第十一話 【夢での逢瀬】




『お疲れ様。あなたが眠っている間に、やってきたことは見させてもらったよ。私にできなかったことをうまくやってくれたみたいだね。礼を言う。ありがとう』


 虚ろな意識の中、ふと聞こえた声で覚醒する。

 上体を起こすと、目の前に広がる真っ白な空間と、その空間に溶け込んでいると言っても過言ではない白装束に身を包んだ女性を捉えた。


「……ああ。初代勇者あんたか。白い空間ここにいるってことは、俺は寝てるのか」

「ええ。灰の森から帰ってきた直後に、色々な準備を進めた上で私の代行してもらったんだから、相当疲労は溜まっているだろうね」

「ああ。ほんっと、疲れたんだ。あんたに会うために一か八かでナディアに意識を落としてもらって、あんたから話を聞いた後すぐにラディナたちを指定の場所まで転移してもらってから、俺を議場まで飛ばしてもらって、そこから全国民の衆人観衆の中あんたのロールプレイしながら初めての精密作業して……この大変さわかります!?」


 話していたら、段々とヒートアップしていき、最後には寝起きだというのに怒鳴るような形で声を荒げていた。

 それに対し、初代勇者は平静とした様子でそれを見ていて、しかしその事実だけはしっかりと受け止めていた。


『わかっているわ。あなたが、私とこの国の為を想って一生懸命動いてくれていたことくらい、あなたの記憶を見ればわかる。だからこそ、本当にありがとう』


 そう言って、初代勇者は頭を下げた。

 あまりにも素直に感謝されたから、なんだか大変さアピールをした葵が凄く小さく見えてしまう。

 疲れたのは本心だし、大変だったのも事実だが、目くじら立てて詫び寄越せや! というと葵の矮小さが滲み出てしまうので、その感謝を素直に受け取っておく。


「それで、ここに来られたってことはまた色々と話を聞いていいってことでいいか?」

『ええ。気が済むまで聞いてくれていいわ。私に答えられることならなんでも答えるから』

「じゃあまず、灰の森に行く前にあんたから最後に聞かされたことに関して聞きたい。あれは……この空間が消える直前に、俺の耳元でエールを囁いたのはあんたか?」


 一週間ほど前、葵が最も聞きたかった言葉を、言って欲しかった人に言ってもらった。

 お前あおいならできる、頑張って、と。

 あの時、あの場にいたのは俺と初代勇者だけ。

 そもそも、あの空間に立ち入れるのが葵と初代勇者だけなのだから、普通に考えてあれが結愛であるはずなどない。

 答えなど聞かずともわかっている。

 それでも、聞いておきたかった。


『ええ……。あれはあなた自身の願望を、あなたの中にある記憶を使って、あなたが最も必要としている人物を借りて行ったことよ。故に、私が行ったことではあるけれど、あれは私ではなく、あの場にあなたの最も必要としている人物がいたと仮定したときに、確実に起こる事実よ』

