第一章 幕間

【終わりの始まり】




 会議に参加する面々は、空中に投影された五つの画面の向こうで、顔を突き合わせている。

 険しい顔の者、緊張の面持ちをしている者、不安により絶え間なく流れる汗を拭いている者、不敵な笑みを浮かべている者、穏やかな微笑みを携えている者、どこか呆けている者。

 統一性がないのにも関わらず、醸し出す雰囲気は同じだ。


「では、会議を始める」


 重々しい空気の中、開始を合図する言葉が告げられた。


 開始の合図を出した初老の男性、名をアーディル・A・アルペナム。

 アウテムに於いて、最大の国力を有する国家の八十四代目国王にして、“賢王”の愛称で国民から慕われる優しき王だ。

 アルペナム王国の王族の象徴とも言える金髪を後ろで小さく結っている。

 碧眼は鋭く見据えられ、しかし全く厳つさを感じない。

 体格もかなりがっちりしており、服装が王として相応しいものではなく、もっと荒っぽいものであれば、歴戦の戦士と言われても納得してしまうだろう風貌だ。


「では報告を頼む。コージ殿」

「承知しました。では早速ですが、今回の測定結果をお伝えします――」


 アーディルの言葉を受け、用意していたのであろう紙面に視線を注ぎながら言葉を継いだ成年はコージ・ハツカ。

 トゥラスエクスポーズ共和国で第七千百四十四代目内閣総理大臣を務めている。

 彼はこの世界に大きな変革を与えた初代勇者の末裔であり、その遺志を強く受け継ぐものとして、国民から厚い期待を背負っている男だ。

 共和国に多く見られる黒髪は短く切り揃えられている。

 “真面目”という言葉がピッタリと当てはまる顔立ちで、服装もスーツを着崩すことなくしっかりと着用している。

 黒縁のメガネが、彼の真面目さをより一層後押ししており、その表情からは真面目さが醸し出されている。


 コージの会議での役目は、吸血鬼族より齎される『魔王と魔人族』――『魔王軍』の動向を各国に伝えることだ。

 初代勇者が建てた共和国と、吸血鬼族であるアライアンス王国との間で結んだ盟約によって、魔王軍の情報を教えてもらっているのだ。

 その対価として、軽犯罪を犯した人間などを定期的にアライアンス王国へと送ることで、吸血鬼族にとって必要不可欠な“生き血”を提供しているのだ。

 尤も、犯罪を犯したものは本来受けるはずだった受刑期間だけアライアンス王国に滞在することになっているが、大抵の受刑者は帰ってこない。

 血の抜かれ過ぎで死んだ、なんてことはなく、ただ単純にアライアンス王国の居心地がいいだけだ。

 敢えて犯罪者という肩書を背負い、人の目に晒され恐怖しながら生きるよりも、衣食住の保証がなされ、対価として血を吸われる、という生活のほうが圧倒的に楽なのだ。


 ともあれ、そんな盟約があるので、コージはこと人魔大戦に於ける最重要とされる役割を担っている。

 その情報を一言一句聞き逃すまいと、各国の王、長たちは投影された画面の向こうで紙面に目を落とすコージの言葉に耳を傾ける。


「まず一つ目。前回以前の会議で判明した魔王の成長速度の速さについてですが、今回の成長速度を反映し計算してみたところ、過去のどの魔王よりも速く、一番の成長速度を誇った先代魔王と比較しても、今代の魔王は二倍ほどの速さで成長しています」

「……それはいくらなんでも速すぎるのではないか? 計算間違いということは?」

「残念ながらあり得ません。私を含め、十名の者で計算しましたが、全て同じ数値になりました。“神託の巫女”様の測定が間違っていない限り、この成長速度に間違いはありません」


 コージが提示した異常な情報に、戦慄を覚えながらもかすかな希望を込めて質問したのは、百四十三年前に小国十三カ国が統一され、最大の国土を持つ国となったジグ・ラザ・シン連合国の代表、ハビーブ・スラブン。

