第八話 【戦闘能力】




 魔術適性を調べた終えた召喚者は、それぞれが違う反応を示していた。

 想像通りの適性を持っていた者はニヤニヤが止まらず、違った者は不満そうな顔をしている。

 だが一様に、お喋りの頻度でテンションの上がりようが見て取れた。

 テスト返しのときと似たような反応と言えばわかりやすいだろうか。


「予想通りの反応だな。見ていて気持ちがいいくらいだ」

「そう言えばなぜ騎士団長殿は、私たちが適性を測るのが楽しいのだとわかったのですか? 私たちの世界に魔術が存在しないというだけでは、断定はできないと思いますが……」

「ん? ああ、そのことか」


 クラスメイトの反応をあたかもわかってたかに言う理由を、龍之介は純粋に質問した。

 先生の言ったとおり、『魔術が存在しない=魔術に関するものすべてが楽しい』というのは、できなくはないかもしれないが、確信というには短絡的な気がする。

 ラティーフは見た目と言葉遣いから如何にも脳筋なイメージがあるが、騎士団長を務めている以上はそうではないのだろうし、ラティーフ=短絡的と結びつけるには早いと思う。

 二人の会話が聞こえているクラスメイトも、そう言えば、といった様子でラティーフの言葉の続きを待つ。


「なに、単純なことだ。魔術に触れて楽しいって思った人間が、ここにいるからだよ」

「……えっと?」


 ラティーフはニッと笑いながら、隣りにいる魔術師らしき、短く尖った黒髪の男性の肩を叩いて言った。

 叩かれた男性は、思いの外強かったらしい殴打の威力に、弱く反抗の意思を述べていたが、それに注目するものはいなかった。

 そんなことより、先の発言の真意を確かめるほうが先決だ。


「謁見の間で国王から聞いたと思うが、こいつは元々、お前たちと同じ世界で生まれ育ち、死んだ末に前世の記憶や知識を保有したまま、この世界の子供として生まれた“転生者”って呼ばれるやつなんだよ」

「どうも、始めまして。私はアスカー・イシャル。元の世界では、佐藤俊夫という名前の日本人でした」

「にっ、日本人!?」


 ラティーフの説明で、一歩前に出たアスカーは、“今世”の名前と“前世”の名前を述べる。

 丁寧に腰を折って礼するその姿は、名前の通り日本人だということを如実に示しているといえた。

 誤解を生まないように言い直すとすれば、外国人が腰を折って例をしないというわけではないが、それを何気なくできるあたりがその言葉の真実味を高めている。


 それを示すように、龍之介の反応はとてもオーバーリアクションで、その話題に興味を持っていなかったクラスメイトですら何事かと注目している。

 『謁見の間で国王が言っていた』という言葉を聞いて、そう言えばそんな事を言っていた、と思い出す。

 よくよく見れば、召喚された際、あの庭にいた一人と一致する。

 あのカラフルな彩りの中で、唯一誰とも被らない、オンリーワンな服装だったので、記憶に残っていた。

 そのリアクションを取らせたオンリーワンことアスカーは、口元を手で隠し、上品な仕草で笑う。


「いい反応してくれますね。先程ラティーフ騎士団長殿が仰ったように、私は“転生”してこの世に生まれました。その私が、魔術に触れて、楽しいと感じたので、あなた方もそうであるだろうな、という身勝手な妄想の結果が、ラティーフ騎士団長殿の言葉です。まぁ私のことが気になる人がいたら、あとで個人的に聞きに来てください」


 アヌベラと同じような爽やか系イケメンの微笑みに、クラスメイトの女子たちの一部は心打たれた様子。

 しかし、なるほど。

 つまりこの召喚は、こいつの発言のおかげで行われたということになる。

 即ち、こいつが結愛を、この世界に放り出した元凶ということになる。

 いや、本当の元凶は魔王だけど。


「あぁ、予め言っておくぞ葵。こいつは提案し、実際に召喚にも携わっているが、召喚を行う判断したのは人間族の長……ひいては人間全員であって、こいつだけに非があるわけじゃない。だから、私怨をぶつけるのはやめてやってくれ」

「……わかってる。理性ではわかってる。でも納得しきれないからあとで一発殴らせろ」

「おいだから――」

「大丈夫です。人の命を踏みにじる行為を提案した私には、他の誰よりも多くの原因がある。だから、それくらいで許してもらえるなら安いものです」

「……あれだな。わかってはいたが、開き直られると余計ムカつくな」

「ここで時間を使うよりも、もっと益のあることに使うべきだと思っているからこそ、あなたの提案を受け入れたのです。決して、あなたを馬鹿にしているわけでも、ましてや開き直っているわけでもありません」


