【心情感化】




 長かったパレードが終わり、束縛から開放されて、晴れた気持ちで各々の部屋に戻っていた戦わない召喚者のうちの一人。

 名を工藤幸聖くどうこうせい

 身長は男子にしては小柄な160センチメートルで、第一印象は間違いなく可愛い系男子。

 イケメンの隼人や翔とは別にベクトルで女子人気が高く、生来の性格から二人の妹の面倒をよく見ており、更には仲のいい幼馴染に女子が二人いるというとんでもなく羨ましい環境で育ったことから、女子に対しての理解度がかなり高いのが、その人気に拍車をかけている。

 そんな幸聖はサッカー部で体を鍛えているため、外見に反してそこそこ筋肉質な体をしており、純粋な身体能力で言えば、クラスメイトの中でも上位に食い込む。

 また、幼馴染の指導の元、学業も学年で二桁を維持できるレベルの、文武両道をこなせる優秀な一人だ。


 そんな彼はこの世界に喚ばれ、戦わないという選択をした。

 理由は単純で、自らの命を賭けてまで救いたいものがこの世界に見出せなかったから。

 それに、地球に帰れば家族が待ってる、と考えた時。

 家族視点で考えれば、学校に行ったっきりクラスメイト共々行方不明になり、息子が帰ってこないという事実。


 今の日本において行方不明は決して珍しくはないから、そこはどうにか飲み込めたとしても、前例の少ない集団行方不明からの生還で、しかし帰ってきたクラスメイトの中に息子の姿がなく、実は異世界に行っていて、そこで起っていた戦争に飛び入りし命を落とした、なんてにわかには信じがたい事実を告げられた時、家族が受け入れられるとは到底思えない。

 だから“いのちだいじ”に、を実践し、対戦に参加しないで自堕落な生活を送ることを決めたのだ。


 パレードが終わり、戦わない召喚者の集団と一緒に部屋に戻る道中、今まで体験したことのない緊張のあったパレードで疲労が溜まった影響か、あるいは単純にお腹が空いたのか。

 昼食まで一時間ほどなので、疲労を鑑みればお腹が空くのもおかしな時間帯ではない。


「すまん。俺ちょっと小腹空いたから食堂行ってくるわ」

「あ、じゃあ私たちも」

「りょうかーい」


 一応、連帯行動をしているので報告をして列から離れる。

 幸聖の言葉を聞いて、幼馴染の千吉良麻耶ちよらまや相田愛佳あいだあいかの両名が、側付きを連れて着いてきた。

 断る理由もないし、この二人と一緒にいて居心地が悪いということはないので、女子二人(側付きを含めると五人)と男子一人というハーレム隊列を組んで、すっかり歩き慣れた王城の廊下を往く。


「パレード、色んな意味で凄かったね。幸聖」

「そうだね。あの場にいた人たちの熱気も歓声も、俺たちに向けられたわけじゃないってわかってても、鳥肌が立ったよ」

「……うん。ほんと、ヤバかった」


 右を歩く麻耶の言葉で、つい先程体感したパレードを想起して、感想を述べる。

 左を歩く愛佳が、語彙力を低下させつつもその感想に同意して、麻耶もうんうんと頷いている。


 愛佳の発言を最後に、プツンと会話が途切れた。

 それは、自分たちが喚ばれた意味を果たさずに、ただ無為な時間を過ごすことになることを知らない王都の人たちの気持ちを、間接的に考えてしまったからか、あるいは、あの熱気に応えられないことを、改めて実感してしまったからか。


「……やっぱり、さ。幸聖はまだ、憧れてるの?」


 麻耶が口火を切った。

 その文に主語はなかったが、それでもその場に居た幼馴染二名には、しっかり通じた。


「まぁ……そりゃあ、幼い頃からの憧れだったし、こんな状況になったから余計に考えるよね」

「そう……だよね」

「うん。でも俺は、二宮ほどの才能もなかったし、今のままでも十分満足してるから、気にしなくてもいいよ」

「……そっか。じゃあ私たちは、人間が大戦に勝てるのを祈ってよう」

「そうだね、それしかできないもんね」


 分かりあったように頷いて、会話はすぐに移行した。

 毎日話はしているが、女子特有のお喋り気質の強い二人がいるので、会話の種に困ることはない。

 しばらく――と言ってもほんの数分だが、話題が二転三転する前に、ふと聞こえた打撃音やこの一週間で聞き慣れた訓練用の木剣なんかがぶつかることで発生する甲高い音に、意識が向いた。