「……つまり、あの場に結愛がいたらそうしたと?」


 間違いなくね、と頷く初代勇者を見て、嬉しい気持ちと寂しい気持ちが溢れ出る。

 結愛ならそうしてくれた。

 葵が欲することを、結愛なら与えてくれるという事実が、どうしようもなく温かくて嬉しかった。

 同時に、それを言うのが結愛であり、しかし言ったのは結愛ではないという事実が、少しだけ寂しかった。

 この国に来た理由は、ムラトたちが結愛らしき人物を見かけた、という話から始まった。

 故に、あの場に、あり得ない可能性積み重ねた結果、結愛が現れてくれた可能性を、期待しないわけではなかった。


「……そっか」

『……もし気分を悪くしたなら謝るわ。あなたの大切な人を侮辱する行為と受け取られても仕方のないことだもの』

「うん……。でもあんたは、あの時の俺に必要だと思ったからやったんだろ?」

『……ええ。しかし、あなたの願望を叶えることによって、私の望みを受け入れ易くはなるかもしれない、という打算もあったわ』

「素直にどうも。なんにせよ、俺の為にしてくれたことに違いはないわけだから、感謝しておく。ありがとう」


 そう言って、葵は頭を下げた。

 どういう意図があったにしろ、あの時、結愛にそう言われたことが、葵にとっては救いになった。

 形に現れる救いではなく、精神的な、目に見えない救いだ。

 それがあったから、今回のようなことができたと言えなくもない。


「それで、感謝とは別に聞いておくけど、その望みってのはなんだ? 一番最初に言っていた、願いとこの国に託した想いってやつか?」

『ええ、その通りよ。私の願いは、この世界が昔のように、種族の隔たり無く、喧嘩したり、論争したり、研鑽したり……そんな平和が、私の願い。そしてこの国に託した想いは、その願いを叶えるための懸け橋になって欲しかった』

「……昔は種族の隔たりがなかったのか?」

『ええ。私が魔王の元に人柱として出向く前には、すでに隔たりは出来てしまっていたけれど。あなたの記憶からみた今の世界のように、はっきりとした区分はなかったわ』

「どういうことだ? そんなこと、王城図書館で読んだどんな歴史書にも書いてなかったぞ……?」


 初代勇者の説明に、葵は困惑を隠せない。

 葵の困惑を悟り、初代勇者はそうね、と呟いて、程よく鍛えられた細腕を上に掲げ、人差し指を天へと向けた。

 すると、その人差し指が発行し、白い空間をさらに白く塗り上げる。

 その眩しさに目を瞑り、光が収まった頃合いを見計らって瞼を開けると、白い空間が緑豊かな大地とその中にポツンと置かれている円状の町の上空へと変貌を遂げていた。


「“空間転移”――じゃないな。これは……映像か?」

『ええ、その通りよ。これは私の中にある記憶から引き出したもの。と言っても、私はこんな風に空を飛んで俯瞰して見たことはないから、記憶から引き出した情報をもとに補完している映像になるわね』

「なるほどな。これもあんたの能力か?」

『そうね。これも“翻訳”の能力の一部よ』

「随分幅広い使い方ができるんだな。俺にも使えるのか? それ」

『可能か不可能化で言ったら、おそらく可能でしょうね。だけれど、同じ能力でも人によっては使い方は違うものよ』


 その説明を受けて、葵はん? と疑問の表情を浮かべる。

 葵がよく理解していないとわかった初代勇者は、そうね、と人差し指を立てて説明する。


『例えば一と二を“計算をする”ことを要求したとして、そのやり方は人それぞれ違うでしょう? 足し算、引き算、掛け算、割り算のどれを使うか。紙に書きだすのか頭でやるのか。紙に書きだすなら、筆算するのかしないのか。そんな風に、人それぞれやり方は違う。だから、私と同じ能力を持っているあなたが、今まで私が見せた能力と同じ使い方をしていないなら、それはあなただけの武器、強みとなるわ。もちろん、私と同じような使い方をしたいというのなら、止めはしないけれど』

「なるほど理解した。理解した上で、俺に使える使えないも一旦置いといて、手札を増やすって意味で、あとで聞くだけ聞いておく。今は本題に戻すとして……これ何?」


 そう言って、葵は足元を指差す。

 正確には、足元に映し出された、賑わう町の風景を映した映像を。


『あなたが私の生きた時代の日々を想像し難そう、視覚という人が最も多くを得る情報源からの情報じじつを見せてあげようと思ってね。ほら、あそこ』


 初代勇者が指さす場所には、人だかりができていた。

 ある人は犬の耳と尻尾を持っていて、ある人は人間とは思えないくらいに鋭い牙を持っていて、ある人は独特な形の二つのツノを持っていて、ある人は背中から翼が生えていて、ある人は王国や共和国で見かけたような何の変哲もない普通の人がいて。

 そんな、ファンタジー系の小説や漫画やアニメなどではよく見かける、しかしこの世界においては初めて見る光景に、葵は目を見開いていた。


「これが……あんたが暮らしていた世界……?」

『ええ。私が暮らしていた世界では、人も、獣人も、亜人も、魔人も。みんな一緒に暮らしてた。喧嘩もしてたし、相性の良し悪しもあった。それでも、平和というに相応しい世界だったわ』


