第十四話 【vs序列四位】




「俺はメリル・スコット。十魔神の序列四位。雷神だ」


 体の至る所から放電現象を起こしている目の前の女は、日菜子たちをゆっくりと睥睨する。

 品定めでもされているみたいな気持ちの悪さとともに、放つ雰囲気が変わったメリッサ――否、メリルに対し、警戒をさらに強める。


「……お前は、誰だ?」

「――? 名乗ったはずだが……」


 翔が警戒を乗せて訊ねた質問に対し、メリルは素直に疑問を口にする。

 話でも通じないのかこいつは、とでも言いたげに眉をひそめている。

 だが翔の言いたいことを理解できている日菜子と隼人は、やはり翔と同じで警戒を態度に表したまま動かない。


「違う。さっきまで――今もだが、お前はメリッサという、見た目も口調も女の子だった。だけど今のお前は、名前も口調も雰囲気もまるで別人だ」

「ああ、そう言うことか。簡単な話だよ。メリッサはこの体の持ち主で、俺の双子の妹だ。俺は生まれながらにして死んでいたらしいんだが、双子だったからか死んで召されるはずだった俺の魂はメリッサの体に混在する形で生き残ってな。以来、こんなわけのわからない状態で十年近く過ごしてきているんだよ」

「……つまりあんたの体はさっきまで俺たちが戦っていた少女のもので変わっていないが、中身はその兄であるあんたに変わったということか?」

「そう言うことだな。んで、俺が出てきた理由だが、メリッサが殺されるのを見過ごすわけにはいかなかったからだな。最初はメリッサだけで十分に相手取れると思っていたんだが、どうやらあんたらは強いらしいからな。俺が出張ってきたというわけだ」


