第五話 【配慮と優しさ】




 召喚者たちと別れ、図書室に戻ってきてから六時間が経過した。

 時計のない図書室で、どうやって時間を把握していたのかと言うと、葵の中に完璧な体内時計があるわけではなく、遠くで鳴った七の鐘をラディナが耳に捉え、教えてくれたのだ。

 それがなければ、腹の虫が鳴るか、あるいは集中力が切れるまで、遠くで鳴る鐘の音になど気がつくこともなく本を読み続けていただろう。

 流石に図書室での飲食は認められていないので、自室の確認とともにそこで食べてしまうことにする。

 それに、わざわざ召喚者たちと顔を合わせて、嫌な気持ちになることもない。


 背もたれによりかかり、大きく伸びをしてから、読み終えた本を纏める。

 各国の歴史についての本六冊と、昼食前に読み終えた世界史の本二冊を元の場所へと戻す。

 ラディナにはその間に、夕食を部屋まで持ってきてもらえるように手配をお願いした。


「あ、シナンさん。夕食の時間らしいので、また本を置いていきます」

「そのことですが、葵様。もし図書室までの往復の時間が惜しいのであれば、お部屋に持っていってはいかがでしょう?」

「持ち出してもよろしいのですか? ここには国民には認知されていない情報の載った本などもあるのでしょう?」


 今の所、機密に関わるような本は読んでいない。

 しかし、王立図書館という身分の証明ができれば誰でも入館できる場所の他に、わざわざ王城内に図書室を設け、許可を必要としたのだから、そこには何かしらの、漏らしてはいけない情報などが載っていてもおかしくない。

 だがシナンは、微笑みながら目を見てしっかりと告げる。


「構いません。あそこまで真剣に本と向き合っていらっしゃるのです。軽い気持ちで機密情報を漏らすようなことはしないでしょう? それに、葵様は召喚者。王にも認められ、この場所への入室を許可されている。王の許可は、この国における何よりも最優先される。……何より、本をできる限り丁寧に扱っているのが見て取れた。私が信頼を置く理由は、それだけで十分ですよ」

「そうですか。わかりました。ありがとうございます。一応、持ち出す前に、確認は取りますね」

「ええ、そうしてくださるとありがたい」


 早速、残った地理の本計七冊を持ち出すことを伝え、了承を得る。

 予め、ラディナから聞いていた通りの道順を辿り、宛てがわれた部屋へと向かう。


「ここ……か、な?」


 部屋にしては大きめな扉を前にして、確信を得られない。

 ラディナを待ってから来ればよかったと嘆きつつ、念の為、ドアをノックする。


 自分の部屋であれば、中からは何も反応がないはずで、他人の部屋だった場合は返答が帰ってくるだろう。

 前者の場合は何事もなく中に入ればいいし、後者の場合は間違えました、とでも言ってその場から去ればいい。


 コンコンというノック音に、中からは特段これと言った反応はない。

 間違えてはいなかったようだ、とドアノブに手をかける。


「ノックしなくていいって言ってるでしょう? さっ、早く夕食に……」


 ドアノブに手をかける前にそれが引かれ、中からそこそこラフな格好をした小野さんが姿を見せた。

 いつも生徒会で見ているような毅然とした態度からは予測できないような対応に、驚いて一瞬固まってしまった。

 すぐに頭をフル回転させて、状況を理解し、いち早く解決に向かう。


 この予想外の展開に、加えて小野寺さんの新たな一面だ。

 もし小野寺さんが所謂“ツンデレ”属性だったならば、自らの格好とこの状況から、拳が飛んでくる可能性は非常に高い。

 なればこそ、それを回避しうる打開策は――


「すみません部屋を間違えたようです今この場で起こったことは決して口外しませんし墓まで持っていきます。では」


 綾乃葵の人生史上稀に見る――いや、稀なんてレベルではなく初めてかもしれない超早口での言い訳&謝罪に、小野さんは顔をとてもとても赤らめながら、頭がもげるんじゃないかと心配になるくらいに、全力で、何度も頷いていた。