 確かに、今葵の足元に広がる街並みやそこで暮らす人々には、活気が感じられる。

 今まで見てきた町が活気を感じないわけではない。

 どう表現すればいいのだろうか。

 今と変わらないくらい活気があって、みんな楽しそうで、別種族で言い合いをしている人もいるし、何なら殴り合ってる人もいる。

 そういう意味では今まで見てきた町よりは平和じゃない。

 それでも、今葵が見ているこの光景は、とても心に響く。


「……これが平和ってことなのかな」


 初代勇者は答えない。

 白装束のせいで、表情もわからない。

 それでもなんとなく、笑っているような気がした。


「あんたの言っていたことは理解したよ。だけどやっぱり信じ難い。少なくとも、あんたが生きている間にはここから人と魔人が対立して、獣人も大森林に引きこもって、亜人はそれぞれ自分たちの住み易い場所に居住を移してるわけだろ?」

『……あなた、“銀狼”の加護で私とワタルとの会話を“視た”と言っていたわね?』

「ああ」


 葵の返答に、初代勇者は考え込むようにして押し黙った。

 その思考がまとまるまで、葵は聞きたいことをリストアップしながら待つ。


『いいわ。あなただけには、この世界に起こったことを話すわ。この映像と、私が魔王の元へ人柱として出向くまでの間に起こったことよ。この時代の人に話した時の影響はわからないから、可能な限り他言無用をお願いできるかしら?』

「誰にも言っちゃいけないんだな。わかった。話してくれ」


 葵のあっさりとした返事を聞いて、初代勇者は深呼吸をする。

 そして、覚悟を決めたような雰囲気を醸し出し、ゆっくりと口を開いた。


『私がこの国を建国し十年近くが経った時、この世界に変化――いいえ。変化なんて生易しい言葉じゃ足りない。あれは世界の改変とでも言うべき、超常の現象が起こったわ。世界中のありとあらゆる生命に干渉する、私たちでも真似のしようがないほどの強大な何か。その結果、歪なほどに人間や魔人、獣人や亜人と言った今まで平和だった種族が離別し、途端に対立し始めた』


 裾をギュッと強く握り、初代勇者は噛み締めるように言う。


『何の前触れもなく起こった改変それは、私たちを深い眠りへと誘ったわ。一年近くも眠り続けたあとで、世界に起こった異常事態を悟った。すぐに原因を探ったけれど、その時にはもう手遅れ。わかったのは、改変そのものが私たち以外の誰の記憶にも残ってなくて、記録も忘却されていたってことだけ。あなたが知る歴史は、その改変後に書き直されたものでしょうから、私の知る歴史と違っても何らおかしくないと思うわ』

「……でも、あんたは諦めずに調べて、その原因が魔王にあると考えたんだよな?」

『ええ。私がいた時代に、魔王なんて称号を持っている魔人はいなかった。それに、改変後の記憶を持っている人たちに因れば、魔王と名乗る魔人が他の魔人たちを束ねて、この大陸の最南東の大陸に居城を構えたと聞いたわ。なぜわざわざ未開拓の大陸に渡ったのかは不明だけれど、それから五年としないうちに第一次人魔大戦が勃発したわ』


 その戦いで初代勇者は魔王軍を打ち破った。

 その後、初代勇者がいなくなっても魔王軍と戦えるようにと、吸血鬼族と盟約を交わし、勇者の力を継承することによって対抗戦力を用意した。


「ん? じゃあなんであんたは人柱になったんだ? その流れで人柱になる必要性を感じないけど……」

『正確には人柱になるために行ったわけじゃないわ。私はあくまで、魔王と話をしに行ったの。でも、私は力のほとんどを継承し終えて、ただ身体能力の高い女になっていたわけだから、人柱になる可能性が高いかったというだけよ』

