第二話 【信じたくない現実】




 壮大。

 目の前にある西洋風の白亜の城を表す言葉は、それで十分だった。

 台地に建つ白亜の城の庭園から見下ろす城下町は、レンガなどを多く使用した暖色の町並みだ。

 ファンタジーな世界観を表現した、平成の終わり頃に流行ったアニメによく見た町並み。


 それが、煌々と輝く魔法陣の光が収まり始め、いつの間にか閉じていた瞼を開いた葵の目に飛び入ってきた光景だ。


 明らかに、教室でも、日本でもない場所。

 まだ西洋という可能性が残されているが、葵たちクラスの人間を取り囲む人たちの服装や装備を見る限り、この世界が地球である可能性が低いだろう。




 だがそんなことよりも――




(……結愛の姿が見えない)


 クラスメイトは何個かの集団に分かれており、位置関係は召喚前とは変わっていないと思う。

 なら、結愛は葵の傍にいたはずだ。

 葵は結局、結愛を魔法陣から退かすことができなかった。


 それなのに、結愛の姿が見えない。

 焦燥感に駆られる。


 頭を振り、焦っても仕方がないと周囲を観察する。

 まず目を引くのは、やはりファンタジー感のある城と町並み。

 次に事情を飲み込めず、言葉すら満足に発せていないクラスメイトたち。

 葵たちの足元にある魔法陣と、葵たちを――というよりは、魔法陣を取り囲む四種程あるローブを着用した杖を持つ人たち。


 やはり、一昔前に流行った異世界モノによくある展開が起こったと考えることができるはずだ。

 ならなんで、結愛がこの場にいないのか。

 クラスメイトの人数を確認したが、葵と先生を含めて三十一人。

 人数に変わりはない。


 深く息を吸い、吐く。

 焦っては本来見つけられるはずだった可能性を見失ってしまうと、そう師範に教えられた。

 可能な限り冷静に考えて、なるべく多くの可能性を見出して、最適解を選ぶ。

 そうだ。

 結愛みたいな鋭い直感も、師範みたいな未来視の如き予測もできない俺にできるのは、それだけだ。


 焦るな。

 怒りに囚われるな。

 落ち着け。

 落ち着いて、今の状況観察から推測できる可能性を出していけ。


「ふぅうううううう」


 大きく息を吸って、敢えて音を出して息を吐く。

 俺は冷静になったのだと、自己暗示を掛けるように。


 少し落ち着いた思考で、考察し、可能性を探していると、ふと、クラスメイトがざわつき始めた。

 疑問に思い、クラスメイトの向ける城の入口に視線を転じると、そこには先程までいなかった人影が三つあった。


 先頭を歩くのは、腰まである透けるような長い金髪と大きな翠眼を持つ少女。

 年齢的には十二から十五くらいに見える。

 丁寧な所作でこちらに歩いてきており、城と同じ白亜を基調に、金の刺繍をあしらったドレスは、少女の可憐さを引き立てている。

 頭に乗っている太陽光に反射しキラキラと煌く宝石の埋め込まれたティアラが、少女の身分を示している。


 向かって少女の左側にいるのは、黒い執事服を来た壮年の男性だ。

 白髪は後ろで小さく揺れていて、少しだけ蓄えられた白髭は男性の紳士感を引き立たせている。

 穏やかな瞳と、左目に掛けられたモノクルは、執事の聡明さを引き立てている。

 長袖の執事服で見えないが、服の下にはきっと鍛えられた肉体が隠されているのがなんとなくわかる。


