第25話 忘却の彼方

 スライムに話しかけられてからというもの、この世界に何か可笑しな変化が起き出している。

 最初こそ単純な描写演出強化くらいなものだったが、今では街行く人達がこれまでとは違うセリフを喋るようになっていたのだ。


 それはまるで誰かに作られたという自らの宿命や設定から自我が生まれたかのように、極々自然且つそして違和感を感じなくなっていた。

 話のついで……とは言わないが、それとな~くもきゅ子とジズさんが仲間に加わってから話を振ってみたところ、どうやら二人も俺と同じくこの世界から逸脱した存在なのだと言う。


 逸脱した存在……そう言ってしまえば聞こえは良いかもしれない。

 けれども、逸脱しているということはつまり、この世界にとっては邪魔な存在であるとも言える。


 そのことを俺が自覚し始めたのは、王様の何気ないこんな一言だった。


「ふむ。お主もまだ勇者とともに、世界を救う旅を続けるつもりなのか?」

「……はっ?」


 これまで空気よりも軽い、その視界にすら存在せずに無視されていたにも関わらず、今回初めて王様こと魔王様に謁見したら突如としてそんなことを言われてしまったのだった。


「へっ? あ、あの……それは一体全体どういう……」

「…………」


 いきなり話を振られ、俺は心底驚き、何を喋ったらよいのやらと口ごもってしまう。

 だがしかし、王様はそれ以上こちらの問いかけに応えることはなかった。


「さぁ~て、それではみんな東の森へと赴き、その暴れ馬とかいうヤツを狩りに出かけようではないか!」

「おーっ!」

「もきゅー!」

「やで!」


 もはやおざなりすぎるほどのイベントであるが、強制的に話が進められてしまう。

 俺としては王様に再度話しかけてみたかったのだが、その話すチャンスすらも逃してしまった。


 そして東の森で暴れ馬ことジズさんを仲間に引き込みお城へと戻ってみるとこれまでの話とは違い、王様は不在になっていた。

 それでも物語は勝手に歩み始め、アマネがその不在になってしまった王様の代わりだとでも言わんばかりに次なる目標を口にすると西の砂漠を横断することになった。


 当然これまでと同じく、太陽の光が降り注ぐ中ただひたすら暑さが凄まじい砂漠を横断すると、すぐさま街へと引き帰した。

 その後、未だ不在のお城へと赴いてから魔王が居る魔王城へと向かうため、今夜は宿屋で体を休めることになった。


「このままだとヤバイよな……」


 一人になった宿屋のベッド上でそうポツリと呟き、独り言を口にしてしまう。


「もきゅ~?」

「ん? 俺のこと心配してくれてるのかもきゅ子?」

「もきゅもきゅ♪」

「ふふっ」

「もきゅ~♪」


 アマネとシズネさんはお風呂イベント真っ只中であるが、もきゅ子だけは部屋に残っていてくれていた。

 そっともきゅ子のことを抱き抱えながら頭を撫でてやると、どこかくすぐったそうにしながらも喜んでくれている。


「ワテもいまっせ、兄さん!」

「ははっ。そ、そうだね」


 一応もきゅ子の護衛だと言うジズさんは宿屋の外に待機中で、窓から中を覗く形で目元をドアップにしながら俺へと話かけてきた。

 さすがに……とも言うべきか、ジズさんの大きな体では宿屋なんて貧相な木の建物では許容範囲外であり、下手をしなくても中に入れるはずがない。


 だからというわけではないのだが、ジズさんには宿屋横で休んでもらうようになった。

 それでも宿屋の主からは「5名様ですね。15シルバーになります」などと、もきゅ子どころか外で寝るはずのジズさんの分の宿屋代まで請求されてしまることになったが致し方ない。


「それで兄さん。回想も終わったところやし、さっきから何を悩んでますのんや?」


 相変わらずこの物語の住人というものは空気を読む読まないどころか、その成分すらも事前に把握しているかのように語りかけてくる。


「え~っと、ほらこれから先どうなるのかって心配でさ。ま~た最初からやり直しなんてキツイでしょ?」

「なるほど……兄さんもこの世界をそれこそ何度もやり直しているんやったな。ま、ワテも姫さんもそれに付き合わされているんやから、ホンマ言うと迷惑やで!」

「うぐっ。それについてはごめんだけどさ、別にそれは俺のせいじゃねぇよ」


 何か好き勝手に俺が原因なのだとの認識をされているのが、些か癪にされる反論することもできない。


「ジズさんはさ、どうして前の世界のこと覚えてたりするんだよ? 何か特別な役割でも担っているんじゃないのか?」

「ぎくっ。ひゅ~ひゅ~。あーあー、ワテには人間の兄さんの言葉がよく理解できませんわ。標準語じゃのうて、似非関西弁で言うや~」


 ジズさんは都合が悪くなったと明後日の方を向き、吹けもしない口笛もどきで息をひゅーひゅー言わせ、似非関西弁で物申せと無茶な注文をしてきた。


(こっんの、クソドラゴンめっ! 都合が悪くなったら、だんまりなのかよ。しかも自分で似非って言っちまってるしな。……でも、これで何かしら重要な人物だってことが分かっただけよしとするか)


 俺やシズネさんと同じく記憶を引き継いでいるということは、何か役割があるか、はたまた原因の一端であるか、そのどちらかでしかない。

 それを誤魔化したり、黙るということは、既に先の未来を知っているとも受け取れる。どちらにせよ、俺はただひたすら物語を進めることしかできないだろう。


 それこそ王様モドキやシズネさん、そしてスライムの姿にさせられてしまったという自称女神様の言うとおり、魔王を倒して世界を救う……ただそれだけの物語。


「あっ……」

「うん? どないしはったんでっかいな、兄さん?」

「もきゅ~?」

「あっ、いやいや、別になんでもねーよ。なんでも……」


 そこで俺は思い出してはいけないことを思い出してしまった。

 

(俺ってさ、確か最初にシズネさんがのたうち回ってたけれども、魔王様って役割じゃなかったっけ? だったら俺が死なないと、この世界終わらないんじゃないのか?)


 そう俺は重大すぎるほどの情報を今更ながらに思い出してしまったのだった。


 なんせ魔王の城では、王様が「ワシが魔王だ!」と居座り名乗り上げていたのだ。

 すっかりどころか、呆気に取られてしまい、今の今まで自分がその勇者が倒すべき存在である魔王様だということを忘れ去っていたのだった。

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