【最終章 おしまし、おしまい……で、終わる物語】

第35話 現実オチ

「んんっ? うわ眩しいっ。なんだよもう~、せっかく良いところだったのに……って、アレ?」


 気がつくとそこは俺がいつも寝ていたベッドだった。

 閉まりきっていないカーテンの隙間から光が差し込み、ちょうどベッドで寝ていた俺の目元をソドムとゴモラのように焼き尽くすことで、まるで隣に住む幼馴染ヒロインのように強制的にも起こしてくれたようだ。


「元の世界に戻ってこれた……のか?」


 そこでようやく俺はすべてを思い出した。

 確かレトロゲームをしているその最中、疲れ果て寝オチしてしまっていたみたいだ。


 よく見れば右手の手元には零れ落ちたスマホが投げ出されている。

 そこには『ゲームクリア』などと、文字表示されたままの画面が点滅していた。


「ゲームクリア……?」


 まだゲームの途中だったことまではちゃんと覚えていたのだが、いつの間にかクリアしてしまったらしい。

 全然その過程を覚えていないため、最後どうなったのかすら結末すらも知らない。


「あっはははっ。も、もしかして今まで全部が全部、夢オチ……なんっすか?」


 ご都合主義のゲーム世界に転移だか転生してしまって、右往左往してどうにかこうにか女神様を倒してクリアしたにも関わらず、それが全部俺の夢……妄想だったというあまりにもお粗末過ぎる結末。


「…………マジかよ」


 一体どうやってあんな個性的且つ印象深すぎるキャラクターを構築して、あんな世界観を作り上げることができたのであろう?

 もう一度再現しろと言っても、とても不可能である。それに何より今こうして覚えているもの、それは……。


「アマネ、もきゅ子、ジズさん…………そしてシズネさん」


 旅をした仲間達のことだけである。

 途中途中の旅の詳細については思い出せないのが、彼女達と旅をして面白おかしく時間を過ごせていたのだけはよく覚えていた。


 きっとそれだけが俺と彼女達、そしてあの世界とを結びつけることができる記憶なのかもしれない。


「なぁ~んだ、結局妄想の類の話だったのかよ……つまんね」


 それらすべてが自分の頭の中で作られた言わば創作物語だと気づいてしまえば、醒めたものである。


「夢から醒めた夢……か」


 そう呟いてしまう。


 今考えれば、あの世界はあまりにもご都合主義の物語とともに、手抜き設定だと言わざるを得なかった。

 それでも終わってしまえば、どこか寂しく、この現実世界というものがあまりにもつまらない存在であるのだと自覚してしまう。


「あ~あ~、夢の世界っつうか、俺が作った世界だったら、もっと適当に自由に色々遊べば良かったなぁ~。せっかくヒロイン達が可愛かったんだから、もっと色々なことできただろうに……それこそ、恋愛とかキスとかその先だって思うがまま……き…す?」


 今更ながらに自分の欲望の捌け口として、行動すれば良かったなどと思ってしまう。

 けれどもそこで違和感を覚えた。


「俺……キス……しちゃったんだよな……シズネさんと」


 些か寝起きということもあってなのか、接続詞がアヤフヤになっているが俺は最後にシズネさんとキスをした。実際には彼女からされたので、キスをされたが正しいのだろうが、どうせ夢や妄想なのだからこの際細かいことはどうでもいい。


「ファーストキス……ふふふふっ」


 物心ついてから初めてしたキスであった。そう考えると例えあれが夢の中だったとしても、最後に美少女とキスをしたことだけは嬉しくて思わずニヤやけてしまう。


「シズネさん……」


 あまりにもワガママで自分勝手な振る舞いの彼女のことをつい考え、その名を呼んでしまった。


 結局あの世界が誰が何の目的で作ったのかまでは、知ることが出来なかった。

 けれども感想を一言で言い表すならば、楽しかった……その一言に尽きることだろう。


「あっ……そ、そういえば今気づいちまったけれども一体何時だよ? 確か日曜日の夜から徹夜してソシャゲしてたんだから……もしかしなくても月曜日? ……っ!? ま、マズイっ!?」


 学生という自由気ままを卒業してから、もう早10年の月日が瞬く間に経っていた。

 既に俺は近場の小さな会社に勤め、毎日嫌な仕事を夜遅くまでサービス残業という現代版奴隷制度に縛られ強制労働を強いられている。


 結局のところ、ゲームや小説ラノベのようなご都合主義な~んてものは存在せず、それに俺は主人公ってガラでもなかった。

 現実世界は創作された物語なんてものよりもよっぽど退屈であり、命の危機こそ日常的ではないものの、何の刺激もなくただただ苦痛な日々に耐え忍ぶ……そんな毎日だけしか約束されていない。