 ラティーフの忠告を理解はしている。

 だが、感情は別だ。

 だからこその、殴る発言。


 その発言は、殴られる側アスカーの肯定で受け入れられた。

 しかしその受け入れ方が、こちらを雑に見ているように感じられて、短い堪忍袋の緒が切れそうになる。

 ただ続く言葉に、確信はないが何となく嘘がないとわかり、切れそうになった緒が修復された。


「……じゃあ、あとでお前の部屋に行く。そこで色々と話しを聞かせろ。それでチャラにする」

「……意外と冷静なのですね、あなた」

「時間が惜しいって気持ちは同じだ。だから今は進める。効率を考えるのはおかしくないと思うが?」

「全くもってその通りです。ではせっかく利害が一致したので、進めてしまいましょう。よろしくおねがいします、ラティーフ騎士団長殿」

「……お前らが納得したなら、それでいいが……。葵、善悪の区別はしっかりな。いくら召喚者でも、悪を犯せば犯罪者で投獄される」

「わかってる。忠告どうも」


 一触即発だった雰囲気が解消され、元の騒がしい雰囲気が戻ってくる――ことはなかったが、進行上こちらのほうが好ましいと言わんばかりに、ラティーフは咳払いで注目を集める。


「いざこざはあったがそれはそれ。楽しい方は終わったので、次はお待ちかねの辛いほうだ」


 その発言に、クラスメイトの大半が嫌そうな顔になる。

 俺がほぼ独断で決めたようなものなので、心が傷まないと言えば嘘になるが、どちらにせよ避けては通れぬ道だ。

 さっさとやってしまうのがいいだろう。


「まずは簡単な身体能力の測定から。今度は纏めてやるぞ」


 新学期最初に行われる体力テストを彷彿させるその文字並びに、クラスメイトの嫌そうな顔が更に深まった。

 たださっきも言ったが、こういった行事はさっさと終わらせてしまうに限る。


 十人単位でグループ分けされ、三グループがそれぞれ側付きの補助で測定を開始した。

 測定の内容は日本のものとあまり変わらなかった。

 変わっていたのは、数値が体力テストのときと比較して飛躍的に上昇していたことに尽きるだろう。


 測定結果を記録している側付きやアヌベラはもちろん、測定をしている本人たちでさえその記録に驚いている。

 というか、強化され過ぎた身体能力に、思考がおいていかれていて、まともに制御できていないクラスメイトが大多数だ。

 かくいう俺も、飛躍的に伸びた数値に驚いている。

 反復横跳びを例に上げると、体力テストでは64だったのに対し、一回目が御しきれずに記録36、実質一回目となる二回目に48、三回目に96回と言った具合だ。

 っていうか、96回って世界記録レベルなんじゃないだろうか。

 世界記録を知らないから、なんとも言い難いところだけれども。


 反復横とびだけでなく、その他の種目もほとんどが伸びに伸びていた。

 それなのにも関わらず、強化された身体能力に翻弄されていたクラスメイトも、ものの数分経った頃には、全員があっさりと慣れている。

 自分の預かり知らぬところで、身体能力――いや、総じて“力”が強化された場合、本人は知らないのだから、制御できない場合が多々ある。


 例外として、無意識的に引き出した本能に近い力だったり、あるいは過去や前世で似たような経験があったり、あるいは、身も蓋もないことを言うと、主人公補正だったり。

 無意識的に、という点では、召喚後、ラティーフに掴みかかろうとしたときがそれだ。

 あのときの違和感は、自分の全力だと思っていた実力を上回る力が発揮され、その差異に感じた違和感だった。

 まぁ、それは例外の話で、今は実際の話だ。

 今この場にいるクラスメイトは全員意識がはっきりしているし、三十人近い人間全員が前世の記憶や、過去に身体能力が超強化されたことがあるわけではないだろうし、ましてや登場人物全員が主人公、みたいな超絶怒涛の超大作みたいな展開があるわけではないだろう。

