第十一話 【戦闘能力】




「始めッ!」


 開始の合図の直後、真っ先に飛び出したのは翔と隼人。

 日菜子は後衛で、魔術を構成している。


 召喚者側の動向を受けて、ラティーフがアヌベラを守る形で一歩出る。

 腰をどっしりと据えて、大剣を水平に引き、迎撃の構えを取る。

 後ろのアヌベラも、魔術を構成して迎撃の準備を整える。


 そんな師団長ペアの動向を見ても、二人は止まらない。

 真っ直ぐ、小細工なしに突っ込んで、ラティーフの間合いに入る。


 刹那、大剣が薙いだ。

 その大剣が持っている質量を感じさせない速度で、剣圧を一閃しながら突っ込む二名に向けて、薙がれた。

 当たれば致命傷は避けられない一撃に対し翔は跳んで避け、隼人は持ち前の身体能力を活かして大剣の下を潜ることで躱した。

 地と空に別れた二人を見て、ラティーフは口角を上げて、迷うことなく地を這う勢いで迫る隼人に狙いを絞る。

 振り抜いた大剣を、慣性を無視したかのような切り返しで隼人に叩きつける。


 振り下ろされた大剣に、隼人は剣の腹に刀を添わせることで太刀筋をズラし、体を捻ることでその凶刃から逃れる。

 隼人もくひょうを捉えられず、空振り石畳を砕く大剣に意識を向けず、大剣に添わせていた刀を石畳にスライドさせ、一筋の跡を刀傷を残しながら走ってきた勢いそのままに刀を振り上げる。

 たった一週間で身につけたとは思えないほどの精度で放たれた一閃は、しかしラティーフの全身鎧にすら掠ることなく、ただ空振りに終わる。

 しかし、全身鎧で大剣を持つ重量級のラティーフと、最低限の防具に取り回しやすい直刀の隼人では、いくらラティーフが身体能力が高かろうとも、手数の面においては圧倒的なハンデとなる。

 それを証明するかのように、隼人は時折繰り出される即死級の攻撃を躱しいなしながら、それを上回る手数でラティーフに攻勢に出続けた。


 一方、初撃で空中に飛び出た翔に迫ったのは、狙い澄ました魔術だった。

 アヌベラの岩弾ロックバレットが、防具のない位置目掛けて、プロ野球選手の豪速球と同じくらいの速度で寸分の狂いなく飛来する。

 それを寸前で叩き切り、続く岩弾は宙を蹴ることで退避する。


「今のは何をしたのでしょうか?」

「圧縮した空気で足場を作ったんだ」

「やはり……」


 ラディナの質問に対して、目の前で繰り広げられる戦いに視線を固定しながら答える。

 その質問に即答できたのは、この一週間、知識の収集と同じほど没頭した結果得られた技能のお陰だ。

 師団長二人に才能アリと褒められた魔力の質、その才能を伸ばし続けた結果の副産物として得られた、広範囲魔力感知技能。

 魔力感知とはそこにあるというのが理解できるだけで正確な量や形などは掴みづらく、また距離が離れれば離れるほどその認識は朧気になる。

 それを、より広範囲に、より精密に捉えることを目的とした、葵オリジナルの魔術的技能。

 これのお陰で、目では捉えられない死角に対しての対策もできた。

 例えば、今のような目視では認識しづらい事象。


 圧縮空気は圧縮している風――細かく言えば魔力のせいで認識できるが、結界もそこにあるぞ、という認識ができる程度に色がついているため、目視ができなかった。

 ラディナの質問は、何となくわかってはいるが確定はできないため、確定できるであろう俺に聞いたのだろう。


「マジか。横から当てるとか、とんでもねぇな、小野さん」

「凄まじい精度の魔術ですね」


 そんな考察をしている間も進んでいた戦いは、圧縮空気を使って結界の範囲ギリギリの上空へ逃げた翔に対し、アヌベラは先程よりも多く、そして速く岩弾を放ったところだった。

