第二話 【自分にできること】




 授業が始まってから一度の休憩を挟み二時間ほどが経過した。

 この時間で、ソフィアやライラがこれまでの間に習っていた魔術陣の内容を叩き込み、ようやく今やっている内容まで追いついた。

 魔術陣の授業内容は他過程よりも少ないとはいえ、半年近い年月を実践も交えて教えられたものを座学で教わったためかなりの漏れがあるだろうが、そこは自力で復習していくしかないと割り切って授業を受ける。


「――この部分サブが中央の魔術陣に作用することにより、発動する魔術メインの威力を高めているのです。……ここまで大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です」

「あ……はい。えと、じゃ、じゃあ、進めます」


 相変わらず葵――もとい男へのトラウマは治らず、先生として今日初めて授業を受ける生徒への確認をしつつも、その度に挙動不審になっている。

 授業進行自体に問題はないが、会話がスムーズに行えているかと言われると頷き難い。


 ただし、講師であるカナの授業は初心者の授業は非常にわかりやすく、多少事前知識を入れていたとはいえ、本格的に習うのは今日が初めての葵でさえ、簡単な魔術陣なら実用可能レベルまでの技術と知識を教えて貰っている。

 なので、カナの対応と授業内容を鑑みた場合、プラスマイナスのどちらに傾くかと言われれば、はっきりとプラスになる。


「えっとですね、メインへの作用で一つ気を付けて欲しいことが、サブの数を多く描く、もしくは作用の段階を上げすぎるなど、メインの威力を高めすぎると、必要魔力量が多くなります。なので、どんな効果を持つ魔術陣であっても、自分が使う用途に応じて、必要なだけのサブを描いておくことが大事になってきます」

「一つ、質問いいですか?」

「あ……は、はい。いいですよ」


 葵の挙手にカナは怯えながらも、しっかりと教師として対応する。


「メイン威力増加のサブを複数個描いて発動させる場合、一部のサブに魔力を通さずに任意の威力を発揮させる、という行為ができる場合は、たくさんサブを描いても問題ないですよね?」

「……えっと、すみません。どういう意味かわからないです……」

「あーえっと……実例で示したいんですけど、サブが複数描いてある魔術陣ってありますか?」

「それなら私が。試しに一枚描いてみて、今日カナ先生に見てもらおうと思っていたものがあります」


 ソフィアはそう言って、制服の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

 手のひらサイズの紙を広げ、A4のノートくらいの大きさになったそれをカナに手渡す。

 それを受け取ったカナはそれをさらっと眺めてから、ソフィアに視線を移す。


「これの用途は?」

「はい。それは対魔獣用にと考えて描きました。メインで火の槍を発生させ、片方のサブで槍自体の火力を底上げし、もう片方のサブで射出時の威力を向上させます」

「なるほど」


 ソフィアの説明を聞いて、再度カナは手に持つ魔術陣の描かれた紙へと視線を落とす。

 そして、今度はじっくりとそれに見入り、しばらくしてから満足そうに頷いた。


「実践で扱うには少しサイズが大きく、展開にも少し時間を要してしまうので、縮小化ができれば完璧でしたね。ですが、昨日の授業だけでここまでのものが描けると言うのは、流石としか言えません。使用者のことを考え、丁寧に作りこまれています」

