第六話 【初代勇者の足跡】




「……」


 天使。

 そう呼称しても差し支えない見た目をした存在を前に、言葉を失っていた。

 このファンタジー世界において、魔物やら魔人やらエルフやらドラゴンやら。

 そう言った存在がいるのは知識として知っていたし、実際、刀を教えてくれた師匠であるナディアもエルフの血が半分だけだが流れている。

 人魔大戦では魔人と戦ったし、“鬼闘法”という鬼人族にしか使えない技も教えてもらった。

 そういう多種族と少なからず関わりを持ち、知識として理解していたからこそ、目の前の存在の異次元さに驚かされている。

 どんな文献、どんな会話であっても、天使や悪魔といった存在を見ることはなかった。

 如何に天の塔が長い期間誰の目にも付かなかったとはいえ、それでも驚きは止まらない。


「君が真希の――初代勇者の意志を継ぐ人?」


 若干パニックに陥りかけていた思考を、天使の声が引き戻す。

 想像よりも落ち着いた声で、想像よりも威圧感はなく柔らかで、どこか懐かしい雰囲気を感じた。

 過去に聞いたことがあるとかそういった類ではなく、話し方の雰囲気に覚えがある感じだ。

 ともあれ、質問を投げかけられているのだから答えるのが筋だろう。


「その表現が正しいかどうかは知らないけど、初代勇者のことは一般人より少しだけ多く知ってる」

「……捻くれた答え方だけど、わかった。では一つ聞きたいんだけど君、“死ぬ覚悟”はある?」


 いきなりそんなことを聞かれ、二度目の思考停止に陥りかける。

 尤も、そんなヘマはしない。

 学び、成長するのが人間だからだ。

 深呼吸を挟んで、質問への回答を考える。


「………………」


 深く、深く考えて。

 目を瞑り、克服しかけている過集中すら動員して。

 全身全霊で、その問いの答えを考える。

 天使が望む答えではなく、綾乃葵おれが導き出した答えを――


「――死ぬ覚悟はない」

「……」


 天使の金色に輝く瞳を見据えて、はっきりと答える。

 俺の答えに天使は何も言わない。

 落胆も怒りも何もなく、ただ静かに俺の答えを聞く。


「死ぬつもりは毛頭ない。でも、結愛の為なら――大切な人たちの為になら、命を賭ける覚悟はある。例え先に絶望しかなくても、俺の望む未来を掴む為になら、俺は――」


 ズイっと手を前に突き出して、天使は俺の言葉を止める。

 まるでもう十分だ、とでも言いたげに突き出された掌。

 あとちょっとで最後まで言い切れたのだが、その前に覚悟が伝わったのだろうか。


「……その、こういうことは言わないほうがいいって知ってるんだけど、言わせてもらうね」

「……なに?」


 そんな前置きをされると、なんだか不気味だ。

 まだ目の前の天使のことをほとんど知らない上に、あまり口数が多くないからどんな性格かもわからない。

 そもそも初対面の印象が強すぎて、警戒を解ききれていない。

 もしかして地雷を踏み抜いたのだろうか。

 何か気に障ることを言ったのだろうか。

 いや、それならこんな悠長に前置きなんてしないだろう。

 それでも絶対という保証はない。

 そんな思考がぐるぐる回る中、天使は続きを言葉にする。


「私が聞きたかったのは、『初代勇者の意志をーー記憶を継いで、その副作用による様々な意味での死を乗り越えられるか』ってことを聞きたくて、その、イタイことを聞きたかったわけじゃない……んだ」

「……………………イタイ?」

「う、うん」

「……そ、っか…………イタイ、ね」


 “イタイ”

