第三話 【自分の為に】




 召喚者。

 この言葉は、第十次人魔大戦における、異世界から喚ばれた援軍の総称だ。

 そしてこの言葉には、より細かな分類がある。


 それが“戦う召喚者”と“戦わない召喚者”。


 読んで字のごとく、大戦において戦うことを表明した召喚者とそうでない召喚者だ。


 前者は主にアルペナム王国に属する軍の指揮下に入り、近接戦闘におけるトップクラスの騎士団長と、同じく魔術におけるトップクラスの魔術師団長の教えを受け、日々、技術や知識の研鑽をしている。

 現在は一人の例外を除き、トゥラスピース共和国に存在するダンジョンで実践訓練を積んでいる最中だ。


 そして後者は、王国の城内において身の安全や衣食住の全てを保障され、多少の束縛はあるものの、一市民からすれば優雅と言える生活を送っていた。

 市民たちからすれば労働も何もしていないのに、ただ飯を食らっている戦わない召喚者たちへ、多少なりとも不満はある。

 しかし、それは当の本人たちには届かない。

 なぜなら、彼らは城から出てこないから。


 そんな戦わない召喚者たちが、召喚の翌日以来初めて、一つの空間に集められた。

 有事の際に指揮を執りやすくするために、召喚された人たちの身体能力を測る場として使われ、今日に至るまで騎士団員が鍛錬に励む訓練場だ。

 彼らとは無縁な訓練場に、戦わない召喚者と、彼らに仕える側付きたちが、珍しく勢揃いしていた。

 それが彼らの意思によるものか否かは、彼らの憂鬱そうな表情を見れば一目瞭然だ。

 中には、ウトウトとしている人もいることから、彼らがいやいやこの場にいることが窺える。


「皆様。大変お待たせいたしました」

「大丈夫ですよ。それで、俺たちをここに集めて話したいこととはなんでしょうか? ソフィアさん」


 訓練場という名前の部屋に見合わぬ、少女の可憐さを引き立てる白を基調としたドレスを身に纏った金髪翠眼の美少女が、退屈そうに待ち惚けていた彼らに話しかけた。

 それを受けて立ち上がり、最低限の礼儀を以て対応するのは、戦わない召喚者の中で翔に次ぐ女子人気を誇る工藤幸聖くどうこうせいだ。

 委員長が戦う側にいるため、こちら側のまとめ役として矢面に立っている。

 尤も、戦わない召喚者が何かを表立って何かをするということがないため、その役回りもほとんどが形だけのものだ。

 尤も、今日ばかりはその役割を全うすることになった。

 少しだけ張り切りつつ答えたそれに、ソフィアはいつも通りの丁寧な所作で答える。


「本日、お集まりいただき、皆様とお話をしたいと申し出たのは私ではなく、彼です」


 そう言って、ソフィアは自身が入ってきた扉の方を丁寧に示す。

 視線をその先に向けると、そこからあまりいい仲とは言い難いクラスメイトの綾乃葵がいた。

 なぜ葵がソフィアを使って戦わない召喚者を集めたのか、という根本がわからず、困惑する幸聖とそのほかの戦わない召喚者を尻目に、ズカズカと幸聖たちに近づく。

 そして戦わない召喚者たちを睥睨すると、面倒くさそうな顔で口を開く。


「今からお前たちには二つの選択肢を与える」

「は?」


 唐突に現れ、その上突拍子もない言葉を発した葵に、ソフィア以外の誰もが理解不能を表情に出した。

 しかしそんなことに気を留めず、俺が絶対だとでも言わんばかりに続ける。


「まず一つ。今のように、衣食住の保証を国から受けたまま大戦で戦うこと」


 人差し指を真っ直ぐ立てて、置いてけぼりの構成たちに有無を言わせずに告げる。


「そしてもう一つ。国の庇護から抜けて、帰還の準備が整うまで自力で暮らすか」


 選べ、とただ無感情に告げる。

 最初こそ疑問しか抱けなかったが、冷静になってようやく葵の言葉の内容を理解し、同時にその不可解さも理解した幸聖は、疑問符だらけの内心と嫌悪感を表にありありと出す。


「なんでお前にそんなことを決められなきゃいけないんだ。そもそも俺たちは契約で守られてるんだろ? だったら尚更、お前にそんなこと決める権利はないだろ」

「俺たち召喚者は大戦に参加するしないを自由に決定出来て、その決定がどうであれ衣食住と身の安全は保障される。そして大戦が終了したのち、地球へと帰還できる。それが、俺たちが聞いていた話で間違いないよな?」