 頭がかなり切れる男で、連合国の代表となってからは多くの実績を残してきた。

 だが、周りに影響されやすく、特に自信の目標であるアルペナム王国に多大な影響を受けているため、王国の後を追う金魚のフン、と罵られることもあるが、負けじと国を良くするために努力してきている。

 少し太り気味な体型で、目元が垂れ気味ということ以外、そこまで外見的特徴のない男だ。

 男性にしては少し長い茶髪で、服装も高価そうなものだということくらいしか特筆すべき点が見つからない正装だ。


 自身の質問をコージにバッサリと切り捨てられ、信じられないというよりも信じたくない、といった表情を見せる。


「別にいいじゃねぇか。魔王がどんなに強かろうと、俺が倒せばいいだけだからよ」

「いくらあなた様でも、既に楽観できるほどの実力差があるとは思えませんよ?」


 弱気な表情を見せたビハーブに対し、かなり楽観的な声が届いた。

 自身に満ち溢れた声の持ち主はシュトイットカフタ帝国の帝王、ドミニク・シュトイットカフタ。

 ベリーショートの赤みが強い茶髪に、鍛え上げられた肉体、強気で自信満々な目元には髪色と似たような――もっと細かく言うのなら、太陽のような双眸がある。

 服装自体は大目に見て正装と呼べるようなもので、ともすればその服装はこれから冒険にでも向かう子供のようなラフな格好とも言える。

 軽装を好むドミニクが納得する形で、且つ他国の王に悪印象を与えない服装を選んだ者の苦労は、見ていなくともわかる。


 彼の言葉と、それに対する言葉から察せるように、ドミニクは人間族の中において、勇者、賢者、転生者などの特殊な例を除き、この世界に存在する人間族の中で、過去含め最強に位置する人間だからだ。

