第十話 【パレード】




 海洋部以外の全てを山で囲まれたアルペナム王国の東方に位置する山脈から、朝日が登った。

 山があるために日の出は少し遅れるが、緯度が高いので実質的な日の出は、他の国とあまり大差ない。


 そんな日の出の朝日が差し込んだ部屋は、つい先ほどまでとは比べ物にならないほど明るくなり、部屋主たちの意識を覚醒へと導く。


 まず起床したのは、部屋主の側付きとして働いているラディナという名の少女。

 見た目よりも若い実年齢と、その年齢にそぐわない男好きのする豊かな双丘を持つ、赤髪の少女だ。


 そんな少女は、目覚ましもなしに部屋の明るさを察知して起床すると、持ち前の寝覚めの良さを活かして、寝起きすぐとは思えないほどテキパキと動いた。


 ベッドメイクをし、洗面所で顔を洗いうがいをして、昨日洗っておいた主人と自身の服を籠から取り出して、乾燥機能をオンにした風呂場に掛けていく。

 本来なら、天気の良いこの日は外で干したいのだが、客室にあたるこの部屋にはベランダもそれに準ずる設備もない。

 故の妥協。


「あ、おはよう、ラディナ。相変わらず早いね」

「おはようございます、葵様」


 脱衣所から部屋に戻ると、起床したラディナの使えている部屋主こと葵と挨拶を交わした。

 昨日、寝ずに過ごしてきた弊害が出ていたとは思えないほどすっきりとした表情の葵をみて、ラディナは少しだけ安心する。


「今日は飯のあと訓練場に集合してからパレードって流れで良かったよね」

「その通りです」


 葵は経の行動の流れを確認すると大きく伸びをして、昇ってきた太陽に視線を向ける。

 その眩しさに目を細め、手を翳しながら、しかし決意の籠もった瞳でそれを見る。


「これでようやく、結愛を探しに行ける」

「はい」

「……なんか辛気臭くなりそうだけど、この一週間、色々とありがとね」

「いいえ。私は私の仕事を全うしただけですので」

「そうだとしても、ありがとう。ラディナがいてくれたから、俺一人のときよりもだいぶ楽に過ごせた」

「そう思っていただけたなら、私としても嬉しいです」

「……ほんっと、この一週間で随分印象変わったね、ラディナ」

「そうでしょうか?」

「変わった変わった。初対面のときなんて、めっちゃ睨まれたよ俺」

「そう言えばそんなこともありましたね」

「それに、まだ固いとは言え、言葉遣いも柔らかくなってるし……ほんと、変わった」


 ストレッチをしながら、葵はラディナとの一週間を思い出して、感慨深そうに言葉を紡いだ。

 まるで、別れを前にした幼馴染に向ける言葉のようなそれは、聞いていて気恥ずかしいものを覚えた。


「ま、そんなわけで。これからもよろしく頼むよ、ラディナ」

「こちらこそ、よろしくおねがいします」


 ストレッチを終えた葵は、最後に真っ直ぐラディナを見据え、右手を差し出して言った。

 クラスメイトの前では決して見せない葵の柔らかい表情に、ラディナは握手で応えた。






 * * * * * * * * * *






 朝食を終え、訓練場でパレードで使う衣装を渡されてから、王城庭の抜けた先にある階段下の小広場に集合し、側付きとペアになって十人乗りの馬車に乗り込んでいく。

 馬車は一つ一つに豪華な装飾がなされ、座席部にも柔らかそうな素材が使われており、見栄と権力の示威だけではなく、搭乗者の配慮が見て取れる。

 尤も、その見栄には、召喚者である俺たちをよりよく見せようとしている部分があるし、国民を安心させるためのパレードで、召喚者側が見窄らしい姿の馬車を使っていたら、安心させるなど難しい話だろう。


「それにしても、まだパレードは開始してないのに随分とざわついてるね、向こう」

「仕方のないことです。このパレードは言わば、次の大戦における勇者様の代行を務める者達を、間近に見られるまたとない機会です。将来的な大戦の英雄をその目で、しかもお金をかけずに拝めるのであれば、誰しもがこの場に来たがるのは当然かと」