 先程よりも距離が離れたとは言え、それを補って余りある量と速度は、翔では凌ぎきれないであろう物量だった。

 それを示すように、翔の顔が歪んだように見える。


 だが翔に当たると思われた岩弾は、日菜子が放った岩弾によって防がれる。

 ほぼ真上に放たれた岩弾に対して、ほぼ真横からの迎撃は、一点しか当たる場所がないため、難易度が高い。

 それを涼しい顔でやってのけている日菜子に、感嘆の声を漏らす。


 しかも迎撃だけではなく、しっかりとアヌベラに対しての反撃も行っていた。

 十を超える水の槍が岩弾と大差ない速度で放たれ、アヌベラの行動範囲を制限する形で飛来する。

 それを一瞥したアヌベラは驚異ではないと判断したのか、すぐに真上に視線を戻して再び岩弾を翔に向ける。


 しかしこのまま行けば、岩弾を放つ前に水の槍の餌食になる。

 何か対策があるのか、あるいは作戦の内なのか。

 その疑問は、瞬く間に消え去った水槍と、その導線上にいたラティーフが教えてくれた。


「流体斬るとか……かなり高難易度って聞いたけど」

「その通りです。魔術は物理を伴う以上、物理で止められますが、流体の切断は対して意味がないです。しかし、剣に魔力を纏い、魔術に込められた魔力と同等の魔力で相殺――霧散なら可能です」

「それを一瞬で、しかも十はあった水槍全て、か。王国最強は伊達じゃないね」


 高難易度な技術を何気なく使用したラティーフは、隼人の相手をしながら片手間に魔術を斬っていた。

 その事実に、日菜子は驚きを隠せず、動きが止まる。

 それを見逃さなかったアヌベラは、翔に生成を終えた岩弾の一部を日菜子に方向転換し、一斉に射出した。


 向けられた攻撃で意識を戦場に戻した日菜子はすぐに魔術を展開し、石畳を引き上げて物理的に岩弾を遮断する。

 魔術展開の速さにやはり驚嘆させられつつ、同時に翔の岩団の対処にも同じ感情を抱いた。


「あの速度の岩弾を斬るのか。おっそろしい反射神経してんな羨ましい」

「葵様は一般人と同じ程度の反射神経しか持ち合わせていませんからね」

「今関係ないことは言わないで良いぞラディナ?」


 身内コントしている間も戦闘の最中にいる翔は、態勢を整え終えて落下し始めていた。

 それを受け入れつつ剣を引いて、空中で迫りくる岩弾に向けて連撃を放った。

 一振りで二、三個の岩弾を平然とした顔で叩き切り、自由落下に任せてアヌベラに迫る。


 近接戦闘において、アヌベラは自爆覚悟でなければ翔に勝ち目はない。

 故に、その落下地点から逃れようとした。


 しかしそれを、隼人が許さなかった。

 気がつけばアヌベラの近くに潜り込んでいた隼人が、アヌベラの意識を全て掻っ攫う。

 数メートルは離れた場所で、ラティーフと鎬を削っていた隼人がどうやってラティーフから逃れたのか、という疑問を全員に抱かせただろうが、それを確認する間も与えず、翔と同じか、あるいはそれ以上の速度で連撃を放つ。


