第十二話 【vs序列六位】




 白色に淡く光る神殿の廊下を、三人組の男女が歩いている。

 格好は一般的なものとは違い、見るからに高価なものだとわかる物だ。

 三人のうち、男子二人はそれぞれ剣と刀を腰に帯び、紅一点の女子はパッと見武器を持っていないが、装備している籠手には彼女が扱える全六種の魔石が嵌め込まれている。

 この世界の魔術師としては一般的な武装をしているので、ぱっと見でわからないのはデフォルトだ。


「この風……多分、敵のだよね?」

「うん。自然の風じゃない。解析できるから、間違いないよ」


 いつどこから敵が襲ってきてもいいように警戒しつつ、このチームの紅一点である魔術師の小野日菜子おのひなこは、流れてくる不自然な風に対しての違和感を口に出す。

 それを受けた日菜子の幼馴染にして個人で一番バランスの取れた実力を持つ二宮翔にのみやかけるが、自身の恩寵を活用してその疑問に解を出す。

 目にした、あるいは体感した魔術の構造を理解するという恩寵を持っているため、それを利用して自然か否かを断定した。


「じゃ、警戒しとくわ」

「お願いね、隼人君」


 翔の言葉を受けて、先頭を行く中村隼人なかむらはやとは軽々しい口調でそんなことを言った。

 尤も、隼人のそれは通常運転なので、むしろ緊張によっておかしくなっていないことを考えると頼もしさすら感じる。

 この世界に来た当初は精神的な不安定さからあまり信用を置けるような人物ではなかったが、改心後からは誰の目から見てもまともになっている。

 共和国での鍛錬を終えるころには、あの頃のすさんだ隼人はすっかり改心して真面目に自身のやるべきことを全うしている。

 今では、信頼できる仲間だ。


 そのまましばらく歩き、次第に風が強まっていくのを肌身で感じる。

 最初は春に吹く微風そよかぜのような柔らかな風だったが、今では台風のような荒々しい風だ。

 まだ台風ほどの強さはないものの、肌を露出している部分にバチバチと当たる風は痛みすら感じる。


「――! 近い。ん、いやっ、近づいてきてる……!」

「あっちか?」

「うん! かなり早いから気を付けて!」


 葵から“鬼闘法”ついでに教わっていた“魔力探査”を使用しながら歩いていると、高速で近づいてくる気配まりょくを捉えた。

 車にでも乗っているのかというくらいの速度でこちらに近づいてきており、その気配が近づくにつれて風の威力も増しているように感じる。

 それが日菜子の言葉の真実味を決定させるものとなり、三人は各々の得物を構え、通路の先を睨みつける。

 陣形を組み、いつでも戦えるようにしてから十秒もかからずに、その気配は姿を現した。


「……女の子?」

「いや、見た目はそうだけど、あれが魔人だと思う。禍々しい魔力を感じるから」

「日菜子ちゃんの言う通りだろうな。綾乃が言ってた感じてみればわかるってのはこう言うことか」


 葵から事前に聞いていた情報と照らし合わせ、目の前のおよそ魔人には見えない見た目をしている、風を纏い宙を浮いて移動する少女が魔人などだと断定する。

 例え事前情報がなく、魔力的なものを感じられなかったとしても、目の前の少女が放つ威圧感はそこらの少女が放てるようなものではないので、確信に近いものは得ていただろう。

