第十話 【初めての】




 突如として現れた黒髪の少年――綾乃葵に、議場にいた誰もが例外なく驚き、目を丸くした。

 それを見て、葵は想定通りだと笑い、丁寧な所作で頭を下げる。


「まずは、このような場にいきなり押し掛けたことをお詫びします」

「あなたは?」


 途中から、ほぼ空気と化していた議会を進める司会役――議事進行係が、困惑顔のままそう尋ねた。

 先ほど名乗ったばかりだが、いきなりもいきなりだったため、処理が追いついていないのだろう。

 なので、改めて姿勢を正し、名乗る。


「改めまして。私は召喚者、綾乃葵。そして、この国を建国した偉人であり、世界の常識を変えた立役者、初代勇者の遺志を継ぐものです」

「……はぁ?」


 進行係の女性は、眉をハの字にし、やはり困惑した顔で葵を見ている。

 まるで、何の用でここに? とでも言わんばかりの表情だ。


 その進行係の言葉を代弁するように、一人が挙手した。

 それに釣られて、そちらを見る。

 そこには、恰幅の良い、なおじさんが、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。


「綾乃葵、と言ったかな? ここは議場。ここに入れるのは国民に選ばれた国会議員だけであり、少年が入っていい場所ではない。カメラに映り、放映されてしまっている以上、あとで友人などから茶化されはするだろうが、今すぐに立ち去るのならここに来たことは不問と――」

「――いえ。立ち去るわけにはいきません。私がここに来た目的は、初代勇者の遺志を果たすためにあります。ここで立ち去っては、その目的が果たせなくなる」

「先ほどから、少し口が過ぎますね。初代勇者様に対し様を付けず、ましてやその遺志を継ぐなどと出鱈目なことを言う人間がおるとは……。これはやはり、ハツカ首相に問題が――」


 そのおじさんの言葉を、ほんの一瞬だけ魔力で暴風を作り出し、同時に議場にあった魔力を操作して個人個人の周りを纏うように圧力を生み出すことで物理的に制止する。


「初代勇者は言った。この国にかけられた呪いを解いて欲しい、と。それはこの世界の安全を想い、この世界に暮らす全生命の為であり、そして同時に、人類が魔王軍を滅せられなくなった理由でもある」

「貴様……初代勇者様を愚弄する気か?」


 葵の言葉に、目の前のおじさんは剣呑な雰囲気を醸し出す。

 だが、睨みつける程度で委縮するほど、葵は柔ではない。

 それに涼しげな笑顔を浮かべて見せて、堂々した振る舞いで言葉を紡ぐ。


「では一つ、言っても信じられない事実を言いましょう」


 その言葉に、おじさんは少しだけ身構える。

 攻撃をするわけでもないのに大袈裟だなぁ、なんて思いつつ、葵は議場を中心に向けて歩く。


「先ほど、私は初代勇者の遺志を継ぐものと言いましたが、それは少しだけ違う。確かに、初代勇者の遺志を知ることができますが、私が言いたいのはそこではない」

「では、なんと?」

「私は初代勇者の生まれ変わりであり、初代勇者と同じ能力を持っている。尤も、人格や性格は元の俺にかなり寄っているため、あなたたちの理想であしっている初代勇者とはかけ離れてはいますがね」


