第26話 完全なる敗北

(そそそそそ、そういえば勇者が倒すべき魔王様ってのは、ほんとは俺のことじゃねぇか? なんで今の今まで忘れちまってたんだよ……)


 そう本来倒されるべき相手は自称魔王様である王様……ではなく、俺自身だったのだ。

 だから何度この世界をやり直しても、最初へと戻され延々ループしていたのかもしれない。


(でも倒されるってことは、当然『死ぬ』ってことだよな? 現実世界でも死んで、コッチの世界でも死んだら一体全体俺はどうなっちまうんだ?)


 自らに降りかかる災難過ぎるほどの災難、ある意味自然災害をも超越した自然の摂理。

 俺は今こそそれを痛感し、それと同時に絶望することになってしまったのだった。


 もちろん死というものは、誰にとっても怖い物である。

 取り分け訳の分からない、それこそ理由無き死こそ無意味なことはないだろう。


 それに突如として死を迎えるよりも、事前に死ぬと分かっているほうが何よりも残酷且つ夢も希望も、そして慈悲すらも存在し得ない。


「さぁて、いよいよ魔王が居るという城を目指すわけだな!」

「もきゅ~♪」

「はいな! みなさん、ここまでほんっとにご苦労さまでしたわ」


 何の解決策も思いつかないまま、とうとうこの日がやって来てしまった。

 勇者が魔王を倒す……その日が……。


 けれどもこのままでは王様がまた倒されてしまって……いや、待てよ。


(今回の王様ってば、途中でどこかに雲隠れしちまったよな? それでも誰も何も言わずにそのまま話が進んでいやがる。……とすると、このまま向かうと一体どうなるんだ? 魔王の椅子に誰も居ないまま、アマネが話しかけて戦う? いや、それもそれで変だよな)


 一瞬、この話の成り行きを見守りたいという衝動に駆られ、アマネ達が意気揚々と魔王城へ向かう後ろをくっ付いて行ってしまう。


(シズネさんに話だけでも聞けば良かったかな? いや、でも……)


 アマネの後ろに付き、俺の前を行くシズネさんは今回やけに無言のままだった。

 自らあまり喋ろうとはせずにアマネの話に時折、相槌を打つように頷いているくらいである。


 一応この世界の管理人だという彼女に話を聞けば何らかの情報を得られるかもしれない。

 だがしかし……である。


 あの喋るスライム(通称しゃべスラ)が自分のことを女神様だと言っていた。

 それにシズネさんに力を奪われ、哀れにもスライムというRPGにおける最弱キャラへと姿を変えられてしまったのだ。


 その話を聞いてからシズネさんに対する疑念が深まり、アレ以来話しかけることすらままならない状態。

 もし本当にしゃべスラが言っていることが正しいならば、本当の敵、勇者が倒すべき相手とは…………彼女なのではないだろうか?


 となると、今回王様が不在になってしまったのもファクターである自称女神様がそれを暗に教えてくれたから、物語の流れ自体が変わろうとしているのかもしれない。

 逃げ出したい反面、次にどうなるかとの興味も湧いている。それでもなお、自分が殺されるということも念頭に置かなければならない。


(ええい、一体どっちなんだよ? あ~も~う、いくら考えても何も分からねぇよ!! もう何でもいいや!)


 結局俺はいくら考えてもその答えを導くことが出来ずに、流れに従うほかなかった。


 そしてついに魔王が居るという城に乗り込み、何事もないまま魔王の間へとやって来た。


「ん? 変だな。ここが魔王がいつも居るという魔王の間なはず……それなのに誰も居ないぞ!?」


 さすがというか、誰も居ないのに勝手に喋ったり、戦ったりするような愚作はしないらしい。

 ……というか、それならそれで前回王様不在の時にアマネが勝手に喋っていたのは何故なのか? ……疑念は尽きなかった。


「もきゅもきゅ♪」

「……へっ? も、もきゅ子? お前、なにを……」


 そして満を持したように俺達の中からもきゅ子が前へと歩み出して行ってしまう。


 一瞬何が起こったのか、理解できなかったが、次の二言目ですべてを理解する。


「もきゅもきゅ♪」

「かーっはははははっ。よくぞ、我の元へと参った勇者一味よ。褒めてつかわす!」

「な、にっ……。き、貴様が魔王だったのか? 何故それを早く言わなかった!?」

「…………」


 本来魔王が座るいかにも大きくて真っ赤な椅子へもきゅ子が飛び乗ると、シズネさんが傍らに寄り添い通訳をし始めたのだった。そして当然の如く、勇者であるアマネがやや大げさなリアクションを取るまでがテンプレート。


 俺はいきなりのことで言葉を失い、何も喋ることができなかった。


(な、なんだこれ? もきゅ子が魔王様……なのか? いや、まぁまぁそれは良しとして……何で女神様なはずのシズネさんが横で通訳していやがるんだよ? アンタ、本気で何がしてぇんだよ?)