「――ああ。そう言えば、綾乃が認定試験みたいなのやってるんだっけ?」

「そんなのあったね。すっかり忘れてた」

「仕方ないよ。大戦以上に、私たちには関係ないもの」


 辛辣な女子馴染に苦笑いを浮かべつつ、ちょうど訓練場の入口を通るので、少し眺めてみる。


「――会長は胸はないけど、美人で高嶺の花って感じがあるからさ。誰も手ぇ出せてそうにないから、初モノな期待はできそうだしさ」


 前後のやり取りがわからないからよくわからないが、はっきりとわかるんほあ、中村の軽薄で、卑しくて、でも煽るでもなく、侮蔑するでもない、そんな不思議な感覚に陥ったということだ。

 その場を近くで見て、聞いていたであろう二宮は、その発言と態度をすぐに窘めた。

 だが至って正常だと言い張る中村に二宮はそれ以上何も言えず、今度は何の脈絡もない言葉を、綾乃が紡ぎ始めた。

 そして――


「――結愛に仇なす存在は、たとえ神でも許さない」


 厨二病。

 この言葉がピッタリと当てはまるような発言。

 しかし、それを一笑に付せるような雰囲気は、クラスで目立ちもしなかった綾乃から発せられたと思われる怒気とも、殺気とも言える、異様なまでの威圧感で、掻き消された。

 そして次の瞬間には、中村は畳の破片を撒き散らしながら訓練場の床に叩きつけられていた。


 全くもって信じられない現状に唖然としている間もことは進んでいて、気がつけば入口の近くで綾乃と入れ違った。

 綾乃は特にこちらに意識を向けるでもなく、側付きを連れて、脇を素通りしていった。


 訓練場では中村の治療が取り急ぎ行われており、担架のようなもので中村が担がれていくのを、ただ呆然と立ち尽くしたまま眺めていた。






 * * * * * * * * * *






 しばらく経って、小腹を空かせていた腹が催促するように鳴ったのをきっかけに、歩みを再開し、小食堂のテーブルについていた。

 訓練場であの現場を見るまでは――あの音を聞くまでは絶え間なく続いていた会話が、移動中も、食事をとっている今でなお、すっかり消え失せていた。


「……何も、見えなかった」

「……え?」

「最後、綾乃が中村を倒した攻撃、何一つ、見えなかった」

「……」


 あの瞬間、綾乃が側付きと言葉を交わし、何かが起こるのはわかった。

 だが、その後が何も理解できなかった。

 気がつけば床が割れ、畳の破片が木の葉のように舞い、中村がその惨状の渦中にいて、その現況が綾乃だということ以外、何も。


「……一瞬さ。一瞬、幻視したんだよ。憧れてたヒーローの姿を、綾乃に、幻視したんだ」

「あいつに? 全く違うでしょ。むしろ、悪の組織にいるようなやつじゃない、あんなの」

「……でもさ、麻耶。綾乃くんの言動は確かに悪っぽいけど、大切なもののために戦うっていうのは、ヒーローっぽいんじゃない?」

「それは……そうかもしれないけど」


 愛佳の言葉に、麻耶は口を噤んだ。

 幸聖がどんなヒーローに憧れていたのか、詳しくはわからない。

 ヒーローに憧れているということは伝えられていたから知っているが、それ以上も以下もない。

 ただ、麻耶が知るヒーロー像の中には、愛佳の言ったことを遵守するヒーローもいた。


「俺、もうちょっと頑張ってみるよ」

「え?」

「戦争に参加するわけじゃない。前にも言ったけど、この世界を守りたいなんて、微塵も思ってないから、命を懸けたくないから……でも、もし戦争の余波が俺たちにまで及んだ時に、何もしてなくて、麻耶と、愛佳を守れないなんてことがあったら、嫌だ。だから、頑張ることにした」

「幸聖……」

「それにさ! 何もしようとしないでヒーローになれるわけなかったんだよ! ヒーローにも、色々なヒーローがいる。だから俺は、大切な人を守れるヒーローになる!」


 声高らかに、宣言した。

 未知が切り開けたかのように、パアッと表情を明るくし、母性をくすぐる表情を惜しげもなく晒す後世に、麻耶と愛佳は顔を見合わせた。


「仕方ない。じゃあ私たちも手伝うよ」

「うん。守り守られるってのも、ヒーローとヒロインっぽくて、いい関係じゃないかな?」


 手を出して、その上に手を重ねていく。

 そして顔を見合わせて、三人でこれからもよろしく! という意味も込めて、笑いあった。

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