 真偽は不明だが、勇者とも互角に戦えるとも言われているほどだ。

 そんな自身の実力に一変の疑いを持たないドミニクだからこそ、不敵な発言ができるのだろう。


 しかし、そのドミニクの言葉は、次いで発せられた心の奥底に届くような不思議な声で否定された。

 デフォルトで人を魅了するような声を発する女性は、名をマルセラ・K・エンテンド。

 カノン神聖国の教皇で、見た目は二十代に見えるが実年齢は誰も知らないという魅惑の女性だ。

 汚れ一つない真っ白で金色の刺繍がなされた司教服に身を包んでいる。

 顔立ちは幼いようにも見えるし、二十歳を超え成熟し始めているようにも見える。

 後ろに流れるストレートの金髪は、滅多に見ない金色の瞳と、部屋の明かりも相まってキラキラと美しい。

 頭には“ミトラ”と呼ばれる司教服と同じ形式の宝冠が乗せられている。

 司教服に包まれる体は、豪勢の限りを尽くすような肉達磨などではなく、ボン・キュッ・ボンなパーフェクトボディと言える。

 そんな美女が常に微笑んでいるのだから、その視線を向けられただけで勘違いする人が続出するに違いない。


 マルセラの発言に、苦虫を噛み潰したような表情をするドミニク。

 相変わらず微笑みを絶やさないマルセラ。

 傲岸不遜な性格と態度のドミニクと、礼儀を重んじる神聖国の教皇であるマルセラは、根本的に反りが合わないのだ。

 険悪というか、仲の悪さがそこはかとなく滲み出ており、画面越しだというのに悪寒すら感じる。


 こうなった場合、基本的には二人のどちらかが何となしに流さない限り、場は収束しない。

 しかし、変に干渉すれば、余計にこの雰囲気を広める可能性が高い。

 だからこそ、傍観を決め込み、早めにことが過ぎるのを待つしかないのだが、当の本人たちは、今この場が人間族の存亡をかけた会議だというのに全く引く気がない。

 勘弁してくれ、と当事者以外の誰もが内心でぼやく。


「お二人共。今は人魔大戦についての会議の場。少し話が逸れていますよ?」


 そんな雰囲気を、マイペースそうな声が断ち切る。

 当事者以外の王たちは、唯一の例外となる対処法を実践してくれた女性、ヴィクトワール・クロエに感謝する。

 彼女は自然を信仰する部族が寄り集まりできた自然大国のナチュレル公国の代表だ。

 若干キツめの目元をしており、それなのに茶色の瞳はどこか眠たそうだ。

 薄緑の髪は、肩にかかるくらいのセミロングで、ストレートにおろされている。

 茶色の肌着に緑を基調とした上着を羽織っており、頭には濃い緑の中折れ帽が載っていて、帽子を一周するリング部分に羽が刺さっている。

 自然を信仰しており、自然とともに生きることを是としているので、服装は全て自然由来のものでできている。

 そのため、服の色が緑や茶色などあまりバリエーションがないのだが、僅かな色の差で見事なバランスを保っている。


 ヴィクトワールの一声で、ドミニクは短く舌打ちを、マルセラは微笑みながら扇子で口元を隠して睨み合いをやめる。

 この絶好の好機を逃してはならない、と言わんばかりに、コージが口を開いた。


「では、次の報告です。今回の魔王誕生と同時期に現れた魔王に次ぐ力を持つ魔人の存在ですが、前回の測定同様、更に数を増やしました。現在、魔王誕生時の魔王と同等以上の力を持つ魔人は、十名となりました」