「ああ。だからお前の言っていることはわけがわからないし、意味もないだ――」

「――いや、意味はある」


 そう断言され、幸聖は言葉に詰まる。

 今までの葵相手なら、言葉に詰まるなんてことはなかった。

 綾乃葵という人物は、生徒会に属し、生徒会長となぜか仲がいいだけで、アニメや漫画などでしか見ないくらいのぼっちだ。

 コミュ力があり、隼人や翔などと比較すると劣るもののリア充よりの生活を送っている幸聖なら、葵など相手になるはずもない相手なのだ。

 なのに、今目の前にいる葵に対しては、強く出ることも、言い負かすだけのコミュ力も発揮できなかった。


「……どういう意味が、あるってんだよ」


 言葉にできたのは、強がりともとれる弱気な言葉だけだった。

 幸聖が押され、弱気になっていることに何の感慨も見せず、葵は幸聖の瞳を見据え、次に葵を見ている戦わない召喚者たちを睥睨する。


「この国は、それを守るより大切なものができたんだよ。だから、お前たちを守ることができなくなった」

「大切な、もの?」

「ああ。お前たちが戦うか、あるいは国の庇護を受けられなくするか、という二択のどちらかを選択させないと、ここにいるソフィアの人生が終わるからね」


 一人しか残っていない国を継ぐ人間を殺すわけにはいかないでしょ、と補足で説明する葵を他所に、戦わない召喚者たちは葵の言葉に愕然とする。

 そして、一様にソフィアへと視線を転じた。

 戦わない召喚者たちの視線を一身に受けたソフィアは、恐怖と困惑を混ぜ合わせたような表情で瞳を伏せる。

 ソフィアの態度が葵の言葉の信憑性を高め、しかしその荒唐無稽な内容にやはり疑問を抱く。


「……なんでそんなことになってるんだよ」

「それも簡単なことだよ。お前たちが戦えば、大戦におけるこちら側の戦力は倍増する。文字通りね。だから、お前たちを戦わせようとするのは必然だろ?」

「……それは理解した。でも納得はできない。そもそも俺たちを働かせようとして、俺たちが従わなかったらソフィアを殺そうとしているのは誰なんだ」


 苦し紛れに、幸聖の放った言葉は、その場にいた誰もが思っていたことだった。

 その質問に葵がどう答えるのか、聞き逃すまいと誰もが注目する。


「あれ、言ってなかったっけ。俺だよ」

「……は?」

「だから、俺がソフィアの命を握ってる。まぁでも信じられないだろうからね。その証拠を見せようか」


 葵はソフィアの元に近づいて徐に手を伸ばすと、ドレスの胸元を強引に引っ張り、透明感のある綺麗な白い肌を晒す。

 女性の胸を公の場で晒そうとすると言う、経験のない人たちには刺激の強すぎる真似をいとも容易く行った葵は、やはり何の感情も浮かべない表情で淡々と告げる。


「ほら、これがその証拠。見えるでしょ?」


 葵の言葉で、目を背けていたた男子たちが恐る恐ると瞼を開ける。

 その先には、白い肌の上に見るだけでよくないものだと理解させられるような、血が酸化したかのようなどす黒い色で描かれた魔術陣があった。

 それがソフィアの心臓の鼓動に合わせて、脈打つように光っている。


「これがあるから、お前たちに対してこの国は援助をできなくなる。俺が国王にそう言ったからね。理解できたでしょ?」

「……なんでだよ」

「ん?」


 葵が淡々と、むしろ嬉しさすら感じさせるような言葉で説明をした。

 それを受けて、幸聖が握った拳をわなわなと震えさせる。


「なんでソフィアさんにそんなことをしたんだ! ソフィアさんは戦わないって! この世界の人たちを見捨てるって言ったも同然の言った俺たちにも優しくしてくれた人なんだぞ! お前だって、初めて会った時に殴り掛かろうとしたのにすぐ許してもらえただろうが!」

