【終焉へ向かう】
暗い雲に覆われた町がある。
建物こそしっかりと建っているが整備というものが全くされておらず、人々が歩む道はけもの道と大差ない。
しかし、見渡す限りの空を覆い尽くす暗い雲とは裏腹に、その町を行く人々には活気がある。
あるところでは笑顔が咲き、あるところでは小競り合いが起き、あるところではそれをやれやれと笑いながら眺めている。
そんな“自由”という言葉が当てはまりそうな活気のある町から見て北東にある山の上に、大きな古城がある。
黒を基調としており、王国の城とは対極を行くような魔王城を彷彿とさせるその城の中で、王座に座った一人の少年とも呼べる青年の前に跪く七人の男女がいた。
その七人のすぐ近くには一人の無口そうな雰囲気を放つ青年が立ち、気怠げな態度で何やら口上を述べている。
言いたいことを言い終えたのか、その青年は恭しく礼をして傍の七人に倣うようにして跪く。
「――なるほどな」
その青年の口上を受けた少年とも呼べる青年――ダレンは顎に手を当て頷いた。
何も言わず、静かに言葉の続きを待っている八人の男女と、頷いたきり何も言わないダレンがいるその空間はとても静謐で、いっそ音という概念が消えたと錯覚してしまいそうなほどだ。
「ユリエル、カスバード、メリッサ。お前たちが戦った召喚者の名は?」
「私はナカムラハヤトと名乗る召喚者と戦いました」
「俺は例のアヤノアオイです」
「あたしはヒナコ、カケル、ハヤトって呼ばれてる人たちと」
ダレンの質問に、呼ばれた順番通りに答えていく。
それを聞いたダレンは、顎に当てた手はそのままにふむと再び頷いた。
「ユリエルとメリッサが戦ったそのハヤトとやらは同一人物か?」
「あたしが戦ったハヤトは髪も目も黒かった男の子でした」
「私も同じだ。が、召喚者たちの多くは黒系統の髪と目を持っていた。それだけで同一人物と断定するのは難しい」
メリッサが無邪気にありのままの情報を告げ、ユリエルもそれに同調し、しかし淡々と情報を整理する。
ユリエルが整理した情報に頷いて、ダレンはようやく顎から手をどける。
「そうだね。じゃあレイチェルに調べてもらおうか。エリ、連絡お願いできる?」
玉座の傍らで、空気に溶けるようにして存在感を消していた長い黒髪を持つ女性へ視線を向け、ダレンはあざとく少しだけ顔を傾けて訊ねた。
エリと呼ばれた、正式名称をエリュジョン・ワンと言う女性は、ダレンの言葉に無言で頷き右耳に手を当てた。
受話器代わりに手を当てているような素振りを見せたエリュジョンから視線を逸らし、再度八人へと視線を向ける。
「じゃ、予定通り行こうか」
ダレンの言葉に、八人が頷く。
その反応にダレンも満足げに頷いて、右腕をバッと広げる。
「メリッサ以外は覚醒器に。起き次第、少しずつ始めよう。メリッサはヒュオのところに行って。覚醒器はメリルとの調整をしてからでいいよ」
「わかりました!」
「よしっ。じゃあ解散!」
ダレンの言葉に八人全員が頭を垂れた。
年功序列を良しとする考えの誰かが見れば、少年に近しい青年でしかないダレンに頭を下げるという卒倒しそうな光景は、しかし実力によって差別化され、序列が付けられている魔人のシステムにおいては当たり前。
力あるものが上に立ち、そうでないものは支配される。
十四年前と同じように。
「エリ。レイチェルとの連絡は?」
某AIにでも呼びかけるような気楽さで、ダレンは側にいたエリュジョンに問いかける。
その問いに、エリュジョンは首を縦に振ることで答える。
「わかった。何かあったらまた知らせて。もう下がっていいよ」
ダレンの言葉にとても丁寧な礼をして、エリュジョンは玉座の左右後方にある部屋へと消えていった。
それを眺め、ダレンは玉座にしなだれる。
疲れを体現するような素振りは、決して他の誰かがいる場面では見せないレアな姿だ。
「――随分と、召喚者を高く買ってるのね」
唐突に、ダレンの耳に聞き慣れた声が届く。
男とも女とも、若者とも老人ともとれる、不思議な声だ。
口調からして女だろうし、そう認識して聞けば成人した当たりの女性のような声にも聞こえる。
声の主が男か女かはともあれ、油断しまくりのダレンの耳は確かに声を――音を捉えた。
しかし、ダレンは驚きもしなければ慌てて体勢を立て直すこともない。
ダレンをここまで育ててきた、いわば育ての親とでも言うべき相手なのだから、今更隠す必要もないというのが正しい。
「そりゃそうだよ」
どこからともなく聞こえてきたその声に、ダレンは軽く答える。
ゆっくりと脱力していた体を引き戻し、ふーっと大きく呼吸して玉座に座り直す。
「――どうして?」
ダレンの言葉に、その声は静かに質問する。
本心からわからず質問しているというよりは、意地悪の為に聞いている、という表現の方が正しそうな声音だ。
そんな声に、ダレンはフッと笑う。
「――五千年前と同じなんだよ。相手の性質も、条件も」
天を――と言っても、天井によって
それは懐古のようにも聞こえるし、憎悪を滾らせているようにも聞こえる。
「性別も数も違う。でも同じだ。確信がある。魂の奥にいる
「ええ。もちろん」
さも当たり前のことを言っているとでも言わんばかりの態度だが、もう十年以上一緒にいるのだ。
その意地の悪さは流石に理解しているし、慣れもした。
だからそこには言及しない。
今更する必要もない。
「でも、その割には楽しそうね?」
「そりゃそうだよ……!」
ヒュオの質問に、ダレンは最初と同じ文言を述べる。
でも、その声音が最初の質問への返答とは全く違った。
今の言葉は、好きなゲームの発売日前夜にウキウキしている子供のような、待ちきれない楽しさが滲み出ている。
声音に滲み出た楽しみな感情が発露するように、ダレンは諸手を挙げて玉座から立ち上がる。
「再戦できるんだよ! ボクたちがずっと紡いできた
恍惚とも言える、そんな表情を浮かべる。
それを眺めているヒュオはどんな顔で、どんなことを思っているのだろうか。
だがそんなことは、今のダレンには知る由もない。
知ろうとすら思っていない。
頭の中は、
「こんなに楽しみなことってないでしょ?
「――……ええ。そうね」
同調するように、ヒュオが頷いた。
ダレンの感情に当てられたのか、あるいはヒュオ自身が同じ感情を抱いているのかは不明だが、ヒュオの声音からもダレンと似たようなものが――否、それ以上の昂ぶりを感じられる。
嬉しさと懐かしさと、憎悪と屈辱と積怒を。
「その悲願を果たす為にも、まずは目先のことから始めなくちゃね」
「そうね。私もしっかりと準備を進めるわ。あなたも、その時に備えて調整していなさい」
「わかってる。ボケてしくじらないでよ? ばあちゃん」
「あなたこそ、浮かれて余計なことはしないようにね?」
互いに煽るようにして、ふふふと不気味に笑い合う。
まるで、不吉の予兆のように。
夜中にカラスが鳴き、黒猫が目の前を通り過ぎるような。
そんな予兆だけが、終始魔王城を包んでいた。
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