「……厄介だな。ただでさえ強い魔王に加え、魔王に次ぐ実力を持つ魔人となると、たとえ“勇者”がいたとしても正気があるか否か……」


 コージの報告に、アーディルが苦々しい表情になる。

 ドミニク以外の表情は、差異はあれどアーディルと似たようなものだ。


「ドミニク殿。三年前の邂逅以来、“勇者”との接触はないのだろうか?」

「ないな。前にも言ったが、やつは一応気を使って俺に接触してきただけで、どこに行くとも、何をするとも言ってない」

「……己の目標を達するまで、大戦には参加できない、か」


 コージが一縷の望みにかけてドミニクに問いを投げる。

 しかし、ドミニクはその望みをあっさり打ち砕き、現実を叩きつける。

 ヴィクトワールは、その際にドミニクが告げた“勇者”の代弁を、言葉にする。


 三度前となる一年前の会議の前に、今代の“勇者”はドミニクと接触し、そう言い残して去っていったのだ。

 その『目標』とやらも、それを達するためにどこに行くかも、何も言わず、語らず、ただ無責任に言い放って姿をくらましたのだ。

 元々、“勇者”は人前に姿を現さない。

 対魔王として初代勇者から綿々と力を継承してきており、常に強くなる魔王に対抗するために、“勇者”の力を継いだ者は鍛錬をするのだ。

 しかし一般人からすれば“勇者”などまさに生ける伝説だ。

 近くにいるとわかれば、状況も弁えずに“勇者”と接触を図るだろう。

 そうなれば、“勇者”は鍛錬ができなくなる。

 故に、大戦の会議を行う長のもとに月一ほどの接触のみ行い、普段は己の身分を隠し、人目につかない場所で鍛錬を積むのだ。


 しかし、今回の“勇者”の場合は違う。

 最低限の接触が、一年前のあの日以降行われず、しかも大戦には参加しないときた。

 己の目標とやらも明かさず、どうすれば達成されるかもわからない。

 即ち、今回の大戦は、“勇者”の目標が達せられなかった場合、人間族は“勇者”なしで挑むこととなる。


 人間の倍以上の身体能力を持ち、魔法が効かず、魔法技能ですら劣っている人間は、言ってしまえば“勇者”におんぶに抱っこで今までの大戦を勝ち抜いてきた。

 その庇護がなくなるとなれば、いくらドミニクがいようとも勝利は危うくなる。

 まして、今回の魔人側には、過去の大戦において“勇者”を苦しめた魔王に近い魔人が十名もいる。

 或いは、“勇者”がいたとしても勝てるかどうかわからない。


 重々しい雰囲気が、一層重くなる。

 誰もが俯き、口を固く閉ざしている。

 正直言って、誰もが今回で人間は敗北を喫するものだと思っている。

 人間側の最高戦力である“勇者”不在で、敵の戦力は過去最高。

 “勇者”に匹敵する人間がいるとはいえ、あくまで“人間”だ。

 初代勇者から継承した力も、魔法適性もない。

 場に沈黙が降りる。


 打開策を練らねばならない。

 大戦に勝ちうる案を、出さねばならない。

 そうは考えるものの、圧倒的な敵の戦力に勝てるビジョンが見えない。

 どう足掻いても、負ける未来しか見えない。


 数分か数十分か、あるいは数秒か。

 絶望すら漂う雰囲気の中、似合わない声音で、声が響いた。


「……一つ、提案がございます」


 その声は、マルセラのものだった。

 顔が上がり、皆の視線が投影されたマルセラの画面に集まる。


「マルセラ殿。その提案とは、一体?」


 急かすハビーブに、マルセラは悠然と微笑み、言葉を紡ぐ。


「現在、カノン神聖国には、“転生者”が住んでおられ、数ヶ月前に宴にてお話をしたことがございます」


 “転生者”とは、生前の記憶を保持したままこの世に生を受けた者の総称だ。

 全人口の一%もおらず、また“転生者”は生前の知識を持っているだけでなく、ほとんどの人間が、卓越した才能を有している。

 故に、“転生者”は自分が“転生者”であることを隠すことが多い。

 もし“転生者”であることがバレたのなら、国にいいように利用されることになるからだ。


 しかし、カノン神聖国において、“転生者”は彼らの信仰する神『カノン』より恩恵を受けた存在として、かなり優遇される。

 カノン神聖国の最高位の教皇と話をできるということが、その待遇の良さを表している。

 そのため、件の“転生者”は自ら名乗り出たのだろう。


「彼は生前、この世界ではない別の世界から転生したそうで、私に色々なお話をしてくださいました。その際に、一つ気になることを申しておりまして。……曰く、異界から人を喚ぶ――即ち“召喚”した場合、召喚された人間は一般人を遥かに凌駕する力を有し、あるいは才能を秘め、“勇者”すら凌ぐ者もいるのだとか。この話が本当なのか定かではありませんが、試してみる価値はあるのではないでしょうか?」


 マルセラの話は曰く付きで信憑性など皆無だが、それでも絶望に塗りつぶされた今回の大戦に於いては希望にはなり得た。

 長たちの明るくなった表情がはっきりと物語っている。


「お待ち下さい!」


 唐突に、怒声にも似た声が上がる。

 同時に机を両掌で叩いたようなバンッという鈍い音と、今度は椅子が倒れる音が聞こえてくる。


 声を発したのはコージだった。

 普段、声を荒げるどころか、大きな声を出すことも滅多に無いコージの怒声は、本人の意図せずして長たちの注目を集めるのに一役買った。

 コージ以外の全員が驚きで目を見開いている中、コージは気にした様子もなく荒げたままの声で続ける。


「我々の問題を他の人間に、まして異世界の人間にその責任を背負わせるわけには行きません!」


 真面目な表情が崩れ、激昂という表現がピッタリ当てはまる形相になっているコージに、画面越しだというのに気圧される。

 自然と唾を飲み込んでいた。


「でもよ、俺達じゃあもうどうにもできないんだぜ? 魔王一人程度なら俺でもどうにかなると思うが、流石に魔王級の魔人も相手取るには厳しい。俺に準ずる力を持ってるやつが人間族こっちにいるなら別だが、俺と同等の戦力って言ったら王国の騎士団長と魔法師団長のコンビくらいだろう? 十人を超えた魔王級の魔人に対抗できるのがたった一組じゃあ確実に負けるぞ?」


 ドミニクは楽観的だが、決して馬鹿じゃない。

 先程、マルセラに言われたことを吟味し、冷静に彼我の戦力差を計っていた。

 相手の力がどれほどのものかわからないが、前回の大戦で行われた“勇者”と“魔王”の戦闘によって、地形が変わったという記録が残っている。

 現地に行ってみれば正確な数値が測定できるが、ざっと目算でも直径千メートルほどの大地の表面が抉られたのだ。

 ドミニクはそれに準ずる攻撃はできるものの、そこまで広範囲となると流石に難しい。

 故に、他の世界から人を召喚し、その人らの力を借りるという提案には賛成だった。


「しかし、異世界から“召喚”した人間が戦いに身を置いていないものであれば如何なさいますか? 剣も握ったことがない、人を殺したこともない、そんな人間に、大戦を生き延びることが――魔人を殺すことができると思いますか?」

