第三話 【指南役兼世話役】




 王の言葉に従い、王城内にある図書館へと足を運んだ。

 城内の図書館への道のりは赤髪の男に聞いていたので、ただ道が長かったこと以外に問題はなかった。


 図書館の扉は謁見の間には劣るものの、そこそこに精巧な文様の描かれた三メートル程度の木製のものだった。

 見た目の割に軽かった扉を開き、図書室に入る。

 中にはズラッと並んだ本棚と本独特の匂いに、館内には読書用のスペースが確保されていた。

 広さは横と奥に三十メートルは下らなく、高さは五メートルほどと、城内にある図書館の割りには相当な広さだろう。


 これとは別に王立の図書館があると言うのだから、そちらの大きさはどれくらいのものになるのだろうか。

 そんな思考に耽っていると、茶色の髪に白い服を着ている若い男性が近寄ってきた。


「こんにちは。城内図書館のご利用は初めてでしょうか? 城内図書館の利用許可証をお持ちでしょうか?」

「こんにちは。えっと、王様から魔法陣これを見せて、召喚者だと名乗れば大丈夫だと聞いているのですが……」

「ふむ。……なるほど。あなた様が異世界から召喚された召喚者様でしたか。私は城内図書館の管理を任されている司書、シナン・メクテビフォウと申します。知らなかったとは言え、とんだ御無礼を致しました。お許しを」

「構いませんよ。目くじらを立てるようなことでもありませんし。それより、お尋ねしたいことがあるのですが」

「お伺いします。私に答えられる範囲であれば、何なりと答えましょう」


 最初こそ警戒されていたが、王の言うとおりにするとその警戒も解け、とても親身になってくれた。

 王の権威を目の当たりにして、ありがたいと感謝しつつ話を進める。


「ありがとうございます。歴史と地理に関する書物を閲覧したいのですが、どこにありますか?」

「それなら、一番列の一番本棚に歴史の本がございます。この世界の歴史の知識を得たいのなら『世界の歴史』という本がおすすめです。この国の歴史を知りたいのであれば『アルペナム王国の軌跡』がおすすめです。それから地理についての本は――」


 王城図書館を管理すると自称していたが、その言葉に間違いはないようで、葵の欲した本の場所と、ついでにおすすめの本のタイトルまで教えてくれた。

 恐らく、シナンの記憶力は管理人だからというだけではないだろう。

 きっと、彼は本オタクだ。


 とにかく、シナンの言葉に従い、本棚から本を引き抜いていく。

 結果、歴史に関する書物は世界史の本が上下巻で二冊、各国の歴史についての本が六冊。

 地理に関する書物は、世界地理が一冊、各国の地理の本が六冊と、計十五冊になった。

 地理の本はそこまで厚さはないが、歴史の本の厚さは辞書並みなので、意外と重かった。

 シナンにも手伝ってもらい、読書スペースに運ぶ。


「では私はこれで。何かあれば、お呼びください。基本、この図書館内にいますので」

「わかりました。ありがとうございます」


 シナンは注意点をいくつか述べて、去っていった。

 とはいえ、この館内にはいるので、去っていくと言うには些か大げさかもしれない。


 クッション付きの椅子に着席し、本を読む前に少しだけ整理する。


「……やっぱり、読めるよなぁ」


 本の表紙と背表紙に書かれている見たことのない文字を眺めつつ呟く。

 言葉が通じる時点で何となく察してはいたが、やはりこの世界はラノベなんかの異世界モノと変わらず『何故か通じる言葉と読める文字』が適応されるらしい。

 一から覚える可能性も考慮していたが、その心配は無用だったようだ。

 これが召喚者全員に与えられたものなのか、はたまた召喚モノ特有の能力的なものなのかは不明だが、今はこのご都合主義に感謝しつつ、一冊目の世界史の本を手に取って読み進める。




 * * * * * * * * * *




「ふぅ」


 二冊目の世界史の本を閉じて一冊目の上に重ね、背もたれによりかかって息を吐いた。

 ラノベを沢山読んでいたこともあって、速読には多少の自信があったが、それでもかなりの時間がかかったと思う。

 図書館内には窓も時計もなく正確な時間経過がわからないが、体感では二時間程度は経っているだろうか。

 背もたれから上半身を出すようにだらけ、目立った特徴のない天井を見上げる。


 世界史の本を読み、改めて王の言葉が正しいことを理解した。

 この世界には六つの国があり、その中で最古の歴史を持つこのアルペナム王国が誕生してから千年、今から逆算すれば、五千年ほど前に、突如として大陸に攻めてきた“魔人族”。