「そうだね。で? それがソフィアの命を握らないのとどう関係ある?」


 幸聖の怒りに、感情のないロボットが目的の為に容易く人を殺すかのような無機質で葵は答える。

 その異常性に恐怖を抱きつつ、それを振り払うように無視して、幸聖は淡々と正論だけをぶつける。


「あるだろう! お前は受けた恩を仇で返そうとしているんだ! それが良くないことだってことくらい、お前でも理解できるだろ!」

「勿論。それは言われなくても、十分に理解してる。でもそれだけじゃダメだ。足りないんだよ」

「……何を、言ってるんだ」


 己の拳を開き、その平を見つめる葵の冷淡な声に、幸聖は途端に落ちつく。

 そんな幸聖を、無機質ではない感情の篭った瞳で葵が見据える。


「俺は魔人と戦った。俺たちが人類が大戦で戦うことになる相手だ。もう噂くらいにはなってるかもしれないけど、俺は負けた。多分、が戦っても、が戦っても、確実に負ける。――いや、負けるなんて御幣のある言い方はよくないな。

俺は死んだ。文字通り、魔人に殺された」

「……殺された?」

「ああ。殺された。それくらい強い相手だ。小野さんたちがどこまで強くなるのか、この世界の人たちの戦力がどのくらいのものかはわからないけど、とにかく今のままじゃ俺たちは負ける。この世界の人たちを魔人から守るなんてことは愚か、俺たちが地球に帰ることができなくなる可能性が高い」


 魔人との大戦を、葵は通過点だと考えていた。

 結愛を探して見つけ出し、地球に帰るために後顧の憂いを絶とうと、片手間に行うことだと考えていた。

 そんな葵の考えとは裏腹に、魔人は強く、葵の誰も殺したくないと言う心と実力では、到底及びもしなかった。

 だから、戦力が必要だった。

 結愛を助けるために、より大戦を楽にできるように。

 だから、葵はソフィアを人質にし、戦わない召喚者を大戦に引っ張り出す。

 全ては、自分自身の望みの為に。


「お前たちも、地球に帰る前にこの世界の人たちが殺されれば帰れなくなるし、都合が悪いだろ? だったら、協力してもいいんじゃないか?」

「……なら、その説明をするだけでいいんじゃないのか? ソフィアさんを人質にする必要なんて――」

「――でもお前ら、ソフィアをこうして人質にしてなかったら、俺の言うことになんて耳も貸さなかっただろ?」


 葵の言葉に、幸聖は言葉が詰まる。

 後ろにいる他の戦わない召喚者たちも、少しバツの悪そうな顔をしている。

 その反応が、葵の言葉の正しさを証明してくれた。

 葵の言葉に召喚者クラスメイトの誰もが耳を傾けないのは、葵がクラスで一年間見せてきた態度と召喚後の対応による当然の反応なので、これは自業自得なのだが、それを棚に上げたまま続ける。


「だから、俺はソフィアを人質にした。それに、お前たちも言ってたように、ソフィアはお前たちに優しくしてたんだろ? それにさっきお前が言ってたけど、恩を仇で返すような真似をするわけにはいかないんだよな?」

「……お前、死んだら地獄に落ちるぞ」

「そもそも結愛がいない世界が地獄だよ。今の俺と大して変わらないね」

「……そういう意味じゃねーよ」


 せめてもの悪態も全く通じず、幸聖は苦虫を噛み潰したような表情になり、ボソッと呟く。

 肩を竦め、憎たらしい態度で答える葵に舌打ちし、戦わない召喚者たちの方を振り返る。

 そこには未だに状況を掴めていない者も、状況を理解した故に自分たちの置かれた状況に不安を抱いている者も、あるいはせめてもの抵抗として葵を睨みつける者など、様々な反応を見せた。

 葵の言い分を理解し提示された条件のどちらかを呑むとして、どちらを選ぶのかを決める権利は幸聖たちにあるが、それは幸聖個人で決めていいものではない。

 だからこそ、三者三様の反応をしているクラスメイト達と話をして決めたいが、それを葵が許可するかどうかはわからない。

 幸聖自身、ソフィアやこの国の人たちにはお世話になっている自覚はある。

 多かれ少なかれ、他の戦わない召喚者も、この世界の人たちに色々と便宜を図って貰っているだろう。

 だからこそ、葵の言っていたようにソフィアを見捨てるような真似は出来ない。


「まぁでも、いきなりこんなこと言われても困惑するよな。だから一つ、提案するよ

「提案?」


 葵の投げかけた言葉に、怪訝そうな顔で幸聖は対応する。


「そう、提案。俺は最終的に、お前たち全員が戦力になってくれればいいと思ってる。そこは何があっても揺らがないから、戦わないなら出て行ってもらうって部分に変わりはないけど、もし俺を倒し得る実力があるのなら、小野さんや二宮くんたちのように訓練に参加する必要はない。大戦のときまで、今まで通り自由気ままに過ごしてもらってくれて構わないと思ってる」


