第31話 はじまりのはじまり

「と、とりあえずここからなら街を見渡せるし、奴らからは私達の姿は見えないはずだ。はぁはぁ」

「も、もきゅもきゅーっ」

「こないに地面を走って運動したの久々ですわ。せめて空飛べば良かったんやないんでっか?」

「キミは大丈夫か? 怪我はないか?」

「あ、うん。大丈夫……」


 俺達は木々が生い茂る森深くへと逃げ込んだ。

 だが、街の構造上地球温暖化抑制なんて露知らずと言った感じでスッカスッカに木が植えられていたため、街の様子が遠目ながらに見ることが出来ている。


 どうやらアマネの話では森の中から街並みは見えても、街から森の中までは見えないらしい。

 どんな原理でそうなっているのか知らないが、今のところそれは功を成していて森の中は安全だった。


「シズネさん……」

「…………」


 あの女神様とやらが現れて以降、シズネさんは目っきり口数が減っている。

 今もただ呆然と立ち尽くし、俺が名前を呼んでも街の方を無感情のまま眺めているだけで何の反応も返ってこない。


 もしあの喋るスライムがさっきの女神様の本当の姿だったとするなら、シズネさんは力を奪い返されてしまったはずだ。

 それが原因で何もすることができないのか、それとも何か他に思うことがあるのかもしれない。


「シズネさんっ! シズネさんってばっっ!!」


 俺は彼女の両肩に手を当て、少し強めに揺すり名前を叫ぶ。

 そうしなければ、何故か彼女がどこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな不安な気持ちにさせられての行動だった。


「……えっ? あ、ユウキさん……おはようございます」


 ようやく我に返ったのか、シズネさんの目の焦点が俺を捉えた。

 そして何故だか普通に朝の挨拶をされてしまう。


 一瞬、また最初に戻されたのかと思って周りを見渡してみるが、森の中だった。


「一体全体、どうしたっていうんだよ? というか、シズネさんは何か知っているんだよね? あの女神様ってのは何が目的であんなことを……」

「い、痛い。ユウキさん、少し痛いですよ」


 俺はこの原因を知っているであろうシズネさんに問いただす形で、我を忘れて肩を強めに掴んでしまっている。

 彼女が痛いと言っているのすら、俺の耳に入ってはいなかった。


「おい、キミっ! 何をしているんだ! シズネが痛がっているじゃないかっ!!」

「アマネ? あっ……わ、わりぃ……つい……」

「つい、じゃないだろうっ! ちゃんとシズネに謝れっ!!」

「ぐっ。痛っ」


 近くに居たアマネが見るに見兼ねて俺達の間へと割って入り、強引に俺の手を掴み取ると突き飛ばした。

 アマネも突発的なことで力加減を間違えたのか、俺は地面に倒されてしまう。


「あっ……すまない。だ、だがキミが悪いのだぞっ! ぅぅっ……その、大丈夫か?」

「ああ、いや俺が悪かったんだ。アマネが謝ることじゃない。むしろ止めてくれてたおかげで助かったくらいだ」


 アマネもそこで我に返ることが出来たのか、少しやりすぎてしまったことに気づいて俺へと右手を差し伸べてくれている。

 実際問題俺が全面的に悪かったのだから、突き飛ばされても彼女に文句なんて言えるわけがない。むしろ止めてくれたことに感謝を述べてから、その手を掴み起き上がった。


「シズネさん……ごめん。さっきは悪かったよ。痛くなかったか?」

「……いえ、私のほうこそ……すみません」


 シズネさんにしては甚くしおらしい反応していた。

 それはまるで何の力も持たない普通の少女のように俺の目には映り、余計不安の気持ちを抱かずにはいられなかった。


「シズネ……話してくれるか?」

「きゅ~」

「姉さん……」

「……ぐすっ。……は、い。すべて……みなさんにお話いたします」


 アマネが諭すよう肩に手を添えると、そう優しく語りかけた。

 きっとアマネ自身、シズネさんが何か知っていることに気づいていてそうしてくれたのだろうと思う。


 もきゅ子も悲しそうにシズネさんのロングスカートを引っ張り心配し、ジズさんも真剣な面持ちでシズネさんを見ている。

 そんな仲間達の優しさに堪えられなかったのか、シズネさんは涙ぐんでしまい必死に目から流れ落ちる涙を指で拭いながらそう声を絞り出した。


「私は元々無力なただのモブキャラでした。ですがある日、道端で倒れている女性を助けてしまい……それがすべてのはじまりでした……」


 シズネさんは順序立てて、自分の身に何があったのかを話してくれた。


 シズネさんも他の登場人物同様、元々名前すら無いただの一キャラクター。

 だがそれもある女性を助けたことで一変したという。


「その女性は見た目も私達とは違い、一言で言い表すなら……女神様の姿そのものでした」


 それが先程空に映りだされていた女神様であり、どうやら彼女は本当にこの世界を作り上げた創造主たる人物らしい。


「創造主とは、この世界を構築するだけでなく『再生』と『破壊』を、それこそ永遠に繰り返さねばならない存在だったのです。ですが、それにもイレギュラーは起こるものでして……」


 この世界は作られた世界とはいえ、それには力が必要になるとのこと。

 それも創造……つまり物を無から有へと、生み出し作り変えられるほどの力。


「……それは人の想像力でした。女神様はそれを人々を殺すことにより奪い取り、世界を再構築していました。ですが、それゆえに不純なものも交じるようになり……」


 人の頭の中には意識的に考えることはもちろん、無意識下で考えることも当然ある。

 それはどんなに良い人でも『善』と『悪』とが両立するのと同じで、良い想像ばかりではなく、時には悪い想像を取り込んでしまい『力』とすることもあったらしい。


「それは人が人たるのと同じように、女神様と言えども人によって作られた想像上のもの。人が初めて『そうである』と認識することにより、無から有へと姿を変え、具現化して力を得る。それが人が呼ぶ神というものであり、女神様もその一つでした」


 それは人間が想像し作り上げた、言わば創造とも言えるものだった。

 元々世界に存在するものではなく、人が想い、認識することにより初めて形となる。


 それが神という目に見えないものであり、俺達が日常的に目にする神様の銅像や石碑なんてものは“それ”を目に見える形にしただけのものである。


 人がそこに在ると思うから、そこに存在する。言わば陽炎のようなもの。

 けれども、人の想いとはそれだけ力を持っている。


「この世界は世界を救うため、作られたものだったのです。それこそ永遠に近しい時間軸の中で、人は生き、そして死に、やがて別の命へと宿る。その繰り返しなのです」


 それは一口に輪廻とも呼ばれる転生のことであった。

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