第2話 魔王、早くも世界の摂理を痛感ス

「さて、積もる話もありますが、それらはゲーム進行時に以後チュートリアルという形で補足させてもらいますね。それでよろしいですかね? ってか、いいだろうおい!」

「もうなんでもいいよ……。あと、すっげぇ口悪いよね。それで俺達はあそこに見えるあの村だか街に向かうって言うんだろ? とりあえず行ってみようぜ」

「それもそうですね。分かりました、私もそれでいいですよ」


 俺は諦めから少し投げやり気味に目の前に見えている小さな街を指差してみた。

 RPGにおける基本と言えば、とりあえずマップの上方向(北側)へと向かうのがセオリーである。


 そうして俺を先頭に女神様だと名乗るシズネさんを引き連れ、テクテクテク……っと延々緑の絨毯さながらに草が生い茂っているフィールドを歩くことになった。

 だが、いくら歩いても一向に街に着く描写が現れない。かろうじて視界に入る街が少しずつ大きくなっていることだけは理解できるほどだった。


「なぁシズネさん。そもそも街って、こんなに遠いものなのかよ? こうして歩いてて若干だけど、景色が変わっているから少しは進んでいるんだろうけれどさ、これだといつ辿り着けるのか分からないよね?」

「あ~っ、たぶんなのですが、きっとリアル仕様なんでしょうね。いくら目の前に見えてゲーム上だと二、三歩で着きそうな場所だったとしても、実際に歩いてみると意外と遠く感じる。それを意識して製作されているのでしょうねぇ~」


 どうやらこの世界は無駄なところに製作側の力が入れられているようだ。


 それから視界全体に街をロックオンしたまま1時間ほど歩いているとようやく草むらマップが終わたのか、所々草に隠れながらも砂の地面が顔を見せるようになっていた。


(もしかしてこのまま街を目指すだけで、今日一日が終わっちまうんねぇだろうな? 下手したら、クリアするのに年単位の月日を要するわけじゃないよな? な?)


 っと、そんなことを思っていた時のことである。


「覚悟しろ、魔物めっ! はああああああぁぁっ! いやあぁぁぁっ!!」


 女の子が大きな声を上げながら、目の前に居る魔物と戦っているのが目に入ってきた。


「(ぷるんぷるん♪)」

「わ、私の剣が……効かないだとっ!?」


 どうやら相手はゲル状のスライムらしく、彼女が何度も何度も剣で斬りかかっているのだが、どうやら敵にはダメージとして通ってはいないらしい。


「あれがこの世界の魔物なのか? しかも相手がゲル状のスライムだから、彼女が手にしている剣のような通常攻撃は一切利かないとかなのかな、シズネさん?」

「ええ、よくご存知ですね。スライムはそれを構成する性質上、剣などの物理攻撃では倒せませんね。唯一倒せるとしたら、それは攻撃魔法……それも主に火属性になります」


 俺が何気なく感想を漏らすとそれが隣に居るシズネさんにも聞こえていたのか、相槌を打つ形でそんな補足説明をしてくれた。


「(ぽよんぽよん♪ ぽーよん♪)」

「ぐっはーっ! な、なんという……ことなんだ……ガクリッ」

「…………はっ? え~っと、何々。あの子、スライムの体当たりで一撃なのっ!? マジで死んじゃったのかよ!?」


 見れば全身赤い鎧を着込んだ少女にスライムが体当たりをすると、彼女はそのまま地面に倒れてしまった。未だ目の前で起こってしまった状況を理解できないまま、次の瞬間には彼女の体を眩いばかりの光が包み込み、そして“それ”が俺達の目の前に現れた。


「あ、あれは……ひ…つぎ? コレって棺だよね?」

「はい。この世界で死んでしまいますと、皆さんああやって『棺』になってしまうんです」


 どうやら致命傷となってしまったのか、さっきまで戦いを繰り広げていた彼女は死んでしまったらしい。

 そうこうしていると、まるで神的存在が降り立つような光が差し込み棺を照らしていた。


『……ちっ。コイツ、シケてやがんな』

「……はっ? い、今の声ってまさか……」

「ああ、女神様の声……というか、ぶっちゃけ私の声ですね。事前に録音していたものが、ああした形として流れ出すシステムになっています」


 どうやらこれもゲームの演出上のシステムとのこと。

 だが寄りにもよって、女神様の声が録音から成り立っていたとは思いも寄らなかった。


(口が悪いのは、もはやデフォなんですかね? あと普通に所持金強奪しているようにも見えるんですけど……アレは本当にいいのかよ?)