 少なくとも人間の倍はある身体能力と魔術技能、そして魔力を視覚的に捉えられるという“魔眼”を持つ、人間族の大敵。

 個体数は少なく、また協調性も人間よりないものの、“魔王”によって率いられることで統率力が増し、結果連携されるのでその驚異は数十倍に跳ね上がる。


 過去五千年の間に勃発した、通称『人魔大戦』は九回で、今回の葵たち召喚者が戦う『人魔大戦』は十回目の本の内容に沿って言えば、『第十次人魔大戦』となるらしい。


「しっかし、この内容が本当なら“勇者”不在はかなり厳しいだろ……。眉唾ものの噂通りだとして、召喚者がいくらこの世界の人間より優れた身体能力を持ってたとしても、戦闘技術がなけりゃ耐久力の高いだけの案山子同然なわけだし」


 本を読んだ限りでの懸念を独りごちる。

 実際“勇者”という存在は、大戦においてかなり大きなものだった。

 魔人を率いる“魔王”を討伐してきたのは、どの大戦においても“勇者”だ。

 その“勇者”の誕生とともに、“賢者”という存在も必ず存在するらしい。


 初代勇者から連綿と力の一部を受け継いできた“勇者”とは違い、“賢者”は不定期で、かつ不確定に現れる。

 その時代を生きる人間の中から、勇者との相性と魔術的な適正に応じて無作為に選出される。

 “勇者”のような人外の化け物と対等以上に戦える絶対的な力こそないものの、魔人族と比較しても劣らない魔術適性を有し、“勇者”と“魔王”の対決を支援する役割を担っているらしい。


 しかし、今回の大戦では“勇者”は不参加。

 先程の王の言葉に“賢者”という単語は出てこなかったことから、“賢者”も大戦には参加できない可能性が高い。


「安請け合いしすぎたかもしれない……。他のクラスメイトに、絶対的な自信をつけさせる程度の力が与えられてなきゃ勝てないぞ、これ」

「随分と考え込んでどうした?」


 王に対しての発言を公開しつつ、希望的観測を抱いていると、赤髪の男が声をかけてきた。

 後ろには、白と黒の一般的に想像されやすいメイド服を着た少女が追従している。

 筋骨隆々の大柄な男のそばにいるせいで、少女がかなり小さく見える。


「自分の軽薄さにうんざりしてたところだから心配はいらないですよ。それより、その女の子が俺に常識を教えてくれるんですか?」

「色々と気になる発言だが置いといて。この子がお前に――お前、名前なんだっけか?」

「葵です。綾乃葵」

「そう葵な。この子がお前に常識を教える指南役で、兼ねてお前の世話を見てくれる」


 名前聞いといて言わないのかよ、と心の内でツッコみつつ、少女に視線を向ける。

 少女は男の後ろから横にずれて正面に立ち、深々とお辞儀した。


「始めまして。ラディナと申します。綾乃様の身の回りのお世話をさせていただきます。何かあれば、答えられる範囲でお答え致しますので、お気軽にお尋ねください」

「どうも、綾乃葵です。お言葉に甘えてどんどん質問していくんで、よろしく」


 ラディナは男と似た赤い髪色を持ち、髪色に似た瞳を持つ、十五歳くらいの少女だ。

 外見的な特徴といえば、体の凹凸がとても激しいことくらいだろうか。

 整った顔立ちで、しかしまだ幼さが残っているので、なんとなく罪悪感に駆られる。


 まぁそれは置いといて――


(なぁんで初対面で睨まれてんですかね)


 もしかしたらデフォルトで目つきの悪い子なのかもしれないし、あるいは同類の人見知りで表情が強張りまくってる、という可能性も考えたが、ここ数年で無自覚に鍛えられた負の感情感知センサーが反応しているので、この認識は間違ってないはずだ。


