第二章 【王国】編

第零話 【焦燥と希望】




 アルペナム王国北部。

 一年を通して分厚い雲に覆われ、降り積もる雪とその空模様から、『白の森』や『雪の森』と呼ばれる、正式名称を『アラバトゥ・アッセンジ』という、世界で三番目に大きい森。

 年中雪が降っているが、そこに群生する植物は一切枯れず、朽ちないため、長い間研究されてきたが、生息する魔物の強さと、厳しい環境のせいでまともな研究などできるはずもなく、この森に関しての知識はそのほとんどが推論と憶測のみ。


 そんな人間にとっては未知と不思議に溢れている、未開拓の森の中を疾走する影があった。

 その影は雪と同じ真っ白な体毛を持ち、その美しいフォルムは風の抵抗を極限まで減らすように地面とスレスレを立派な翼で滑空する――いわゆる、梟と言われる生物。

 しかし、一般的な梟と比較してサイズは大きく、翼を広げたその姿は優に三メートルには超えるだろう。

 その梟は真っ白な森の中、積もり始めた雪や激しい風とともに吹き荒ぶ雪を顧みず、焦燥を貼り付けた表情で羽ばたく。

 遠目からではまず認識できないほど、背景と同化している体毛を持ち、近くで見ればその速さでやはり認識できなくてもおかしくないのに、その表情はまるで逃げ切れないと悟っている獲物のように、恐怖と焦りで満ちている。


 それは、背負う一匹の狼が原因だろう。

 梟が狼を背負いながら空を飛べる、という摩訶不思議な光景は、梟が大きく、狼が小さいからこそ為せる所業と言えるだろう。


「ハッ、ハッ、ハッ」


 空気が澄んでいるため呼吸しても白い息は出なかったが、それでも梟の表情でその辛さは伺えた。

 そしてそれは、疲労という形で現れた。


「ワッ――」


 疲労で自身の翼の大きさを見誤ったのか、幹に翼をぶつけ、数センチほど積もり見えなくなっていた地面を晒してしまうくらいには派手に地面を滑った。

 背負う狼にダメージがいかないように自分を盾にしたことで、背中に乗せる狼にけがはないが、当然、盾になったことで背中の狼の体重も加算されたダメージを、一身に受けた。

 雪が積もるほどの気温の地面は固く、梟の体毛で以ってしてもダメージを吸収しきれず、土と血で汚した。


「……ッ」


 激しい痛みと長時間飛び続けたことによる疲労で、もう翼を広げることもままならなくなってしまった梟は、久方ぶりに背後を振り返る。

 その視線の先に梟が恐怖する対象はおらず、神経を尖らせて聴覚と視覚を使い、人間では感知しきれない遠くまでの索敵を行う。

 それをしてようやく、一難去ったことを確認し、余った体力を総動員して大きく葉を広げた木の下に移動し、背に乗せていた狼をゆっくりと下ろす。

 そのまま倒れ込むようにして、梟は小さい狼の側に倒れ込む。

 少しでも休憩をして、もっと遠くまで逃げよう、と目を瞑る。


 目を瞑り、真っ暗に支配された視界の中に、数時間前に目の前で起こった光景がフラッシュバックする。

 体長三メートルほどのサルが、梟と一緒に過ごしていた集落の仲間を殺戮して回っていた光景だ。

 思い返すのも嫌なくらいの光景を思い出してしまい、バッと目を開き、目の前で辛そうな呼吸を繰り返す狼を見つめる。



 これから先も、守り続けられるだろうか。



 そんな疑問が、頭をよぎった。

 あのサルは、梟の攻撃で傷をつけられた。

 それでも瞬間的に治癒され、反撃を貰いかけた。

 あのまま戦う選択をしていたら、きっと逃げ切るなんてことはできなかっただろう。

 まして、この子を守ることもできなかったはずだ。


 この選択に、間違いはないはずだ、と自分に言い聞かせ、もう一度目を瞑る。

 速さでは負けていなかった。

 だから、逃げ続け、こちらがミスをしない限り追いつかれることはない。


 家族はいない。

 でも、違う種族なのに拾ってくれたこの子がいれば、それでよかった。

 この子が目を覚ましたら、きっと辛い現実を教えなければならないだろう。

 それをしたことで、この子がどんな行動をとるかはわからない。

 だけど、この子が選んだ道なら、どこへでも付いていこう。

 それが、俺の覚悟だ。


 そう心に決めて、梟は眠りにつくのだった。



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