第6話 物理攻撃も何のその、とりあえず謝罪の精神論
そうしてついに魔物との戦いに備え、武具や道具などをある程度買い揃えた俺達はさっそくアマネのレベル上げをするため、街近くの草むらに突撃することにした。
……っと言っても、アマネはこれまで何度も戦闘を経験してきたのだと自信満々に言ってくれたのだが、彼女のステータスを見るにそれは嘘であると確信する。
何故なら未だアマネのレベルは1であり、一番下に表示されている経験値すらも0のままだったのである。
たぶん勇者としての見栄がそうさせているのかもしれないが、生きるか死ぬかの魔物との戦闘においてそれは危ういことだと感じずにはいられない。
「にしても全然魔物出てこないんだな。俺、もっとたくさんいるのかと思ってたよ」
「あ~っははははっ。きっと勇者であるこの私に恐れをなして、逃げ出したに違いない! そうだ、そうに決まっている!!」
「はぁ……」
きっと街の近くだから魔物があまり居ないのだろうと思うのだが、アマネはそれを自分の力に恐れをなしていると勝手に勘違いしていたのだ。
(これで本当にレベル上げとかできんのかよ? だって未だ魔物一匹たりとも倒していないんだろ? それなのにその自信は一体どこから出てくるんだか……)
俺が溜め息交じりにアマネの態度に呆れていると、シズネさんが寄り添い小声でこう語りかけてくる。
「(ユウキさんユウキさん、本当に彼女が勇者で大丈夫なのでしょうか? 私、次第に不安になってきたのですが……)」
「(いや、シズネさん……アンタがアマネのことを勇者として選んだんでしょうが! なんで今更そんなことを討伐対象である魔王の俺に言うかね)」
「(あっ、そういえばそうでしたね。うっかりうっかり……てへりっ)」
どうやら自分が決めたはずの設定すら忘れていたのか、シズネさんはふざけた感じで少しだけ舌を出しながら自らの頭を軽く叩いてみせている。
たぶん可愛い子ぶっているだけに違いない。むしろそうじゃなかったとしたら、ただの痛い女性に成り下がってしまうことだろう。
「んっ? この辺りから魔物の気配がするな。あそこの茂みの中か!?」
突如として先頭を切っていたアマネが立ち止まると、声を荒げ前方右斜め前にある草木が生い茂った茂みを指差した。
するとタイミングを見計らったかのようにガサガサ……っと茂みが揺らぎ音を立てている。
「いかにもあからさまだなぁ~」
もはやテンプレートとも呼べるほどベタすぎる展開に対し、俺は思わずそう口走ってしまう。
「みんないつ魔物が飛び出してきても良いように、各々武器を手にするのだっっ!!」
だがアマネだけは真剣そのものっといった表情と声で俺達に戦闘の準備を促してくる。
アマネは購入したばかりの銅の剣を、シズネさんは神の神器とやらのモーニングスターを、そして俺は素手で……っと言いたいところであるが、一応そこら辺に落ちていた木の棒を手にすると装備した。
(木の棒って武具屋で8シルバーくらいで売っていたよなぁ~。この今拾った棒もそれくらいするのかな?)