「じゃあ、俺はこれで帰るぞ。これでも忙しい身なんでな」

「わかった。ありがとう」

「あーそれとな。後で国王陛下から直々に言われると思うが、お前が外に出られるのは早くて一週間後だ」

「……理由を聞いても?」


 唐突に告げられた一週間の期間に、極めて冷静に努めて尋ねる。

 男はしっかりと目を見て答えてくれた。


「まず、お前が外に出ても生きながらえられるだけの実力があるかどうかの判断。まぁこれはこの世界に慣れれば恐らく問題はないだろう」

「その評価はありがたいが、そんなんでいいのか。外に行けば死ぬっつったのはあんただろ?」

「大丈夫だ。お前も薄々感じてるんじゃないかとは思うが、やはり召喚によって喚び出された人間は身体能力が高いか、強化される――まぁお前を見た限りでは後者だろうが、その身体能力があれば、並大抵のことがなきゃ死なん。あのときはまだお前の実力を測りきれてなかったからな」


 確かに、この男に殴りかかった時、妙に体が軽く、しかし攻撃の威力はいつも以上だった。

 今日は異様に調子がいい日かもしれんと思っていたが、そうやらあれが召喚特典的なものらしい。


「それはわかった。じゃあなんで一週間なんだ?」

「一週間後を予定されている召喚パレードがあるからだ。“勇者”不在による大戦は、すでに人間族全員が知っている事実だ。それを払拭するために、召喚をし、召喚者を喚び出したことを宣言するんだ。“勇者”の代わりは呼んだ。だからもう心配することはない、ってな」

「それ、俺いなくても成り立つんじゃないか?」

「まぁそうだろうな。ただ、今日だけでお前の欲する知識を全て得られるとは思えんし、外に出るとしても色々と準備があるだろう? そのための準備期間として一週間と捉えてもらっていい」


 なるほどな、と男の言葉を考える。

 確かに、事を急いて結愛の捜索に失敗しては意味がない。

 かと言って、入念に準備していて間に合いませんでしたでも同じだ。

 ならば、一週間という区切りは、ちょうどよいのかもしれない。


「捜索隊は、もう出てるのか?」

「それは抜かりなく。既に各国への伝達も終えてる」

「……わかった。じゃあ一週間後までしっかりと準備するよ」

「聞き分けが良くて助かる。じゃ、俺は行く。何かあったら室内訓練場か、野外訓練場か、師団長執務室にこい。どっかにはいるはずだから」

「師団長……? あんたなんかの団長やってるのか」

「お、言ってなかったっけか。じゃあ改めて」


 男の言葉に感じた疑問を口にしたら、男はその場でビシッと敬礼を決めた。

 否、敬礼を言うよりかはなにかの構えのようだ。

 まるで騎士が剣を掲げているかのような、そんな構え。


「私は、アルペナム王国騎士団所属、騎士団長ラティーフ。家名は、今はない。先程までの態度からわかると思うが、堅苦しいのは性に合わんので、気楽に頼む」

「騎士団長……そういや王女様がそんなこと言ってたっけ」

「そういうわけだ。まぁ気楽に、ラティ団長とでも呼んでくれ。そんじゃ今度こそ行くぜ」


 ラティーフはそれだけ言って、さっさと行ってしまった。

 騎士団長ならば、忙しいと言っていてのも頷ける。


「それじゃ、俺は本の続きを読むけど……えっと、ラディナって呼べばいいのかな?」

「ご自由にお呼びください」

「じゃあ名字読みは長いんでそうさせてもらう。ラディナはどうする?」

「ご命令とあれば、身の回りの世話から下の世話まで、何なりと致します」

「……いきなりブラックジョークかましてくるね」


 性的な話題はブラックジョークになるのかどうか、という疑問が浮かんだがそれはさておき、ラディナにやってもらうことを、手を動かしながら考える。


「ラディナって、俺が外に行っても付いてきてくれるの?」

「ご命令とあれば」

「なるほど……。じゃあ一緒に本を読んでくれ」

「……はぁ」


 畏まった態度から一転、気の抜けた声を出したラディナを、本の移動を始めていた手元から視線を転じて見てみれば、想像していなかった回答を提示された、みたいな表情になっていた。