 少女を挟んで反対にいるのは、まだ二十代ほどに見える赤髪碧眼の筋骨隆々の男性。

 執事が頭脳派なら男性は筋肉派、少女を挟むように歩いているのは、護衛の目的もあるだろう。

 二人とは打って変わりかなりの軽装で、その鍛え上げた肉体が惜しげもなく晒されている。

 腰には日本ではまず見ることのない目立った装飾のない剣が差されている。


 ローブの人たちが葵たちを召喚した実行犯なら、彼女ら三人が計画犯だろう。


 少女は一番近いクラスメイトの塊の傍で立ち止まり、丁寧に腰を折った。


「始めまして。私はアルペナム王国第二王女、ソフィア・W・アルペナムと申します。まずはこちらの勝手な都合でお呼び立てしてしまったこと、謝罪いたします」


 ソフィアと名乗った少女――否、王女に倣い、執事も会釈する。

 赤髪の男性は腕を組んだまま、ジッとクラスメイトを油断なく観察している。

 やはりあの男は護衛に当たるのだろう。


 王女と執事ならどうにかなりそうだが、あの男には十中八九勝てない。

 実力行使はできないと判断し、更に頭を回転させる。


「……えっと。今の状況を説明することができるのですか?」


 王女の謝罪に応えたのは、先頭の塊にいた小野日菜子の幼馴染、二宮翔だ。

 結愛に負けず劣らずのハイスペック男子という噂を聞いたことがある程度の認識だが、そんな男子も王女の可憐さに戸惑っているように見える。

 いや、単純にこの状況をまだ飲み込めていないからこその戸惑いかもしれないが。


「はい。恐らく、あなた様方が抱いている疑問の殆どは、私どもが答えられるかと」

「そう……なんですか」


 翔は困ったように頬を掻いている。

 どうすればいいのかわからず、龍之介に視線を送っていた。

 それを受けた龍之介は逡巡し、王女のもとまで歩き、ぎこちなく挨拶した。


「始めまして。私はここにいる子どもたちをまとめている者です。状況の説明をできるとのことですか、その前に確認したいことがあります」

「はい」

「あなた方について行った場合、私達の身の安全の保証はあるのでしょうか? 身柄を拘束されるなど、こちらに不利益になることがないと、言い切れるのでしょうか?」

「はい。あなた様方の身の安全は、私が保証いたします。ですので、私たちの話を聞き、判断して――」

「ちょっといいか」


 龍之介の質問に丁寧に答える王女の言い草に、かなり違和感を覚えた。

 こちらを騙すとかそういった類のことではなく、「身の安全は保証する」に部分。


「一緒に召喚されたはずの結愛がこの場にいないんだが、あんたたちは何か知ってるか?」

「……少しお待ち下さい」


 王女はそう言ってクラスメイトたちを見渡した。

 ものの数秒で驚いた表情になり、左側の執事の耳打ちをしている。

 嫌な予感がする。


 葵のそれは的中していたのか、王女に耳打ちされた執事は驚きを表情に出し、すぐさま王女に頭を下げて城の方へとんでもない速度で走っていった。

 先程、執事ならどうにかなると思っていたが、とんだ計算違いだったと考えを改めて、焦る心を抑えて王女に問う。


「……なにか問題が?」

「……はい。大変申し訳無いのですが、我々が想定していた召喚数から少し多くの人数が喚ばれてしまい、召喚の魔術の影響下にあったのであれば……ここではない場所へと召喚された可能性があります」