 いや、あなたはあなたの人生の主人公、という名言もあるので、あながち間違いではないのかもしれないが。


 ただそう考えるよりも、この慣れまでが召喚特典と考えるほうが非現実的――即ち、このファンタジー感には合っている気がする。

 その慣れるまでの時間を短縮できたのは僥倖と言えるので、この特典を与えてくれた誰かに感謝しておく。


「凄いですねラティ。最低レベルが師団員クラスですよ。鍛えれば、魔人と一人で戦えるかもしれません!」

「そうだな。高いやつだと、部隊長クラスのやつまでいる。流石に俺たちクラスはいないが、部隊長クラスなら俺たち以上になれるかもしれない」


 集計し終えた記録を見て、師団長ペアが驚きと同時に嬉しさを感じている様子だ。

 一応、ここにいる全員が戦うわけではないことは理解していると思うが……大丈夫だろうか。


 しかし、身体能力の強化はもちろんだが、それに伴い体力的な強化もされているようで、あれだけ動いたのに疲労しているクラスメイトの数の少ないこと少ないこと。

 あまりの強化具合に、気が変わって大戦に参加する、なんてことになったら、少しは楽になるかもしれない。


「よし。数値も測れたし、ここからが辛いこと、本番だ」


 ラティーフが悪戯っぽい笑みを浮かべ言った言葉に、クラスメイトは絶望したかのような表情になり、ザワザワし始めた。

 今の身体測定がさほど辛くなかったのと、ラティーフがこちらの反応を読んでいたことから、推測はできたと思うが、まぁ急に上がった身体能力に気を取られていたら、気が付けなくてもおかしくない。


「相変わらず、嬉しい反応してくれるな。じゃ、時間がかかるかもしれないから、早々に本題に入るぞ。次は最後、俺対お前たち31人で模擬戦を行う。俺に一撃でも加えられたら、その時点で終了だ」

「……その意図は?」

「良い質問だ、龍之介。今調べた身体能力は、その数値の高さ=戦闘能力の高さじゃない。技術や知識、その他諸々、数値に見えないものが関わってくる。それを調べるための、この模擬戦だ。理解したか?」

「ですがそれは、戦わない子どもたちには必要ないものなのでは?」

「いや、必要だ。俺たちが基本的にお前たちを守るが、俺たちが大戦に参加している間はそうは行かないし、今まで起こることはなかったが、魔人が戦場を無視して国に侵攻を始めるかもしれない。その際は、統率力に長けた人間に指揮を執らせるが、誰がどの程度動け、戦えるのかを知っておかなければ、動き方や陣形の組み方にも差が出る。生き残る可能性を上げるためにも、必要なことだ」


 ラティーフの言葉に、龍之介は押し黙る。

 戦う前提なのが悲しいところだが、その言い分には一理あるし、戦わないクラスメイトの気が変わっていざ戦うとなった場合、その都度データを取っていたら時間が惜しい。

 というか、これをするだけで命の切った張ったに参加しないで済むのだから、だいぶ安上がりなのだから、ごちゃごちゃ言ってないでとっととやってしまえばいいと思う。


「全員で一斉にかかってくるなり、連携するなりして、俺に一発、攻撃を当てりゃいいだけだから、そこまで難しいことじゃあない。俺も本気を出すわけじゃないからな」


 その一言で、クラスメイトの中には安堵のため息が多く吐き出された。

 そもそも体格で圧倒的に勝り、技術的にも圧倒的に勝るラティーフが手加減した程度で逆転できるほど、簡単な相手でもないだろうに。

 いや、先程の身体測定から、自分の能力値の上昇具合をわかっているから、少し勝ち気になっているのかもしれない。

 何なら、ここでラティーフが手を抜いて、クラスメイトたちに勝ちを譲れば、気を良くして大戦に参加してくれる可能性もなくはない。


 まぁ尤も、クラスメイトのことを第一に考えるという盟約があるので、敢えて負けに行くようなことはしないだろうとは思うが。

 なにせ、そのせいで調子に乗ったクラスメイトが大戦で命を落とそうものなら、その責任は自分たちに降り掛かってくるのだし。


「おーい葵。始めるぞ、ほら立った立った」

「ああ、すまん」


 気がつけば、整列していたクラスメイトは全員が起立し、ラティーフと相対する感じに立ち並び始めていた。

 思考に耽っていたために気が付かず、ラティーフに注意されなければ戦いが始まるまで入り続けていたかもしれない。


「じゃ、簡単なルール説明だ。お互いに素手、俺は本気を出さず、致命傷を与えることはしないが、お前たちは全力で――何なら、殺す気で掛かってきてくれていい。午前中に誰か一人でも俺に一撃を加えられたら終わり。一撃を加えられなくても、どちらにせよ午前には終わるから、まぁ疲労が増えるだけだな。説明は以上だ。何か質問は?」

