第37話 無から有への創造

「うっ……ま、眩しい……」


 その刹那、目も開けていられないほど空が眩しく光だした。

 そして世界中から音が消え、無音となる。


「どう……なったんだ? ジズさん……もきゅ子? あっ……さっきまであったはずの隕石まで消えてやがる? 一体どうなってんだ……」


 見れば空には先程まで落ちてきていたはずの巨大な隕石がどこにも見られず、また隕石に向かい飛んでいた影達も見えなくなっていた。


「助かった……のか?」


 隕石の軌道がズレたのか、はたまた地球の摩擦熱で砕け散り消失してしまったのかまでは定かではなかったのが、何故だか不思議と「助かった……」そう思えてしまった。


『どうやらあの恐怖の大魔王と呼ばれる巨大な隕石は奇跡的にも地球軌道スレスレを通り過ぎ、最悪の事態は回避できたようです。これはまさに奇跡的確率と言え、アメリカの機関である……』


 テレビからは隕石が地球の真横を通り過ぎたのだと解説していた。

 けれども先程までは地球の真正面に隕石はあったのだ。それが真横を通り過ぎるだなんてことが現実としてありえることなのだろうか?


 テレビの情報が嘘を言っている風でもなく、各チャンネルは挙って「隕石とのニアミスだの、奇跡だの」などと耳心地の良い言葉を並べ立て、先程まで向かい飛んでいた影について語っている者は誰も居なかった。


「地球が助かったのはいいけど、ジズさんともきゅ子はどうなっちまったんだよ? ええ、おいっ!!」


 地球を救ったであろう影について一切語られず、俺は憤りからテレビを拳で殴ってしまう。

 そんなことをしても意味のないことだと知ってはいた。けれども何かこの得も言えぬ怒りや悲しみを物にぶつけなければ、とてもじゃないが自分の感情を抑え切れなかった。


「何でジズさんともきゅ子が犠牲に……勇者が魔王を倒すんじゃなかったのかよ?」

「……勇者とは勇ましい者と書きますからね」

「えっ? ……っ!?!? シズネさんっ!? あ、あああ、アンタなんでここに!?」


 ぼそりと呟いた言葉に何故か隣から返答があった。

 その声の主は俺が知るあのメイドさんことシズネさんその人である。


「そもそもあの世界はなんだったんだよ? それにそれにジズさんともきゅ子が犠牲になっちまって……」


 俺は事情を知るであろう彼女へ詰め寄った。


「あの世界は……世界滅亡のその瞬間、人々が救いを求めて構築された言わば創造上におけるifもしもの異世界だったのです」

「創造上における……ifの異世界?」

「はい」


 シズネさんはどこか寂しげな顔をしながらも、ただ淡々と言葉を口にしていった。


 人々の悲観、希望、そして救いを求める心により、あの世界が作られ、永遠にそのときを刻むはずだったのだという。

 けれどもそれは地獄とも思えるほどただループ世界の繰り返しにすぎず、現実世界に迫る危機に対しては何の解決策にはならなかった。


 だがそれも何百回……下手をすれば何千何万と繰り返したことにより、現実世界へと影響するほどの力を持つようになったのだと言う。


「創造の世界が現実に影響するだってぇ~っ? そんな馬鹿な話あるわけ……」

「先程それをユウキさん自身もその目で目撃したはずですよ……奇跡と言う名の出来事を……」

「…………」


 確かにシズネさんの言うとおりだった。

 今にもあの隕石が衝突して地球が滅亡するかしないかというまさにそのとき、あの世界で出会ったはずのジズさんともきゅ子が現れ救ってくれたのだ。


 シズネさんの言葉を借りるなら、これは創造上の登場人物達が現実世界へと影響を及ぼしたと言えよう。

 それこそ地球の危機を回避できてしまったほどに……。


「人の想いは力であり、それはこれまで形無きものでした。ですが時にそれは具現化し、現実へとなり得る実体を持つことがある……」

「形無きものが……具現化……実体……」


 それはまさに『無から有へ』という創造を指し示していた。


「ふふっ。まだ信じられませんか? ま、唯物論を胸に抱く者ならば、到底信じられなくとも不思議ではありません。ですが、これは事実であり現実世界なのです」


 唯物論――それは神や仏というものは存在せずに、人が創造して作り上げた無成るものにすぎない。そして自分の目に映る存在する物だけ(現実に形を成すものだけ)を信じるという概念思想である。