 最初にもきゅ子の正体に驚き、そして茶番のように通訳をしているシズネさんへと目がいってしまう。

 若干おざなりなのに、それでもアマネはもきゅ子しか視界に入っていない様子。


「もーきゅきゅきゅきゅ~っ♪」

「ふふっ。それも余が貴様ら勇者一味の目を眩ますための仮初めの姿にすぎない。だがしかし、滑稽よのぉ~。いつまでも気づかずに共に旅を続けようとは……まったくほんと、やれやれですよ。私が一人で何役もやらされる気持ちも少しは考えて欲しいです」

「ぐっ!?」


 もきゅ子が笑い、シズネさんがそのようにのた打ち回るとアマネは悔しそうな表情をしていた。

 後半シズネさんの地とも言うべきか、本音が垣間見えたような気もしたがたぶん突っ込んではいけないのだろう。


 それは飽きれながらにこちらへと嫌味を口にしている時点で察しろということなのかもしれない。


「どうだどうだ、所詮は貴様ら如き俗物にこの世界を救うことなんぞ夢のまた夢……」

「も、もきゅ~? もーっきゅ! もきゅもきゅ!!」

「あっ、すみません。間違えてもきゅ子よりも“先に”通訳してしまいました」

(先ってぇーっ。先って一体なんだよ、シズネさん。もきゅ子より先に喋っちまったら、アンタが好き勝手に喋ってもきゅ子がそれに合わせてもきゅもきゅ頷いてくれてただけじゃねぇか!)


 どうやら調子に乗り先走ってしまったのか、シズネさんはもきゅ子よりも先取りでもきゅ語の意味を翻訳してしまったらしい。

 この時点でもうシズネさんのヤラセが確定しつつあるが、それでもそのまま続けることに。

 

「もきゅー」

「どうだ? 正体に驚き、そして絶望したであろうに? はははっ。それに何よりだ、勇者ならば仲間である朕を攻撃できないのではないか?」

「クソっ……まさかここまで狡猾なことをされるとは……」


 もはや茶番を通り越して、まるで学園祭の出し物のようなお粗末な結末に成り下がろうとしている。


(あとさっきからシズネさんの通訳一人称がブレブレなのは、何でなの? 我とか余とか朕とかさ。次はなんだよ? ちょっと楽しみじゃねぇか)


 俺はもきゅ子の正体などよりも、一人称のほうが気になって気になって仕方がない。


「さぁ行くがいい、もきゅ子よ! 勇者を倒してしまえっ!!」

「もきゅ? もきゅ~~~~っ♪」


 一人称に対するボキャブラリーが足りなかったのか、シズネさんはもきゅ子に直接命令を下すと勇者であるアマネに向かって突撃するよう指差した。


(いや、もうシズネさん、指示出しちゃってるじゃんかっ! それだともはやシズネさんが諸悪の根源だってことがバレちまうよ)


 そんな俺の心の中の突っ込みも空しくもきゅ子は一瞬可愛らしくも首を傾げ、それからアマネに向かって喜びながらダッシュして行った。


「もきゅもきゅ♪」

「んっ!? こんなものっ……はぁーっ! ぐっ……や、やるではないか。勇者であるこの私に傷を付けただけでなく、あまつさえ床を這い蹲らせるとはな」


 もきゅ子が抱きつこうとしたその瞬間、アマネがやや大げさに横っ飛びをして回避してしまう。

 そして勢い余ってしまったのか、その衝撃でアマネは自らダメージを負ってしまったようだ。


「…………」


 アマネは何気に格好の良いセリフを口にしたつもりなのだろうが、格好が格好なだけに全然様になっていなかった。


「きゅ~? きゅーきゅー」

「ぅっ。そ、そのように悲しそうに鳴いても無駄だぞ! わ、私はゆ、勇者なのだ……だから、だから……ぎゅ~っ♪」

「もきゅ~♪」


 もきゅ子は避けられてしまったことで悲しみ、今にも泣き出しそうに目にはいっぱいの涙が溜まっている。

 勇者であるアマネは最初こそ強気な姿勢を見せたが、そんなもきゅ子の姿と愛くるしい表情に負けてしまい、ついに自ら抱き締めてしまった。


「くくくっ。は~っはっはっはっはは~っ。いくら勇者と言えども、可愛いものには勝てなかったか」

「ぐっ……し、仕方ない。私の負けを認めようではないかっ!」

「…………はっ? いや、何が???」


 シズネさんは勝ち誇り、対するアマネは負けを認め偉ぶっている。

 何が始まったのか、理解できなかったのだがそれは始まりではなく、勇者が倒されてしまい世界の終わりを意味することだった……らしい。

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