 そもそも、風の魔術で体を浮かせ、自由自在に宙を移動するなんて芸当を容易く行っている少女が、実力者でないはずがない。

 それは、人を浮かせることの大変さを身を以って知っている日菜子自身が証言できる。


「三人。見たことない顔ってことは、召喚者なのかな?」


 鋭い眼をこちらに向けて、少女は顎を少し上へと上げて、見下ろすような素振りを見せる。

 同時に値踏みをするような視線も感じるが、それを一蹴ような威圧感の持ち主ではない。

 いつどんな攻撃が来ても対応できるように各々警戒しつつ、少女の次を待つ。


「ま、いっか。取り敢えず、あたしが相手できるだけは相手してみようかな」


 そう言って、少女は音を立てながら合掌した。

 反響の大きい神殿内を手を叩く子気味良い音が、風に乗って日菜子たちの耳まで届く。

 そのまま合わせた手を肩幅程度まで広げると、それを腰だめに構え、ニヤリと笑いつつそれを正面いにる敵対者――日菜子たちへと放った。

 溜めの動作から放つ動作、果ては放った後までもがまさしく『かめはめ波』と同じ要領で行われたそれは、容赦なく日菜子たちを斬り裂いていく。


「二人とも、動かないでね!」


 元々込められていた威力に加え、風という不可視な攻撃と言うことも相まって、それは想定以上の威力で日菜子たちを襲った。

 しかし、あくまで威力が想像以上なだけであり、それは日菜子たちにとって弊害とはなり得ない。

 日菜子の的確な魔術によって、乱れ狂う風の弾丸を受け身も取らずに無傷で防御した。


「ん? 今の食らってないんだね? ……あ、風を纏って防御してるんだ。へぇ。面白い使い方だね」


 少女はほんの一瞬だけ不思議そうな表情を見せたが、すぐにその原因を看破し、感嘆の声を漏らす。

 少女の言う通り、日菜子は迫りくる風の弾丸と似たような、乱雑な風を纏うことによって、その攻撃を相殺し無傷で攻撃を受けた。

 この技術は今しがた少女が見せた風の弾丸の応用と、この戦いが始まる前、葵の師匠であるナディアをゆっくり寝かすために使った、風で人を浮かせる技術の応用で成し遂げた技だ。