「そんなもんかね」

「葵様はそういったことにあまり関心がないようなので分からないかもしれませんが、一市民には天上の存在とも言える勇者様の代行を務める者達を一目見たいと思うのは、至極当然かと」

「ちょっと毒々しい説明、どうもありがとう」


 少広場から真っすぐ伸びる、横に広く縦にも長い直線の大通り。

 アルペナム王国の王都『アッセニエト』を東西南北に横断する十字の大通りは、交差点に直径百メートルの大きい中央広場を有しており、パレードにおける行進以外の題目はそこで行われる。

 題目の内容は、王城前広場から中央広場までの行き来、中央広場での王の演説、そして、召喚者と師団長とのエキシビションだ。

 エキシビションの選出は予め決まっており、ツーマンセルにおける最強と名高いラティーフ×アヌベラの師団長ペアと、連携では二人に引けを取らない小野日菜子×二宮翔の幼馴染ペアに、この一週間で召喚者最強をまことしやかに囁かれる中村隼人の二対三だ。

 この一週間、葵は自室か図書館にほぼ籠もっていたようなものなので、彼らの実力は知らないから少しだけ楽しみでもある。


「ではこれより、パレードを開始する。召喚者の皆には多少なりとも負担をかけるだろうが、しばらくの辛抱をお願いする」


 王は最前列の一番豪華な装飾の馬車に乗り、後ろに控える三台の馬車に乗っている召喚者たちに声を投げた。

 それを受けた召喚者は、緊張に顔を強張らせる者、未知の体験に僅かな高揚を覚える者、無関係だと言わんばかりに欠伸をしている者など、反応は様々だ。

 そんな反応に、王は大した反応を示すでもなく、席に座ると行進の合図を出した。


「これよりッ! 召喚者宣戦パレードを執り行うッッ!!」


 合図を受けたラティーフの大声が、大通りの先の先まで響き渡った。

 同時に、その声を掻き消さんとばかりの歓声が、大通りだけでなく、この王都全体に轟いた。

 それに伴い、馬車がゆっくりと行進を始める。


 行進の布陣は、ラティーフを先頭に、騎士団員が馬車四台の三方面を囲むように並び、後ろを魔法師団員が追随している。

 その布陣の横幅が三十メートルほどまで膨らんでしまっているが、幅百メートルの大通りでは単純計算で左右に同じくらいの幅が残っているので問題はない。

 ただ今日に限り、大通りの左右には人が所狭しと立ち並び、大通りに面した家屋と思しき建物からも、沢山の人が召喚者を一目見ようと顔を覗かせている。


 そんな好奇の視線に晒されている葵は、周りに座る召喚者の様子など気にせず、一つ気になっていることを口にした。


「やっぱりこの衣装、相当目立つでしょ」

「いえ、今は目立たないように眼鏡も掛けておりますので、問題はないかと」

「いやでもさ、この厨ニを彷彿とさせる真っ黒な衣装は、闇夜ならまだしもこの晴天だと目立ちすぎるって」


 身に纏う黒装束に視線を落とし、ラディナにその気がかりを吐露する。

 訓練場で配布された衣装は初日に測った測定値を基に、それぞれに合ったものを配布しているらしく、デザインは完全におまかせ状態だった。

 勿論、異世界ではよくある厨ニチックな衣装だけでなく、至って普通なデザインの衣装もあった。

 というより、厨ニチックな衣装は少数しかなかった。

 にも関わらず、葵に合った衣装がこれだったのだ。

 この衣装を渡された時、一度気持ちの整理はしたのだが、ここに来て再び、心の中の恥ずかしさが暴れ始めた。


「問題ありません。召喚者を見に来ている人達の多くは、個々人をじっくりと見るのではなく、印象に残った人や、目立つことをしている人達に注目します。衣装の奇抜さ、特異さで言えば、確かに目立つかもしれませんが、果敢に手を振っている方や、萎縮し側付きの影に隠れるように身を潜めている方に比べれば、堂々としている葵様は、すぐに大衆の印象から外れるでしょう」