「なんでそんな無茶を……」


 そんな状態で敵の大将に会いに行くなど、自ら人質になりに行くようなものだ。

 何ならそれを理解している分、余計に質が悪い。

 それに初代勇者は、人々にとっての希望だったのだ。

 魔王軍という脅威を前に、それを退けた英雄とでも言うべき存在。

 故に、“初代勇者”なのだから。

 その立場を考えても、愚行も愚行。

 賢い小学生でもわかるくらいの愚かさだ。


『私の命や人生程度で魔王軍との対立が終り、昔みたいな平和が齎されるのなら、安いものだと思っているわ。それに、私がやってきたことは、基本全てワタルに肩代わりしてもらった。初代勇者はいなくなったけれど、二代目勇者が魔王軍と戦うという役割を担っている以上、私という人物がいなくなったところで大した問題じゃないわ。もし私に何かあっても、二代目が何とかしてくれるでしょうからね』

「……」


 どこかで聞き覚えのあるくらい、自己犠牲の精神が強い。

 自分が頑張れば他のみんなが幸せになるのなら私は努力を惜しまない、なんて言っていたあねがいた。

 その人は今も、この世界のどこかで、誰かのために動いているのだろう。

 結愛はそういう人だから。


 そして、目の前の初代勇者からは、それと同質のものを感じる。

 度し難いほどの他人想いで、自分の身すら粉にして動くという、異常なまでの偽善に満ちた考え。

 こういう人が損をするのだ。

 結局、辛いところを全部押し付けられて、手が回らなくなって破綻する。

 それがわかっていたから、俺は――


「あんたの言い分はわかった。それがどうしようもなく理解し難くて、それでも曲げられないものだとわかっているから、それに関して、俺はもう何も言わない。それで結局、魔王との話し合いとやらは出来たのか?」

『おそらくできていないでしょうね。今あなたと話している私は、魔王の元へ向かう前の私に残された記憶のコピーと能力だけだもの。それが何の更新もなく五千年もの間放置されてきているわけだから、話し合いをできたかどうかすら怪しいわ』

「まぁそうか。そのあとに八回も大戦が起こってるんだから、話し合いなんてできてるわけないもんな。でもそうなると、魔王たちはあんたの本体をどうしたんだろうな。こっちに返ってきてたなら、歴史書に書かれるくらいの大事件として残るだろうに」


 葵の言葉に、初代勇者は思案するような素振りを見せる。

 数瞬ののち、顔を上げて嫌なら聞かなくていいわ、と前置きして話し始めた。


『おそらく私は優秀な母体として子を産むための道具になっている可能性が高いでしょうね』

「…………それはどういう」

『そのままの意味よ。私は地球から来た人間で、この世界の水準から考えた場合、それはもう魅力的な遺伝子を持っている人間で、半分魔人になっていたから、可能な限りの延命処置を施されて、優秀な男たちのなぐさ――』

「――わかった。わかったから、やめてくれ」


 理解していなかったから聞き直したわけじゃない。

 理解したくなかったから、聞かないふりをした。

 その結果、一番辛いであろう本人に、それを話させた。

 自分の浅はかで、他人を傷つけた。


『辛い話を聞かせてしまったわね。ごめんなさい』

「あんたが謝る必要はない。俺が聞いたことで、あんたはむしろ俺を責めるべきだよ」

『そうなんだろうけどね。私は私としてここにいるから、正直なところ、私がどうなっていようとも構わないのよ。私が選んだ道なのだから、その結末がどうなっても受け入れるわ。それに、今のはあくまで可能性だから、確実にそうなったわけじゃないわ。だから、そこまで気にしなくていいわよ』

「……ああ」


 深呼吸をして、心を落ち着ける。

 自分の言動を反省し、次は同じ失敗をしないように意識づける。

 そう、まだ可能性なのだ。

 現実にそれが起こったというわけではない。

 もう一度、大きく深呼吸をして、最後に頬を叩いて切り替える。


「すまんかった。これからはこういうことのないように気を付ける」

『気にしていないから大丈夫よ』

「そう言ってくれると助かる。んで、さっきの話で一つ気になったんだけど、半分魔人になってるってのはなんだ? そもそも魔人ってのは何なんだ?」


 さきほど、初代勇者は自分が半分魔人になっていると発言した。

 魔人に関して、現代で知れることは少ない。

 それこそ、人の姿にプラスして何か身体的な特徴があったりだとか、身体能力が成人男性の数倍がデフォルトで、魔術も人より秀でており、魔眼という特殊な器官を持つ個体もいるという程度の情報しかない。