 物理的、或いは精神的に傷を負った時に使う言葉だが、こと今に限ってはニュアンスが違った。

 例えばそれは、普段口数が少ない人が唐突にキザったらしいセリフを言った時。

 例えばそれは、普段格好つけない人が前触れなく格好つけたような言動をした時。

 例えばそれは、俗に言う“黒歴史ちゅうにびょう”だったり。

 つまるところ――


「……あの」

「何も言わないでください今はそっとしておいてください」


 両手で顔を塞ぎ、言葉をかけてくれようとした天使を早口に拒絶する。

 個人的に、当たり前のことを言ったつもりだった。

 質問を投げられ、全身全霊で、誠心誠意答えたつもりだった。

 その回答に対し、まさか“イタイ”と言われるとは梅雨ほども思っておらず。

 そうーーつまるところ、羞恥の心が限界点に達してしまった。


「……」


 俺が陥っている状況を理解しているからか、あるいは自分こそがこの状況を招いたと理解しているからか、はたまた「そっとしておいて」と言われたからか。

 ともあれ、天使は何もせずに静観する。


「だぁー! もういいや! 別にあんたに知られたところで言いふらされる訳でもないし!? 確かにちょっとカッコつけたけど別にそれが悪いわけじゃないし!?」


 やがて羞恥の心が限界点を突破し、開き直る。

 早口がより強化され、天使が口を出す間もないくらいに捲し立てる。

 一頻り羞恥心を打ち消さんばかりの勢いで言葉を重ねていた口は、落ち着きを取り戻してゆっくりと鎮まる。


「……失礼。だいぶ、取り乱しました」

「い、いえ。想像よりも感情豊かなんだなと思って……」

「元々、俺はこんなキャラなんですよ。元の世界では友人を作らない為に外では演じて無口キャラで通してましたし、この世界では結愛がいなくて焦りとか不安とかと板挟みで、でもいつも通りにしようって気張ってあれだったんです」


