第2話 予感
「ただ今~、お母さん疲れちゃったぁ」
夕方になって、パートから帰って来た母の声が部屋に響く。
リビングのソファーの上で、TVを見ながら転寝をしていたから、電気を急に点けられて眩しくて顔を顰めた。
「あんた、電気も点けずに何してるのよ?」
「お帰り・・・暇だったから寝てたの」
母に文句を言うと、暇ならダンボール箱の片付けをしててくれたら良いのにと言われ、暑くてそんなものする気がおきないとげんなりしながら抗議をした。
「そうそう、今日ねぇお隣に住んでいる方に会ったのよ」
「へぇ~、それで?」
母の話に興味はなかったが、一応返事は返す。
「それがね、明後日にこのマンション引越してしまうんですって」
せっかく仲良く出来そうな人だったのにと、本当に残念そうに言う母に、だからどうしたと溜息を吐いた。
「それにしても、このマンション入居者の人が少ないのよね・・・」
「ふ~ん、そうなの?」
「そうなの」
マンションが建ってから、それほど長い年月が過ぎているようにも見えない。引越しの時感じたのは、内装も外装も綺麗だと言う事くらいだ。
入居者数など、全然分からないから、母の言う少なさなど感じない。
「子供も少ないみたいだし」
「ふ~ん、そうなんだ・・・」
話題自体にあまり興味がないものだから、さっきとかわりばえのしない返事で返した。 その事に母はいつもの事だと気にしていないのか、夕飯の準備を始めるまで休憩がてら二人でずっと話していた。
******
両親が共働きと言うのは、結構面白くない。
夏休みだと言うのに、どこにも遊びに連れて行ってもらえないからだ。
別に自分一人でどこかに行っても良いが、あまり遠くへ行くのは懸命じゃない。
お金だってないのだから、行ける所に限界がある。
友達と行くのであれば楽しいだろうが、一人で買い物など何だか暇人だ・・・。
「あっまただ」
マンションの上の階の部屋からだろうか、子供の笑い声と走る音がする。
何となく時計を見れば、昼過ぎくらい。
昨日も同じ時刻くらいに、子供の声がしていた。
夏の暑さから自分でお昼ごはんを作る気力もなくて、コンビニで弁当か何かを買って来ようと、財布を片手に外出した。
「こんにちは」
「こっこんにちは・・・」
廊下でエレベーターが来るのを待っていると、人の良さそうな女の人に声をかけられた。
少しだけ疲れたような表情をしていて、顔色が少し悪いのが気になった。
手には財布を持っているから、この人も買い物をしに行くのだろう。
「あなた、お隣の部屋に引越されてきた娘さんでしょう?」
「えーと・・・あの、お隣の方ですか?」
質問を質問で返してしまったが、気にした様子もなく人当たりの良さそうな微笑を浮かべて「そうですよ」と教えてくれた。
「今日は熱いですねぇ」
「そうですね、クーラーがないから死にそうでした」
「まぁ、それは大変ね。窓を開けてもあまり風がないから扇風機も意味ないでしょう?」
クーラーがない事を愚痴ると、同意をしてくれるこの女性にちょっと高感度があがった。
見た目も優しそうで、おっとりした感じだ。ちょっとだけ疲れているように見えるのは、きっとこの暑さで夏バテか仕事で疲れているかだろう。
どうやら右隣の部屋に住む「大平」さんという人らしい。 大平さんと他愛ないお喋りをしているうちに、軽い電子音と共にエレベーターが来たので二人して乗り込んだ。
「このエレベーター好きじゃないのよねぇ」
「え、どうしてですか?」
少し不安げに呟かれた言葉に、どうしてだろうと首を傾げる。 それにたいして大平は苦笑を浮かべて、「なんとなく」と言ったきり黙り込んでしまった。
ポーンと音がして、誰も居ない階で止まったエレベーターに眉をしかめる。
自分が住む階は、6階で、今止まった階は4階だ。
誰も居ない事を確認すると、一緒に乗っていた大平さんが「閉める」ボタンを押してまた動き出す。
「まただわ」
嫌そうに顔を顰めて呟かれた言葉に、たびたびあるのかと聞くと彼女は気味悪そうにエレベーターのドアを眺めながら頷いた。
また次に誰も居ない2階でエレベーターが止まって、二人して苦笑を浮かべた。太平さんは明らかに、顔を強張らせていた。
「子供の悪戯でしょうか・・・」
「えっ子供?」
太平さんが私の言葉に、不思議そうに数度瞬きを繰り返す。
「えっと、何かよく子供の走る足音とか笑い声がしてるので、悪戯かなって」
「そう、それって、上の階から聞こえてくるのかしら?」
「たぶん、私たちの上の部屋に住んでいる人か、下の階の人だと思うんですけど・・・・」
暫く私の説明を聞いていた太平さんは、視線を彷徨わせて言葉を選ぶように口を開いた。 丁度エレベーターが一階に着いて、二人して降りる。
「あのね、子供の声と足音がもし部屋の上か下から聞こえてるんだったら、可笑しいわ」
「可笑しい?」
意味が分からなくて、じっと次の言葉を待つ。
「ここのマンションなんだけど、結構人が出て行ってしまっていて、この棟の7階と5階は子供がいる家族は居ないのよ」
「え~と、つまり」
「子供はいないって事かしら」
困ったようにそう言った大平さんの言葉に、背筋に嫌な悪寒が走った。
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