 ラディナの印象を百八十度反転させるその態度に驚きつつ、確認を取る。


「何かおかしなこと言った?」

「はい、とても。世間一般から見て、私の容姿はそれなりに整っている方だと思います。また、女性らしさという点においても、それなりのものだと自負しています」

「……まぁ、そうだろうね。うん」


 唐突な発言と、ラディナの体つきを強調するような動きに、目を逸らしながらも答える。

 ラディナの自己評価は間違ってないのが、返答に困らせる。

 自分を低く評価するのが美徳となっている『謙遜』の文化が根付いている日本に育ったからなおさらだ。


「それなのに、綾乃様は私に本を読めと仰るのです。不思議ではありませんか?」

「いやまぁ好みってのもあるしさ。他にもやむを得ない事情とかもあるかもしれないし、一概に全人類がそれを求めているとは限らないじゃん?」

「綾乃様にはやむを得ない事情があるのですか?」

「そうだね。そんなことに費やしている時間があるなら少しでも知識を蓄えて、結愛の捜索に役立てたいし……この世界で生きていくために、この世界特有の文化なんかも覚えていかなきゃならない。多少、人より力を持ってるだけじゃ、何もできないからね」


 ズバッと痛いところを付いてくるラディナに、今の自分の本心を語る。

 何をしても、どう足掻いても、結愛本位は変わらない。

 それを、そのままラディナに伝えた。


「……承知致しました。綾乃様に従います。私は本の内容を記憶し、綾乃様にお伝えすればよろしいのですね?」

「うん。それと、俺が本の内容で疑問に思ったことにも答えてくれ」

「かしこまりました」


 ラディナは少し沈黙していたが、すぐに顔を上げて了承してくれた。

 早速、地理の本を三冊渡す。


「綾乃様」

「なに?」

「昼食はいかが致しますか? 大食堂では、既に昼食の用意がされていると思いますが」

「え、もう? ……話逸れるけど、ラディナって召喚者が謁見の間で王と謁見したのって知ってる?」

「承知しています」

「それってどのくらい前かわかる?」

「およそ、二時間ほど前かと」

「なるほど。一つ確認だけど、昼食ってのは太陽が頂点に昇ったあたりのことって解釈でいいんだよね?」

「その通りでございます」


 教室に召喚の魔法陣が現れたのがHR前のチャイムのあとなので、八時二十分から三十分の間。

 この世界の時間表記や太陽の昇り具合と時間の関係性がわからないから地球基準で考えて、太陽が頂点に達するってことはだいたい十二時だと仮定して……


「……じゃあ俺たちが召喚された時間ってわかる?」

「四の鐘が鳴った直後に開始するとラティーフ騎士団長様はおっしゃっていたので、おそらく九時頃かと。しかし、私以外の側付きが連れ出された時間と、私が連れ出された時間を鑑みると、もう少しあとに召喚が執り行われた可能性もございます」

「それはどういうこと?」

「人を召喚するということは、そもそも発想からあり得ないものでした。なので、術式の構成やその理解など、人の命が関わる以上、最新の注意を払っていたと思われます。その調整で、本来予定していた時間から、遅れてしまった可能性があると考察します」

「そゆことね。まぁその真偽はあとで聞くとして……地球むこうこの世界こっちでは時間に少しズレがあるのか」


 ほんの三十分――ラディナの言葉が真であればもう少し幅があるが、気になるズレだ。

 結愛が違う場所に召喚されてしまったことを鑑みれば、そのズレが更に大きくなっている可能性もないことはない。

 俺たちの召喚の終了前に結愛が召喚されていたとしたら、既に手遅れになる場合もあるし、あるいは逆だとしたら今探してもらっている事自体が意味をなしていない。


「……じゃあ、読書はやめて昼食にしよう。案内頼む」

「承りました。どうぞこちらへ」

「うん。あ、その前に……」


 結愛の召喚については、今考えても何も進展しない。

 可能性の模索と見出した可能性ごとの対処は考えるべきだが、捜索ができない以上、後回しでもいい。

 一応、あとでラティーフに伝えるとして、今は昼食だ。

 シナン司書に本を置きっぱなしにすることをの許可を得て、同時に書くものと書かれるものをお願いしておく。

 図々しいお願いに昼食まだだと言ったシナンは嫌な顔ひとつせず頷いてくれた。

 権力を振りかざす行為は好きではないが、今は使えるものは遠慮なく使っていく。

 嫌われてしまうのは色々な意味で少し怖いが、結愛の為ならやむを得ない、と自分に言い聞かせる。


 一先ず、今やっておくべきことを終えたので、ラディナの先導を頼りに昼食へと向かう。



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