「一部の人に辛辣なのは置いておくとして、そういうものかな?」

「そういうものです。なので大衆の目はお気になさらず、いつもどおり、魔力操作の鍛錬をしましょう」

「……まぁそうだね。必要そうな本もあらかた読み終わったから持ってきてないし、それ以外にできることもなさそうだし」


 周囲に辛辣で、あるいは不敬とも取られかねないラディナの発言をスルーして、この一週間続けてきた魔力操作の鍛錬を始めた。

 行きの進行が終わる約二時間の間、アヌベラレベルでようやく可能な体外に放出した魔力を操作する鍛錬を、遊び感覚で続けた。


 中央広場に到着し、召喚者が馬車から降り、整列していくだけで、絶えず続いていた歓声が、より一層の盛り上がりを見せた。

 ゲームで鍛えた音を聞き分ける能力によれば、師団長の二人が視線を大衆に向けたことに対しての黄色い悲鳴も聞こえるので、一概に召喚者だけに向けられた歓声とは言えないが。


 そんな空気が揺れるほどの歓声は、王が一歩前に出た瞬間にサッと静まった。

 校長先生の鉄板ネタ、『皆さんが静かになるまで〇〇分かかりました』は、王都民の自主的な静寂によって、見事潰された。

 この光景を校長先生に見せて、上に立つものはこれくらいしてもらわないとね! と煽ることもできるだろう。


「よく集まってくれた。早速ではあるが、本題に入ろうと思う」


 異世界ファンタジーに見合わぬマイクを手に持ち、風景に溶け込むように設置されたスピーカーから聞こえる、落ち着きを払った様子で告げた国王の言葉に、国民はただ静かに続きをまった。

 本題に入るまでの速さやその姿勢も、ぜひ校長先生には見習ってほしい。


 ちなみに、国王が手に持つマイクは五千年前に初代勇者が開発したもので、こういった演説や学校などの教育機関などで使用されているため、珍しいものではない。

 『初代勇者の発明・開発一覧』という奇天烈な本を読んだので間違いはない。


「既に皆も知っていると思うが、第十次人魔大戦に勇者はいない。我々人類の希望として、常に大戦の最前線に立ち、人類を率いてきた勇者が不在なのだ。戦力的な不安は当然、精神的にも辛いものがあるだろう」


 王の語った勇者という存在の大きさは、決して過大評価などではない。

 これまでの人魔大戦において、勇者は快勝辛勝の差異はあれど、一度たりとも魔王に敗北したことはない。

 故に、勇者は人類の希望足り得、故に、勇者は人類から慕われていた。

 例え、人の前に身分を明かして出ることができなくとも、例え、その御姿を一目見ることなくとも、誰にでも知られ、誰からも尊敬されていた。

 その中でも初代勇者は、この世界の文明を飛躍的に発展させ、人類の生活水準を基の数倍から数十倍にまで引き上げた功績から、特に慕われている。

 共和国では、国教ともなるほどに初代勇者の存在は大きなものだ。


 そして現在。

 勇者は諸事情により大戦に参加できず、戦力的にも精神的にもダメージを被っている。


 この場で不安を煽るようなことを敢えて言う必要があるのか、という疑問があるが、きっと“落としてから上げる”ことで、振れ幅を大きくし、その後に続く期待を爆上げする算段だろう。


「その打開策として、初代勇者が密かに伝え、人類存続の如何が問われるまで決して使うなと口伝されていた秘術にて、異界から勇者と同等の力を持つとされる、“英雄”とでも言うべき人々をお喚びした!」