「殺す気、というのは、目潰しや金的もあり、って意味でいいのか?」

「そうだ。ただ、大戦までに治らない怪我をする場所を狙ってきた場合は全力で避けさせてもらうが、そこだけは勘弁してくれ。俺たちの目的は、あくまで大戦に勝利することだからな」


 葵の質問に、至極真面目に答えるラティーフ。

 むしろ、クラスメイト――おもに男子陣がその質問に恐怖しているように感じるが、そっちはどうでもいいのでスルー。

 ラティーフは他の質問がないことを確認すると、一つ頷き全身の力を抜いた。


「よし、じゃあいつでもいいぞ」


 その言葉を皮切りに、クラスメイトが一斉に飛びかかっていった。




 * * * * * * * * * *




 模擬戦開始から、かなり時間がたった。

 まだ鐘は鳴っていないが、午前中も、クラスメイトの体力も、徐々に終わりに近づいている。

 クラスメイトの大半が息を切らして膝に手をついてギリギリで立っていて、体力の少ない人は床に倒れ込んだり、壁を背もたれに休憩していたりと、散々な状態だ。

 息を切らしながら、まだ戦意を失っていないのは、戦うと宣言したらしい十人のみ。


 それらを相手取り、なおも余裕の様子を見せつけるラティーフは、まだ息すら乱れておらず、額には汗一つすら見えない。

 ずっと観察していたが、まずクラスメイトは何も考えずに突っ込んでいったわけではなく、予め決めておいたグループ――と言っても仲良しこよしのグループだろうが、それらで結束して波状攻撃をしたらしい。

 だが、相手は人間唯一人。

 いくら体格が大きくとも、人間の的の大きさなぞたかが知れている。

 その波状攻撃も、一つ一つ簡単に潰されて、第一波が終了した。


 次なる第二波は、戦力のある人らを連携させるために、身体測定の結果と、元々入っていた部活なんかを加味し、選考された五名で作戦を練り、その間に少しでも体力を削るために残った二十五人が闇雲に攻撃を続けるという作戦。

 しかし、闇雲に攻撃をしていてもどうにもなるはずはなく、逆に体力を減らされるだけとなり、五名の即興にしてはかなり連携の取れた攻撃も、所々惜しい攻撃はあったが、一撃を入れることは叶わなかった。