 そして棺を貫通してコインのようなもの何枚か宙へと浮かび上がりるとほぼ同時に光の方へと吸い込まれ、差し込む光もまたそれに追随する形で空の彼方へと消えていってしまった。


「さて、我々もそろそろ街へと向かうことにしましょうかね。あっ、よいしょっと♪」

「いや、おいおいおいおいおいおいっシズネさんっ!! 何しれっと、まるで何事も無かったかのようにそのまま街へ向かおうとしていやがるんだよ!? しかもしかも棺の上なんかに靴のまま乗っちゃってさぁ~っ! いや、靴脱いでも本当はダメだけどねっ!!」 


 一体何が起こったのかすら今の俺には理解不能だったのだが、隣に居たはずのシズネさんもそれに負けないくらい意味不明である。

 なんせ今目の前で起こったことに一切動じずに、何食わぬ顔で棺の上へと登ったのだ。それはあまりにも死者への冒涜というか、そもそも棺の上なんかに乗っても何ら意味なんてない。


「えっ? ああ~。言ってませんでしたっけ? 実は彼女がこの世界の勇者なんですよ。それで今見ていたとおりモンスターに倒され死んでしまったので、これから近くにある街の教会へと送られることになるんです。言うなれば……そう、この棺は一種の公共交通機関みたいなものなんですよ♪」

「ゆ、勇者だったの……彼女が? いや、確かに全滅すると教会に飛ぶかもしれないけどさ、本当に棺がそんな自動運転タクシーみたいな位置づけでいいのかよ?」

「さぁさぁお乗りくださいな。じゃないと私一人で先に街へと向かってしまいますよ」

「あ、ああ……そ、そうだよね。それじゃ遠慮なく……し、しつれいしま~す」


 俺は言われるがままシズネさんの手を取ると、不謹慎にも彼女の棺の上へと乗ってしまう。一応の礼儀(?)として、お邪魔する挨拶をしてから、ゆっくりと自分の体重をかけた。

 そしてそんな俺を待っていたかのように、俺達を上に乗せたまま棺がゆっくりっと浮上して地面から数十センチほど浮いていた。


 本来棺は上に人を乗せる設計ではないらしく、椅子どころか掴まる支え棒一つないため立ったままだとバランスを保つことが困難である。

 俺は振り落とされぬようにと馬に騎乗するかの如く跨り、どうにか事なきを得る。シズネさんも同じく俺の後ろへと真横になりながらも座り、まるで自転車の荷台で寛いでいるかのように足をブラブラさせていた。


(ま、マジかよ……。棺って、この世界だとバスとかタクシーの代わりとしてメジャーな乗り物的地位を確立してんのか? この世界に住む人間達は疑問に思わねぇのかよ……)


 ありえないことの連続で思考が追いつかない俺と、ルンルン気分でまるで遠足のように楽しげな笑顔を浮かべるシズネさん。

 棺の移動速度としては人が歩くのよりも少し速め、ちょっとしたスケボーか自転車程度の速度である。


「うーん。でもこの移動速度の遅さだと、街に着くのが夜になってしまいますね。ちょっくら叩いてみましょうかね?」


 ガンガン。

 シズネさんは昔あった真空管テレビよろしく叩いて速度を増そうとしている。だが叩くと言っていたわりに、俺が目にするのはただ棺を足蹴りしている光景である。


 するとそんな彼女の願いが通じたのか、棺はバビューン……っという音とともにその移動速度を速めた。


「わわわわわーーっ、は、速っ!!」


 棺なので捕まるところが一切なく、俺は振り落とされないよう身を低くして必死にしがみ付くことしかできなかった。

 体感的には自転車のそれか、自動車にでも鞍替えしたかのように感じてしまう。


 ビューーーーーッ。

 その速さと質量から風を容易に切り裂き、棺は街へと一直線に向かっていく。


「ふにゃにゃ~~~っ」

「ぷっ……あ、あまり笑わせないでくださいね。くくくくっ」


 風圧によって俺はまるで変顔でも披露しているかのような醜い顔となり、シズネさんに笑われてしまう。

 だがシズネさんにはあまり風の影響がないのか、帽子と長いスカートを手で軽く押さえるだけで済んでいるようだ。たぶん今この瞬間において、風による男女差別が横行しているのかもしれない。


「わーーーっ。ぶつかるぅ~~~~っ」


 そしていつの間にか街に着いてしまったのか、目の前には十字架を屋根に掲げている小さな教会が目に入ってきていた。

 だがあまりにも棺のスピードが速すぎたため、俺は思わず壁へと激突して己の死を確信してしまった。


「ま、マジでこんなことで死んで……って、あれ?」


 だがいつまで経ってもぶつかる衝撃どころか音すらもなく、俺は瞑っていた目を開けた。

 すると棺はピタリっとその勢いを殺し、ゆ~~っくりと教会入り口の地面へと降りていた。


「ふふっ。さすがは棺ですね。こうも移動速度が速いと、街の外から帰る折には毎回利用したくなりますよね♪」

「ははっ……は」


 恐ろしいことを口にしているシズネさんを他所に、俺は乾いた笑みを浮かべることしかできずにいた。

 それは毎回誰かが死ぬ前提条件いわゆる死亡フラグであり、それと同時にこの棺に搭乗することを意味するからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る