 他の種族同様、人間との構造的な部分での関わりや、どこから生まれたのかなどの哲学的分野まで様々な部分が五千年も経った現在でも不明だ。


『ああ。まだ話してなかったね。魔人は簡単に言えば、魔物の肉を食らい、生き永らえた人間の総称よ』

「魔物の肉……? 食ったら魔素の過剰摂取で体内の魔力が暴走して四肢爆散になるんじゃないのか?」

『それは魔素に耐えられなかった場合の話よ。どんな理由があれ、魔素を体内に取り込み、その魔素に耐えた者が食らった魔物の特徴を様々なところで受け継ぐのよ。尤も、その変化の際には想像を絶する痛みがあるとされているけれど』


 驚きの新事実をあっさりと告げられて、脳の処理が追いつかない。


『私の場合、異世界人だからかわからないけれど、この世界の人とは違って、そんな痛みを感じることはなかったし、身体的特徴を受け継ぐこともなかったわ。だけど、魔王軍との戦いでピンチに陥った時、魔眼が覚醒したわ。どういう原理で覚醒したのかは不明だけれどね』

「つまり、魔素を取り込み耐えられた人間が魔人である、と?」

『ええ。獣人や亜人については私たちがこの世界に来た時点ですでに暮らしていたから、どこでどう生まれたのかは不明だけれど、魔人についてはその通りよ。尤も、魔人は魔素を取り込みすぎたことが影響しているのか、早死にする人が多かったけれどね。種として確立している今なら、魔物と同じくらいの長寿になっていても不思議じゃないわ』


 ようやく初代勇者の言葉を理解した葵は、今までの九回の大戦で過去の人々が集めた魔人の情報の完全理解を果たした。

 魔神の身体能力が高い理由やベースが人型で、しかし人にはないツノなどを持っている理由は魔物の影響を多く受けているからで、魔術に秀でているのは魔物と同じで魔素を直接取り込み魔力へと直接変換できるからであり、魔眼はいわば魔物たちの恩寵のようなものなのだろう。

 だがそれがわかったところで、魔人が脅威であることに変わりはない。


『あなたが戦う相手は、おそらく今まで以上に厳しいものになると思うわ。早死にする魔人が多いという事実があったのに、魔人という種が五千年の繁栄している以上、何かあるはずよ。だから、気を付けてね』

「……ああ、そうだね。わかった」


 一旦、心を落ち着けるために深呼吸を挟む。

 こういう落ち込んだ時に、結愛がいてくれるととても癒されるのだが、いないものは仕方がない。


「あそうだ思い出した。俺の望みが叶うって言って、あれは結愛が見つかるってことか? って質問にあんたはまともに返してくれなかったけど、それは結局どういう意味なんだ?」

『そのままの意味よ。結愛さんは見つかるわ。そうね……半年ほど経てば会えるはずよ』

「それはちゃんと、生きて会えるんだよな? 死体と会えるとか、そういう意地悪な意味じゃないよな?」

『ええ。ちゃんと生きて会えるわ』

「そうか……そうか」


 結愛は死んでいない。

 生きて、この世界のどこかにいる。

 その事実に、安堵のため息が漏れる。

 灰の森で見つけたペンダントは、やはり何かの要因があって落としたままになっていたものの可能性が高くなった。

 あの時、ラディナが止めてくれて本当に良かった。

 後でラディナにはお礼をしよう。


「ちなみに聞いておきたいんだけど、結愛が生きているのが分かるのも、“翻訳”の力か?」

『ええ。ただ確実ではないわ。私が知れる範疇は既に超えている。だから、急いだほうがいいことに変わりはないわ』

「ああ。それは勿論だ。でも、ありがとう。少しは心に余裕ができたと思う」

『そう。それはよかったわ』

「よし、まだまだ聞きたいことがあるんだ。俺の気が済むまで付き合ってもらうぞ」

『ええ』


 そうして葵が夢から覚めるまでの間、初代勇者から多くの話を聞くという、この国の誰もが羨むような体験をしていった。



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