 これまで行ってきた全てを集約した結果、今の防御を行うことができたのだ。


「――ふぅ……」


 しかし、できるかどうかもわからない技を土壇場で行使することに、緊張しなかったわけではない。

 今のは出来てよかったと言えるが、それはあくまで結果論。

 もしミスしていれば、日菜子たちは多大な被害を被ったはずだ。

 だけど、不思議とできる気はしていた。

 根拠のない、絶対的な自信。

 尤も、過信は今後の戦術にすら響く可能性が高いので、少なくともそういう場面にならない限り、同じことはしない。


「侮ってたみたい。ごめんね、悪い癖なんだ」


 少女はこちらの動きに見向きもせず、恥ずかしそうに俯いて、頬をポリポリと掻いている。

 そして、気持ちを入れ替えるようにして短く息を吐くと、顔を上げ、日菜子たちを真っ直ぐ見据えた。


「改めて、初めまして。あたしは十魔神の序列六位。風神のメリッサ・スコット。見ての通り風を使うの。よろしくね?」


 少女らしい、可愛げな笑みを浮かべて、メリッサは言った。

 しかし、その実力の一端を先ほど垣間見たばかりの日菜子たちは、その笑みを純粋に受け取ることができない。

 その自己紹介は、自分が勝つことを疑わない、強者の物言いに他ならないのだから。


「それで、あなたたちは何て言うの? お近づきになった印に、知っておきたいのだけど……」


 自ら名乗るだけでは飽き足らず、メリッサは首を傾げて可愛らしい素振りで尋ねてきた。

 しかし、それは日菜子たちの警戒を強めるだけにしかならない。

 黙り込み、しかし得物を握って構えは解かない日菜子たちを見て、メリッサはうーんと小さく唸る。


「……そんなに怯えなくてもいいのに。あなたたちはあたしの攻撃を防いだんだから」


 わからないよ、とでも言いたげに不満をありありと表情に宿し、メリッサは言った。

 だがそれも、上にいる者が下にいる者へ掛ける言葉のような気がしてならない。

 故に、日菜子たちは動くことは愚か、口を開くことすら無意識的に避けていた。

 互いに何も言わず、一瞬の静寂が流れる。

 生唾を飲む音が、嫌に大きく響く。


「ま、いっか。怯えは生存本能からくるものだって聞いたことあるし。気が向いたら教えてね?」


 嫌な緊張感を胸に抱く日菜子たちを他所に、メリッサはにこやかに微笑んで両手を合わせ、パチンッと心地よい音を響かせた。

 すると、メリッサの髪が不自然に舞い上がり、靡き出した。

 それは言わずもがな、風を使った攻撃を仕掛けるための見えない予兆だ。


「日菜子が援護! 俺が遊撃! 隼人は日菜子を信じて攻め立てて!」

「わかった!」

「了解!」


 メリッサの攻撃の予備動作を見て、司令塔の翔が指示を飛ばす。

 それを受けた二人は、言葉通りに己の役目を全うせんと動く。


 隼人がメリッサの攻撃を無視するかのようにして、地面スレスレの低姿勢で真正面から飛び出し、その隼人の動きに合わせるようにして、先ほどと同じ乱雑な風を纏わせる。

 風の物理的な威力を完全に消せるわけではないが、それでも大半は打ち消すことができる。

 駆け出した隼人に対し、メリッサは当然、そこへと攻撃を集中させる。

 繰り出された不可視の風に対し、隼人は一切を気にせずに真っ直ぐと走り続ける。

 それは日菜子の援護を信じているからこそ、その突撃を可能にしている。


 駆け抜ける隼人の耳元で風が吹き抜ける音が聞こえるが、それはつまり日菜子の風がメリッサの風と対抗できている証拠だ。

 威力の大半も相殺しているし、半分以上の威力が打ち消されているのなら、“鬼闘法”を使った“身体強化”を施している隼人の進行を妨げるほどではない。

 瞬く間にメリッサへと距離を詰め、腰だめに構えていた刀を振り抜いた。

 風を起こす速度で振るわれたそれはメリッサの反応速度を超え、その柔肌を斬り裂いた。


「なっ――!」


 しかし、慌てた声を出したのは傷を付けられたメリッサではなく、付けた側の隼人だった。

 隼人の振り抜いた刀はしっかりとメリッサの肌へと届いている。

 否、正確には遠目から見れば届いているように見えるだけで、実際は数センチ手前のところでガタガタと震えている。


「届かなかったね」

「ッ!!」


 貶すでも、馬鹿にするでもなく、起こった事実をそのまま告げるような口調でメリッサは言った。

 それは隼人の攻撃が通らないことの証明であり、つまるところ隼人が戦力外通告を受けたのと同義だ。


 その言葉を聞き、隼人は大きく跳び退いた。

 メリッサはまたにこやかに眺め、隼人の撤退を見逃した。


「風を体に纏ってた。日菜子ちゃんの援護のと同じ」

「……つまり、私が真似したことを真似した?」

「だと思う。さっき、風を纏うなんて面白い使い方だって言っていたし」


 やはり、一筋縄ではいかない。

 当然ことだが、手加減をして勝てるような相手ではないのは確かだ。


「あの風を破らない限り、俺たちが攻撃を当てることはできない。つまり――」

「――私の魔術で風を破って、そこに攻撃を当てる」

「そう。だから隼人。俺と日菜子にやらせてくれないか?」

「……うん。連携なら二人の方が得意だろうからね。任せる。俺は二人のカバーに動けばいいんだね?」

「頼む」


 短く、作戦会議を済ませる。

 その間、日菜子は攻撃されないようにと張っていた風を解き、メリッサへと視線を向けた。

 それを受け、メリッサは肩を竦める。


「大丈夫だよ。あたしはあなたたちを認めてる。だから不意打ちはしないよ」

「信用できるとでも?」

「うーん……まぁ難しいだろうね。あたしとあなたたちは敵同士だから」


 悩ましそうに唸るメリッサへ、三人は注意を向け続ける。

 自分たちよりも明らかに格上の相手であるがゆえに、一瞬の油断もできないのだ。


「そこは私の甘さだって兄さんによく怒られるから。もっとなりふり構わずに勝利を掴みに行けって」


 メリッサは聞いてもいないことを、懐かしむように語りだす。