 葵の発言に、その場にいた全員が驚愕に目を見開いた。

 その場にいた全員だけではない。

 カメラを通してこの映像を見ている国民たちをも、驚愕に陥れた。


「……ばっ、馬鹿な! 初代勇者様の生まれ変わりだと? 貴様、出鱈目もいい加減に――」

「――そう言われるのはわかってました。なので、証明をしようと思います」

「証明……だと?」


 もちろん、これは嘘だ。

 葵は初代勇者と同じ能力が使えるかもしれない、というだけで、生まれ変わりなどではない。

 そもそもからして、生まれ変わりなんて概念はあっても、実際にそれをするのは転生者くらいで、転生者の場合は生後からすぐに意識は転生した人間のものだ。

 故に、葵の話の信憑性は統計から考えても、初代勇者が女性であり、男に生まれ変わるなんて非現実的なことも鑑みれば、中々に信じ難いだろう。

 だが、初代勇者が女性であることを知っているのは、直系の子孫だけであり、その他大勢はその事実を知らない。

 それに、初代勇者はこの世界で数えきれないほどの偉業を成し遂げている。

 故に、常識では信じられないであろう“初代勇者の記憶を継承した人間”という現象の根本を、おじさんは否定しなかった。

 おじさんが否定したかったのは、初代勇者が葵に生まれ変わったという出鱈目のみなのだから。


 おじさんの言葉に、歩みを止めることなく頷く。

 そのまま、悠々と議場を闊歩しつつ、人差し指を立てる。


「初代勇者は、現代まで残る様々なものを残していきました。組合のシステム中枢に関わるものや、他種族との友好関係などの大きなものから、科学という技術を発展させ、この世界に産業的な革命すらも起こしました。その中でも、初代勇者でなければ再現不可能な、ロストテクノロジーとなったものも多い。例えば、組合員証を製造する機械などの身近なものから、神が人類に与えた試練を受ける天の塔への行き先という曖昧なものまで沢山です。その中で、この国にとって要とも言える代物で、しかし初代勇者でなければ再現不可能なものがありますよね?」


 敢えて核心には触れない。

 もっと焦らして、もっと溜めて、最大の驚愕を叩きつける。

 それこそが、作戦なのだから。


「島国である共和国全土から生成される魔素を吸い上げ、魔力へと転換し、国を運用するための主なエネルギーとして様々な場所へ送っている大元。――そう、この国唯一の都市を囲む大結界です」

「……それが何だと言うのだ」

「大結界は初代勇者が組み上げた最大にして最高傑作の魔術陣で動きます。しかし、その魔術陣は複雑かつ精密で、なお且つ五千年がたった今でも再現不可能とされている、文字通りのロストテクノロジーだ。それがもし破壊された場合、修繕できるのは初代勇者のみ。……違いますか?」

「……まさか!」


 ええ、そのまさかです、とおじさんのまさかが当たっているかどうかはさておき、葵は立てていた指を腕ごと真上へ持ち上げ、議場の天井――正確には、その先にある大結界を指さし宣言する。


「大結界を敢えて破壊し、それを私が修繕をして見せることで、私が初代勇者の生まれ変わりであることを証明しましょう」


 議場がどよめきに包まれる。

 それもそうだ。

 この国に魔獣という被害を齎さず、この都市をあらゆる攻撃から守るための絶対防御であり、そしてこの国の繁栄を五千年もの間支えてきた、この国の物的象徴とも言えるものを破壊しようというのだから。


「しょ、正気か貴様!? それが失敗した場合、この国に齎される被害は甚大! その責任はとれるのか!?」

「それは難しいでしょうね。私には、この国の未来を背負う覚悟なんてないですから。でも、私は召喚者。大結界に関する法律は存在しないから、法で私を罰することはできず、また召喚者に与えられた地位を悪用すれば、失敗しても私は責任から逃れられる」

「そ、そんなことが通用するとでも!?」

「通用しないはずないでしょう? あなたは先ほど、ハツカ首相が召喚に際し、召喚者の人権を認めるなどの措置を取ったことを、「私でもそうした」「当たり前だ」と論じたはずだ。その当たり前に関して、悪用される危険も含めてそう言った発言をしたのではないですか?」

「それは……」


 相手を混乱に陥れ、早口で捲し立てて膨大な情報を送り、相手にまともな思考をさせない。

 相手は政治家。

 これまでの人生において、口で戦うことなど片手も要らないほどの数しかこなしてない葵が、論争で勝てる相手ではない。

 ならば、勝てる土俵まで誘き寄せればいい。

 誘き寄せることができないのなら、そこに土俵を創ればいい。

 それでも勝てないのなら、そも相手を戦う相手とすら認識さえなければ確実に先手を打てる。

 そう、今のように。


「大丈夫ですよ。えーっと……ヒカルさん、でしたか? 私は失敗しない。あなたが信じる初代勇者は、この程度の問題を越えられないほど、信頼に値しない人物ですか?」

「……」


 おじさん――ヒカルは答えない。

 初代勇者は信じているだろう。

 故人に全幅の信頼を置くなど、葵の感性からすれば信じ難い問題ではあるが、人の価値観は違うため何も言わない。

 しかし、初代勇者は信じていても、初代勇者の生まれ変わりなどという、そこらの詐欺師の方がもっとマシな嘘をつくよと言われても言い返せないような戯言を言う葵のことは信じられないのだろう。

 尤もだ。

 これで葵のことを信用し、じゃあやってみろ、なんていう政治家は、正直頭がおかしいとしか言いようがない。

 何にせよ、葵がやるべきことは決まっている。


「では始めます。ああ、改めて言っておきますが、失敗したときは責任を負わない、なんてことを言いましたが、あれはジョークです。私にできる最大を以って、責任は取らせていただきます」