 わかったか? と懇切丁寧に説明をしてくれたメリッサ改めメリルに対し、翔は警戒を解かずに頷いた。

 その様子を見てメリルは満足そうに頷いて腕を組み、見下ろす形で日菜子たちを見据える。


「さて。じゃあ俺から行こうか」


 腕組みを解き、メリルは一歩踏み出して言った。

 急な行動に驚きつつも、しっかり対処できるように気を抜かなかった日菜子たちは、メリルの姿が掻き消えたことに驚愕し、動きを止めてしまった。

 落雷のような音とともに、日菜子たち三人へ雷撃が直撃し、全身が痺れる感覚に襲われる。

 腕や足が痙攣けいれんし、視線を一点に定めることすらできない。

 高熱でも出たかのように全身が熱く、痺れも相まって思考すらままならない。


 そんな状態の日菜子の視界に、メリルが悠然と立ち入る。

 身動きが取れずに倒れ込んでいる日菜子を見下ろしている。

 見下すような感情は一切なく、ただ見定めるようにして佇んでいる。


「お。一人逃してたか」


 メリルはそう言うと、顔を上げて視線を日菜子から転じ、目の前――先ほどまでメリルがいた辺りを見つめる。

 痺れる体に鞭を打ってそちらへと視線を向けると、そこには隼人の姿があった。

 驚きと安堵を表情に宿し、大きく深呼吸をしている。


「転移か? 俺の天敵がいるとは……何とも厄介な」

「……つまりお前の能力はただの高速移動ってことでいいか?」


 メリルはやれやれと言わんばかりに肩を竦めて呟いた。

 その言葉をしっかり処理できる状態で聞いていた隼人は、一瞬のうちに煽りも織り交ぜて返す。

 隼人の言葉に驚きと関心を混ぜた表情を浮かべる。


「転移はラグがほとんどない移動系の能力だ。それが天敵だというのなら、裏を返せば今のお前の行動は転移ではなく、視界から消えるだけの高速移動ってことになる」

「ほぅ。いい推察だ。その推察の褒美に答えるなら、その通りだ」


 隠すつもりはないのか、メリルは隼人の言葉を堂々と肯定した。

 その態度に隼人は面を食らう。

 敵である隼人に対し、自身の手札を晒すなんて愚行を犯したのだ。

 敵に手札を晒して愉悦に浸るのならそれも手だろうが、メリルの様子を見る限りそんな感じには見えない。

 だからこそ、その手札を晒してもなお余裕を保っていられる何かがあるのだと考える。


「妹に追い縋った君たちだ。手加減はしないよ」


 両手を合わせ、バチンッと音を立てる。

 全身から電撃が迸り、白い神殿をより白く染め上げていく。

 メリッサの行動を彷彿とさせるそれは、変わらず攻撃のトリガーとなる動作であることに変わりはない。

 だがメリッサと違うのは、メリルの足は地についていると言うことだ。

 視線を隼人に固定し、脚に力を溜める。


 刹那。


 メリルの姿が掻き消える。

 やはり注視していても影を追うことすら出来ない速度の移動。

 移動時の速さで暴風すら纏うその移動に隼人は反応できない。

 背後に回り、電撃の残滓を足元に奔らせたメリルは、同じく電撃を纏う拳を隼人へと向ける。


「――ッ!」

「おっ」


 繰り出された雷撃の拳が当たる直前、隼人が超人的な反応速度を見せてその一撃を回避する。

 前に一歩出て体を捻ることで躱したついでに、遠心力を利用した大雑把な動きで右手に握る『弥刀』を振るう。

 全身から弾けるスパークを少し受け、僅かな痛みに顔をしかめながらも放った一刀は、メリルの攻撃の手を一時的に止めることに成功した。

 だがあくまで、それは一時的なものだ。

 瞬く間すらあれば、メリルの速度なら攻撃を再開できる。

 ならば、その前に現状を逆転させる。


 強引に拳を躱したせいで体勢が崩れかけている隼人は、体操選手にも劣らないレベルで体を器用に動かして体勢を立て直す。

 そのまま流れるような動作で『弥刀』を振るい、動きの速いメリルに迫る。

 一文字いちもんじぎ払う一刀を一歩バックステップを踏んだメリルに躱され、その距離を詰めながら左からまで持ち上げた『弥刀』で袈裟けさ斬りを放つ。

 隼人が攻撃し、それを躱すためにメリルが一歩引き、空いた距離を詰めながら次の攻撃を放つ。

 隼人が思い浮かべたとおりのサイクルを作り出す。


「いいね。よく考えているしその上でちゃんと対応している。素晴らしいな」


 決して防ぐのは容易くない一連の攻撃を受けながら、メリルは楽しそうに声を弾ませる。

 戦場には決してそぐわないその声も、なぜか許容できてしまうくらいに自然だ。

 だがその言葉を受けた張本人は、そんなことに構っていられるほどの余裕はない。

 いつでも防御に出れるように恩寵を展開・維持しつつ、躱されたときの次の手も頭に浮かべながら、それを精密に実行する。

 そんな聞いているだけでも頭が痛くなるような行動を継続していかなければならない。

 怠った瞬間、隼人の死は確定するのだから。


 一進一退を繰り返す戦闘の中、変化を齎したのはメリルだった。

 隼人の攻撃を躱し、一歩引くだけだったメリルは、その流れに慣れ始めた瞬間を狙い、一瞬で隼人の懐まで潜り込んだ。

 状況に慣れ、思考が攻撃で固定化し始めていた隼人は、その動きに虚を突かれ――


「おっ」


 懐に入り込んできたメリルに対し、その顎めがけて膝蹴りを放つ。

 それをギリギリで躱し、行動を読まれていたことに驚きつつ一旦距離を取ろうとバックステップで大きく跳び退く。

 その動きも見透かしていたのか、隼人は空きかけた距離を一瞬で詰め、『弥刀』を突き出す。

 鋭い風切り音を鳴らし、『弥刀』はメリルの肩口を浅く斬り裂いた。


 先ほどの虚を突かれた後の動きと今の動き。

 どちらの対処もおよそ完璧と言える形で対処した隼人の動きに感嘆し、メリルは目を見開いた。

 そんなメリルの表情から一挙手一投足までの全てを視界に収め、認識しながら、いつも以上に動いてくれる自身へと意識を向ける。


 不思議と頭は冴えていて、疲労感が全くない。

 体はいつも以上に動き、相手の動きはよく見えている。

 その場を俯瞰しているかのような全能感があるのに、それにおごるような弱い自分はいない。

 今までに感じたことのない不思議な感覚に囚われつつ、しかし己の役割は全うする。


 どんどんと精度が増していく動きで、メリルを翻弄する。

 雷撃を纏う拳や純粋に魔術として飛ばされる雷撃も、『弥刀』を介することで全て防ぎきる。

 『弥刀』は特別な効果を持つ武器ではないが、それでも初代勇者の武器を作ったとされる五千年前の鍛冶師の打った刀であるので、そこらの武器ではできないこともやってのけることができる。

