第29話 そして茶番の終わりに……
俺は反射的に痛みが先に来るか、それとも血の匂いが来るのかと、我慢するかのように必死に唇を噛み締めながら両腕で頭を守る動作をする。
当然、剣の前でそんなことは無意味である。それでも生存本能から来る脊髄反射で、そんな体勢を取った。
…………だが、痛みは愚か血の匂いすらも感じなかった。
一瞬、既に死んでしまいそれらを感じる暇も無いままあの世にでも行ってしまったのかと思ったが、顔の前で両腕を上げている感覚と痛いほど噛んでしまっている唇とを感じることが出来た。
「……あ、あれ?」
そこでふと我に返り何が起こったのか、分からずに顔を上げてみる。
「うむ」
カチャリッ。
するとそこには剣を収める勇者アマネの姿があった。
彼女は満足そうに頷くとクルリっと後ろへと向いてこんなセリフを口にした。
「魔王の討伐は完了したぞっ!!」
「おおおおっ、ついにやりましたんなぁ~」
「もーきゅ♪」
「ふふふっ。すべては私の御心のままに……」
アマネ以下、これまで仲間をしてきたシズネさん達が満足そうな笑みを浮かべ、魔王討伐に歓喜の声を上げた。
いや、シズネさんだけは何やら意味深な言葉を口にしているが、この際だから放置することにしよう。
「……はっ? これって一体全体どういう……」
「さぁユウキさん、魔王もようやく討伐しましたので街へと帰りますよ」
「へっ? ま、街に……帰る?」
「おや、どうしたんだキミ? 何やら間抜けにも呆けたような表情を浮かべてしまって……。あ~分かったぞ~、きっと魔王を討伐したという自覚が薄いのだな? まぁラスボスにしては呆気なかったから、キミがそう感じてしまうのも致し方ないかもしれないが」
状況が理解できない俺のことを尻目にアマネはそんなことを口にしている。
一体これはどういうことなのか? 訳が分からなかった。
(もしかして魔王討伐すらも描写不足からくる茶番……だったとか?)
俺は自分の手足体を見て触り確かめたが、どこにも斬られた様子はない。
そして大人の都合という名の描写手抜きにより、その過程が省かれてしまったのかと勘繰ってしまう。
「ユウキさん、いつまでそうして泥棒が見つかり、スポットライトを当てられ眩しがっているポーズを取っているのですか? アマネ達が先に帰ってしまいますよ」
「……いや、なにそのピンポイントで嫌なシチュエーションの例え表現は? あとアマネ達も平然と俺のこと置いていくなよなぁ~」
アマネ達は「疲れたな~。宿に行って風呂にでも入るか~」などと、ややテンション高めで口々に疲労感を表現しながら歩き、出て行ってしまった。
一方俺はというとシズネさんが傍らに寄り添い、ポンポンっと二回ほど肩を軽く叩かれディスられていた。
どうやらガチで描写不足そのままに、この物語は終焉を迎えてしまったのかもしれない。
俺はアマネ達に遅れまいと急ぎ走り、シズネさんと一緒にその背中を追った。
そして誰も居なくなった魔王の間には静寂が訪れた。
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・・・・
・・・
・・
・
「ぽよんぽよん♪」
一匹のスライムが魔王の椅子の後ろから跳ね飛び、その姿を現した。
「…………これで茶番だった物語が終わりましたね。けれども、ここから本当の物語が始まる」
スライムはそんな人の言葉を口にすると、まるで自らの椅子かのように王座の椅子へと飛び乗った。
その刹那スライムの体が光に包まれ、その姿を人の形へとみるみる変えていく。
「ふぅ~っ。ようやくこの姿へと戻れましたね」
そこに現れたのは、とても綺麗な女性だった。
金色に輝き長く艶やかな髪に白く透明な肌と整った顔立ち、そして女性をより強調する大きな胸を包み込むように、まるでシルクような肌触りを持つ白い布生地をあしらっていた。
それはまさに『女神様』という名にふさわしい姿をしていた。
そして彼女は最後にニコヤカな笑みを浮かべながら、その容姿に似つかわしくないこんな言葉を口にする。
「さぁ~て、そろそろ世界を滅ぼしましょうかね♪」
それはまるで神をも容易に殺すことができる……そんな微笑みだった。
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