 けれど、もうその面を維持する必要はない。

 目標だった結愛の発見は成した。

 あとは、失った記憶を取り戻して貰い、あの未来視の結果が訪れる前に結愛と共に地球へ帰るだけ。


「大変だったんだね」

「ええ。まぁこれからも色々と大変でしょうけど、何とかやりますよ」

「そう。それじゃあ、改めて聞くね」


 天使の瞳が――全てを見透かし、吸い取るような星形の瞳がオッドアイと交錯する。

 星形の瞳が写すは葵。

 なんの柵もない晴々とした顔で言葉を待つ、おれの姿だ。


「君に、初代勇者の遺志を継ぐ覚悟はある?」

「ああ」

のは、純粋な遺志だけじゃない。文字通り、全てだよ」

「ああ、わかってる」

「君が死なない保証はしてあげられない。継いで、耐えきれずに死を迎える可能性だってある」

。だから遠慮なくやってくれ」

「……わかった」


 頷いて、天使は瞳を閉じる。

 おもむろに上げた握られた右手をこちらへ突き出し、ゆっくりと閉じられたそれを開く。

 中から現れたのは、光り輝く球体だ。

 太陽のように眩しく、雲の隙間から落ちる光のように神々しい輝きを放つ球体だ。


「……演出が凄いな」

「真希ーー初代勇者の趣味でね。どうせ私が渡すんだから、もっと雰囲気出そうって話になって」

「ああ、道理で」


 神から何かを授かる時のような派手な演出は、どうやら素ではないらしい。

 雰囲気を出そうでこうなったのなら、“初代勇者の全て”はこんな神々しい球体ではないのだろう。

 まぁ、そこの事実はどうでもいい。


「それに触れればいいのか?」

「ええ。そうすれば、初代勇者の遺した全てがあなたに譲渡される」


 ホログラムのようなそれを触れるのか、という問題は、おそらく問題ないだろう。

 ここはファンタジー世界だ。

 非物理に触れるという物理的な行為が出来てもおかしくない。

 球体に触れようとして『スカッ』なんてことがあったら、ネタ展開としては美味しいかもしれない。

 尤も、そんなことはないだろうとわかっている。

 理由なぞない。

 なんとなく、そう思うのだ。


「……」


 天使の差し出した球体に近づく。

 手を差し出せば、その球体に触れられるほどに近く。

 しかし、何も変化はない。

 神々しさが失われることもなく、球体になんらかの変化が訪れるわけでもない。

 変わらず、球体の周りを環が回っている。。

 まるで、こちらからすることは何もない。

 自ら掴み取るのが最初の条件だ、とでもいうように。

 それを初代勇者の挑戦と受け取り、絶対の覚悟を込めた笑みを浮かべて球体に触れる。


「っぁ――」


 抗うこともできず、意識が暗転した。






 * * * * * * * * * *






 始まりは、森の中だった。

 周囲には十人以上の人が倒れていて、どうやら最初に起き上がったのが俺――


『――いや、これ初代勇者の記憶か』


 景色にこそ見覚えがあり、且つこの展開と似通ったものを体験していたからこそ、そう即断できた。

 ついでに、周りに倒れる人に見覚えはなく、また、ついさっき天の塔で初代勇者の全てに触れ、意識を失ったばかりだということを覚えていたのも、判断材料になった。


『これが、初代勇者の始まり――なるほど、“転移者”だったわけだ』


 現状から考えうる可能性の一つを口にする。

 といっても、実際に声が発せられるわけではない。

 思考があるだけで、これは初代勇者視点の記憶。

 初代勇者の過去に綾乃葵の意識を植え付けているにすぎない。

 しかし、どうしてこんな記憶を見せられているのだろうか。

 単に遺志や能力を継ぐだけなら、その説明だけパパっとしてしまうのが手っ取り早いはずだ。


『ん? そういやなんで、俺は初代勇者の遺志を継ごうと思ったんだ?』


 ふと、そんな疑問が湧いた。

 結愛への覚悟を結愛の仲間に示すために、こうして天の塔を攻略しに来た。

 そこで看板を見つけ、なぜか前向きに初代勇者の遺志と向き合おうとしている。

 それはなぜか。


『……わからん』


 何か洗脳的なものを受けている可能性を考えたが、それにしてはこうして疑問を抱ける辺りガバガバ判定だ。

 他の可能性も考えてみようかと思考に入ろうとしたが、そんなことを考えている間にもどんどんと目の前の状況は進んでいく。

 あとでも考えられるから、と頭の片隅に追いやって、記憶を注視することにした。


 初代勇者が起きた後、バラバラに倒れていた友人たちが起き始め。

 状況を整理し疑問を抱きながらも理解して。

 一先ずの生活基盤を整えようと、各々のできることを初代勇者ともう一人の男の指揮のもと行い。