 驚異的な反射速度でその攻撃を躱し、杖でいなすアヌベラだが、全てを防げたわけではなく、所々の服の端が切られていた。

 だがそれでも、隼人の攻撃を長年の経験で凌ぎきった。

 だが召喚者側の攻撃はそれで終わらない。


 上空から本命であろう翔が、自由落下の速度を乗せて迫る。

 隼人はダメ押しとばかりに風の魔術でアヌベラを一時的にその場に拘束し、瞬間的にその場から消えた。

 瞬間移動さながらなそれを理解する前に、空から翔が降ってくる。

 隼人の拘束によりアヌベラは退避が叶わず、ラティーフは火壁と水膜、そして中央に向かい吹き荒ぶ風の防壁によって、アヌベラの援護に向かうことはできていなかった。


 爆音を撒き散らし、砂埃が立ち上り、翔の落下した場所が覆われる。

 誰もがその現場を目視できない中、葵は魔力でその結果を認識していた。

 観客の誰もが固唾を飲んで見守る中、晴れた煙の中から、アヌベラの首元に剣を添えた翔の姿が見えた。


「止めッ! 勝者、召喚者サイドッッ!!」


 ネイブンの瞬間、爆発的な歓声が王都中に轟いた。

 鼓膜が破れるほどの轟音と共に、結界が緩やかに解かれていく。

 日菜子が魔術を解き、ラティーフを取り囲んでいた防壁が消えていく。

 流石に三属性同時展開は処理が難しかったのか、日菜子は肩を上下させ荒く呼吸していた。


 翔はアヌベラに手を貸そうとしていたが、一言二言会話すると、少し恥ずかしげに頬を染めながら、周囲に手を振った。

 そのせいで、ただでさえうるさかった歓声に、女性の甲高い悲鳴じみた――いやもう悲鳴が割れんばかりに響いた。


 このエキシビションマッチで、大衆のほとんどが召喚者の実力を知ったことだろう。

 勇者の代行を果たせるに値するのだと、感じてもらえただろう。

 一部の人間には、師団長二人が本気を出していないことはバレているだろう。

 それでもたった一週間で師団長に追いすがれる実力を見せた召喚者の可能性を見いだしてくれたはずだ。

 つまるところ、勇者不在で弱った心を安心させるため、というパレードの目的は、無事達成できた。


「勝敗は決した! これにて、エキシビションマッチを終了とする!」


 上限というものがないであろう歓声は、王の言葉で最高潮となった。

 召喚者たちが馬車に乗り込み、帰路を行く間も、まるで凱旋した英雄を迎える国民のように、めちゃくちゃ褒めちぎられ、讃えられ、期待を投げかけられた。

 戦うと決めたクラスメイトには期待が重かったかもしれないが確かに糧となり、逆に戦わないクラスメイトにはいたたまれない気持ちを胸に抱かせただろう。


「先程、中村様がアヌベラ様から離れる際に、瞬く間に消え、別の場所に移動していたのですが、あれはやはり“恩寵”でしょうか?」

「多分そうだと思う。転移とか瞬間移動とか、移動系の“恩寵”……。使用前に魔力が広がったから、万能ってわけでもなさそうだけど、強力なことに変わりはないね」


 アヌベラを拘束し、翔の攻撃範囲から逃れる際に使った瞬間移動さながらなそれは、きっと人間が生まれた時に与えられる“恩寵”と呼ばれる超自然的な異能とでも呼ぶべき能力。

 魔術ではなく、誰しもが生きている間に発現できるわけではないもの。


 召喚者はこの世界で生まれたわけではないので、最初はないものとして説明がなかったが、翔を筆頭にどんどんと恩寵らしき力が発現したため、急遽説明されたもの。

 まぁ、本でその知識を仕入れていた葵には無用な時間だったので、その説明会には出なかったが。


 話を戻し、現代で個々人の恩寵を判断する術はなく、どんな恩寵を授かり生を受けたのかはわからない。

 ただ魔術適性の“その他”と違う点は、恩寵は才能として顕現しやすいということ。

 とは言え、それをたった一週間で使いこなす隼人のセンスは凄まじいものだ。


「何にせよ、あとは実力試験で合格をもらうだけだ」


 その独り言じみた言葉に、ラディナは静かに頷いた。


 この一週間、やれることはやった。

 王城図書館にあった本で、この世界のことを大分と知れたし、捜索のための技能を身に着けた。

 戦闘面では召喚時の特典と、元の世界で培ってきた武術で大抵のことは乗り切れるだろう。


 拳を強く握りしめ、正面を見据えて宣言する。


「必ず見つけ出す。何が何でも、絶対に」



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