 まぁ尤も、失敗する気なんて微塵もありませんが、と憎たらしいとも、嫌らしいとも、恐ろしいともいえる笑みを浮かべて付け加える。

 そして、一台のカメラを――そのレンズの向こうでこの映像を見ているであろう信頼のおける側付きラディナを見据えて頷く。

 それを見たラディナは、国民の誰も知らない隠し部屋にて、一つの魔術陣を破壊した。


 直後、耳元をチラつく蚊の羽音のような、あるいは壊れた機械を作動させたときの高周波のような、あるいは黒板を爪で引っ掻いたような、そんな耳障りの悪い音が、首都ウィルを襲った。

 議場にいた国会議員の全員が、首都ウィルにいた全国民が、それを指示した葵が、それを実行したラディナが、その傍にいたソウファたちが。

 誰もがその音に耳を塞ぎ、それでもなお聞えてくる不快な音に鳥肌を総毛立たせ、それが早くなり終わるのを願った。

 ほんの数秒――時間にすれば僅か二、三秒ほどが経過し、その音が消えた。

 瞬間、誰もが身構える。

 五千年の歴史の中で、この国が建国されてから初めての出来事を目の当たりにし、誰もが身構え、そして、どう行動すればいいのか戸惑った。

 大結界が壊れるなんてことは想像もしていなかったからだ。

 普通は、最悪を想定し、いくつかの対処方法を用意しておくものだとは思うが、この国において、初代勇者の存在の大きさが、仇となった形だ。


 誰もが恐れ慄き、何が起こるかもわからない状況に困惑し戸惑った。

 どれくらいが経っただろう。

 数秒か、数十秒か、あるいは数分かもしれない。


 何も起こらない。


 耳障りな音が鳴り響き、しかしそれだけだ。

 それ以上、何も起こらない。

 まるで、今ので全てが終わったとでも言わんばかりの沈黙が、首都を包んだ。


「――……あ、空が」


 首都の、屋外にいた一人――小野日菜子が、空を見上げ指をさしてそう言った。

 それに釣られて、戦う召喚者は空を見上げ、その光景に目を見開く。


「あれが……大結界」


 そこには、半円球の天辺から、じわじわと染みを広げていった。

 否、それは染みではない。

 元の空――大結界により、軽減されていた地上に降り注いでいる本来の太陽光の光だ。


「……大結界は、壊れたんじゃないのか?」


 大結界が壊れていく様は、外でしか観測できない。

 正確には、魔力で生成されている結界であるがゆえに、“魔力感知”に長けた者ならば屋内でも観測できるだろうが、少なくとも議場から観測できる人間は葵しかいなかった。

 その様子を観測しつつ、葵は目標の一つ目達成、と心の中で呟き、ヒカルの質問に答える。


「壊しました。今まさに、外では大結界が壊れていく様を見ることができますよ。まさかあんなトラップがあったなんて聞いていな――あいや、そう言えばトラップとしてその機能を組み込んだような覚えがありますね」