 あっという間に時間が過ぎて、気がつけば少し遠い場所にあった集落に住まわせてもらいながら、持ち前の技術や技能を集落のために使い。

 集落の基準で卓越した技術、技能を持つ初代勇者たちは王都へと招集され。

 王と謁見し、尋問じみた質問攻めに遭い。

 難なく言い包め。

 この世界に来てから二年が経つ頃には、既に初代勇者たちの名は近隣へと知れ渡っていた。

 もちろん、全てが順調というわけではなく、病気を患ったり、悪意に晒されたりと、苦悩しながら、それでも初代勇者たちは助け合いながら過ごしていった。


 その二年間をジッと黙って見続けていたが、やはり今の世界のように文明開化はされていなかった。

 建物はよくある中世風のものだし、科学は今ほど発展していないのか不便さが窺えた。

 魔術もレアなものなのか、初代勇者が拠点にしていた王都では騎士団クラスの人間の内数人しか使えないという希少性だ。

 またそのレベルも、この世界に来た時の召喚者と同じかそれ以下。

 今で例えるなら、魔術師団の入団試験にギリギリ合格できるかな? と言うレベルのものだ。


 何より驚いたのは、仲の悪い多種族が入り乱れていたことだ。

 人間も魔人も獣人も森精種も土精種も海精種も吸血鬼も。

 ほとんどの種族が、一つの街で共存していた。

 だが驚くと同時になるほど、と納得もした。

 看板に書いてあった、『全種族が仲良く喧嘩したあの時代を取り戻したい』の意味が、ようやく理解できた。

 確かに、これを失ったなら取り戻したくもなるだろう。

 その真意に理解を示しつつ、記憶を見ていく。


 その後も波乱万丈な異世界生活を送りつつ、町を発展させ、技術を教えていった初代勇者たちは、その高い能力値も相まって崇拝に近い扱いを受けていくことになる。

 日本育ちだった初代勇者たちはその扱いに困惑し、最初はやめてくれと言っていた。

 しかし、状況が不思議なことに、最悪の方向へと一転した。

 今まで仲良く暮らしていた他種族が、途端に仲違いを始めた。

 原因不明。

 そもそも、初代勇者たちを除く全人類、全生命が、仲が良かったことなど忘れ、初めからそうであったかのように振舞っていた。

 演技などではない。

 しかし、洗脳と言った類で済ませられるほどの規模ではない。

 そう確信し、しかしどうすることもできなかった初代勇者たちは、自分たちへ向けられていた羨望、崇拝じみた思想を利用することにした。


 大陸から少し離れた北東に位置する島へと移住し、そこで暮らしていた魔獣たちを実力ちからで説き伏せて、人が暮らせるようにした。

 今まで誰もが夢見て、幾人かが挑戦し、その悉くが諦めてきた文字通りの夢を現実にした初代勇者たちはより崇拝され、そしてそこに一つの国を建てた。

 それが、現在のトゥラスピース共和国にあたる。

 自らが建てた国を拠点にし、各方面へ初代勇者たちのみで諜報を行い、情報を獲得していった。

 五年もの間、めぼしい情報が得られずに苦労したが、ついに一つの情報を得た。

 それを元に推察と偵察を行い、おそらくは大陸の向こう側にあるもう一つの大陸に原因があるのではないかと推測を立てた。


 そこから海を越えるための作戦を立て、その為に必要な実力をつけるためにこの天の塔へ挑み、攻略して原因の調査へと赴いて。

 その原因だった魔王と対面し、戦い、敗れ。

 命からがら逃げだしてきた。

 だが全種族の仲が良かった時代を忘れられなかった初代勇者は、また作戦を練り、そして――


『――ここか』


 ソフィアを助けた時に見た記憶に繋がった。

 初代勇者ことマキとワタルと呼ばれた青年が、銀狼への加護を確かなものへとする作業。

 そして、その後もきちんと見ることができた。

 初代勇者が作った共和国の結界に細工を施し、素質のあるものへの記憶のチラ見せを。

 他にも至る所に、初代勇者と繋がりを持つ人間、生命を選定するためのきっかけを用意して。

 最後、この天の塔への細工を施した。

 それが、この記憶の最後だった。


『…………』


 一部始終。

 文字通り、初代勇者の全てを見せつけられて、何も言えなくなっていた。

 最初の方は、ただの異世界に転移した地球人が、元の世界に戻ろうと世界に巻き込まれつつ努力する展開だった。

 始まりからは想像もできないほどのシリアスな展開に、胸が締め付けられるような気分だ。

 誰も好き好んでこんな展開を望んでいたわけではないと理解しているから。

 それを初代勇者が理解して、その上でその道を選んだからこそ。


「……想像以上に、重いな」


 記憶の再生が終わり暗転した世界で、小さく呟いた。

 覚悟を決めていたはずだった。

 もう立ち止まらずに、前だけ向いて進み続けると決めたはずだった。

 だけど、その決意が揺らぎそうなくらいにこの記憶は辛い。