「……それで俺の目の前に居るシズネさんは現実に存在しているっていうつもりなのかよ?」

「あら、お疑いなのですね。何なら触って確かめてくださいな♪ ほら♪」

「あっ……さ、触れる」

「はい♪ あっ、あんまり触らないでもらえますかね? セクハラで賠償金請求しちゃいますよ♪」


 まだ自分の存在が疑われているとシズネさんは俺の右手を取ると、自らの腕を触らせた。

 手に触れられるということは、確かにそこに実体が在るということだ。


「じゃあ……シズネさんは何者なんだ? あの世界で言っていたように女神様なのか? それとも……」

「私が何者か……ですか。ふふふっ。私は貴方が知るシズネであり、それ以上でも以下でもありません」


 上手い具合にはぐらかされてしまったようだが、それでもシズネさんが現実に存在するというのはもはや疑う余地もない。


「あっじゃ、じゃあアマネやあの女神様だかも……いいや、それよりもっ! ジズさんともきゅ子は……」

「ああ、それですか。それならほらアチラに♪」


 そう言うとシズネさんは俺の後ろを指差すとそこにはあの女神様や先程隕石にぶつかったはずの影、ジズさんともきゅ子が居た。


「あらあら、この世界でも私はスライムじゃなくて、この姿のままなのなのね~♪ なんだかちょっくらこの世界も破壊したくなってキマシタワー」

「なんや、もうなんもかんもが窮屈であきまへんわ! あっ……すんまへん」

「もきゅもきゅ♪」

「………………というか、どうするのコレ?」


 しかもどうやら3人(?)は俺ん家の外に佇み、ジズさんに至ってはその大きな巨体で、今まさにお隣さん家の壁を破壊している。

 下手をしなくても警察沙汰になるか、もしくは隣人が怒鳴り込んで来るのは時間の問題だろう。


 ジズさんともきゅ子が生きておりオマケとして女神様が居たというのは、あの世界で過ごしてきた俺としては何とも嬉しいことに間違いなかった。


 けれども今度は現実の摂理というか、日本の法律というか、それを重視しなくてはならず、当然それに纏わるトラブルが数分後、確実に起きることは言うまでもない。


 そもそもドラゴン2体と女神様、それに魔法使いの格好をした連中が居るのをどう誤魔化すべきなのだろうか?

 自称女神様に関しては、世界を滅ぼそうとしていやがる腐女子に成り下がっている。


「ま、ユウキさんの家もほどほど小さいですが、まぁここで我慢してやるとしますかね。よっこいしょっと。ふぅーっ」

「……なに自分の家のように寛いでいやがるんだよ、シズネさん。しかも靴履いたまま、俺のベッドに寝るんじゃねぇよ」


 ベッドで横になるシズネさんへそんな苦言を呈し、


「そういえばコッチの世界にはBLっていうのがあるらしいわね? いや~ん、薄い本探しに今から即売会に行こうかしら♪」

「女神様も女神様でキャラ付け崩壊しているうえに、何古めかしくも即売会なんて言葉使っているんだよ……旧世代の腐女子なのかよ」


 クッソ腐女子に成り下がってしまった女神様の年齢をディスり、


「ワテ、こっちでも家なしなんでっかいな?」

「……後で屋根、作ってやるからな」


 宿無しのジズさんに簡易的な日曜大工することを約束し、


「もきゅもきゅ♪」

「もきゅ子だけが俺の癒しだぜ~」


 可愛いもきゅ子の頭を撫でて、俺は現実から目を背ける為の癒しを得ていた。

 だがしかし……である。いつの世も現実というものは非情なものである。


「なんじゃこりゃっ!? コラーッ、お前達かっ! ウチの壁を破壊しているのはっ!!」

「あっ……」


 そう、この世はすべて不思議に満ち溢れており、いつ何時それに巻き込まれるか誰にも分からない。

 それでも俺達はおしまい、おしまい……っと、最後に口にして物語をハッピーエンドで終えることができるだろう。


 人がそれを諦めず、望む限りは……。

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