第4話

 最初のチャイムが響いてからしばらくして、家庭科室のドアががらりと鳴る。

 目を奪ったのは赤、青、白の華やかさ。ユニオンジャックの色彩を生まれ持った少女など、この学校には彼女をおいてほかにいない。

「待たせてしまったようね」

「ううん、それはわたしのほうだよ」

「そう」ルビアは歩み寄る。「ならその分、期待してもいいのかしら?」

「もっちろん」

「紅茶はないのね」

「さすがにそういうのは置いてなかったみたいで……」

「ふふ、気にしないで?」

 ルビアは小首をかしげてほほえんだ。こんなしぐさで見つめられれば、人間誰しもよからぬ情念をかき立てられるに決まっている。

 わたしの隣に用意しておいた特等席に、制服のスカートを整えながらルビアが腰を下ろす。視線の先には、数枚のジンジャーブレッドが入れられた小皿が見えているだろう。

 ルビアの好みに合っているかはわからない。ただ、彼女に喜んでほしいという気持ちだけはしっかり詰め込んである。ここまでやった以上、今のわたしにできるのは拒絶されないよう祈ることだけだ。

「……見た目はどう? 変じゃない?」

 わずかに抑えきれなかった不安を声にする。しかしルビアは返事どころか、見向きもしない。

 ほどなく彼女は調理台の小皿からジンジャーブレッド一枚を取り、ためらいなく口に含んだ。

 焼き菓子をかじる小気味よい音だけが耳を打つ。

 顔色ひとつ変えないまま、食べかけのそれにもう一度、口づけをする。

 いつまでもじれさせるようなぎんの果て。緊張の極致に達していたわたしに告げられたのは、たった一言の「おいしい」だった。

「よくできているわ」

「ほんと!?」

最高の仕上がりではないかしら」

「え? それってどういう――っ!?」

 わたしの言葉が異国情調の香ばしさによってさえぎられる。

 食べかけの食べかけ。ひとくちにも満たないそれを舌先に運んだ薄紅の指先は、興奮に震えるくちびるをなめずるように結び、なお愛撫する。

 ひとしきりもてあそんで満たされたのか、ルビアはあっさりと指を離し、食べかすでも見つけたかのように自分の唇へと重ねた。

「おいしい?」

 とろけた頭を上下させる。

「そうでしょうね。ワタシ、嘘なんてつかないもの」

 しかしルビアは「けれど」と言葉を継ぐ。

「今度はふたりで作りましょう。本場わたしの味はもっとおいしいのよ?」

「もっと楽しませてほしい」と言わんばかりのまなざしに、抗うすべなど見いだせない。わたしは迷いなく、盲目的にうなずいてみせた。

 ふたりで作る。そうやって彼女に求められるなら、どれだけほだされてもいい。なすがままにさせている限り、いつまでだって慈しんでもらえるから。

 ――いけないわたし。

 そんな関係に「絆」なんてないのに。

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エスによろしく 水白 建人 @misirowo

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