 王女は申し訳無さそうに俯いた。

 その王女の姿に、言葉が出なかった。

 態度とか、言葉遣いとかに腹を立てたわけではなく、ただ単純に放心してしまった。

 大切な家族の安否が不明だという一点において。


 どうにか頭を働かせ、ようやく理解した状況は最悪に等しいものだった。

 召喚のミスで結愛がこの世界に召喚されたかどうかもわからず、もしされていたとしたら安全ではない場所へ召喚された可能性もある。


「……つまり結愛は、今どこにいるかも、いま安全な場所にいるかもわからない、ということか?」

「はい。申し訳ございません。我々の失敗です。早急に各国へと伝達し、捜索いたします」


 口に出し、改めて問い、肯定されたその内容は、まさに最悪。

 王女の言葉を聞き、深く深呼吸する。

 焦りが怒りに変わる前に、この場を去らねばいけない。

 でなければ、迷惑がかかってしまう。

 そう判断できるうちに、早く。


「――わかった。じゃあそっちは急いで情報を伝達してくれ。俺は俺で探す」

「え、あ、お待ち下さい! お一人で捜索なされるのですか?」

「そう言ったと思うのだが? なにか不都合でも?」

「街の中は比較的安全ですが、外に出れば話は別です。魔物と対峙する可能性もありますし、賊などが襲ってくるかもしれません」

「それがなんだ? 襲ってくるなら全部撃退すればいいだろう」

「あなた様が戦えると仰るのであっても、私どもとしては話を聞いていただきたいのです。できるだけ、あなた様方の身の安全を守りたいのです」

「――身の安全を守る?」


 本当なら、目の前の王女を問い詰め、責任の言及をしたかった。

 だが、今この瞬間も結愛が危険にさらされているかもしれないと考えると、何を優先するかは感情で行動しやすい葵でもわかる。

 街へ降りて外に出ようと振り返る。

 説教などあとでいくらでもできるのだから、今は結愛の捜索が最優先。


 だと言うのに、目の前の王女はわけのわからないことばっか宣う。

 だからその言葉は、大して長くない葵の堪忍袋の緒を簡単に断ち切った。


「お前、頭のネジ飛んでんじゃねぇか? 俺たちの身の安全を守る? 自分たちの不備で結愛を危険に晒してるかもしれないお前らが? ――いい加減にしろよ」


 焦りが怒りへ。

 静かに、淡々と、怒りの言葉を紡ぐ。


「てめぇらは神か何かか? 不手際で人の命を奪えるほど偉いのか? だいたい不手際ってなんだよ。そのせいで人の命を奪うことが予想できなかったのか?」

「いえ、決して……そのようなことは」

「だったらなんで! 不手際なんて起こしてんだてめえら! 最初から最後まで、なんで細心の注意を払わない!?」


 葵の怒りに。その言い分を理解しているからか、やはり申し訳無さそうに俯く王女。

 その態度が、余計に葵の怒りを助長させる。

 声が大きくなり、言葉遣いが荒くなり、もっと間近で怒りをぶつけようと王女に歩み寄る。


「てめぇらがどんな理論でこれを安全だと思ったのかは知らねぇが、不測の事態を考えて備えるべきだろうが!? それを怠ったてめぇらを信用できるとでも思ってんのか!?」

「……」


 王女は俯き、何も喋らなくなった。

 いちいち癪に障る王女の行動に、歯ぎしりする。

 王女の肩を掴み、顔を上げさせて、真正面から言葉をぶつけようと更に距離を詰める。


 だがその間に、自然な流れで赤髪の男が割り込んできた。


「どけよ。俺はあんたじゃなくてそっちの王女様とやらに用があるんだ」

「それは難しいお願いだ。王女殿下を守るのが私の役目なのでね」


 男を睨みつける。

 渾身の睨みつけを、男は飄々と受け流す。


 そして――


「っと、危ないな。いきなり殴ってくるなんて、あんたらの世界は野蛮だな」

「その野蛮な行動に対応できるお前も野蛮だろうが」


 なるべくノーモーションで放った不意打ちの打撃は、いとも容易く受け止められた。

 勝ち目はないと予想していたが、それは思い違いではなかったようだ。

 しかも、掴まれた手はびくともしない。


「違いない。――で、これ以上続けるなら俺も反撃するが?」

「――」


 正直、嬉しい誤算はあった。

 あったが、その誤算を持ってしても、この男には勝てない。


 葵の怒りを真正面から受け止め、苦し紛れの煽り文句を受けてなお、飄々とした態度を崩さない男。

 すなわち、葵の完全敗北だ。

 深呼吸を一つして、一歩下がる。


「いや、やめておく。勝てない勝負をするときじゃないからな、今は」

「そうしてくれるとありがたい。時間は大事だからな。それと、気休めにしかならないだろうが一応伝えとくが、さっき城の中に走っていった爺が王に今の召喚で起こったことを伝えに行ってる。そのまま各国に伝達され、今日中にでも捜索隊は出るはずだ。これで我慢してくれ」