 王は、整列した召喚者に視線を向けて、高らかに宣言した。

 唐突に話を振られ、驚きで固まっている召喚者を他所に、観衆は一瞬で盛り上がり、その歓声で大気が轟き大地が震える。

 何秒経っても鳴り止むことをやめない歓声は、しかし――


「――ここまでは皆が知っていることだと思う」


 続く王の言葉で、瞬く間に静寂へと変換された。

 不穏な雰囲気を醸し出す、トーンを下げた王の言葉は、決して大きな声ではなかったが、その場にいた全員の耳にしっかりと届き、その言葉の意味するところを考えさせる。


「最初に言っておかねばならい。ここにいる召喚者で、大戦に参加するものは、十名しかいない――」


 王は召喚を行うにあたり、共和国と取り交わした盟約と、それに伴う召喚者の扱いを、国民に話してもいい範囲で包み隠さず話した。

 召喚者の人権、立場、今後の動きなど、全て。


 王がそれらを話している間、その声に耳を傾ける国民はただただ静かだった。

 勇者の代わりを喚んでおいて、戦わないとは何事だ! とか、王に次ぐ権限を与えられてるなんておかしいだろ! なんて野次も罵声も何もなく、ただひたすらに沈黙していた。


「――以上が、共和国の総理、コージ・ビワハシと交わした盟約の内容だ。この場にいる全員が勇者の代わりを務め戦うのだと、期待させてしまったのは重々承知している。しかし、我々の問題に、意思も聞かずに巻き込み、関係のない我々のために命を張らせる……偽善だと分かっていても、それだけは超えてはいけない一線だと、私は感じている。幾らでも謗りを受け入れよう。だからどうか、この決定を飲み込んで欲しい」


 王はそう告げると、深々と頭を下げた。

 一国の主がするべきではない行動に、しかし誰も止めに入ることはなく、王女も、騎士団も魔術師団も、団長から団員まで、全員が同じように頭を下げていた。

 王族が王族らしからぬ、立場にそぐわない行動を取るということは、あらかじめ決めていたのだとわかる。


 そしてそれを受けている国民は、静かにそれを見ていた。

 王のありえない行動に狼狽えるでもなく、王の告げた真実に憤りを見せるでもなく、召喚者すら従えられない王に落胆するでもなく、静かに、見ていた。


 国民が何を考えているのかはわからない。

 しかしただ一つ言えるのは、召喚者に、国民に。

 真摯に向き合うその姿は自然と説得力を持ち、その言葉に重みを持たせる。


 その証明として、パチパチと乾いた音が聞こえた。

 次第にそれは伝播して、音と熱気を孕み始め、やがて先ほどの歓声すら凌ぐ音波となって、大気と大地を震わせた。


「――ありがとう」


 拍手による無言の承服に、王は一度上げた頭を再び下げた。






 * * * * * * * * * *






「ではこれより、召喚者代表、二宮翔カケル・ニノミヤ中村隼人ハヤト・ナカムラ小野日菜子ヒナコ・オノ! 王国代表者、王国騎士団団長ラティーフ、王国魔術師団長アヌベラ・トゥによるエキシビションマッチを開始する!」


 王の演説が終わり、騎士団副団長のネイブン・イスネィニが声を張り上げる。

 馬車が中央広場の端の方に寄せられ、大きく場所を確保する。

 開けた場所に、今しがた呼ばれた五名が立ち並ぶ。


 ラティーフは、初対面のときとは打って変わって銀色の全身鎧に身を包み、手には子供ほどの大きさの大剣を握っている。

 あの大剣を手に持っても重心がズレていないことから、やはり凄腕であることが見て取れる。


 アヌベラは動きやすそうな軽装で、魔術師らしいものと言えば王国師団のイメージカラーである銀色のローブだけだろう。

 魔術や魔法と聞いて、真っ先に思い浮かべる杖は五千年前に廃れた文化で、今は腕当てに魔術を補助する魔石を埋め込んだものが主流となっていて、アヌベラは自身の属性と同じ色の魔石を三つ埋め込んだ腕当てを両腕に着けている。


