第六章 【過去】編

第一話 【大戦の事後処理】




 五千年の長い歴史を持つ人魔大戦が終わり、ひと月余りが経過した。

 荒野にて魔王軍の侵攻を食い止めていた大多数の人々は、それほど大きな被害を出すことなく無事に自分たちの国へと帰っていった。

 大戦に参加した組合員は、これから昇級や報奨金などを手に入れ、大戦に参加した名誉とともに一生の誇りとして語ることができるようになる。

 結果として、荒野では幹部に位置する相手と戦うことも、魔人と対峙することもほとんどなかったそうだが、百年に一度の“大戦に参加した”という事実はそれだけで誇れるものらしい。

 尤も、今回の大戦には自らの意思で参加しなかった人間たちもいる。


 その一例である召喚者は無事に帰還した。

 荒野に残った二十人も、幹部と対峙した十一人も、怪我こそあったものの死ぬことなく帰ってこれた。

 運がよかったのもあるし、想定していたよりも幹部クラスが弱かったというのもあるだろうが、結果としては勝利し、全員が生き残った。

 仲のいい女子グループは顔を寄せ合い死線を潜り、その上で生き残れたことに感涙し、男子グループも気恥ずかしそうにハイタッチをしていた。


 魔王軍の本隊が侵攻してきた帝都も、ひと月が経過した今では昔の活気を取り戻している。

 帝都回りの草原が見えなくなるほどの魔物の死体で埋まり、その数多の死体にたかるように魔物が溢れたのでそれなりに荒れこそしたが、魔王軍と比較すれば特に問題はなかった。

 今では草原が元の姿を取り戻そうとしている。

 雑草の生命力は強いというが、それを実際に目の当たりにして少しだけ感動した。

 ともあれ、誰一人として欠けることなく帰ってこられた事実に歓喜した。


 そんなことを思いつつひと月が経った現在、帝国の城の一室ではドミニクの言葉通りにパーティーが開かれている。

 一室と言っても、学校の体育館の倍ほどあるとても広い空間だ。

 見知った人も見知らぬ人も、数多の人間が同じ空間に似たような正装をして片手にワイングラスを持ち、テーブルに置かれた食事をとりながら楽しそうに会話をしている。

 大戦に勝利し、人類が束の間の安寧を手に入れたことを喜ぶための会場と時間なので、その反応になにもおかしなところはない。


 当然、召喚者の面々もその場に呼ばれ、着慣れないタキシードやらドレスやらを身に着けている。

 この大戦の立役者とも言える召喚者たちは、その雰囲気にも作法にも慣れておらず、またそれぞれが思い思いに食事や会話を楽しんでいる人もいる中、集団で固まっているため、広い空間にいるにもかかわらずとても浮いていた。

 慣れているはずもない立食パーティー形式になっているのも、集団で集まらざるを得ない状況になっている。

 集団で且つ混じりっ気の少ない黒髪という珍しい頭髪の色も、注目を集めている理由の一つだろう。

 もちろん、例外は存在する。


「いやぁ、あなた方が助力に来てくれたおかげで大戦に勝利することができました。本当に感謝していますよ」


 恰幅の良い、名前も知らないおじさんが、浮いている集団に話しかけてきた。

 手にはワイングラスを持ち、顔が僅かに紅潮していることから、おそらくは雰囲気と酒に酔っているのだろう。

 ただわざわざ浮いている集団に話しかけた内容が感謝であることから、きっと本心を話していることは推測できる。

 外見とお酒に酔って話しかけてきた、という二つの点で見ればだらしのない人だろうが、中身はしっかりとした人なのかもしれない。


「いえ、私たちは私たちのやるべきことをしたまでです。元は力も何もなかったただの人です。それをここまで導いてくれた多くの人たちの助力があってこその勝利ですから」


 そのおじさんに応対するのは、この局面でも物怖じせずに前線に立っている二宮翔だ。

 初めて着るタキシードを着こなし髪型も整えおり、いつものイケメン度に拍車がかかっている。

 本来なら召喚者の中で唯一の大人である龍之介が矢面に立つべきなのだろうが、翔は自ら今の立場を志願した。

 その意図は不明だが、生徒の意思を尊重してくれる龍之介はそれを許諾し、今の状況ができている。

 そんな翔は笑みを浮かべ、本心を口にする。


「……あぁ。助けに来てくれたのがあなたたちでよかった」


 恰幅の良い名前も知らないおじさんは、ワイングラスをテーブルに置き、両手を合わせて頭を下げた。

 心の底からの感謝を伝えようとしてくれているのが、しっかりと伝わってくる。

 そのおじさんを皮切りに、浮いていた召喚者たちへ次々と人が集まっていった。

 誰もが話しかけるタイミングを伺っていたのが、その状況からわかる。

 静かに、息を潜めるようにして固まっていたのとは一転、今度は人だかりの中心地で翔を筆頭に、龍之介や日菜子などが対応に追われることになった。


「お前は行かなくていいのか?」

「忙しいところに首を突っ込むほどМじゃないですよ」


 そんな召喚者たちを、少し離れたところで傍観していた葵に、珍しく飲酒をしているラティーフが話しかけてきた。

 さっきまで多くの美人や美少女、貴婦人に囲まれ、それらに嫌な顔一つせずイケメンな対応をしていた。

 普段の軽い感じは鳴りを潜め、デキる男の雰囲気がめちゃくちゃ漂っていた。

 服装の所為でもあるだろうが、心持ち一つでここまで変わるのかと感心したくらいだ。

 だというのに、今はからかうように、悪戯でもするように、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 そんなラティーフを横目に見つつ、二つの意味で呆れたように溜息をついて答える。