「一つ聞かせろ。俺が一人で外に捜索しに行った場合、どうなる?」

「そうだな。運が良ければなにもないだろうが、運が悪けりゃ死ぬな」

「……わかった。じゃあさっさと案内してくれ」

「時間を取らせたお前が言うセリフじゃないが、そうするのが一番だな」


 先程、王女から似たようなことを聞かされ、そして一蹴した言葉だが、自身に勝った相手の言葉だ。

 素直に受け取った。


「それではソフィア王女。案内を」

「――あ、はい。では皆様。こちらです。ついてきてください」


 男からの言葉を受け、少し放心していた王女は身を翻し案内を初めた。

 それに、男と葵が追従する。


「あんたらもだ。早く着いてこい!」


 葵と男のやりとりで完全に置いてけぼりにされていたクラスメイトたちは、いきなりの移動についていけていなかった。

 それに気がついた男の一声で状況を認識できたのか、慌てて葵たちの後を追ってきた。







 * * * * * * * * * *






 王女の先導で辿り着いたのは、とても微細な装飾の施されたかなり大きな扉の前だった。

 高さ三メートルはくだらないだろう大扉を、両端に立つ頭以外を甲冑に身を包んだ騎士と思しき男性たちが開ける。

 重厚な音を立てて、扉は開いていく。

 完全に開かれた扉の敷居を跨ぎ、王女は恭しく一礼する。


「召喚者様三十一名、お連れいたしました」

「よく来てくれた召喚者様。言いたいことも多くあるとは思うが、一先ずこちらへ」


 広大な空間に、中央に敷かれた長いレッドカーペット。

 レッドカーペットを挟むように立ち並ぶ一抱えできなさそうな白亜の円柱。

 そしてその先には、豪華絢爛な玉座とそこに座る初老の人物が、王女の言葉に答えた。


 誰が見ても王だとわかる白を貴重とした綺羅びやかな服装に、風格と風貌を備えた初老くらいの人物だった。

 王女と同じ金色の長い髪を後ろに垂らし、頭には王冠が載せられている。

 そんな王は、葵たちを“召喚者”と呼び、とても王とは思えない態度で葵たちを出迎えた。


 王の右側には、若い人から年老いた人まで様々な人物が十人、左側には全体的に年老いた人物たちが十一人並んでいる。

 王の玉座に登るための階段前まで案内した王女は、葵たちに一礼し、赤髪の男とともに王の左側に並んだ。


「私はこの国で王を務めているアーディル・A・アルペナムと言う。まずは召喚に応じてくださいましたことに、深く感謝いたします」


 王の言葉に突っ込みたいことはあったが、話の腰を折って時間を浪費するのも無駄なので、王の言葉にざわつくクラスメイトごとスルー。


「最初に明言しておくが、私たちこの世界の人間が、召喚者様に大戦を強制したり、何かを命令したりすることはない。また、私たちの願いを聞いていただけなかったとしても、召喚者様の衣食住は保証させる。これは、各国を代表する人間たちの間で交わされた盟約だ。どの国、どの町に行っても、それは変わらない」


 王の言葉が真実だとするならば、これでこの世界での生活を気にする必要はなくなった。

 交渉次第では、結愛の捜索に関することでも助力が見込めるかもしれないが、取らぬ狸の皮算用になる可能性がある。

 尤も、赤髪の男の言葉があるので、助力を頼める可能性は高いと見ていいだろう。


「さて、ではあなた方を“召喚”し、私たちが召喚者という理由を説明しよう――」


 王の口から語られたのは、数十年前には使い古された異世界召喚モノラノベのテンプレだった。


 曰く、この世界では五千年もの間、人間と魔人が絶えず戦争をしている。

 曰く、その原因は、数百年周期で誕生する魔王に起因する。

 曰く、回数を重ねるごとに、魔人や魔王と言った“魔王軍”の戦力が増し、また魔王誕生の周期が早まった。

 曰く、今回の魔王軍の戦力は今までの比ではないくらいに高かった。

 曰く、本来なら対魔王軍として、文字通り戦争のための兵器として力の一部を継承し続けていた“勇者”が、個人の理由で大戦に参戦しない。

 曰く、このままでは人間に勝利はなく、どうにか手を打たなければならなかった。

 曰く、過去の記憶を持ち、赤子に生まれ変わる“転生者”が、異世界からの“召喚”を提案した。


 まとめるとこんなところだ。

 その後、過去の文献や初代勇者の遺した書物や施設などを調べ上げて、比較的魔術の中でも難しいとされる“空間干渉”の術式を解明し、こうして“召喚”に成功した、ということらしい。

 ただ、結愛の召喚が完璧なのか、という点において、成功と言い切れるかどうかは怪しいところだ。


「ただ、先程も言ったように、私たちは召喚者様に大戦を強要するつもりはない。故に、召喚者様個人の意志で決めてくれ」


 王の言葉を聞いて、龍之介がおずおずと手を挙げた。


「……今この場で話し合いをしてもよろしいでしょうか?」

「構いません」


 龍之介は王に謝辞を述べ、クラスメイトを纏める。

 そのまま率直に、王のお願いをどうするか、という本題に入る。


 ただ、龍之介が纏めているとはいえ、やはり現実離れした現実を前に、クラスメイトは落ち着かず、未だに目の前の出来事が夢なんじゃないかとか、実はまだテレビのドッキリかなにかなんじゃないのかとか、とにかく実のない会話が垂れ流される。

 まさに時間の浪費。


 付き合うだけ無駄だと判断し、一応の礼儀として断りを入れることにした。

 できれば目立ちたくないが、時間を大事にしたいため、挙手をして注目を集める。


「あんたたちの空虚な会話に付き合って、時間を浪費したくないから俺はここで抜けるぞ」

「……は?」


 その傲慢とも言える言葉に、誰かが疑問とも、怒りとも取れる声を上げた。

 同時に、クラスメイトの誰もが、「何いってんだこいつ」という視線を向けてきている。


 (だから注目は集めたくないんだ。対人関係には昔っから難があるんだし……)


 内心ボヤきつつ、状況を飲み込めていないだろうクラスメイトに少し掘り下げた説明をする。


「あんたらの現実を見ない会話を聞いてると、ただただ無駄な時間が過ぎていくから、俺は一人で行動するって言ったんだ」

「……お前、さっきから何なんだ。俺たちのことを鑑みずに自分勝手に行動して。さっきあの赤髪の男に殴りかかったのだって、一歩間違えてたらどうなってたかわからなかったんだぞ」