「ありがとうございます」


 カナから褒められ、ソフィアは嬉しそうな表情になった。

 そしてカナはなるべく葵に近づかないようにしながら、葵へソフィアから受け取った紙を差し出す。


「で、では、これを使って、その……実例をお願い、します」

「……渡し辛いなら、ソフィアさんに中継してもらっても大丈夫ですよ?」

「そ、そうですね。ではソフィアさん、申し訳ありませんが、お願いします」

「はい。わかりました。では水の膜を張っていただけますか? それを的にしますので」

「わ、かりました」


 もうネタでやってると言ってくれた方がまだマシなくらいに葵に怯えるカナに、今後はどうにか対処しなければな、と考えつつ、今はソフィアの手を借りる。

 カナがソフィアへ、そして葵へと回ってきた魔術陣を見て、大丈夫そうだなと確認し、葵はそれに魔力を込める。

 まずは、ソフィアが想定したこの魔術陣をそのままに発動させる。


 葵の保有する少ない魔力の三割ほどをつぎ込んで、瞬時に魔術陣が起動する。

 頭上に炎の槍が生成され、それが手順通りに射出される。

 弾丸ほどの速さで放たれたそれは、カナの張った水の膜へと真っ直ぐ突き進み、衝突と同時に水蒸気を噴き上げながら相殺した。


「これがソフィアさんの想定していた魔術ですね。次が、自分の言っていたことの実例になります。もう一度、水の膜をお願いします」

「は、はい」


 再度水の膜が展開される。

 今度は威力を抑えるために、サブへの魔力供給をせず、メインのみへの魔力供給だけで魔術陣を発動させる。

 サブへの魔力供給をせずに生成、射出された炎の槍は、見るからに先ほどよりも威力が弱く、また射出時の速度も落ちていた。

 水の膜に衝突し、やはり火であるがゆえに水を蒸発させるが、先ほどより勢いも蒸発させた水量も少ない。

 実例は見事に成功した。


「こんな感じです。サブへ魔力を送らずに、メインのみ発動させました」

「そんなことができるなんて信じられない……。魔術陣の発動に要する一瞬に、サブへの魔力を送らないように調整した……ということですか?」

「その通りです。俺は元々“魔力操作”の練度がずば抜けていまして、どうせずば抜けているならもっと高めてやろうと思って鍛えるだけ鍛えた結果こうなりました」

「な、なるほど? えっと、質問はつまり、サブが多くてもそこに魔力を注がず効果を発揮させないことができるなら、サブをたくさん描いても問題ないか、ということで間違いないですか?」

「そうです」


 葵の質問内容を理解し、カナは合掌した手を口の前に持ってきて、独特な姿勢で考える素振りを見せる。


「……質問内容はわかりました。そうですね、そういうことであれば、問題はない、です。ですが、サブを描けば描くほど、当然面積は大きくなりますし、積層型にするにしても連結させる魔術陣の限度もあるので、それなら予め高威力の魔術をメインに組み込んでおく方がいいと思いますよ?」

「確かにその通りなんですけど、俺は他の人よりも魔力量が少なくて……今の魔術を使っただけで、もう半分くらい魔力を消費してるんですよ」

「なるほど。だからこそ、調整できる方がいいと」

「その通りです」


 カナの言葉に頷いて答える。

 葵の返事を聞いて、カナは一つ頷くと、葵の目を見る。

 男に対してのトラウマはなくなったのかな、と疑問を抱く葵を他所に、カナは目を見たまま口を開く。


「そういうことでしたら、それでも問題ないとは思います。ただ、あまりお勧めはしません。“魔力操作”を間違えた場合は、魔術そのものが発動しないこともありますので」

「……そうでしたね。わかりました。ありがとうございます」


 この内容を教わる前に教えて貰ったことを指摘された。

 詰め込みの悪いところが出てるな、と感じつつ、カナの指摘した内容を記憶する。

 一度間違えたことは記憶と意識に叩き込み二度と間違えないというのは、天才に追いつこうとする凡人には必須スキルだ。


「そう言えば師匠、あお――ブルーさんと話せてるけどトラウマは大丈夫なの?」

「え? あ――」


 ライラの言葉でカナはハッと驚いた表情になり、思い出したかのように葵に怯えだした。

 怯えからくる震えを抑えようと腕を抱き、葵の方を見ようとして見ることができず、チラチラと視線を送る。


「あ、いえ、その、私の得意な分野で知らないことがあって知識欲が、その、勝って、トラウマが治ったわけではなくて……あ、でも、その、決してブルーさんが嫌いだとか、そういうわけではなくて――」


 怯え震えながら、自身の状況と意図しない誤解を招かないように、必死に言葉を尽くす。

 言葉が途切れ途切れになりこそしているが、伝えたい内容は理解できたから、葵はなるべく威圧感を与えないように笑顔で応対する。


「大丈夫ですよ。授業に支障がない程度でカナ先生に負担をかけないでくれれば、俺に話しかけなくても問題ないです」

「す、すみません」


 カナは本当に申し訳なさそうに俯いて、身を縮こまらせながら謝罪する。

 身長は女性にしても低くないはずなのに、なんだか身長の小さい女性――この場合、少女と言うべき対象に対し、抱きしめてあげたいような庇護欲を掻き立てられる。

 尤も、カナに対してそんなことをした場合、より混乱を招きかねないし、何より葵は親しくもない異性にそんなことをできる度胸はないので、あくまで想像の中でだけだ。


「で、では授業を再開します――」


 カナは咳ばらいをしつつ、気を取り直すように言った。






 その日の授業は午前で終了し、今日はやるべきことがあるので葵はソフィアと帰路に就く。

 と言っても、ソフィアが登下校に使う馬車ではなく、ナディアの転移による瞬間移動でだ。

 同じ王城いえに住む異性が、学校帰りにワイワイ盛り上がりながら、あるいは悪態をつきつつ、しかし険悪というよりはイチャついてるような、そんなラブコメ的展開がないのは如何なものかと思うが、葵たちに物語が当て嵌められるとしたら確実に異世界モノなので、ラブコメはなくていいだろう。

