第七話 【『知恵の試練』】
「……知恵と、知識? こう、戦うんじゃなく?」
「はい。私が与える試練は、知恵と知識の試練です」
「じゃあその不必要な威圧は……?」
「こうした方が雰囲気出ていいんじゃない? と真希に言われたので」
いつか絶対に初代勇者に文句言ってやると心に決めて、『無銘』にかけていた手を放し、小さく溜息をつく。
「真希の記憶を見たのなら、ここへの挑戦した記憶もあったのではないですか?」
「あったよ。でもあんたの威圧感が強すぎて全部吹き飛んだんだ」
たった数分前に見た光景を忘却させる、更にはほんの数秒前の確認の意味すら失わせるほどの威圧感。
“魔力操作”によって生み出した疑似的な空間圧迫による圧しかかけられない俺のものとは比にならないほどのそれは、天使と言う生物との格の違いを見せつけられているかのようだ。
技術とかそう言う類ではない。
その一点ですら、彼我の実力差を痛感させられる。
「それで、知恵と知識の試練って何すればいいんだ?」
「そうですね……あなたはこの世界の住人ではない。なら、この世界の知識について問いましょうか。難易度は……この世界に暮らす人々が半分以上答えられる程度の難易度で、あなたには八割以上の正答を要求します」
「……バランス、おかしくないですかね?」
この世界の住人が半分答えられる難易度で、この世界の住人にではない俺には八割以上を要求する。
いくら他の召喚者よりこの世界について調べ、ラディナからこの世界のことについて教えて貰っているとはいえ厳しい難易度だ。
「これは試練。簡単で済むはずがないのは道理でしょう? それに、足りない知識を補うのが知恵です。この試練はその二つを測るもの」
「……まぁそりゃそうだよな。試練だもんな」
当たり前を忘れていた。
この塔は試練を与え、攻略したものに力を授ける場所。
簡単なはずがない。
「よし、じゃあさっさと始めよう。時間が惜しい」
「わかりました」
そう頷いて、サフィエンシアは目を閉じた。
集中するように意識が練り上げられていくのが、傍目にもわかる。
この部屋に入って初めて出会った時の神々しさ。
それと似たようなものを、今のサフィエンシアから感じる。
「天の塔、知恵の試練、計百問――開始します」
先ほどまでの人間味はなくなり、機械的な言葉遣いになったサフィエンシアが言う。
雰囲気すらも、どことなく無機質なものへと変化している。
それが試練を与える者としてのデフォルトなのか、サフィエンシアは俺の反応など気にせず続ける。
「問一。最古の歴史を持つ国は?」
「――アルペナム王国」
「問二。トゥラスピース共和国は今年で建国から何年が経つ?」
「あー、五千……二百六十二?」
「問三。ジグ・ラザ・シン連合国は何年前に統一された?」
「……百四十三?」
「問四――」
三問である程度の傾向は理解したが、今のところは歴史に関することが多い。
と言うか、歴史以外の問いは今のところはない。
また、俺の答えの正誤は一回ごとに判断はせず、ポンポンと次に行く仕様らしい。
とても不安になる進行方針だが、その不安が
試練を考察をしつつ、その後も正誤不明のまま問いに答えていく。
「――問十六。大陸の言語は何年前に統一された?」
「…………五千二百六――いや五十」
問いの数が増えていくにつれ、難しい問いが増えていく。
知識がなければわからない問題だ。
サフィエンシアの言っていた通り、足りない知識を知恵で補う必要がある。
自分に足りないものを、自分自身で補完する。
それは――
「――得意分野じゃねぇか」
不思議と笑みが零れてきた。
今までとやることは変わらない。
足りないものだらけだった人生が、ここに来て役に立っている。
師範が言っていた、『経験は活かしてこそ意味が生まれる』を体感している。
「……問三十三。魔術における形態の二つは?」
「詠唱と記述」
「問三十四。詠唱の内、代表的なものを二つ答えよ」
「詠唱、聖歌」
魔術に関する問題は、思いの外答えられた。
魔導学院では主に魔術陣について勉強していたが、ソフィアと学院生活を共にしている間に色々と聞いていたのがここに来て役に立っている。
やはり、経験は活かしてなんぼだと、そう思う。
「問六十五。吸血鬼族が暮らす大陸を守護する結界の種類は?」
「確か……島を出入りする人を選定する結界と太陽の光を軽減する結界」
「問六十六。
「……水中で呼吸ができるようになる魔術があるから?」
他種族に関してはそれなりに情報を集めていたため、思いの外答えられた。
しかし、全てに自信があるかと聞かれれば答えはノーだ。
海精種ともなると、現代の交流が少ないし、資料も少ない。
そもそも海底都市に住んでいることは知っていたが、そこで人が滞在できることすら知らなかった。
なぜ呼吸をできるか、なんて問われても、ありきたりな答えしか思い浮かばない。
心なしか、サフィエンシアの見る目が呆れてるような気がする。
「問八十七。共和国の掲げる教育理念とは?」
「一人一人に合った教育……?」
「問八十八。公国の第一部族が掲げる教育理念とは?」
「……のびのびと育てる?」
やはりと言うべきか、後半になるにつれてわからない問題が多数出てくる。
教育理念など、この世界で教育を受けるつもりは毛頭なかった俺が知る由もない。