「だから、過去の話をしていても仕方ないだろって言ってんだ。これからのことを考えろよ」


 真っ先に声を上げ反論してきたのは、学校一のタラシと名高い中村隼人なかむらはやと

 自称地毛の明るい茶髪に整った顔立ち、勉強も運動も上の上を維持している人間だ。

 そんな頭のいい男でも、この状況をまだ把握しきれていないのか、結局言ってることが戻ってきている。


 立ち上がり、葵より高い目線から顔面を近づけ睨みを効かせてきていても、言っていることに正当性がなければ怖さも激減だ。

 いや、正当性はあるが、間違った答えと言えるだろうか。


 ともあれ、そんなわけで隼人の言葉に、何の共感も得られない葵は、これ以上の会話は無駄だと隼人に背を向ける。


「お前は他人のことを思いやる心がねぇのか?」

「ほとんど関係ない他人を思いやれるほど、余裕のある人間じゃないんでね、あと、気遣いのできない人間だと思われるのも癪だから一つだけ。王様の言った言葉が真実なら、とっとと現実を認めて、食客でもなんでも、大戦が終わるまでこの世界で自堕落に過ごすといいと思うぞ」


 後ろを向いているため、クラスメイトがどんな表情をし、どんな感情をぶつけているかはわからないが、十中八九負の感情だろうな、と今までの経験則から予測する。


 そのままレッドカーペットを真っすぐ歩き、王の御前で跪く。


「始めまして。礼儀のなさには目を瞑っていただけると幸いです。俺は綾乃葵。不躾ではありますが、俺も先に明言しておきます。俺は基本的に、俺の目的のために動きます。そちらの執事から聞いているとは思いますが、俺は行方不明になった結愛の捜索に重きを置きます。それを承知していただけるのであれば、俺は大戦に関わっても構わないと思っています」

「構わないとも。意思の尊重は私たちの守るべき義務なのだ。こちらも全力で捜索させてもらう」


 予想通り、結愛の捜索の助力は望めた。

 どれほどの助力が望めるかはわからないが、後で詳しい話を詰めよう。


「ありがとうございます。詳しい話はまた後に」

「そうだな。後に一度呼び出しをさせてもらう」

「はい。それともう二つお願いがあるのですが、よろしいですか?」

「言ってくれ」


 思った以上に寛容な王に、図々しいが必要なことだと割り切ってお願いをする。


「ありがとうございます。まず一つ目。できるだけ沢山の書物を読める場所に自由に出入りできる権利を貰いたい。この世界の歴史や地理、自分たちのいた世界とこの世界の違いなんかを知識として覚えたい」

「構わない。王城内に図書館がある。そこでなら、葵殿の希望は叶えられるだろう。司書には手の甲の魔法陣を見せ、召喚者だと名乗れば通してもらえるだろう。足りなければ、王城ここを出て左に直進すれば、王立の図書館がある。書物の数は人間の国の中で最大だ。こちらは出入り自由だ。図書館の規則を守れるのであれば自由に使うといい」

「ありがとうございます。では二つ目。先程言ったように、俺のいた世界とこの世界では色々と違いがあると思っています。歴史や地理なんかの知識は書物に残されていると思いますが、わざわざ常識を書いた書物があるとは思えないので、その部分を補うために常識を教えてくれる人間を一人寄越して貰いたい」

「承知した。後を追わせよう」

「ありがとうございます」


 王の寛大な配慮に、深々と頭を下げる。

 顔を上げ、視線を王の左にずらし、王女へと視線を向ける。

 突然目があった王女は少し肩をビクつかせる。


 先程、怒声を真正面からぶつけ、挙げ句掴みかかろうとした相手にいきなり視線を向けられれば、女の子であればビビるだろう。

 だからこそ、今言わなければならない。


「王女様」

「は、はい」

「先程の無礼、誠に申し訳ありませんでした。大戦が終わり、自分のやるべきことが終われば、いくらでも罰は受けますので、それまでは黙認していただけると嬉しいです」

「あ、いえ。気にしないでください。ラティーフ騎士団長が事前に防いだので未遂です。特に罰することもありません」

「……寛大な配慮、痛み入ります」


 腰を折り、立った状態でできる最大限の謝罪を行う。

 王女は王と同じく寛大な心で葵の謝罪を受け入れた。

 それに感謝し、頭を上げる。


 そのまま全体に軽く頭を下げ、退出のために踵を返して扉に向かって歩く。




 色々と複雑な感情を孕んだ視線を、今までの比ではないくらいに背中に受けながら。



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