 それでもいつの日か、どこぞの作品から飛び出してきたヒロインが俺のことをそんな世界へといざないこの退屈すぎる日常から非日常の世界へと救ってくれるはずだと信じずにはいられなかった。

 ――いや、本当はそんなものが無いと知りながらも、心の片隅で諦め切れていないだけである。そう思わなければ心が病み食い尽くされ、正気を維持することが困難なのだ。


「10時……よ、夜の10時とかじゃないよね~。あっははは……はっ」


 急いでスマホに表示されている時刻に目を向けてみれば、そこには10:23などと既に遅刻を表す文字が浮かび上がっている。

 

「……今からじゃ完全に遅刻なうえ、無断欠勤になっちまってるよなぁ。あーあっ、今月の皆勤賞とかもパアかよ……。ははっ、あまりにも世の中ってぇ~やつは世知辛すぎるだろ……」


 1日休むまたは1分でも遅刻しただけで、毎月貰える給料が万札単位で減らされてしまうのだ。

 こんな制度はあまりにも不条理且つ何の救いもない。まるで中世の奴隷制度に苛まれ、日々をどうにか生きながらえているだけにすぎないのかもしれない。


「はあぁ~~っ。もうど~でもいいや。どうせあれだろ、佐々木のヤツがグダグダ愚痴言って、それでも許されなくて給料減らされるってんだろ? やってらんねーよ……ほんと」


 直近の上司の悪口を口にすることで、どうにか俺はやり場のない怒りをそちらへと向ける。

 今の社会は自分の不始末を他人へと転嫁しなければ、自我や正気を保つことは困難なのだ。もう俺は30も近い歳となり、そんな嫌過ぎる処世術を身に着けていたのだ。


「あぁ~っ、今からでも終末世界にでもならねぇかなぁ~。そうしたら会社なんて行かなくて済むし、嫌な上司に説教されることもなくなるってのに……」


 俺は不貞寝する形でベッドに仰向けになり、現実世界への嫌気からどこか悲観的なことばかりを口にしてしまう。

 目を瞑り、夢の世界へ行ければ俺はどんなこともどんなヒロイン達とも幸せな時間を過ごすことができる。


 言っちまえば夢の中だけが誰もが自由であり、現代人における最後のセーフティーラインなのかもしれない。

 もしそれが無くなってしまえば夢も希望も無くなり、人々何にも希望を見出せず悲観から今ニュースで報じられているような様々事件や事故を起こし得ることだろう。


 今の社会全体の構造自体がその因子を含み、それが歪みとなって現れている。

 問題はそれがいつ如何なる時、爆発してしまうか、ただそれだけなのだ。


「うっ。眩しいっ! ああ、もうっ! 一体なんだよ、さっきからっ!!」


 色々考えてながら目を閉じているとカーテンの隙間から太陽の光が差し込み、今日だけはやたらと自らの存在を主張していたのだ。

 そして俺は怒りを込めてカーテンを閉めるどころか、むしろ反対に勢いよくカーテンを全開に開け放った。


「これでどう……だ? …………なにこれ? 外、変に明るすぎないか?」


 見れば外はまるで街全体が直射日光に晒されているかのように、目を開けていられないほど眩しかったのだ。


 ブブブッ、ブブブッ。

 突如としてスマホが激しく震えた。


「な、なんだ、地震か? 今から巨大地震でも来るのかよ?」


 スマホには巨大地震を観測地で観測した際、自動的に各キャリアからメールを一斉送信してアラームを含むバイブレーションが鳴るように設定されている。

 そしてベッド上に投げ出されているスマホを手にすると、画面にはこんな文字が表示されていた。


『魔王が空からやって来る』――っと。


「はっ? ま、魔王……空からやって……来るぅ???」


 一瞬何を言われているのか、まったく理解不能な文言だった。

 ここで地震速報とかの文字ならまだ理解できたことだろう。けれども『魔王』とかいう、日常生活で一度たりとも見慣れぬ文字が躍り出ていれば、誰でも戸惑うに決まっていた。


「あ、あ、あ、……あああああああああ」


 そして俺はふと何気なくも、開け放っている窓から明るすぎる空を見上げてしまった。

 そこには空を覆いつくさんばかりに何か巨大な物が映し出されていた。


「ゴクリッ……あ、アレって隕石……なのか? それも巨大な……いや、巨大すぎるほどの……」


 そうそれはゴツゴツしたまるで巨大な石のようでもあり、一般的に隕石と呼ばれる落下物である。

 その大きさは左隣に薄く見える月なんかよりも、そして空中央のある隕石を後ろから光で照らしている太陽などよりも遥かに大きかったのだ。

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