おそらく、これがこの世界の住人ですら答えられない五割の問題だ。
知恵でどうにかするにしても、そもそも第一部族とやらがどんななのかを知らない。
脳内に記憶している数少ない公国の情報から考え答えてみたものの、憶測に近い答えしか出せなかった。
回答に対する自信がどんどんと失われていく。
「問九十九。各国に存在する国宝の内、作成者が共通しているものは何?」
「……宝石?」
「問百。あなたが正答した問いの数は?」
「えっ、と……は、八十二?」
某クイズの『今何問目?』みたいな問題が来るとは予想もしておらず、虚を突かれテキトーな数字を言ってしまった。
サフィエンシアの沈黙が痛いが、一先ず試練はこれで終わり。
もっと大変な試練だと思い込んでいたこともあって、めちゃくちゃにあっさり終わった気がする。
ともあれ一つの試練が終わり、あとは合否の判定を待つだけだ。
と言っても、おそらく試練は落としている。
つい正答した問題数を八十二なんて言ってしまったが、半分も答えられた気がしない。
自信を持って正解だと言える問題なんて、三十問ないくらいだ。
だが不思議と、気分は落ち込んでいない。
悔しさはあるが、次があったら今度はばっちり対策してやるとさえ思えている。
ここまでポジティブでいられるのも、初代勇者の遺志のおかげなのかもしれない。
「次が最後の問いです」
「――えっ?」
もう終わった気でいた俺の耳に、サフィエンシアの声が届いた。
開始前、問いは百だと言っていた。
その事実が頭にあったから、やりきった達成感から一息ついていた。
のに、まだ先があった。
頭の切り替えがそんな瞬時にできるわけもなく、しかし切り替えなければと必死になって――
「真希のこと、あなたにできる?」
「――」
今までと形式が全く違う。
機械的な問いを投げかけるわけでもなく、その内容もいまいちピンとこない。
全生命に公平に与えられる試練とは思えないそれは、この場においてのみは別だった。
その問いを投げられた俺だけは、その意図を、意味を、理解できる。
だから、しっかりと向き直って、サフィエンシアの星形の瞳を見据えて答える。
「できる」
「――そう」
俺の答えに、サフィエンシアはふっと表情を崩した。
初めて見せる笑顔は、神の被造物などと呼ばれる天使らしからぬ可憐さがあった。
「ま、結愛の方が可愛いけどな」
小さく呟いたそれはサフィエンシアには聞こえなかったのか、笑みを消して試練を与える者としての表情に戻る。
「これで知識の試練は終わりです。あなたには、あと六つの試練に挑む権利があります。順番はありません。ご自由なタイミングで挑戦してください」
「この試練の結果はどうなったんですか?」
「試練の結果は全ての試練が終わったあとで行います。天恵もそこで譲渡いたしますので」
正誤を明かさないだけでなく、その結果すらも今は教えてくれないという。
なんてケチなんだ、とも思ったが、一つ一つを受験の科目だと考えればあとで纏めて教えるというのは、存外ケチでもなんでもないのかもしれない。
ただ一々不安を煽ってくるのだけはいただけない。
強心臓のように振舞っていただけで実際のところは強心臓でもないのだから、そこんところを考えて欲しいものだ。
そんなことを考えつつ、既にサフィエンシアが用意したであろう出口へと足を運ぶ。
出口はここに入ってきた時と同様、薄い膜のような扉だ。
それに入る手前で、ふと振り返る。
サフィエンシアが振り返った俺を不思議な目で見てくる。
ニカッと笑い、色々と精神に悪い試練を用意してくれた腹いせも兼ねて、言葉にする。
「また来るから、待っててね! サフィ!」
「――ッ!」
驚きに目を見開くサンダルフォンを見れて満足し、光の扉を潜った。
「――んっし。最初の広間だな」
扉を超えた先は、先の図書館へ至る扉のあった広間。
どうやら出入口は共通らしく、出てきた扉は入った扉と同じ場所だった。
しかし、その扉の光は失われ、今は入り口っぽい造形の石材があるだけだった。
一度終えた試練に再挑戦することはできないらしい。
つまり、サフィエンシアの言っていた天恵とやらはもう受け取れないわけだ。
「もっと勉強しとけばよかったなぁ」
レアアイテム――それも、一回きりの挑戦でのみ手に入れられるものともなれば、やはり手に入れておきたくなるのがゲーマーと言うものだ。
非常に惜しいことをした、と悔やむ気持ちが湧いてくる。
「いいや、今は立ち止まってる場合じゃない。あとでいくらでも後悔できるんだから、今は前を見続けよう」
そう自分自身に言い聞かせて、隣の扉へ移動する。
外見的には他五つの光の扉と何ら変わらない。
やはり中に入るまで、そこが何の試練を行っているのかはわからないらしい。
「ほんっと、これ作ったやつはいい趣味してるな」
外では対策を立てさせない。
実際に始まるまでどんな試練かわからず、挑戦権は各試練につき一度のみ。
最強の初見殺しを体現するこの塔はまさしく、力試しをするには持って来いだと言える。
だが、そういう設定のあるものに挑むのは、むしろゲーマー魂が震える。
先の失敗なんて忘れるくらいの高揚を覚えつつ、迷うことなくその扉を潜った。
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