのエレベーターのボタンを押す。

 ポーンと軽い音がして、4階で止まる表示を見て背筋に冷たいものが伝った。


「忘れてた・・・」


 歩きつかれて楽をしようと無意識にエレベーターを使おうとしていた自分に、馬鹿と心の中で罵る。


「うわぁ・・・次もまた2階で止まってるし」


 普段なら、故障でもしているのかと思うのだが、あんな話を聞いた後だ気味が悪い。 一歩後ろに下がると、ダッシュで階段目指して走る。

 得体の知れない恐怖が、足下からジワジワと迫る感覚に寒気がする。

 エレベーターはもう、怖くて使えそうになかった。



******



 何とか6階まで上り終えると、ぐったりと自分の部屋までやってきた。

 鍵を差して開けると、ドアノブを回す。


「ただいまぁ・・・」


 玄関は暗く、部屋の中も夕日ででうっすらと茜色に染まっている。


「お母さん?」


 声をあげるが、まだ帰っていないようだ。いつもなら、5時半には帰っている筈なのにと靴を脱いで台所を覗いた。

 仕方がないと冷蔵庫からミネラルフォーターを取り出して、コップに注ぐ。


「今日は居て欲しかったかも」


 怖い思いをしたせいで、誰でも良いから傍に居て欲しかったのに、目当ての母が居なくてガッカリした。

 ミネラルフォーターを飲もうとコップに口をつけた瞬間、タイミングよく電話が鳴り、驚いてむせてしまった。


「ちょっゲホッゴホ、普通に驚くし!」


 苛立ちのまま受話器を引っつかむと、誰だよと思いながら「はい」と応対した。


『あ、お母さんだけど』

「何、どうかした?」


 相手が母だと分かり、ホッとした。だが次に言われた言葉に、思わず大声を上げそうになった。


『お母さん今日は帰り遅くなるのよ~』

「はぃ?何で、どうして?」

『ちょっとパート先の人とお話しててね、今喫茶店にいるの』

「・・・で?」

『だから晩御飯、自分で作ってくれる?』

「いや、絶対いや!お願いだから帰ってきてよ!」


 お願いも空しく暢気な声で「宜しくね」と言って電話を切った母に、受話器に向かって恨めしそうな視線を送った。


「ありえない、今日に限って」


 これは一体何のイジメなんだと、がっくり肩を落とした。


 あの様子だと、母が帰ってくるのは遅くなるだろう。 きっと父と合流して、買い物でもして帰ってくるつもりだ。

 未だにラブラブなのは結構だが、家で待つ娘の事も考えろと言いたい。


「お母さんもお父さんも、薄情者だ!」


 冷蔵庫を開けると、野菜や肉を出して適当に切るとやけくそで炒め物にしてやった。

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