 この世界の魔術は、魔力と現象を起こすための知識――例えば、火を熾すなら燃えるものと火種を魔力で生成する、と言ったようなものだ。

 より詳しい知識があれば、更に改良できるため、この世界の魔術は物理や化学と一緒に進歩してきた。


 そして、その魔力は体内にも存在し、それを用いることで魔術は成立する。

 しかし、人間が体内に保有する魔力などたかが知れており、魔人と比較すればそれは圧倒的に劣る。


 その打開策として見いだされたのが、魔石の魔素を魔力への変換する機能。

 しかし魔石は魔物の心臓と同義であり、同時に、魔物が死ねばその機能を失う。

 そのため、初代勇者が編み出した刻印を魔石に施し、魔石の機能を保ったまま、変換を自由に操ることができるようになった。


 その補助にして必要不可欠な魔石を、杖でなく腕当てにしている理由は、ひとえにアヌベラの適性の多さと、防御力面の強化だ。

 取り回しの面においても、杖より場所を取らない。

 そのため、杖の代わりに腕当てが採用されている。

 これは五千年前から変わっていない。


 次に召喚者サイド。


 二宮翔は急所を守る程度の防具を身に着けた、近接戦闘を行う人間にしては軽装な部類に入る装備で、腰には細めの直剣がぶら下げられている。

 腕当てには四種類の魔石が埋め込まれていて、ゲームなどで言う魔法剣士の役割を担うのだろう。

 防具以外の布地の服は、魔物の糸で編まれた防刃防貫耐熱耐寒と言った具合に、かなりハイスペックなもので、下手な防具を凌ぐ防御力がある。

 腰に下げた直剣は、聖剣と呼ばれる最上位のSランクに位置する剣。

 その複製品。

 魔素と同化し、人間には感知できない微精霊の力を借りることも、使用者に呼応し、手元に戻る能力もないため、ランクはBまで下がるが、それでも並の剣は容易く凌駕する性能と能力を持つ。

 翔の装備のイメージカラーは青だ。


 中村隼人は翔以上の軽装で、防具は腕と脚に着けられた腕当てと脛当てのみ。

 それ以外の服装は翔と同じ、ハイスペック布。

 腰に下げられているのは剣ではなく刀で、ランクで言えばAに相当する名刀『弥刀やとう』。

 特殊な能力はないが、切れ味と耐久力に関しては神刀や聖剣、魔剣に並ぶほどの性能を持つ。

 イメージカラーは黒っぽい青。


 そして男性陣から打って変わって紅一点。

 小野日菜子は魔術師らしい青に金縁のローブと同色の腕当て。

 腕当てには、それぞれ四つずつの魔石が埋め込まれている。

 このローブも、下に着ている服と同じハイスペック布だ。

 言わずもがな、イメージカラーは青。


 五名は十メートルほど離れた位置で対面しており、気軽そうな表情なラティーフと真剣な表情のアヌベラに対し、集中している翔に心ここにあらずな隼人、そして緊張しているのが見て取れる日菜子。

 大衆の目に慣れていないというのが、精神的な面に多く左右している。


 このエキシビションの目的は、召喚者の力の誇示。

 数は十名と少ないが、個々の力は師団長にも劣らない、と示すための示威行為。

 ガチガチに緊張した様子はないが、それでも十分に全力を発揮することができるかどうか、怪しいところだ。

 特に顔に出ている小野さんは。


「両者、準備はいいか!」


 そんな召喚者サイドの心情を知ってか知らずか、ネイブンが五名に準備の程を尋ねる。

 というより、これは開始の合図の前フリのようなものなので、ここで止められることは想定していないだろうし、場の雰囲気を呼んでしまいがちな日本人である三名が、止められるはずもなかった。


 五名から反応がないことを確認したネイブンは、背後にいる魔術師団副団長のアテニェト・イスネィニに視線を送る。

 それを受けたアテニェトは頷いて、手を合わせ、深呼吸を一つして呟いた。


「魔力結界・円点」


 アテニェトの手から淡い光が漏れたと思えば、それが中央広場を囲むように円形の広がりを見せた。

 王都民と広場との間にできた半透明の結界は、文字通り結界として物理的な干渉も魔術的な干渉も一切合切を防ぐ代物だった。


 確か、共和国の首都にして国土唯一の人が住まう町に張られ続けている結界も、これと同じ効果をもたらしたはずだ。

 即ち、アテニェトは、初代勇者が編み出した永続的魔力結界とほぼ同等の効果を持つ結界を一人で生成できることになる。

 万能型の団長とは違い一点特化型だが、こと護りにおいては団長すら凌ぐ実力者だ。


 結界が張られたことを確認したネイブンは、右手を振り上げる。

 それを見て、結界の中に取り残された形になった五名は、それぞれ得物を引き抜き構える。


「――始めッ!」


 その言葉で、二名が一気に飛び出した。



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