「できる。人間、覚悟がありゃ大抵のことは為せる」

「覚悟を決めるのにも時間がいる。過去の歴史から見て、大戦の火蓋が切られるのはあと一年から三年ほどしかないのです。その間に覚悟を決め、命を潰すことができるとは到底思えない」

「甘ちゃんだなぁ。流石は、世界で一番平和な国の代表ってところか?」

「……茶化して話を逸らさないでください」


 コージは少しだけ落ち着いて、しかし怒りは如実に感じ取れるまま、冷静に、淡々とドミニクに反論する。

 対してドミニクは、コージの反論を諸共せず、決して真剣とは言えない表情で煽るような言葉を返していた。


「お二人共落ち着いて。他の方法があるなら、“召喚”は行わなくて済む。何か、“召喚”に匹敵する案を考えればいい」


 一触即発になりそうだった二人の仲を、再びヴィクトワールが取り成す。

 同時に、コージを助ける一声を投げかけた。

 おそらく、その言葉は全員に向けたものだろう。

 だが、コージはそれを聞き、一人で考える。

 “召喚”をせずに、大戦を勝利で収める方法。

 顎に手を当て、必死に頭を回転させる。

 痛いほどの沈黙が、画面越しに場を支配した。


 しばらく考えたが、何も浮かばない。

 確定で“勇者”と同等の力を持った人間が“召喚”されるわけではないとか、“召喚”舌人間が皆戦えなかったらどうするのかとか、“召喚”に対抗する案ではなく“召喚”を否定する考えばかりが頭に浮かんでくる。

 だがその程度のことは、この場にいる誰もがそんなリスクを理解した上で“召喚”に賛成しているので意味を為さない。

 ツーっと汗が頬を伝う。

 表面では冷静を装っているものの、コージはかなり焦っていた。

 共和国の大統領のみに継がれてきた初代勇者の言葉が重しとなり、更にコージの思考を圧迫する。

 どうにか“召喚”を阻止しなければ、“召喚”だけは阻止しなければ、と意味のない思考が頭を駆け巡る。


「……コージ殿」


 アーディルに声をかけられ、コージはハッとする。

 気がつけば、画面の向こうにいる長たちは全員がコージを見ていた。

 コージは自分がかなりの時間を思考に費やしていたことに気がつく。

 と同時に、まだ解決策が思い浮かんでいないことに冷や汗をかく。

 そんなコージの心情を見抜いてか、アーディルは慮るような表情で尋ねる。


「なぜそこまで“召喚”を拒むのだ? 何か、理由があるだろうか?」


 アーディルの言葉を受け、コージは画面の向こうにいる長たちに視線を向ける。

 それぞれの反応は、頷くなり目を瞑って腕組していたりと違いはするが、一様にアーディルの言葉を無言で肯定しているのがわかる。


 コージが珍しく感情を顕にし、他の長と言い合ってまで“召喚”を拒む理由。

 それは、初代勇者が総理大臣になったものに、国を預かる者の責任として残した言葉があるからだ。

 


 “異界から人を喚ぶべからず。さもなくば、厄災が訪れるであろう”



 初代勇者は五千年たった今でも未だにわからないことの多い人間だ。

 わかっているのは、黒髪黒目の女性で、シンプルな刀を使い、多くの仲間を引き連れていたということと、未知の技術を広め、突飛な発想で窮地を切り抜け、口は悪いが不器用な優しさで多くの人々に幸せを齎した。


 トゥラスエクスポーズ共和国に於いて、初代勇者は新興宗教の教主、あるいは崇拝する神そのものとして一部では扱われ、“初代勇者の言葉”と言うだけで妄信的に信じられる人がいる。