 今の自分の設定を思い出し、慌ててそう繕う。

 しかし、葵の浅はかな繕いは大結界が破壊されたという事実を越えられず、誰の耳にも届かない。


「まぁいいでしょう。では、修復します」


 葵はあっさりと告げて、片膝を立てて座り込み、議場の床に右手の平を置く。

 目を閉じ、深呼吸を一つして、右手に魔力を込める。

 そして、初代勇者から聞いた言葉を、復唱トレースする。




『「翻訳」』




 瞬間、葵の中に膨大な意識が流れ込む。

 何千、何万なんてレベルじゃない、何億何兆何京を越えようというほどの意識の奔流が、葵を襲った。

 それは、銀狼の時に流れ込んできたものよりも、雑多で混沌としていた。

 しかし、そんなものには気を取られない。

 要はコツだ。

 耳が捉えた音を、全て脳に送って理解しようとする必要はないように。

 流れてくる音を右耳から左耳へ貫通させるように。

 無視して無視して無視して無視して、葵が望むべきたった一つの意識に手を伸ばす。


「――見つけた」


 再び、葵は笑みを浮かべる。

 憎たらしく、厭味ったらしく、恐ろしい笑みだ。

 その意識を掴み取り、そして再度、復唱トレースする。


「翻訳」


 今まで、葵の周りを無造作に流れていた意識が、草原に吹く爽やかな風のようにパァッと消えていき、葵の脳内に膨大な量の魔術陣が展開される。

 “銀狼”にかけられた加護のろいよりも大きく、情報量は莫大で、しかし複雑ではない知識のある子供でも再現可能な魔術陣だ。

 ただ一点、初代勇者と同じ恩寵か、あるいは“理解する系列の恩寵”を持っている生命以外には、解読すらできないという難題を除いて。


「道理で五千年もの間、修復できる人間がいなかったわけだ」


 吐き捨てるように、あるいはこれを仕掛けた当人への当てつけのように、そう呟く。

 だが、もう大丈夫だ。

 展開されたこの魔術陣を再現しさえすれば、大結界は元通り。


「じゃあ、再生する――翻訳」


 再び膨大な意識の奔流に呑まれる。

 だが、もう慣れた。

 いや、と、“銀狼”の加護の解呪を試みた時の経験がなければ、慣れるまでにもっと時間がかかり、下手をすればその意識に呑み込まれていただろう。

 意識の奔流に呑まれなきゃいけなくなった原因から、より楽にする対処方法を教わるなんてとんでもないマッチポンプだよ全く、と愚痴を漏らしながら、ある場所へと意識を繋げる。


 そこは、暗い暗い空間。

 一件何もなく、だだっ広いだけの空間。

 しかしその空間は、初代勇者の言う通りならば魔力が注がれてから三十秒後に、その時点でその空間にある魔力を自動で補完し続けるというだけ空間。


 魔力で魔術陣を描いた場合、魔力を通るという過程を魔術陣を描く段階でこなしているため、即時魔術が発動するが、発動した段階で魔術陣は消える。

 つまり、葵が魔術陣を完成させた瞬間に、大結界が生成され、そして消える。

 それでは永久の効果を持たせなければ意味のない大結界は、機能として破綻する。

 故に、魔力を補完する空間が消えていく魔術陣を補完し、常に大結界を維持する。

 補完する魔力は島国の自然から回収されるため、実質的な無限ループとして、大結界は完成する。

 これは、初代勇者が目指した完成図であり、そして実行できなかった完成図だ。


 その空間へ繋がれたパスを通じて、葵の魔力を注ぎ込む。

 限界まで出力を絞り、葵の極少量しかない魔力で馬鹿みたいにデカい魔術陣を再現する。

 一度のミスも許されない。

 魔術陣の欠けも、魔術陣を完成させられなくてもダメ。

 空間が魔力を補完する時間に入れば、その時点で追加の記述はできなくなるからだ。

 迅速且つ丁寧に、そして、葵の僅かな魔力で描ききれるように調整しながら。


 葵は、内心で笑う。

 それは、嬉しさと、高揚と、自信に満ちた笑み。

 失敗なんて考えない。

 見据える未来は成功のみ。

 それで失敗したなら、それが俺の運命だ。

 だったら、そんな運命は――


「――俺が越えてやるさッ!」


 弱気になっていた自分自身へ。

 結愛のペンダントを見つけ、ラディナに救われた、過去の俺へ。

 今の俺が激励する。

 お前なんか超えてやる。

 お前が諦めた未来は俺が掴む。

 悔しかったら、そこから上へ来てみやがれ、と過去の自分おのれを鼓舞する。


 だだっ広い空間に、寸分の狂いもなく、魔術陣が生成されていく。

 魔術陣を習っている人や、あるいは関連する知識を持つものが見れば、死後の世界まで記憶に焼き付くであろうその光景を見ている者はいない。

 議場に乗り込み、訳の分からないことを言って、世紀の大犯罪なんて目じゃないくらいの罰せられない大犯罪を犯し、黙り込んだ黒目黒髪の少年が座り込んで何かしているのを、見ている人しかいない。