「大戦を勝利に導いた、という点だけで言うなら、お前が一番適役だろうに」

「適役とか大戦を勝利に導いたとか、そんなのはどうでもいいんですよ。そもそもここには来るつもりもなかったんですから」

「なのに来てくれてる辺り、お前らしい」

「義理を果たしただけです。不義理は嫌いなので。それに――」


 ラティーフから視線を逸らし、あるテーブルの方に視線を向ける。

 そこでは頭に梟を乗せた小さな女の子が、側にいる大人びた雰囲気の少女にテーブルマナーなどを窘められつつテーブルの上の料理を美味しそうに食べていた。

 食事を楽しんでいるのはソウファで、その肩に乗っているのはアフィ、保護者役兼監督役をしているのはラディナだ。


「あいつらにも早めに立ち直ってもらいたかった。一時的にはで俺たちの敵になったけど、本質は何も変わっちゃいない。多くの人たちを接すれば、それもわかるんじゃないかと思って」

「……ふむ。その様子だと、心配していたようなことはないようだな」

「ええ。ラディナたちは洗脳を受けてもいなければ、寝返ってもいないしスパイでもない。ただの操り人形にされていただけみたいです」

「そうか。ま、お前のことだ。今までもちゃんと見ていてくれたんだろうが、これからもしっかりと見ていてくれよ」

「はい」


 普段から見た目も態度も軽い癖に、その実しっかりとしているラティーフの優しさが沁みる。

 このひと月、戦争の事後処理に手も貸さずに結愛を探し続けていた葵の周りを気にかけてくれていたことを知り、つい今しがた口にした“不義理は嫌い”という言葉のブーメランが返ってくる。