 とても静かに閉められた扉を前にして、深くため息をつく。


 方向音痴気味だった結愛とは違い、道を覚えることや短期記憶には自信があったのだが、どうやらその認識は間違っていたのかもしれない。

 壁に背を預け、天を仰ぎ、もう一度深いため息をつく。


 すると、小走りでこちらによってくる足音が聞こえた。

 そちらに視線を向ければ、真剣で、申し訳無さそうな表情のラディナが、スカートの裾を持ち上げながら、小走りでこちらに向かってきていた。


「申し訳ございません、綾乃様。どうやら、召喚者様方のほうで、部屋割を変更されていたようで、それを知らずに間違った情報をお伝えしてしまいました」

「あ、そうだったのか。よかった、衰えが始まったのかと思った」


 先ほどの葵がしたようなデジャヴを感じる謝罪をするラディナの持ってきた情報に、ホッと一息つく。

 起こってしまったことに対してではなく、葵の短期記憶が衰えたわけではないということにだ。


 小野さんには今日の生徒会のこともあり、何だかんだで迷惑をかけっぱなしになっている気がする。

 今度、ちゃんとお礼しなければならない、と心に決めて、ラディナに新しく決まった部屋へと案内してもらう。


 件の部屋から数分。

 着いた部屋は、かなり広いものだった。

 中学の修学旅行で、同じクラスの男子五名と泊まったホテルの一室よりも広く、そこに大きめのベッドが二床、学校で使用されていた机よりも二回りほど大きい机が二台。

 床は全面カーペットで、人が大の字に寝転んでも余裕はあるくらいの広さだ。

 靴を履いたまま歩くのに躊躇を覚える。

 一つだけある大きめの窓は、王都の町並みが一望できる。

 部屋の中にある扉を抜けると、そこにはトイレとバスルームがあり、驚くことにトイレは水洗式だった。


 しかも、この部屋にあるすべてのものに、細かな装飾がなされており、この部屋のレベルの高さを如実に表している。

 その上、このレベルの部屋を召喚者全員に与えるなど、相当この世界の住人は、召喚者に期待していると見て取れる。


 部屋を見て回っていると、ドアがノックされた。

 どうやら、ラディナが手配した夕食が届けられたらしい。

 手早く夕食それを平らげて、給仕に片付けをお願いし、椅子に座って再び本を読む。

 先程、シナンが手配してくれていた用紙に、図書室で読んでいた本の中にあったわからなかった単語や、気になった単語などを書き、その説明を本を読んでいる間にラディナに書いてもらう。


 しばらくして説明を書き終えたらディナは、説明を書いた紙を葵の座る机の端に邪魔にならないようにそっと置く。


「ありがとう」

「いえ」


 葵の感謝に、ラディナは恭しく頭を下げる。

 積まれた本の中から、帝国の地理の本を引き抜いて、パラパラとページを捲り、少し戻ってから読み耽る。

 きっと、先程途中で読むのをやめてしまったところから再開したのだろう。


 葵もそれに倣い、本に目を落とす。

 というところで、ゴーン、と音が聞こえた。

 何事か!? と警戒する葵は、控えめの音で繰り返しなるそれが時刻を表す鐘の音だと理解した。


「ああ、これが鐘か」

「その通りでございます。今の鐘は八の鐘。本日最後の鐘となります」

「なるほど……。でも音小さくない? これじゃあ、聞き逃しちゃう人もいるんじゃ?」

「いえ、八から二までの鐘は、音が小さくなっています。三から七までの鐘は、これの倍以上の音で響きますよ」

「そういうことか」


 葵の呟きに、間髪入れずラディナは反応する。

 その説明に納得し、この世界の優しさに淡い期待を懐きながら、再び本に目を落とす。


 というところで、今度はドアがノックされた。

 悉く本を読めないな、と思いつつ、ドアの方に意識を向ける。


「ソフィアです。夜分遅く、申し訳ございません。まだ起きていられるのであれば、是非お話を聞いていただきたいのですが」


 ソフィアと言えば、確か王女の名前だったな、と思い出して、どうするかの指示を視線で問うてくるラディナに頷く。

 ラディナは葵の意図を正しく汲み取り、ドアを開ける。


 ドア向こうにいたのは、初めて会ったときの豪華絢爛な白亜のドレスではなく、薄い黄色の――いや金色に近いドレス姿の王女だった。

 ドアを開けたラディナに微笑み、葵に視線を向ける。

 恭しくお辞儀をして、用件を告げた。


「国王陛下からの伝言です。『遅い時間に失礼する。謁見の間にて伝え損ねたことや結愛殿の捜索について、詳しい話をしたい。明日でも良いのだが、早いほうが対策も立てやすいと思い、こうして使いを寄越した。その気があるなら、執務室まで来ると良い』とのことです」