この状況に至ってなお、俺はそんな銭勘定をしてしまうほど謎の余裕が生まれていた。
それは自分自身が魔王であることへの余裕からなのか、それともシズネさんが居れば結局どうにかなるだろう……との“隙”だったのかもしれない。
「ぽよんぽよん♪」
「ぐっ!? 寄りにも寄って、ここでスライムの登場なのかっ!」
草むらから跳ね飛びながらスライムが姿を見せるとさすがに前回負けたこともあってなのか、アマネは焦る姿を見せていた。
「アマネ、とりあえずその持ってる剣で軽く斬りこんでみたらどうだ? 案外効くかもしれないぞ」
「むっ? そ、そうだな。アドバイスをありがとう!!」
俺は一応プレイヤーとしてアマネに通常攻撃の指示を出してみることにした。
打撃は効かないだろうとは思ったのだが、そこは勇者の覇気というか、もしかしたら……っとの可能性を鑑みてのことである。
「やあぁぁぁぁぁっ! はあぁっ!!」
ブン……ぽよん♪
だがしかし当たり前というべきなのか、弾力を持っているスライムの体はアマネの渾身を込めた一撃でさえ、いとも容易くまるでゴムボールの反発のように押し返してしまっている。
「やっぱダメかぁーっ。この分だと俺が棒で攻撃したって利くわけないよなぁ~」
「ぐっ……や、やはり通常攻撃ではスライムにダメージを負わせられないようだな」
「ぽ~よん♪ ぽぽよん♪」
敵のスライムはそんな俺達を嘲笑うかのように右左っと跳ね飛び、まるで挑発するかのような行動を取っている。
「クソっ! 何かスライムに有効な攻撃は……あっ、そうだシズネさんっ! 確か自己紹介時に攻撃魔法が使えるとか言ってなかったっけか?」
「ええ、言いましたけど……」
「もし可能ならなんだけど、火属性の魔法で攻撃してくれたりする?」
「あっ、別にいいですよ。一応私も“仲間”ですしね。たまにはそれっぽいことをして貢献してあげますよ」
若干偉ぶり口調ではあるが、この場で唯一スライムを倒せるのはシズネさんを置いて他には居らず俺は駄目元で頼んでみるとあっさりと承諾してくれた。
シズネさんが一歩前に出ると水色の透明なスライムと対峙する。そして手を胸元で握り合わせまるで祈るように目を瞑り、呪文らしきものを唱え始めた。
「火の精霊よ、我が元へと集い従え。そして汝の力を用い目の前の敵を滅せよ……」
「こ、これが本物の……魔法ってやつなのかよ……」
見ればシズネさんの目の前には何やら赤い炎の球のようなものが形成し始め、次第に大きくなり始めている。
それはまるで小さな太陽のように眩いばかりの光を放ち、綺麗に輝いていた。
「ぽ、ぽよん!? ぽよよ~ん♪」
「おい、アイツ逃げ出すみたいだぞ!」
「シズネさんっ!」
「ニッ♪」
さすがに雰囲気的に生命の危機を察したのか、スライムは俺達の前から逃げ出そうと後ろに飛び跳ねながら遠ざかろうとしている。
だがそれでもシズネさんには余裕があるのか、アマネと俺の呼びかけにまるで応えるかのように口元を緩め笑みを浮かべるとついにそのときがやって来る。
「さぁそこのスライム……死に様を晒せえぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!」
「きゅ~~~!!」
「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
ドゴッーーーーン!!
何を思いそんな行動に移したのか分からないのだが、シズネさんはそれまで口にしていた詠唱をそっちのけにして右手に持っていた神の神器であるモーニングスターを振り回すと、振りかざした勢いそのまま投げ付け目の前に集まっていた赤い火の玉を巻き込みながらスライムへとヒットさせた。
トゲトゲの付いた重々しい鉄球がぶち当たったスライムはその衝撃からゼリー状の体全体が弾け飛び、断末魔のような叫び声とともに文字通り死に目を晒すどころか跡形もなく飛散してしまった。あとに残されたのは若干濡れた地面と、無残にも飛び散ったゼリー状の液体のみである。
「シズネさんっ! 結局今のって、完全なる物理攻撃だったよね? ね? なら、そのモーションというか詠唱なんて全然いらなかったんじゃないのか!? むしろ長々としながらも、俺なんて思わず『綺麗だなぁ~』って見惚れちゃったじゃないかよ! 一体この期待に満ち溢れ裏切られた気持ち、どうすりゃいいんだい!」
「あーっ……っと、なんかすみませんでした? その……あまりにも期待させちゃったみたいで?」
「おいぃぃぃぃぃぃっ! そこは悠然たる態度を最後まで取れよなっ! そして疑問系交じりとそこはかとない雰囲気に従って、とりあえずの精神で謝るんじゃねぇよっ!!」
シズネさんだって対応に困ってるだろうが、俺だって同じくらい対応に困り果てツッコミを入れることしかできずにいた。
「うーむ。まさかこの私が苦戦させられていたスライムを一撃で倒してしまうとは……いやはや、仲間は得てみるものだな! 心強いことだぞ! あっ~はっはっはっ」
「ほらね?」
「…………(ぼそりっ)何が『ほらね?』なんだよ……ったく」
アマネはスライムを倒せたことを盛大に喜び打ち震えながらも、シズネさんのことを褒め称え対するシズネさんは外国人ばりのオーバーリアクション気味に両手を広げて、俺のほうを見ながら「その過程を問わず、敵なんて倒せればそれでいいんですよ」っと言った感じの呆れ顔とも取れる表情を浮かべている。
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