第34話 物語の終焉

「はぁっ! はぁっ! はぁぁぁぁぁ……いやぁっ!!」

「ふっ、ふっ……ふふふふっ♪」


 まるで初めからアマネの剣筋を見切っているかのように、剣は空を切っていた。


「ぜぇぜぇぜぇ」

「あら、もうおしまいなのですか?」


 アマネの体力が底をついてしまったのか、息を切らせ立ち止まっている。

 まさに攻撃のチャンスなはずなのに、何故か女神様はアマネのことを攻撃することはなく不敵な笑みを浮かべているだけだった。


「やはり聖剣と言えども扱う者は選ぶのですね」

「っ」

「アマネっ!?」


 カランカラン……掴んでいる右手に力が入らなくなってしまったのか、アマネの手から剣が零れ落ちると無造作に地面へ投げ出されてしまった。


「あっ……」

「おっと」

「おわっ!?」

「あらあら、すみません。お怪我はありませんでしたか?」


 アマネが剣へと手を伸ばそうとしたその瞬間、女神様が無作法にも足先だけで邪魔して、俺の方へと蹴り飛ばしてきた。

 それはまるで意図してそうしたかのようでもあった。何故なら女神様は早くその剣を手にしろ……と、言いたげに視線を送ってきていたのだ。


「キミ! その剣を……早くその剣を拾ってくれっ!!」

「……っ」


 アマネにまで促され、俺はそっと右手で聖剣を持ってみることにした。

 右手にはずっしりと重みを感じたが、不思議と手に馴染んでいる感触があった。


「(ぼそりっ)これでようやく……」

「えっ?」


 そのとき、女神様がぼそりと何か聞き取れないほどの声量でそう呟いた。


「んっ? なんじゃここは? おろろろろ~? ようやくわらわの出番なのかぇ?」

「えっ!? け、剣が……喋ったあぁぁぁぁっ!?」


 どこからともなく声が聞こえたかと思っていると、その声の主はなんと俺が右手に持っていた聖剣であった。

 剣が人間の言葉を口にする……ある意味で、剣の擬人化っぽくもあるのだがあくまでも姿形はそのままである。


「どうしたのかぇ主様?」

「ぬし……さま?」

「そうなのじゃ。お主は妾の本当の所有者なのじゃよ」

「ほんとうの……しょゆうしゃ?」

(お、俺がこの剣の所有者……なのか? 勇者のアマネじゃなくて? いや、でもそれだと俺は……俺は……) 


 いきなり主様とか本当の所有者とか言われてしまい、俺は混乱してしまった。


「おや、何も覚えていないのかぇ? 妾の名前はサタナキア……かの有名な魔道書【グリモワール】に記載されし魔神の一人なのじゃ。今はこのように聖剣フラガラッハに封印されてはおるがのぉ」

「は、はぁ。そう……なんですか?」

「なんじゃそのように気の抜けた返事は? 妾だけが唯一何者にも縛られず、そして何者をも切り裂く存在なのじゃぞ。それは目の前に居る女神じゃろうとも同じことなのじゃ。妾こそ、アヤツを倒せる唯一の武器なのじゃ!」


 いきなりそんな説明染みたセリフで捲くし立てられ、俺はイマイチ要領を得なかった。

 どうやら喋っているのは剣ではなく、その中に封印されているサタナキアと呼ばれる魔神らしい。


 魔神……それは魔界の神とも呼ばれ、女神とは相対する存在。

 けれども本来正義を司るべき女神が悪へと染まり、魔神はそれを討伐できる剣の刃となっているらしい。


「唯一私のことを“殺せる存在”である聖剣フラガラッハとサタナキア……これでようやく役者は揃いましたね」


 まるでそのときを待っていたかのように女神様はそんなことを口にしている。

 それは何故か自らの死を望むかのようで俺には変な違和感を覚えてしまう。


(女神様も本当はこの世界の崩壊を望んでいないんじゃないのか? それで自分を止められる存在だとかって剣をこの俺に寄越した……のか?)


 もしくは他に何か理由があるのかもしれない。

 でなければ、こんな大掛かりなことをする理由はないはずである。


「さぁその剣を振るい、その刃で私を斬り、世界を救いなさい……」

「ごくりっ」


 そう言いながら女神様は自然と俺の方へと、一歩……また一歩と歩み進んでくる。


 これが本当に正解なのか、今の俺には判断はつかなかった。

 それでも今この現状を打破できるのは、それしかない……そう思い、俺も女神様の方へ歩みだす。


「……怖いですか?」

「……ああ、人を……アンタは女神様らしいが、斬るなんてのは初めてなものでね」

「そうですか……私も怖いです」


 会話が噛み合っているようで、どこか噛み合っていない。


「んっ……あぁぁぁぁぁぁぁ」

「あっ」


 少し考え事をして目を離したその隙に女神様は俺が持っていた聖剣の刃を自ら掴み取り、自分の胸元へと押し当てていた。

 けれども不思議と血の類は出ておらず、ただただ剣先が彼女の体へと埋まる……ただそれだけだった。


「こ、れは……光……?」


 そして血の代わりに剣で女神様の体を貫いた隙間から光が溢れ出していた。


「これが……希望の光……そして世界を救い……貴方を元居た世界へと導く光……なのです」

「希望の光……世界を救う……俺が元居た世界へ導く光……」


 もう最後なのか、女神様は途切れ途切れにそう言葉を呟き、俺に聞かせてくれた。

 それはまるで迷子の子供を導くかのように優しい微笑みとともに、俺の顔へと手を添え優しく撫でてくれた。


 自らの死を悟り、それでも優しい微笑む彼女が何故か懐かしい存在に思えてしまう。


 そうして女神様の体から溢れ出る光がこの世界を覆いつくそうとする。

 最初からそうであったかのようにすべてが光だけの世界へなろうとしている。


「あっ……シズネさん」

「……これでさよならです。ユウキさん……んっ」


 そんな中、シズネさんが俺の近くへと寄り添い、そして最後に別れの言葉を口にする。

 何か言おうとしたが直後に唇をふさがれてしまい、少し間を置いてからキスをされたのだと気づいた。


 ……………………そこで俺は意識を失ってしまった。

 ただ唇に残る彼女の温もりと甘い香りだけを胸に抱いたまま……。

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