 どうかな、とさも譲歩してますよと言わんばかりの表情で提案をする葵に対し、その場にいた葵以外の召喚者は全員、葵の異常性を目の当たりにし、絶句した。

 召喚から一週間経ち、パレードが行われた後、翔、日菜子、隼人によるチームvs葵という変則形式で模擬戦が行われたことは聞いていた。

 その勝敗が、人数不利であるにもかかわらず、葵の勝利で終わったことも聞かされていた。

 当時、訓練に出ていた中でトップスリーの実力を誇っていた三人を歯牙にもかけず倒した化け物と戦って勝つなんてことはどう考えても無理だと誰もが理解しているが故の反応だった。


「お前が翔たち三人を相手にして快勝したって話は聞いてるんだ。そんな負け確定の勝負に乗っかるわけないだろうが」

「快勝ってのはかなり尾ひれがついてるけど……まぁ言いたいことはわかってる。だから、やる気を出させるための条件も考えてきた」

「……その条件は?」


 またとんでもないことを言い出すんじゃなかろうな、と疑念の視線を送る幸聖に、その反応の正しさを認識しつつ、葵は条件を告げる。


「召喚初日にラティーフがやった、お前たちvs俺の形式で模擬戦だよ。俺は手を抜いたラティーフよりも弱いからね」


 簡単でしょ? と笑顔で告げる葵を前に、幸聖はやはり頭おかしいだろこいつ、と呆れたような表情になる。


「俺たちはお前とは違ってまともな訓練も戦闘経験も積んでないんだよ。しかもラティーフさん相手に俺たちは攻撃をかすらせることすら出来なかったんだぞ? 手を抜いたラティーフさんより弱いかもしれないお前相手でも、勝つことなんてできるわけないだろ」


 召喚時から明確な実力差があり、その上、ここ数か月で行ってきたことも鑑みれば戦闘経験の差は明確に開いている。

 だからこそ、その条件には何の意味もない、と幸聖は断言した。

 しかしその断言に、葵は笑う。


「そうだね。お前たちがこの世界に来てから三か月近く何もせずにだらけているだけだったら、俺には勝てないだろうね」

「……何が言いたい?」

「お前たち――いや、少なくともお前は、何もしてないなんてことないだろ?」


 意地の悪そうな笑みで、まるで断言するかのように言われた力哉は、少しだけ驚きの表情を見せる。

 その言葉が図星であるという何よりの証拠を前にして、その笑みがより深まる。


「……どうしてそう思ったんだ?」

「簡単な推理だよ。お前たちが召喚されてから自堕落な生活を送っていたら、もう少し怠ける方向に変化があるはずなんだよ。特に女性陣は、体質的に脂肪が付きやすかったりするのに、召喚前とさほど変わらない」

「そんなもの、食事制限でもしていれば自堕落な生活していても変わらないだろ」


 幼馴染が二人いて、その二人が女子であるがゆえに、そう言った話も少しは聞き及んでいる。

 太らないために――とか、お菓子が食べれないんだ――とか、そう言った手の話は、幼馴染ゆえに異性の間柄であってもよく愚痴という形で聞かされていた。


「いいや、それは違うな。食事制限は確かに太らないが、太らないくらいの食事制限は体調に影響を及ぼす。観察力だけは鍛えてるから、その変化に気が付けないなんてことはない」


 自信をもって答えたその解は、真正面から否定された。

 それに驚きを隠せない幸聖を他所に、と葵は幸聖を指さして、試すような視線を送る。


「特にお前。ソフィアや俺に対しての対応や反応、俺の問いかけや言葉に対しての思考。どの面においても、召喚前よりも洗練されている感じがある」

「……お前が召喚前の俺の何を知ってるって?」

「知ってるよ。少なくともお前が思っている以上のことを、俺は知ってる」


 その断言に確証もなく、幸聖と葵が話した回数なんて、召喚前も後も合わせて片手で事足りるくらいしかない。

 だから、葵が幸聖のことを知っている可能性など無いに等しいのだ。

 だと言うのに、葵は断言した。

 その断言が正しいと、間違いがないと断言され、幸聖は知らぬ間に一歩後退あとずさる。


「まぁでも所詮は言葉だからね。信用なんてできないだろうし、俺相手ならなおさら難しいだろうってものわかる。俺がお前たちの立場なら、まず俺みたいなやつを信じることなんてないわけだしな。だからこそ手っ取り早く、実力で白黒つけようぜって話だよ」