 向こうは楽しげだが、こちらは一瞬たりとも気を抜けない。

 だから、メリッサの言葉に反応することも、真面目に理解することもできない。


「つまらなかったかな? でも、準備はできたでしょ?」

「……いくよ」


 メリッサの言葉通り、日菜子たちの準備は終わった。

 しかし、そうだと認めるのも嫌だったので答えず、代わりに日菜子と隼人へ、翔は合図を言葉にした。

 その合図を受け、日菜子と隼人は頷く。

 それを確認し、翔は大きく息を吐くと、脚にグッと力を入れて前へ駆け出した。


 追従するようにして、日菜子が後ろに張り付く。

 翔と自身に乱雑な風を纏わせ、メリッサの一撃の威力を激減するシールドを張った。

 その流れるような連携を見て、メリッサは驚きと同時に感心を瞳と表情に宿す。


「でも、同じ手は喰わないよ」


 そう言って、メリッサは右手を正面へと向ける。

 どんな風の魔術が来ても、日菜子の対抗魔術が防いでくれるという信頼から、翔は脚を止めない。

 それが仇となった。


「うッ!」


 大地を蹴り、メリッサへ向けて駆け出していた翔の体が宙へと浮いた。

 自らの意思で跳んだわけではなく、声からも体勢からも、想定外の一撃を貰ったのは確定的に明らかだった。

 それを起こしたのは翔の足元から噴き上げる形で現れた風だ。

 翔の体を守るように纏っていた風を利用し、乱雑な風に衝突した瞬間に反発する風を作り出して、それを翔の走っている動線上に配置したのだ。


 想定外の威力と自らの挙動に驚き、空中という姿勢の取りづらい状況に置かれ、翔は少し慌てた表情を――


「ん?」


 ――見せはしなかった。


 不安定な空中で体勢を立て直し、足場でもあるかのように、両足をグッと折りたたみ力を溜める。

 視線はメリッサに固定され、そこに宿っている光は攻撃の意思だけだ。


 こちらの想定を覆す表情とその体勢を確認して、メリッサはミスをしたと確信する。

 そのミスを取り返そうとメリッサは即座に思考し、現状を打破する考えを導き出す。

 まずは風を纏って物理的な防御力を上げ、距離を取ってさらに援護を難しくする。

 一対一ならば近接相手でも負けはしないと判断した。


「させない!」


 そんなメリッサの考えを見抜いたかのように、日菜子の魔術がメリッサへと発動させられた。

 体に纏った風を剥がされ、同時に足元に展開していた魔術を阻害する。

 常に宙を浮く形で対面していたメリッサは、足元の風の制御を乱され体勢を崩した。


「今!」


 日菜子の言葉と同時に、翔が宙から飛び出した。

 ボギュンッと異様な音を鳴らして、瞬く間に十数メートルの距離を詰める。

 それをしっかり認識し、しかし完全防御するには時間が足りないことを理解しているメリッサは、腕を正面でクロスし、その腕と腹部から頭にかけてを瞬時に風で覆うことで最低限の守りに入る。

 しかしその最低限の中の最大を発揮したメリッサの魔術を、日菜子が適切に打ち消した。

 目の前で霧散していく自身の魔術を眺め、腕越しに見える翔の後ろ――自身の魔術を通すために倒れ込む形でこちらに手を向けている日菜子と視線が交錯する。


 その黒い瞳に自身の姿が映っているのを確認し、これが走馬灯というものかと少しだけ感慨深い感情を抱いた。

 舐めてかかっていたわけではないつもりだったが、自身の全力も出せていないこの様で兄に何と言われるだろうか、なんて場に似合わない思考が頭を巡る。

 尤も、最初から全力を出さなかったのは他ならないメリッサ自身の意思なので、どんなことを言われても素直に受け取らなければならないだろう。


『――そこもお前の甘さだよ』


 翔の剣が横一文字に振り抜かれる。

 心地よい風切り音を鳴らし、真横に振り抜かれたそれは、人一人を両断するなんて訳ないくらいの威力を誇っている。

 尤も、それは当たっていればの話だが。


「ッ!? どこに――!」

「翔ッ! 後ろッ!!」


 つい数瞬前まで目の前にいたはずのメリッサの姿が消え、剣が宙を斬り裂いた。

 瞬きすらしていないのに、目の前にいたはずの相手が消えているという異常事態を前にして、翔はすぐに攻撃を躱されたのだと理解して、その移動先を知ろうと首を振った。

 瞬間、日菜子の絶叫に近い声が後方から聞えた。


 振り向いた視線の先――否、キスできるくらいの至近距離に、その顔はあった。

 先ほどまで剣の間合いにあったはずの、つい数分前に知った顔が、翔の目と鼻の先にある。


「なッ――!!」

が世話になったな」


 雷が落ちたかのような鈍い音が鳴り、翔が大きく後方へと吹き飛ばされた。

 それを為したのは言わずもがな、翔の一番近くにいたメリッサだ。

 口調も姿勢も何もかもがメリッサとは違うが、その顔も体型も間違いなくメリッサそのものだ。


「お、早いな」


 態度が一変したメリッサは、己の拳をグッパと握っては開いてを繰り返しながら、吹き飛ばした先へと声をかけた。

 その意味を日菜子は理解できなかったが、煙が晴れ、翔たちが吹き飛ばされた先を見たことで理解できた。


「……ッ。すまん、隼人」

「……間に合ったみたいで良かった」


 苦々しい表情を浮かべつつ、しかしメリッサの拳が直撃する部分に弥刀を重ねてしっかりと守っていた隼人が、背後に庇っていた翔の生存を確認した。

 そしてすぐに視線をメリッサへと転じ、キッと睨みつける。


「……お前は誰だ?」

「ん? ああ、言ってなかったな」


 体を伸ばすように伸びをしていたメリッサは、隼人の質問を受けてそう言えばと気づいたような表情になった。

 そしてニヤリと口元を歪め、楽しそうな表情で笑った。


「俺はメリル・スコット。十魔神の序列四位。雷神だ」


 バチバチと体から放電しつつ、メリルは日菜子たちを睥睨した。



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