「わかった。行こう」


 王女の伝言に、葵は即断する。

 葵の即決に若干驚きつつも、王女は頷いて案内を申し出てくれた。

 執務室を知らないため、それをお願いし、部屋を出る。


「ラディナはどうする? これって側付きを連れて行っても良いのか?」

「……そうですね。側付きにはある程度、召喚者やそれに付随することを国民よりは教えていますので、綾乃様が許可されるのであれば、構いませんよ」

「じゃあ一応着いてきてくれ。今後、行動をともにしてもらうことになりそうだから、情報共有はしておきたい」

「畏まりました」


 ソフィアの先導で、壁掛けの照明で照らされた廊下をしばらく歩き、今まで見てきた中では一番質素な扉の前で止まった。

 その扉をノックし、声をかける。


「失礼します。国王陛下。綾乃葵様をお連れしました」

「入れ」


 王女の声がけに、間髪入れず返事が帰ってくる。

 キィと小さく音を立てて開いた扉の奥は、召喚者に宛てがわれた部屋よりも若干小さい部屋だった。

 内装もシンプルで、沢山の紙の置かれた机と王が座る椅子と、あとは壁際に何やら小難しそうなタイトルの書いてある本が詰まった本棚くらいしかない。


 今は雲のせいで月明かりが指しておらず、あまりに薄暗いために焚かれている照明は、暖かい光で部屋を明るく照らしていた。

 椅子に座る王の隣には、ラティーフと、もう一人は謁見の間でラティーフの隣に立っていたメガネを掛けた若い男性がいた。

 ラティーフを脳筋とするなら、こちらの男性は知能に優れた賢い人なのだろうか。


「こんな遅い時間によく来てくれた。感謝する」

「いや、こっちとしては早めに詰めたい話だったから問題はない。早速本題に入ろう。時間が惜しい」

「そうだな。まずは、本日行った捜索の結果からお伝えしよう。捜索隊の統率を取っている、王国魔術師団団長のアヌベラ・トゥから説明を行ってもらう」

「始めまして、アヌベラを申します。早速お伝え致します。単刀直入に申しますと、結愛様は見つからなかりませんでした。王女殿下にお伝えしていただ人物像を頼りに捜索を致しましたが、少なくとも六つある人間族の国の首都周辺にはいないことは判明したしました」

「……そうか」


 かなり早く手配してくれていたようで、どうやら人間の国には周知してくれたらしい。

 だが、情報が少ない現状、やはり発見は困難だったようで、芳しい結果は得られなかったようだ。

 道中で伝えられる情報など限りがあるので、それも仕方のないことなのかもしれないが、やはり焦りは募る。


「明日以降、各国の首都以外の村や町などに人材を派遣し、捜索範囲を拡大しますが、はっきり申し上げますと、無事に見つかる保証は、ありません。また、その可能性も限りなく低いと予想されます」

「……だろうな。だから、その可能性を少しでも上げるために、もっと詳しい結愛のことを話に来た」

「……以外です。伝え聞いただけではありますが、召喚後の綾乃様の言動から察するに、少しは怒られるかと思っていました」

「そん時に、それを無駄な時間だと思い知らしめてくれた人がいるんでね。今は立ち止まっているよりも、前に進むことが優先だ」

「……ご立派な考えです。では、詳しい結愛様の人物像を、お聞かせください」


 アヌベラに結愛の外見や特徴などを話していく。

 腰まである太陽の光に照らされたら若干青みがかる黒髪の持ち主であること。

 花のピン留めをしていること。

 女性にしては高めの身長であり、スレンダーであること。

 女性の召喚者と同じ服装をしていることなど、その場にいた人間の思いつく限りの情報を、思い出して伝えていく。


 それを聞きながら、紙に何かをスラスラと書いているアヌベラは、葵の話を一通り聞いて、ふむ、と頷くと、紙を反転させて葵に見せた。


「このような人物で間違いないか?」

「……凄いな。細かいところは違うけど、誰がどう見ても結愛そのものだ……」

「それはよかった。ではこれを各国に配布し、明日以降の捜査の指針としてもらおう」


 アヌベラはそう言って扉の近くまで歩くと、一礼と言葉を添えて退室していった。

 きっとあれを複製して、言葉通り各国へと送ってくれるのだろう。

 とても、ありがたい限りだ。


「アヌベラの言っていたとおり、明日からは捜索範囲を広げる。葵殿が捜索する範囲は、一度捜索の手が入ったところの再確認の意味合いが強い。葵殿が捜索に入れる一週間の間は、なるべく似たような場所を、人員を代えて捜索させる」