「俺たちがお前に勝てるわけないだろ。やる前から勝敗が分かってる戦いはそもそも戦いなんて言わないんだよ」

「我が儘だなあ……んじゃあ、お前たちが何か俺に制限つけていいよ。俺が納得できる範囲で且つ、お前たちが折れに挑んで勝てそうな、いい塩梅の制限をさ」


 譲歩してやるよ、と言わんばかりに呆れ顔をする葵に対して、幸聖はそういうのが条件ってんだよ、と内心で愚痴る。

 目の前にいる綾乃葵という人物がどうしてもvs戦わない召喚者をしたいのだと悟り、それをしない限りこのくだらない口論が終わらないと理解した。

 それはきっと、後ろにいる戦わない召喚者の誰もが理解しているだろう。


「皆どうする? 俺は正直に言うと、あいつと戦うことになるくらいならあいつの言い分に従ってもいいと思ってる」

「幸聖、正気? 私たちは命を懸けて戦う覚悟もないし実力もない。魔人に負けたってあいつにすら勝てないなら、私たちが戦うことにしても足手纏いにしかならないよ?」


 その問いかけに、幸聖の近くにいた幼馴染の一人の千吉良摩耶ちよらまやが眉をひそめて訊ねる。

 怪訝そうな顔で幸聖の真意を確かめる摩耶に対して、幸聖は真っ直ぐその瞳を見据えて答える。


「正気だよ。確かに俺たちは、今まで翔たちのようにまともな訓練をしてこなかった。実力は当然、心構えも翔たちには到底及ばない。そんな俺たちが同じ場所に立ったら、足手纏いになるし、翔たちの士気を下げる可能性も当然ある」


 幸聖は自分たちが戦うことになった場合、周囲に与えるであろう影響を列挙する。

 それは正しいもので、幸聖たち戦わない召喚者たちが戦うことを忌避する要因だと言うことを、他の戦わない召喚者たちも正しく理解していた。

 だからこそ、幸聖の言葉に誰もが強く頷いた。


「でも……でもね。俺は命を張らなきゃいけなくなる戦争に参加したくないっていう自分を守りたい心の中に、どこかで翔たちだけに任せていいのか、俺たちだけ安全で平和なところで戦いの終わりを待って、責任の全てを翔たちに押し付けていいのかって思ってた」


 視線を落とし、拳をギュッと握りしめて、悔恨の篭った言葉を連ねる。

 その言葉もまた、戦わない召喚者たちに共通してあった心の声だった。

 自分が可愛いという、人として当たり前の本能があった。

 日本という、少し不穏になりつつはあったものの、未だに平和な国として名を上げられる国でぬくぬくと育ってきた一介の高校生が、いきなり命を懸けてこの世界を救ってくれなんて言われても、土台無理な話だ。

 だが同時に、曲がりなりにも友人として、同じクラスメイトとして一年間の付き合いがある彼らに、自分達でも背負えることを背負わせたままでいいのかという感情もあった。

 今まで戦わない召喚者の間でも黙っていたそれを、自分たちと同じ立場にいる幸聖から突きつけられ、誰もが押し黙る。


「だから俺は、あいつの――綾乃の言う通りにしてもいいと思ってる。その後悔を終わらせられるかもしれなくて、翔たちの手伝いができるなら、俺は、それでいいと思ってる」

「……でも、やっぱり死ぬかもしれないって言うのは怖いよ」


 震える声でそう言ったのは、幸聖のもう一人の幼馴染である相田愛佳あいだあいかだ。

 それが、戦わない召喚者の中に響く。

 確かに、今までクラスを引っ張ってきたのは、翔や日菜子や委員長の彩花だ。

 他にも、クラスを率いてくれた人たちはいる。

 そんな彼らは戦う側に居て、出来るならその手伝いをしたいと言う幸聖の言い分も理解できた。

 だがやはり、死にたくない、生きていたいと言う生物的な面が、その感情を上回る。

 戦う人たちへのモチベーションに影響があるとか、足手纏いになるだとか言う問題以上に、幸聖たちについて回る本能だ。


「うん。それは俺も同じ。死ぬのは怖い。まだやりたいこともあるから、なおさらね」


 幸聖の言葉を聞いて、摩耶と愛佳は幸聖を見つめる。

 幸聖の言いたいことを理解したから、不安そうな視線を送る。

 それに気が付き、でも笑顔で問題ないことを伝えて、幸聖は口を開く。


「でも俺は、綾乃が何の手立てもなく俺たちにこんな提案をするとは思えない」

「どうしてそう思うの?」

「日菜子ちゃんが共和国に行く前に、助言してくれたんだよ。『綾乃くんの心根は外道じゃない。言葉や態度、ぶつけてくる感情なんかは明確な敵対心を感じることもあるだろうけど、話を聞くだけなら絶対に悪いことにはならない』って」