 少年が何をやっているかも、どうしていきなり黙り込んだのかも、理解していない。

 故に――


「――おい貴様ッ! 一体どう落とし前を付ける気だッ!」


 怒り心頭に発する、という様子を体現した様相で、ヒカルはズカズカと葵に歩み寄る。

 その瞳には葵しか映っておらず、周りの何もかも、カメラすらも映っていない。


「落ち着いてくださいヒカル議員! 今彼は、大結界の修復をしている最中だ! 邪魔をしては――!」

「邪魔をするなコージ! 今私はあの少年に問いかけているのだッ!」


 そう言って、ヒカルはコージを振り払い、葵の元へと詰め寄って、その肩に掴みかかった。


「――やめて」

「なっ、なんだ貴様! どこから入ってきた!?」


 ヒカルが葵に掴みかかる寸前、その間に一人の黒いローブ姿の人間が割り込んだ。

 声からして女性だろうが、しかしその姿はローブに包まれ認識できない。

 どこからともなく現れ割り込んできたことで、ヒカルは倒れそうになるが、寸前で持ち直す。

 そして、ヒカルはその黒ローブを睨みつける。


「葵の邪魔をするのはやめて」

「貴様ッ! 私の邪魔をするのかッ!」

「それは私のセリフ」


 互いに一歩も譲らず、二人の間で火花が散っているのが見える。

 一触即発。

 文字通りの状況がそこで起こっており、先ほど止めに入ったコージの割り込む余地はなかった。


「あれ、師匠。こんなところで何を?」


 そこへ、葵の気の抜けた声が響いた。

 大きな声を上げていたわけではなく、自然な会話のボリュームだったのだが、一触即発の状況を前に誰もが固唾を飲んで見守っていたために、その声がよく響いたのだ。


「大結界の修繕は?」

「何とか終わったよ。思いのほか魔力は使わなかったけど、神経は擦り減らしたから早く休みたい」

「わかった。ならいい。あと、私は師匠じゃない」


 葵の質問に返答せず、ナディアは質問を投げかけた。

 素直に答えて、ナディアから差し出された手を取り立ち上がる。

 そんなほんわかしたやり取りを見て、ヒカルは激高する。


「おい貴様ッ! 大結界はどうなった!?」

「修繕しました。外に出れば、直っていく大結界が見られると思いますよ」


 葵の言葉に、ヒカルは安堵の表情を浮かべる。

 ヒカルだけではない。

 この議場にいた葵とナディアを除く全員が、安堵していた。

 ここまで何の弊害もなく順調だぜ、と内心でほくそ笑み、さて、と口を開く。


「私は今、初代勇者にしか直せない大結界を直して見せました。これで私が、初代勇者の能力を継承した生まれ変わりであると、認識していただけましたか?」

「……」

「おや、皆さん。黙りこくってどうしたのですか? 私は質問をしているのです。それに答えてはくれませんか?」

「……ああ。わかった。――いえ、承知しました。初代勇者様の遺志を継ぐ者よ」


 ヒカルはそう言って膝をつき、頭を垂れる。

 それに倣い、ヒカル陣営の人間が次々と同じようにして頭を垂れていく。

 意外にあっさりと認めてくれた、と予想外の反応に若干の困惑を覚えつつ、目の前に広がる異様な光景に少し引いていた。

 その間にも、議場にいた誰もが頭を垂れていき、最終的には議場にいた全員が頭を垂れるという五千年の歴史の中で初めての出来事が起こっていた。

 何とか引きから戻ってきて、深呼吸をして自分を取り戻し、今の役割ロールで言葉を紡ぐ。


「よし、認めてくれたなら何よりです! では何個かお願いを聞き入れてもらいたい。いいですか?」

「何なりと」

「じゃあまず一つ。私を尊敬し、崇拝し、偶像とするのは構いません。しかし、肝心な場面においてこそ私に頼らず、自分自身の力で考え、行動してください。あなたたちは少し、故人である私に縛られすぎている」

「善処いたします」

「次。ここ数年ほど、ここにいるコージ・ハツカ首相の評判が悪いと聞く。きっと、様々な事態が起こり、それに対しての対処が悪かったりしたのだろうね。しかしそれは本当にハツカ首相のせいなのか、そこをよく考えてほしい。ああ、さっき言った言葉は忘れずにね」

「承知しました」

「んー、あとは……ああ、そうだ。最初に言ったことと通ずるものはあるけど、考え方に縛られすぎないように。信念を貫くのは良い。でもそれに固執せず、何時如何なる時も柔軟にいられるよう努力しなさい」

「ハッ!」

「よし、以上! いきなり押し掛けて場を荒らしまわってごめんなさい! 私は疲れたので帰ります! では!」


 カラ元気でそう言って、ナディアを侍らせて議場を出る。

 そして、誰もいないことを確認してナディアに転移をお願いした。

 場所は、ラディナが予約してくれているであろうホテル近くの人目の少ない脇道。


 そこから大きめの通りに出て、ホテルの前まで歩いていると、前方から目立つ格好メイド服のラディナが走り寄ってきた。

 近くにはソウファたちもいる。


「葵様!」

「ああ、ラディナ。お疲れ。ソウファとアフィも、ラディナの護衛、お疲れ様」

「主、体調悪い?」

「んにゃ、かなり疲れただけだから、ちょっと……横に――」


 それを言葉にする前に、意識が遠のいていくのを感じた。

 疲労で倒れるなんて、まだまだ情けないなぁ、なんて自分を叱咤しつつ、ラディナに支えられているのをいいことに、そのまま意識を闇へと落としていった。



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