「ありがとうございます」


 めちゃくちゃ手厚い事後処理に、深々と頭を下げて感謝する。

 異世界モノにおいて、召喚したらあとは放置という展開は、あまり珍しいものでもなかった。

 本来であれば、自らが犯した罪は自らが償うべきなので、当たり前といえば当たり前なのだが。


「では次に、伝え損ねた内容について話そう。既に謁見の間に残った召喚者殿には伝えてある内容だ。かぶる内容もあるとは思うが、聞いてくれ。まず、召喚者殿の待遇についてだが、大戦への参加不参加を問わず、大戦の終了までは客人として最大限もてなそう。要望があれば、何なりと言ってくれ」

「一つ良いか?」


 葵の問に、頷くことで肯定を示す王。


「召喚者の大半は戦わないと言っているらしいが、それでもそいつらを養い続けるのか? いつ終わるかもわからない大戦の終了まで?」

「それが盟約だ。多少国民への負担は大きくなるだろうが、止む終えない」

「……野暮だとは思うけど、召喚者の中に戦わないやつがいるってわかったときは、相当荒れると思うぞ。少なくとも、俺が国民なら、自分たちに還元されないもののために、自分たちの汗水垂らして働いた金が使われてるって知ったら確実に不信感は抱くぞ」

「わかっている。私が間違ったことをしているのは、理解している。だが、大戦に勝利するためには、これが最善なのだ。――少なくとも、私一人考えた結果、そうだと判断した」


 俯き、吐き捨てるような、あるいは苦しいことから目を背けようとしているような、そんな悲壮とも言える王の態度に、地雷を踏んだかもしれない、と反省する。


 ちなみに、この国の政治体制を知っている理由は、先ほど読んだ本の中に、アルペナム王国の歴史について書かれた本があったからだ。

 そこには政治体制の変遷なども載っていたので、こうして話にすることができている。


「あんたたちが決めたことなら、その恩恵に預かる身としては何も言わない」

「……そうしてくれると助かる。では次に、召喚者の身分についてだ。特例として召喚者は、各国の王、またその位置にあたる人物の次の権力を持つ」

「……それは、謁見の間で言っていた、召喚者の意思の尊重の延長線上ってことでいいのか?」

「おおよそ、その認識で間違いない。どの国に滞在していようとも、なるべく自由に動けるようにと考慮した結果、このような特例が認められた」


 その決まり――盟約に当たるであろうそれは、かなりありがたいものだ。

 国の実質的なナンバー2ということは、そこそこの無茶も許容される可能性が高い。

 それに、なんらかの場面で困った時に、それを利用すれば、その面倒を乗り越えられる可能性もある。


「その他には、謁見の間で言ったように、衣食住の保証は行う。捜索に出る前に本来、葵殿に使われるはずだった資金を持たせよう。それと、我々が持ちうる人脈へと繋がれるように手配しておく。詳しいことは、その時に伝えよう」

「ありがとうございます」

「それと、ラティーフ騎士団長から聞いているとは思うが、一週間後に行われるパレードに、葵殿も出席してもらう。その後、改めて実力試験を行い、ラティの許可を得られて後、捜索にいくことを許可しよう。これは意地悪ではなく、葵殿の命の危険を考えての判断だ」

「……わかりました」


 いきなりのことで少し驚いたが、王の言い分は尤もなので、頷く他ない。

 葵が命を散らしてしまえば、それこそ結愛を救うことなどできなくなる。


「話は以上だ。何か聞いておきたいことはあるか?」

「……いや、今の所は大丈夫だ」

「そうか。言い忘れていたが、明日の一日だけはラティーフの指示に従ってもらう。召喚者殿の実力を測らせてもらう。構わないか?」

「わかった」


 王との対談を終え、退室する。


「綾乃様」

「何でしょうか? 王女殿下」

「ラディナを少し、お借りしてもよろしいでしょうか?」


 退出してから、後を追ってきた王女に、そう尋ねられた。

 ラディナを借りる理由はわからないが、おそらく葵がいてはできない話なのだろう。


「ラディナの意思に反しないのであれば、構いませんよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ俺は、先に戻ってます。ラディナは、急がなくても大丈夫だから」