 そもそも、葵は誰かと恋仲になることなんて心情的にできるはずもないのだから。


 今は昼食を食べ終え、お腹を落ち着かせるために少し休憩をしているところだ。


「葵」

「何でしょうか、ナディアさん」


 背凭せもたれに体重を預けつつ、天を仰ぐようにして休んでいた葵を呼ぶ声がした。

 そちらに振り向き、自身を呼んだ人の名を呼び返す。


「話せる時間ある?」

「パッと話せることなら今できますよ」

「いいや、大事な話。できれば二人で」

「大事な話ですか」


 葵が復唱した言葉に、ナディアは頷く。

 その瞳が冗談などではなく、またここひと月弱の付き合いで冗談を言うような性格ではないことを知っているから、葵は思考を巡らす。


「そうですね。この後は少しやることがあるので難しいですが、夕食後、鬼人族のところに行くまでの間なら大丈夫だと思いますよ」

「わかった。葵の部屋で待ってる」

「わかりました」


 短く用件を伝えると、ナディアはスタスタと食堂を去って行った。

 ナディアが二人で真剣に話したいこととは何だろうか、と少しだけ思案して、どうせ後でわかることだから今はこの後やるべきことを再優先で考えるか、とその思考を放棄する。

 しばらく同じ体勢でやるべきことについて、順序だてて考える。


「ん? もうこんな時間か」


 ふと目に入った時計の針を見て今の時間を認識し、久しぶりに集中しはいりすぎたと反省しながら、椅子から立ち上がる。

 食堂を出て、暗記した城内を迷いなく進み、目的の部屋のドアをノックする。

 中から礼儀正しい美少女を想像させる美声が聞こえ、数瞬ののちにドアが開く。

 そこには透き通るような金髪に、宝石のような翠眼を持つこの国の王女、ソフィアがいた。


「お待ちしておりました」

「すみません。少し時間過ぎてしまいました」

「構いませんよ。王への確認と、召喚者の皆様への伝達は済ませております」

「何から何までありがとう、ソフィアさん」

「いいえ。これが私にできることですので、ご自由に使っていただいて構いません」


 ソフィアの自虐的な発言に苦笑いしつつ、ここまで準備をしてくれていたソフィアに感謝の念を抱く。

 葵一人ではとてもできなかったことに、積極的に力を貸してくれた上に、その貸してくれる力は相当に大きなものだった。

 この国の唯一の王女であり、人望もあるソフィアだからこそできたことだと葵は思っているが、ソフィアは自己評価が限りなく低い。

 優秀な母や姉と比較しているとのことらしいが、そこまで悲嘆するほどのものではないと伝えているものの、根本的な部分を解消するには至らない。

 こればっかりは、ソフィアの心に響く言葉を掛けてあげられる人が時間をかけて対処するか、自分自身でその殻を破るしか方法がないので、これ以上葵にできることはない。


「では行きましょう。他の人たちの前では、ちゃんとお願いしますね」

「はい」


 葵の言葉を受けて、ソフィアは胸辺りに手を添える。

 それが緊張からくるものではなく、ソフィアに課せられた設定を刷り込むものだと知っているのだが、自分の仕事を全うするために集中するその表情に、とても惹かれる。


「葵様、何か……?」

「ああいや、何でもない。……必ず成功させよう」

「はいっ」


 拳と拳を合わせて気合を入れると言う古風なやり方だが、それをトリガーに葵も集中する。

 これからやるのは改革だ。

 俺一人では為し得ないことを為すために、ソフィアや色々な人の力を借りた。

 自分でできることと、自分だけではできないことを精査して、自分に使えるものを最大限利用した。

 だからこそ、失敗は許されない。

 必ず、成功させる。



 結愛を助ける為に。

 ラディナたちを取り戻す為に。



 葵は最後まで、悪を演じ切る。



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