 伊達に国の宝物庫に貯蔵されていない。


「その刀も逸品だな。だがそれを扱うお前も素晴らしい」


 隼人の猛攻を雷撃を纏う体で躱しつつ、嬉しそうな笑みを零しながら呟いた。

 姿が掻き消えるほどの高速戦闘ではないが、それでも相当に早い戦闘の最中だ。

 いくら調子がよくとも、別のことに意識を向けられるほどの余裕はない。

 一瞬でもその集中が途切れてしまえば二度と同じ状態になれる保証はないのだ。


 メリッサとの戦いでは微塵も役には立てなかった。

 その挽回をしなくてはならない。

 せめて、日菜子たちが復帰するまでの時間は稼ぐと心に決めて、隼人はその集中を崩さない。


 『弥刀』を振るい、メリルへの攻撃と攻撃の妨害を行う。

 対面したときに見せたあの掻き消える高速移動は、溜めが必要なのかあるいは何かの条件があるのかわからないが、あの時以来使用していない。

 今の戦いも、雷撃の影響かただの身体能力かはわからないが、ラティーフ並みに早いというだけで対処できないわけではない。

 “鬼闘法”を使った“身体強化”でなら、隼人の方が動きが早く、力も強い。

 戦闘経験の多さで劣っているのかいまいち攻めきれないが、それでも能力的な面は隼人の方が上だ。


「そろそろか……」


 隼人の猛攻を凌いでいたメリルは小さく呟くと、隼人との間に大きな電撃を放った。

 岩弾レベルの大きさならばまだしも、両腕で抱えるほどの大きさの電撃を受けきるだけの防御力や魔術的なものは隼人にはないので、攻めるに攻めきれない。

 その電撃がバチバチと間で放電をしている中、その向こうでメリルがグッと腰を落とす。

 今までの軽薄とも言える態度の中では見せてこなかった構えに、隼人は警戒を高める。


「決着をつけよう。これ以上、俺が傷つけるわけにはいかん」

「……」


 隼人がメリルに対して与えられた攻撃は、あの肩口を浅く斬っただけのものだ。

 それ以外に真面なダメージは与えていないし、そもそもダメージという分類でいうのなら、あれは軽傷程度のものだ。

 メリルの口から「これ以上」というワードが出てくる理由がわからない。

 そんな隼人の心を読んだかのように、メリルは構えながら悪戯そうに微笑んだ。


「お前は強いからな。メリッサとの戦いではあの二人に譲っていたようだが、個人での戦闘能力ならあの二人以上のものを持っている。だから、連携されると厄介なんだよ」


 メリルの視線の先――隼人の後ろにいるのは、日菜子と翔だ。

 初めて構えたメリルから意識が外せない以上、二人がどうなっているかはわからないが、発言から推測するに最初の一撃からようやく抜け出そうと言うところなのだろう。


「最後だ。俺の一撃を防ぎきったらお前の勝ち。そうじゃなきゃ俺の勝ちだ」


 携えていた笑みを消し去り、メリルは初めて見せる真剣な表情で隼人に言った。

 メリルの魔力が膨らんでいくのを肌身で感じ、隼人も『弥刀』を握り直す。

 恩寵を使えば躱すことは容易いが、それは後ろの二人に被害を齎すことになるので却下だ。

 故に、隼人の全身全霊を以て受けきるしかない。

 躱すために展開しておいた転移の恩寵がここに来て回避に使えないなんて、笑えない冗談だ、とあれだけの大技を前にして不思議と冷静な頭で考える。


 膨らんでいった膨大な量の魔力が腕へと集約されていく。

 集まっていった魔力は腕の前で形になり、巨大な雷撃へと変わっていく。

 今まで見せてきた雷撃よりも巨大で、密度が尋常ではない。

 弾ける音がより重厚になり、その威力の高さを証明している。


 それを前にして、隼人はどんどんと深みに潜っていく。

 周辺の音が無くなり、色もだんだん薄れていく。

 今までよりもさらに一段階深い集中に入り、要らない情報が遮断されることでメリルとその挙動への理解がより深まる。

 魔力の流れ、筋肉の動き、不規則に弾ける雷撃の流れまでもが見える。


 その感覚に身を委ね、自然な流れで構える。

 左足を軸に右半身をすり足で後ろに回し、腰を落として『弥刀』を肩の上まで持っていき、切っ先をメリルへと向ける。

 感覚に委ねた結果、その構えはまるでナディアや葵と同じ、抜刀時に出せる最速の技の構えと同じものだった。


 その構えを見て、メリルは大きく息を吐く。

 集中をより高めるような、そんな深呼吸。


 静寂が、白い神殿に流れた。

 互いに言葉はない。

 それぞれが出を窺うかのように静かに、構えを崩さないまま動かない。