 ラディナが頷いたのを確認して、背を向けて帰路を辿る。

 部屋までの帰路の間に、色々と思考する。


 今後の行動の順序や、優先順位、町の外に出ても生きていけるだけの実力の基準。

 そして、結愛の捜索必要なもの。


 考え、考え、考えて。


「――様。綾乃様」

「んあ? ああ、もう着いてたか。ごめん、助かった。っていうか早いね。話はもう終わったの?」

「王女殿下との対話から、十分は経過しています」

「そうなのか。すまん。ちょっと考え事してた」


 気がつけば、部屋を通り過ぎていた。

 持ち前の過集中が悪い方向に出てしまったらしい。


 葵のそれを知ってか知らずか、そこから引き戻してくれたラディナに感謝する。

 部屋に入って椅子に座り、つい今しがた考えていたことを忘れないうちに紙に書き記す。

 その後は、再び無言でほんのページを捲る。

 ページを捲る際の紙の擦れる音と、たまに紙に何かを書く音、そして、定期的に小さく立つ、呼吸音が部屋を支配していた。

 途中、ラディナが入浴の許可を取りに来た以外、特に読書が中断されることもなくとても捗った。

 眠気が襲ってこないのも、捗った理由の一端だろう。


 ラディナは入浴後、再び読書に耽った。

 またしばらく、静寂の二文字が相応しい部屋になった。


 その静けさは、外から聞こえる鐘の音がなるまで、破られることはなかった。

 かなり控えめの音で、お喋りしていたら聞こえないだろうというくらいの音は、一の鐘が鳴ったものだ。

 即ち、午前零時に鳴ったことを示す。


「綾乃様。明日に備えて、就寝なさることをおすすめします」

「んー、俺はまだ眠たくないし、それにこれ読みきれてないから、俺はもう少し起きてる。ラディナは寝ていいよ」

「いえ、主が起きているのに、側付きである私が寝るなど……」

「でも眠いでしょ? さっきから少し、ウトウトしてたっぽいし」

「それは……」


 痛いところを突かれた、みたいな渋い表情になるラディナに、毅然とした態度を貫いてるのかもしれないけど、心情が顔に出る辺り、可愛い要素だよなぁ、とオタクっぽいことを思う。


「じゃあ、ラディナ。今日はもう寝て、明日は今日よりもっと俺に協力してくれ」

「……良いこと言ってるような雰囲気ですが、ご自身の思惑を隠しきれていないあたり、主としては失格だと思います」

「え、いきなり辛辣。もしかして毒舌系メイドだった?」


 唐突なキャラ変に、驚きを隠しきれない。

 それを真っ直ぐ表に出した結果、ラディナは今日初めて、微笑んだ。


 ような気がする。


「では、私は一足先にお休みさせていただきます」

「うん、おやすみ」


 月の明かりが窓から差し込んでいて、先程までの部屋とは雰囲気が違うように感じられた。

 その明かりに照らされるラディナは、なんだか大人っぽく感じる。

 ガウンのような月白色の寝間着が、そう思わせるのかもしれない。

 ラディナは一礼すると、自らのベッドに潜り、数分もしないうちに寝息を立て始めた。


 それを音だけで判断し、小さく息を吐く。

 これでようやく、自分をと、安堵しながら。


 そのまま、本を読み続け、図書室から借りてきた本をすべて読み終えた。

 本来、面白みのない本は読んでいれば飽きが来るものだし、こんな時間であれば眠気も襲ってくるものなのだが、今回に限ってそれはなかった。

 尤も、それは葵にとって必然のことなので、今更考える必要もない。


 座り続けていたため、若干訛った体を伸びでほぐし、血流を巡らせてから立ち上がる。

 向かったのは、月明かりの差し込む大きめの窓。

 ちょうど、窓枠に手をついたあたりで、一の鐘よりも控えめな、もう鳴っているのかどうかすら危うい鐘の音が聞こえた。

 恐らく、就寝している人を起こさないための音量調整なのだろうが、その地味な配慮に少しだけ心を打たれる。

 できればその配慮や、この世界の人々の持つ優しさなんかが、結愛にいい影響を与えてると希望が持てるんだけどな、と空に浮かぶ満月を眺めながら思う。




 同時に、同じ月の下にいるだろう結愛に。

 一人で寂しい思いをしているであろう結愛に。

 不安に苛まれ、泣いているかもしれない結愛に、思いを馳せる。




 ――必ず、見つけ出してみせる






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