 そして現在の状況に至る。


 今の二回の攻防を見てまず真っ先に感じたのが、ラティーフの戦闘技術の卓越さ。

 前後からの挟撃を受けた場合、前進し前を対処してから後ろを対処したり、先に対処した人を使って次の攻撃の盾にしたり。

 つまるところ、その場の状況を素早く理解できる視野の広さと思考力の高さ。

 理解した状況から、取捨選択し最善手を選べる経験からくる判断力の高さ。

 そして、判断を行動に移せる、高い身体能力と自分の体を思い通りに操る能力の高さ。

 それらが総じて高い水準にある。

 本気を出していない今の状況ですら、師範と同等レベルの技術があるのが見て取れる。


 そんな、単純な数では敵わないほどの隔絶した“高さ”を、この二回の攻防で見せつけられた。

 はっきり言って、一撃を加えられるイメージが湧かない。

 師範にすらまともに攻撃を加えられなかったのだし、当然といえば当然なのだが。


「それでラディナ。あれってやっぱり、魔力で周囲の状況確認しながら戦ってるよね?」

「恐らくは。死角からの攻撃にも完璧な対処をしていることから、練度も相当なものかと」

「んー……やっぱり、魔力感知使えなきゃ一撃加えるのは無理かなぁ」

「相手が油断しているか、虚を突くなどであれば、可能性はあるかと」

「いやでも、ここで傍観決め込んでるとはいえ、戦闘能力だけでいえばやっぱり俺は警戒されてるだろうし……」


 戦闘範囲の及ばない場所で、ラディナと考察を重ねる。

 ラディナは観察眼に優れており、こう言う擦り合わせをするにはもってこいだった。

 まぁ尤も、ラディナの観察眼の方が優れているので『教えてもらっている』という意味合いが強い。


「ラディナは魔力感知、できるんだっけ?」

「いえ。しかし、魔力の使い方と感じ方のコツさえ掴めば難しいことではないかと。ただ周囲の状況の処理に力を注ぎ過ぎれば、体を動かすことに支障をきたします」

「それに、魔力の扱いを一歩間違えれば、体がボンッ、だったっけ」

「はい。一歩間違えれば、最悪体が爆散します」


 ここでラティーフの戦闘能力の高さについて話していた時に、ラディナから教えてもらった。

 魔力というのは繊細で、魔力を感じるだけならば何も問題はないが、体内の魔力を操作するとなると途端にリスクが発生する。

 軽ければ怠さなどで済むが、重ければ体が弾ける。

 弾ける理由は単純で、体内の魔力が正規の手順で体外に放出されず、体のありとあらゆる部分から放出されようとするかららしい。


「じゃあやっぱり、やるべきじゃないな。今は命張る場面じゃない」

「それが懸命かと」

「まぁ、それはいいとして。どうやって一撃加えるかだよ。何か名案ない?」

「私にはわかりかねます」

「だよなぁ」


 結局、考察はこうしてぐるぐる回り、最終的には帰結する。

 色々と知識は収集できるので無意味な時間ではないが、進展がないとやはり気合は出にくい。


 そうこうしている間に、戦うと宣言した十人の攻撃が始まった。

 心なしか練度の上がった連携で攻撃を重ねる十人に、しかしラティーフは余裕の表情で躱し続ける。

 だがクラスメイト側もただ負け続けているわけではないようで、もう少しで当たる、という攻撃が増えてきた。

 恐らくだが、戦いに慣れ始めているのだろう。

 ラティーフも驚いたような、感心したような表情で、それらの攻撃を躱している。


 そして――


「おっ、今のは惜しかったな!」

「チッ」


 背後から、恐らくラティーフの虚を突いたであろう攻撃で、隼人が一撃を加えかけた。

 しかし、ラティーフは直前でそれを察知したのか、あるいは視たのか、ともかく初めて躱すではなくいなした。

 ラティーフは素直に関心の言葉を投げかけたが、渾身だったであろうその攻撃をあっさりいなされ、挙げ句言葉をかけられた隼人は、苦しそうに舌打ちした。

 結局、その攻撃以降、警戒心を引き上げたラティーフに惜しい攻撃すら与えられずに、第三波が終了した。


 相変わらず平然とした様子で立っているラティーフと、相反して疲労困憊な様子の見て取れるクラスメイトサイド。

 大人と子供、という表現すら生ぬるい惨状を前に、おもむろに口を開く。


「じゃ、俺は一回だけ挑んでみる」

「いってらっしゃいませ」


 唐突な宣言に、ラディナは一言だけ口にした。

 あっさりとした激励とも取れる言葉に、少しだけ勇気を分けてもらったような気持ちになって、戦場の範囲外から範囲内へと歩む。


「お、ようやく動くか、葵」

「そろそろ午前が終わっちゃいそうだから、その前に一回でも、と思って」


 待ち望んでた、みたいな少し踊った声で歓迎するラティーフに、苦笑いしながら屈伸などの動的ストレッチで体をほぐす。

 最後に、手首足首首を回して、軽く跳んでから、正面にいるラティーフを見据える。


「俺の戦い方は後の先なんだ。だから、本調子じゃないけど許してな」

「お前が帰る前には、その実力全部見せてもらうから大丈夫だ」


 俺の知らないところでいつの間にかラティーフと全力戦闘することが決まっている事実に苦笑いしつつ、大きく深呼吸する。

 その深呼吸を鍵に、集中状態――戦闘状態へと入る。

 両者動かず、ほんの僅かに停滞の時間が発生した。


 先に動いたのは葵。

 真っ直ぐラティーフ目掛けて突っ走り、ほぼ水平に跳ねる。

 左足を前に、腰を捻って右腕を大きく引く。


『心為流 雷の型 一式 雷撃らいげきッッ!!』


 心の中で叫びつつ、地面への着地の瞬間と同時にラティーフへと全力最速の拳を打ち込む。

 強化された身体能力と、そこから繰り出される速度と威力は、今までの比ではないくらいに凄まじい威力を孕んでいた。

 当たれば骨くらい簡単に折れる威力の拳は、しかしあくまで単発。

 狙いもバレていれば速度も足りない攻撃は、あっさりと躱される。

 突き出した右拳に対し、関節の曲がらない右側に避ける辺り、流石だ。


 だが、こんな程度で終わるとはハナから思ってはいない。

 右拳を突き出した状態から、流れるように足へと力を流す。


『心為流 雷の型 二式 雷円らいえんッッ!!』


 左足を軸に、腰の捻りの余韻を最大限利用して、ラティーフの膝目掛けて脚撃を叩き込む。

 風を切った回し蹴りは、寸分違わずラティーフの膝に向かう。

 だがそれをラティーフは一歩後ろに跳ぶことで難なく躱す。


 もちろん、こんな程度で以下略。

 今度は右足を軸にして、体を360度回転させ、左足を全力で突き放つ!