「……そうなの?」

「いやわからない。でも多分、その真偽の証明は綾乃がしてくれるよ」


 愛佳の言葉に自分の考えを答え、そして葵に視線を送る。

 それを受けた葵は少しだけバツの悪そうな顔をして、溜息を一つ吐く。


「お前の言う通りだよ。確実に死なないわけじゃない。でも死亡率を低くすることができる方法は用意してる。お前たちが参加する意思を見せるまで言うつもりはないが」


 葵の答えに、幸聖は自分で吹っ掛けたはずなのに驚いた表情になる。

 幸聖自身、日菜子の言葉が全て正しいとは思っていなかった。

 葵に対しての印象を少しでも良くしようと言う日菜子の優しさだと思っていた。


「で、どうする? お前たちが戦うか、ここでソフィアを死なせるか。二つに一つだ」


 相変わらずの物言いだが、そこには確実な優しさがある。

 人の命を秤に掛けさせ、自分の望む行動を取らせるなんて所業を行った人間が優しいかどうかはともかく、そのための手段を用意していただけまだマシと言える。


「さっきも言ったけど、俺は大戦に参加してもいいと思ってる。自分が死ぬのは怖いし、摩耶や愛佳、一年間を共にしてきたクラスメイトが死ぬ可能性があるってのも怖い。だけど、それを翔たちにだけ押し付けて、自分たちは安全圏から高みの見物をしてるのは、正直に言って嫌だ。だから俺は、可能な限り翔たちの力になりたい」


 幸聖は高らかに宣言する。

 自分の考えを述べ、自分の感情を吐露し、その上で選択したのだと宣言する。

 その選択を他の戦わない召喚者たちに強要するつもりはない。

 ただ幸聖は、自分はこうするという意思を言葉にしただけだ。


「私もやるよ。幸聖と同じで怖いけど、それでも、日菜ちゃんたちの力になるなら……」

「うん。私も愛佳に同じ」


 幸聖の宣言に、愛佳と摩耶が続く。

 二人は立ち上がり、幸聖の隣に立って座って話を聞いていた他の戦わない召喚者たちに視線を送る。


「勘違いしないで欲しいのは、俺たちはみんなに戦えって強要してるわけじゃないからね。自分の意志で戦ってもいいって人だけ、俺たちと一緒に翔たちの手伝いをしよう」


 幸聖は優しい声音でそう告げる。

 それを聞いていた葵は、ソフィアの命を握られてんの忘れてんじゃないか、と疑念を抱きつつ、敢えて口を挟まない。


「……」


 幸聖の言葉を受けて、他の戦わない召喚者たちは視線を合わせる。

 そして小声でどうするかを話し始めた。

 と言っても、悠長に長ったらしく話したわけじゃない。

 すぐに決めたのか、顔を上げ、一人の男子葵へと視線を向ける。


「質問はしてもいいか?」

「するだけならご自由に」

「……大戦に参加するっていうのは、実際に戦うこと限定? 後方支援でも問題ない?」

「手段は問わないよ。俺が用意する手を使って実際に参加するでもいいし、召喚者が持つ膨大な魔力を使って武器やら防具やらの魔道具化の強力に徹してもいい」


 葵の返答を受けて、質問をしてきた男子を中心に話し合いが再開された。

 しかしそれもすぐに終わる。

 そして、召喚者たちは立ち上がり、幸聖の隣に立つ。


「俺たちも幸聖と同じだ。俺たちにできる最大限で大戦に参加する」

「そうか。それは何よりだ」


 戦わない召喚者たちの答えに素っ気なく反応し、葵はソフィアの胸へと掌を向ける。

 すると、胸元に刻まれていた血色の魔術陣が、それを薄れさせていく。


「勘違いはするなよ。あくまで一時的に効果を止めただけ。再度、同じものを刻印することもできることは忘れるなよ」

「ああ。それで、聞かせてくれ。お前が用意してきた方法を」

「わかった。じゃあこれから少しばかり、作戦会議と行こうか」


 幸聖の問いに、葵はニヤリと厭味ったらしい笑みを浮かべて、そう宣言した。



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