「これが私の辿ってきた道」


 真っ暗な世界に、人があらわれた。

 言わずもがな、先に視た記憶の持ち主である、初代勇者――名を羽塚真希はつかまき


「まずは最後まで視れた奇跡と、それを為したあなたへ感謝します」


 頭を下げる真希の表情は優れない。

 だけど、何も言わずに――言えずに、続く言葉を待つ。


「そして身勝手に、あなたに私の遺志を託したことを謝らせてください」


 先ほどよりも深く頭を下げる。

 その声音は強張って、今にも泣きだしてしまいそうなくらいに震えていた。

 初代勇者は――羽塚真希は、ずっと苦悩していた。

 全種族が仲の良かった世界を取り戻す為に、関係のない人たちを巻き込むことを、最後まで許すことはできなかった。

 だから、こうして自らの意志でここまで来た綾乃葵おれにすら、こんなことをしている。


「わかって欲しいとも、わかってくれるとも思ってない。でもどうか、これから渡すものがあなたの役に立って、結果的に私の望んだ世界になることを、空から祈っています」


 それだけ言うと、スーッと光の粒子になって消えていく。

 足から徐々に、ゆっくりと。

 伝えたいことを伝えた。

 だからもう、この回想は必要ないのだと。

 そう、言いたげに。


「初代勇者、羽塚真希」


 聞こえるはずもない言葉を。

 届くはずのない思いを。

 消えゆくただの録画に向けて。


「俺が全部片づけてやる。あんたの力も願いも、全部俺が継いでやる。だから安心して、俺に任せておいてくれ」


 未来なんてわからない。

 明日がどうなるかも、ほんの数秒先のことだってわかりゃしない。

 俺は未来視ができるわけじゃない。

 それに近いことができても、結局はどこまで行っても予測に過ぎない。

 でも、断言する。


 初代勇者の全てを知ったから、情が移って柄にもないことを言った?


 確かに初代勇者の記憶は凄まじかった。

 この世界に来てからの俺の記憶――元の世界を考慮しても足りないほどに、苦悩の日々だった。

 でも初代勇者は、いつだって諦めなかった。

 どんなに挫折しても、どんなに高い壁が立ちはだかっても。

 絶対に諦めなかった。


 だから、それに応えたくなった。

 初代勇者が目指した未来を、初代勇者の力で俺が掴み取る。

 そして全てが終わったら――




 羽塚真希の顔が、少しだけ和らいだ気がした。









 * * * * * * * * * *






「――待たせたな」

「大丈夫。時間はそんなに経ってない」

「具体的には?」

「十分くらい」

「なるほどね」


 記憶では数年と言う時間を初代勇者視点で見てきたはずなのだが。

 もしかしたら、夢と同じようなものなのかもしれない。

 それはさておき――


「んで? これから塔に挑戦するってなった場合、俺はどうすりゃいい? ここであんたと殴り合えばいいのか?」


 思わぬ寄り道をしたが、それ以上の収穫を得られた。

 同時に、この世界でやり残したこともできた。

 と言うより、作らされたと言うべきだろう。

 尤も、その点に関して文句はない。

 どうせ結愛に俺のことを思い出してもらわなければ、真の意味での再会とは言えない。

 ならばいっそ、もう自由に動いてやろう。

 召喚者への迷惑はもう今更だと、良くない方向へ開き直って思う。


「いいえ、私の試練はそうじゃないわ。今までのは全部、真希にお願いされていたこと。それが終わった以上、私は本来の役目に戻ります」


 そう言って、意識でも切り替えるように目を閉じる天使。

 途端、雰囲気が変わる。

 初めて出会った時のような威圧感。

 全身が総毛立ち、意識するよりも早く体が警戒を示す。

 右手を『無銘』の柄へとやり、即座に抜刀できるように。

 重心を落とし、“魔力感知・臨戦”で何が来ても即座に対応できるように。

 反射的にそうせざるを得ないほどの圧倒的な存在感を放って、天使は厳かに口を開く。


「私の仮名はサフィエンシア」


 サフィエンシアと名乗った天使が言うには、この試練は殴り合いではないらしい。

 とはいえ、言葉の揚げ足を取れば得物による斬り合いも否定できないし、何なら蹴り合いだって殴り合いとは言わない。

 揚げ足を取って警戒を広げられるなら構うものかと思考を止めず、どんなものが来ても対応できる状態にしておいて――


「天の塔に挑戦する者――綾乃葵よ。そなたの知恵と知識を存分に発揮し、この試練を突破せよ」

「……はい?」


 ――思考が全部吹き飛んで、口からは素っ頓狂な声が漏れた。



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