「“神雷撃”」


 先に動いたのはメリル。

 右に突き出した腕から射出された極大の雷撃は、恐ろしいほどの速度で隼人へと迫る。

 直撃しなくとも周りに雷撃を振りまくそれは、直線上にある全ての生物を滅するほどの威力を秘めている。

 そんな雷撃が迫る中、隼人は冷静に動かない。

 どんどんと雷撃との距離が詰まっていく中、気絶でもしたのかと錯覚させるほどに動かなかった隼人は、刀の間合いの一歩外で初めて動いた。


 音もなく、音速で繰り出された『弥刀』の突きは雷撃へと直撃する。

 質量のない電撃と『弥刀』が衝突し、腕に異常なまでの負荷がかかる。


 それを隼人が認識した瞬間、メリルは自身が放った電撃を全身に浴びていた。

 隼人の目の前まで迫っていた雷撃は既にそこになく、それと思しきものは今まさにメリルを焼き焦がしている。


 自信を苛む雷撃を解き、電撃に全身を晒したメリルは黒い煙をプスプスと上げながらよろめきつつも立ち上がる。

 漫画のように髪の毛こそアフロになってはいないが、肌は変色している。

 痛そう、なんて言葉では到底表現しきれないであろうその傷を見て、メリルは小さく笑いを零す。


「……なるほど。その刀で電撃に触れて、それを転移させたのか……。いやはや、戦闘中に使う気配を見せなかったから、これ以上使えないんじゃないかって勘違いさせられたよ」


 既に瀕死であるにも関わらず、メリルは嬉しそうな声を発した。

 それはまるで、死期を悟った老人が後悔を笑いながら嘆くようなもので、隼人には理解できないものだった。


「お前は――いや、お前たちは強い。メリッサの体を借りた以上、傷一つつけずに帰すつもりだったが……あとで謝らないといけないな」

「……ここから逃げられる、みたいな言い方だな?」


 隼人が初めて、メリルの言葉に返事をした。

 返事というには些か違うが、それでもメリルは言葉を交わしてくれたことが嬉しいのか、天井を見上げながら今にも消え入りそうな声で呟く。


「今まではこの居心地の良さに甘えていたが、お前たちと出会って考えが変わった。俺の魂を移し替える技術は、もうそろそろ完成するだろう。そうなればいずれ、また会う時が来る」


 メリルが顔を下ろし、隼人へと視線を向ける。

 その先にいる起き上がりだした日菜子たちも一緒に視界に捉え、うん、と一つ頷いた。


「さらばだ召喚者。次会うときは、正真正銘の全力で戦おう」


 満足げな笑みを浮かべて、メリルはサラサラと溶けていった。

 黒い砂が風に舞い消えていくような、あるいは朝霧が気が付けばなくなっているような、そんな不思議な感覚で消え去った。

 隼人の言葉通り、こちらを小馬鹿にするようにして、隼人たちの前から逃げ去っていった。


「――隼人、すまん。大丈夫か?」

「……うん。俺は問題ないよ。二人は? 痺れの影響はまだある?」

「俺はまだ少しだけ、全身が痺れてる」

「私も似たような感じかな。でも魔術の応用でどうにかできるよ」


 二人の言葉通りまだ万全ではないようで、足を運ぶ動作にまだ若干の違和感がある。

 あの雷撃を真面に食らっていない為、どれほどの痺れがあるのかは推測しかできないが、それでもこれだけの時間動けないと言うことは相当の威力だったのだろう。

 本当によく最後の一撃を凌げたものだと自身の判断に感謝する。


「そっか……じゃあ落ち着くまで待ってよう。万全になったら援護するって形で――」

「――いや、隼人君は先に行っていいよ。翔のことなら私に任せて、他の人たちの援護に行ってあげて」

「……大丈夫? もし他の魔人が来たら……」

「うん。でも大丈夫。私たちはこれでも、戦う召喚者の中でのトップクラスなんだから」


 日菜子の言葉は何の根拠にもなっていない。

 だけど、その瞳はとても力強く、思わず引き込まれるような黒い瞳だった。


「……わかった。でも無茶はしないでね。一応、マルセラさんに魔力を送ったら、多少のピンチは助けてくれるかもしれないから」

「うん。ありがとう」


 一応の念押しだけしておいて、隼人は踵を返す。

 心配がないわけではないが、それでもあの瞳に後押しされたならば行くほかないだろう。

 行く当てはないが、隼人が移動していたら神殿マルセラが道を作ってくれる。

 それを信じて、隼人は神殿の廊下を駆けて行った。



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