 しかし、共和国の一部にしかない超少数派の宗教とも言えるかどうか怪しいものである。

 他国に於いて、そこまでの信仰を得ているわけがなく、広い目で見て言えば、音教のほうが多くの支持を得ている。

 故に、初代勇者が残した言葉だと言っても、人類の存亡と一緒に秤に乗せれば、どちらに傾くかは言うまでもない。

 従って、これを言ったところで意味がない。


 しかし、コージにはそれ以外に“召喚”に賛同しない理由はない。

 代案も思い浮かばなかった。


「……“召喚”にあたり、守ってほしいことがございます」

「理由は話さないのか?」


 アーディルの言葉を無視する形になったコージの言葉に、ドミニクが言及する。

 コージは申し訳ありません、と頭を下げ、“召喚”に賛同することになった理由を語る。


「理由は単純です。初代勇者が残した言葉の中に、異界から人を喚ぶな、という文言があるのです。ですが、“召喚”の代案も思い浮かばず、既にいない偉人の言葉を優先して今いる人々の暮らしを脅かすのは、私としてもあまり好ましくない。なので、条件付きで“召喚”に賛同します」

「……聞こう」


 コージは覇気を孕む鋭い視線でそう告げる。

 常に真面目そうな顔をしているコージの変貌した雰囲気と視線に、ビリビリとした空気を肌で感じる。

 アーディルは久しく感じていなかった気圧されるという感覚を味わいながら、澄まし顔でその条件を尋ねる。


「まず1つ。“召喚”した人達――『召喚者』と呼称しましょう。『召喚者』達に、最高の待遇を行うこと。待遇が悪ければ、“召喚”された人達もまともに戦ってくれるとは思いません。2つ目。『召喚者』に無理強いはしないこと。『召喚者』が戦いたくないと言ったならば、戦わせないでください」

「何いってんだ? 戦わなくていいなんていったら、“召喚”する意味がないだろうが」


 ドミニクはコージの条件を聞いてアホなこと言ってんじゃねぇと条件を否定した。

 しかし、コージは一切の迷いなく、睨みつけるような視線をドミニクに向ける。


「いいえ。誠心誠意こちらがお願いすれば、きっと応えてくれます。それに、他人にやらされるのと、自分から行うのでは、成長の度合いが大きく変わります。なので、自分の意思で戦ってもらわねば、それこそ意味がありません」

「俺たちに必要なのはこの大戦に勝つための“力”だ。意思なんてものは必要ない」

「いいえ重要です。あなたも戦いに身を置く者として知っているはずだ。意思の力を。想いの強さを」


 睨みつけるように――否、もう睨んでいると行って差し支えないその視線は、怒気を孕んでいる。

 人類最強の眼光は鋭く、画面越しですら覇気が伝わってくる。

 証拠に、ハビーブは焦りの表情を浮かべ、冷や汗を垂らしている。

 しかし、それに怯むことなく、コージは淡々と言葉を紡いでいく。


 コージの言葉を受け、ドミニクは静かにコージを睨む。

 しばらく睨んでいたが、ふっと目を閉じ、手をヒラヒラさせて口を開いた。


「わかったわかった、わかってるよ。ちょっと試しただけだ。すまんな。――俺はその条件に文句はない。ただやるなら、全員を納得させた上で、もっと内容を詰めるぞ。意思の力を最大限利用するなら、それを活かせる場を作るのが俺たちの役目だからな」

「……ドミニク殿、感謝する」


 雰囲気を一転させ、ドミニクはカラッとした笑いを浮かべながら、真剣な表情で言った。

 その雰囲気の変わりように若干の驚きを覚えながらも、自身の提示した条件に賛同してくれるのがわかったので、感謝する。

 他の長たち一人ひとりに順番に視線を向ける。

 アーディルは真っ直ぐコージを見つめながら頷き、ビハーブはうんうんと高速で首を縦に振り、マルセラは微笑を携えながら頷き、ヴィクトワールはコージの視線を受け一度大きく頷いた。


「皆様、ありがとうございます。では早速ですが、私の条件を元に、“召喚”の委細を決めていきましょう――」


 人間族の存亡をかけた会議の本格化に、大戦の勝利を目的とした話し合いが加速していく。



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