第21話 ちょっとした変化

 それから暫らく経ち、もはやテンプレーションになりつつあるイベントであるスライムと戦っていたアマネを仲間にしてから一路街を目指しながらただひたすら歩きに歩き、今ようやく街へと辿り着くことが出来た。


「ふぅ~っ。これでようやく一息つくことが出来るなぁ」


 空が夜へと変わってしまったのでシズネさん達と宿屋に泊まり、彼女達は今旅の疲れを癒すため温泉で入浴している真っ最中である。

 ベッドが置かれた少し大きめな部屋で独りになった俺は旅の疲れを溜め息として吐き出しながら、これまであったことを整理することにした。


 まずはこの世界は勇者が魔王を倒す……それが基礎になっていると思う。

 でもたぶん今のままじゃ“何かしらの要素”が足りなくてクリアにはならず、延々ループした世界で同じ事を繰り返す羽目になっている。


 これが呪いのなのか、それとも作者の都合なのか知らないけれども、それをこなさない限りは元の世界には戻れないだろう。

 そして今日、今まで俺のことを見ていたはずのスライムが言葉を喋ることが出来ると知った。……いや、正しくは俺がそう呼びかけたから人の言葉を話せるようになった……のか?


 自分で考えをまとめ上げようにも得られている情報があまりにも乏しく、解決へ向けて導くことが出来ない。ただ一つ言えることは、この世界はループしているように見えて細部のイベントが若干異なる点だ。


 それは今まさに俺が宿屋のベッド上でこうして色々なことを考えられていることからも、よく理解できる。何故ならこれは今までなら“無かったはずのこと”なのだ。


 これまではアマネを仲間に引き入れてから宿屋を訪れても、ベッドに上がるとすぐに不吉なBGMと共に小鳥の囀る音が聞こえ、朝になっていた。

 けれども今はこうしてベッドの上に寝転びながらも、夜の時間帯というものを得ている。


 それは何故なのか、そしてまた何が要因ファクターと成り得たのだろうか……。


「……やっぱりあのスライムと話したことが、これまでとは違う物語へと進んでいるんだよな」


 そう今回はスライムと話をしたことで、これまでとは違った物語が展開されつつあったのだ。

 それに伴いこれまではアマネやシズネさん達のセリフという補足説明において文字描写が省かれていたにも関わらず、彼女達は実際に今まさにこの瞬間、入浴するということをしているのだ。


 これが一体どういうわけなのか、要するに物語が変化して、ただの『~をした』という文字だけの表現から実際に登場人物達が現実的に行動を起こしていることになる。

 これらは一般的には作品における『描写不足』『描写過多』、そして『肉付き』なんて呼ばれる現象でもある。それがまさにこの瞬間において行われており、物語としても変化の兆しを見せつつあったのだ。


「成長する……物語とか?」


 少しチープな表現で何の面白みのない一言だったが、俺にはそれがすべてのように思えてならない。


(……となると、俺の正体はもしかして……)


 そこに至りようやく自分なりの『答え』というものに辿り着くことが出来た。

 けれども今はまだ確固たる証拠また確信も持てず、今はまだ流れに身を任せる他ない。


 それから入浴を済ませたアマネとシズネさんが部屋へと戻ってくると、この世界に来て初めて食事を取ることになった。

 以前ならば『もう食べた……』という後付け説明だけで片付けられていたはずなのに、今回に限って言えばパンとスープだけという質素ながらもちゃんとした食事を宿屋から提供されたのだ。


 パンは俺が知っているような白い食パンではなく、全体的に真っ黒でバケットやバタールと呼ばれるような細長い黒パンとも呼ばれるものであり、スープもまた具材がキャベツの芯や葉っぱ一切れ二切れしか入っておらず、当然肉なんて物も一欠けらすら入ってはいない。


 それでも俺は腹が極限まで空いていたため、空腹の野良犬のようにガッツキながら食べ進めるのだったが、慌てて食べたため途中で喉が詰まり水で強引に流し込む。


 どうやら水だけは宿屋の裏手にあるという井戸から汲み上げているらしく、見た目透明ながらもどこか穂のかに甘いように感じ普通に飲むことができた。


「ふぅ~っ。ようやく腹が落ち着いた感じだな」


 味としてはパンは歯が折れるのではないかと思ってしまうほど表面が硬くてまるで岩でも食べているように感じたが、中に入れられているという大麦や稗などが程よい食感へと繋がり粒々しながらも食べ進めているうちに美味しいと感じるようになっていた。


 スープもまた塩味なのだが薄味すぎてただのお湯である。けれどもパンと一緒に飲むとほんのりとした甘味が口の中に生まれ、薄いと思っていた味も次第に慣れてきて美味しいと感じてしまう。


「ふふっ。そんなにお腹が空いていたのか? まるで1週間もロクに食べていないような食べっぷりだったぞ」 

「あーっ。あっはははっ。まぁ……な。色々と理由があって」


 アマネからそんなことを言われてしまった俺は、さすがにこの世界を何度もループしてやり直しているとは言えずに曖昧な表現で言葉を濁す。


「……そうか。ま、人それぞれ事情というものはあるだろうしな」


 何かを納得するように目を瞑りながらも頷き、アマネはそれ以上聞いて来ることはなかった。

 たぶんここに至るたびの途中で路銀(旅の資金)が無くなり腹ペコ状態だったとでも思われていたのかもしれない。

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