 僅かにダメージを喰らう。


「んで、話は変わるが……どうだった? 手掛かりは何かあったか?」

「何も。今までの一番の収穫は変わらず、共和国での目撃情報とこのペンダントだけです」


 ズボンのポケットから取り出したそれを見せて首を横に振る。

 この一か月、まだ未探索だった帝国を探し回ってみたが、手掛かりは何一つとして見つからなかった。

 帝国は他国よりも魔物が活発で、多くの組合が存在する。

 そんな国で、今まで一度も情報が落ちてこなかったことから想像は出来ていた。

 今回の場合においては、手掛かりが見つからない落胆よりも、そりゃ見つからないよなという納得の方が大きかった。


「これからは俺たちも本格的に捜索に乗り出ることができる。気休め程度にしかならないだろうが……」

「いや、手伝ってくれるだけでもありがたいと思ってます。あいつらも付き合わせてる以上、早く見つけられることに越したことはない」

「……それ、あいつらにも聞かせてやったらお前の印象は良くなるだろうに」


 呆れるような溜息を吐くラティーフに、肩を竦めて答える。

 その答えがわかりきっていたのか、ラティーフもそれ以上ツッコんでくることはなかった。


「まぁでもそっちに関してはあまり気にしなくていい。というか、人数が増えたから最初に話したよりも時間がかかるようになったから、こっちのことは気にする必要はないぞ」

「……あぁ。そう言えば、俺たちと同じ世界からこちらに転移していた人達がいたんでしたっけ?」


 葵の言葉に、ラティーフがそうだと頷く。


「あれから全く気にしてなかったですけど、何かわかりました?」

「ああ。まず俺たちが保護したのは全部で十三人。うち一人が、お前が連れてきたやつだな」

「坂上さん、でしたか。確か、どこぞの教師だったと」

「その通りだ。んで、残りの十二人が生徒らしい。女学校と言うところの生徒だから全員が女性だそうだ」


 先生と生徒ということは知っていたが、それが女学校ということまで走らなかった。

 というか、女子しか入れない学校に男の先生がいてもいいのかという疑問はある。

 尤も、在籍しているという事実があるのだから問題はないのだろう。


 それと、坂本は葵に話しかけてきたときは日本語だったが、あれは敵意がないことを示すための行為で、実際はこの世界の言語を話せたらしい。

 助けてくれたあの方とやらが教えてくれたらしく、そのおかげでラティーフたちとの会話が成立している。

 見た目以上に、あの坂本は有能なのかもしれない。


「そっちはどうでしたか?」

「おそらく、こっちも問題ない。少しばかり、厄介なことになっているがな」

「魔王軍のいる大陸に残ってる生徒たち、ですね」

「ああ」


 はぁ、と小さく溜息をついて、ラティーフはおでこに手を添える。

 厄介事が増えたことと、それが容易に解決できる問題ではないことに対しての溜息だろう。

 坂本の生徒たちは、体調を崩し看病されているとはいえ、関係だけを見てみれば人質と大差ない。

 ラティーフたちは坂本たちも地球へと還してくれようとしているが、生徒が全員揃わなければ帰還はできない。

 もし欠員が出たまま帰還などすれば、行方不明になった生徒たちの原因を話すことができず、たとえ話しても信じてもらえないだろう。


「色々と話を聞いてはいるんだがどうにも難しそうでな。魔王の住まう敵地へ赴いて気づかれずに生徒全員を脱出させるなんて、それこそ転移魔術でもない限りな」

「……」

「ああ、別に文句を言っているわけじゃないぞ? ただの手段の話だ。すまん、配慮が足りなかった」

「いえ。俺も少し、神経質になっているだけなので」


 この会話をラディナが聞いていなくて良かったと心の底から思う。

 ナディアが死んでしまったことを、ラディナは今も引き摺っている。

 自分が操られていたからナディアを殺してしまったのだと。

 自分にもっと力があれば、ナディアを殺させずに大戦を終えられたのだと。

 既に起こってしまったことは変えられない。

 それをわかっていても、後悔が消えることはない。


「――その坂本さんたちは今どこに?」


 暗くなってしまった雰囲気を払拭するため、何気ない入り込みやすい話題を放り投げる。

 それを受け取ったラティーフはすぐにいつもの調子を取り戻し答える。


「質問攻めで苦労を掛けているからな。このパーティーに出席してもらってる」

「……ラディナを連れてる俺が言えた義理じゃないが、大丈夫なのか? もしそこらにいる重鎮を殺されでもしたら責任問題になるんじゃないか?」

「その点は問題ない。帝国は実力至上主義で、殺されたら殺された奴が悪いって考えの人間が多い。特に上にいる奴らはな。それに何より帝王ドミニクが許可を出したからな」

「じゃあ問題ない、のかな」


 その“虐められたら虐められた奴が悪い理論”の究極系のような考え方を全て理解できるわけではないから、微妙な反応を取ってしまう。

 正直、ドミニクが許可を出したからと言ってその前の提案を下であろうラティーフに責任追及が行かないわけではないと思うのだが、その辺は意外としっかりしているラティーフのことだから大丈夫なのだろう。

 ならいいかとわからなくてもいいことへの思考を放棄して、視線を再びラディナたちへと戻す。

 何かを話し、楽しそうに笑いながらテーブルに並べられた食事を食べている光景を見ると、連れ去られる前のことを思い出す。

 まだ三ヵ月ほど前のことでしかないのに随分と久しぶりな気がするのは、その関係に満足していたからなのだろう。

 家族以外で関係に満足していた思うのは、それこそ小学一年生以来だろうか。

 ここ最近はその家族との関係もなかったので、余計に懐かしく思える。


「綾乃、くん?」


 感傷に浸っていると、背後から声を掛けられた。

 名指しで呼ばれたので知り合いだと思うのだが、如何せんここ最近で聞いた覚えのない声だ。

 そのことを不思議に思いながらも、ゆっくりを振り向いた。


「あ、やっぱり、綾乃くんだよね?」


 振り向いた先にいたのは、長い茶髪を持つ女性だった。

 歳は葵と同じくらいで、身長は葵よりも低い。

 身に着けているドレスで体のラインはわからないが、見えてる範囲から推測してもかなり細身だ。

 瞳は髪よりも若干黒く、穏やかな目元をしている。

 美少女に分類されるであろう人種だ。

 だが一番気になるのはそこではない。


「えーっと……大変申し訳ないんですが、どちら様ですか?」


 葵は目の前の美少女のことを何も知らなかった。

 今見た情報以外に何の情報も持っていない。

 故に、口から出たのはそんな当たり前の疑問だった。

 そんな疑問に答えたのは、目の前の美少女ではなく隣にいるラティーフだった。


「あなたは確か、サカモト氏の生徒さんの――」

「あ、はい」


 ぺこりとラティーフに頭を下げて、美少女は絵になる立ち振る舞いでお辞儀をする。


「私は布施沙紀と言います」


 その名を聞いて、葵は驚嘆する。

 心拍数が上がるのを実感し、息が僅かに荒くなったのを自分でも理解できた。

 人前であることを真っ先に思い出し、何とか表に出すのは控えようと努力したが、全てを隠せるほど嘘は得意ではなかった。


「久しぶりだね? 綾乃くんとは小学一年生依頼かな?」


 嬉しそうに純粋無垢な笑みを浮かべる沙紀に、葵は生唾を飲む。

 大きく深呼吸をして、頭の中で今後の展開を考える。




 どうやって、葵のトラウマの原因から逃れるかという、対策を。



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