『心為流 雷の型 一式改 雷撃ッッッ!!!』


 180度開脚ができるという股関節の柔らかさを利用した、ラティーフの想定以上に伸びるであろう脚の突き。

 更に、ラティーフはいま空中。

 伸びてくる脚に、身動きの取りづらい空中。


 予想通り、ラティーフは驚いた表情になった。

 だがそれでも、ラティーフには届かない。


 空中にいて、躱すことができないラティーフは、手を器用に使って雷撃をいなした。

 少しバランスを崩したがそれまで。

 葵も、全力の突きを放った反動で空中に投げ出されているため、追撃をかけることができない。

 選択肢を間違えた。




 と、思っているのだろう?


『心為流 雷の型 ――』


 躱しきれなくなったらいなすのはもう知ってる。

 だから、躱せなくなるように誘導した。

 いなすしかなくなるように、誘導した。


 内心で厭味ったらしくほくそ笑む。


『――二式 雷円ッッッ!!!!』


 伸ばしきった左足を強引に引き寄せて、その反動による捻りで右足に力を流す。

 空中で体中の体幹を総動員して体を捻り、ラティーフに近い右足で回し蹴りを放つ!


 その脚は狙い通り胴部目掛けて綺麗な弧を描く。

 ラティーフはバランスを崩しているためいなすことはできず、躱そうと空中で体を捻る。


 当たれぇえええ!! と念じるその脚は、捻ったラティーフの服の端を捉え、僅かにそこを切り裂いてから空を切った。

 ほぼ空振ったその脚は、勢い余って葵の体を持っていく。


「グェッ!」


 首を絞められた鶏みたいな声を出して、受け身を取れずに背中から落下する。

 強化された体は、痛みに対しての強化、即ち耐性はあまり強化されていないようで、鈍い痛みが背中を中心に痛む。


 痛みに悶える葵に対し、ラティーフはバランスを崩していたはずなのに、倒れるどころか尻もちも、手すら地面につかずに、何なく着地していた。

 それを痛みで霞む視界で捉えつつ、次の手を考える。

 正直これで押しきれなかったのは痛手だ。

 服の切れ端切ったので、一撃加えたことになってくんないかな、と日和見なことを考えつつ自分で背中を擦って痛みを緩和させる。


 立ち上がり、思考を重ねつつ、まっすぐラティーフを見据える。

 そのラティーフは、アヌベラと視線を交差させると、一つ頷いて口を開いた。


「よし。お前たちの戦闘能力もわかったから、これで終了だ。よく頑張った。このあとは昼食食べて、ゆっくり休んでくれ。戦うと言った召喚者たちは、明日の朝食後に訓練場集合だ。その後は、俺が指示する。以上だ。じゃあ解散!」


 口早にそうまくしたてると、ポカンと置いてけぼりを食らっているクラスメイトを放置して、アヌベラとアスカーは片付けを初めた。

 ラティーフはラティーフで、クラスメイトに気を掛ける前に、葵の近くに寄ってきた。


「お前の戦い方じゃない、みたいなこと言ってたが、十分戦えてたじゃねぇの」

「後の先が得意なんだ。今のは、結愛の戦い方を真似ただけで、精度も何もかも劣りに劣ってる」

「真似でそこまで行けるなら上等上等。そっちも磨けば、もっと輝けるかもしれないな」

「そりゃどうも。ってか俺はお前に一撃加えられてないぞ。なんで終わりなんだ?」

「言っただろ? どれだけ戦えるのか知りたいって。わかったらその時点で、おしまいだよ」

「……つまり、午前が終わるまでってのは発破をかけたのか」

「御名答! ま、もうすぐお昼だし、あながち間違いでもないけどな。じゃ、お前もしっかり休めよ。葵は一週間後の試験までは自由にしてくれてていいからな」

「言われなくても、そうさせてもらう」


 葵の減らず口にニヤッと笑みを浮かべて、ラティーフはクラスメイトにどうして終わったかの説明をして、訓練場から去っていった。

 残された疲労と、放心状態のクラスメイトは、その背中を見えなくなるまで追っていた。

 そして葵は、


「はぁあああああつっかーれたぁーあ」


 想像以上に神経を張って疲れていたのを、天を仰ぎながら自覚した。



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