第6話 アイを追って想いを乗せて

 スッ。


 重そうな剣なのに、まるで羽のように持ち上がる。マナソードを天に掲げると、徳の体は自然と天界へ昇って行く。





 ――天界。


 マナソードに導かれ、天界の階段を上る徳。周りの景色は違っていても、雲の上に居る今でさえ、あまり別世界に来た感覚は無かった。


「アイ……どこに居るんだ?」


 ひたすら続く天国の階段を、マナソードの力で一気に駆け上がる。するとようやく異次元の世界へ来た事を感じさせるような、大きな城が目に入る。


「あそこだ……きっとあそこに居る気がする」


 ビュンッ!


 疾い。目視しただけでは遥か彼方の距離さえも、今なら一瞬で移動出来る。


「アイっ、アイ!」


 その名を叫びながら、城内を飛び回る。道中で天使達の姿が視界の隅に入ったが、どれもアイとは違う。白い翼の生えた者達ばかりだ。


「居ない……いや」


 マナソードが、進むべき場所へ向かう為に徳自身と共鳴しているのだろうか。一際強い反応がその手に感じられる。


「ここだぁああああ!」


 見るからに強固な扉。他の部屋と比べても豪華な造りのそれをぶち開けると、そこには城内で見かけた天使を全部合わせても多い。数々の天使達の姿。


「何だ貴様は!」


「こっ、こいつは人間じゃ!」


 天使達がざわめく中、徳はキョロキョロと部屋の中を見渡す。


 小柄な天使も居れば、他より何倍も大きな者も居る。そして、徳の探していた者の姿も。


「徳……さん?」


 ポツリ。


 徳の名を呟いた途端、慌ててアイは口を閉じた。


「あら、この方は魔人が目を付けていた人間のようですね」


 他の天使達は人間の、それも少女や若い女性のような容姿がほとんどだった。アイの一番近くに居る女性。その見た目は確かに美しい女性だが、他の天使達と比べて何倍も大きな、天使の中に紛れた巨人のような存在。


「ケコンシキー様、ここは我々が」


「ええそうよ、ケコンシキー城に人間如きが入って良いわけがない!」


 ヒュヒュンッ!


 白い翼の天使達が見事な陣形で動き出す。半分は大きな女性を守るように飛び固まり、もう半分は一斉に徳を狙って剣を突き出す。


「おやめなさいっ!」


『っ!?』


 一際大きな女性が叫ぶと、天使達は一斉に動きを止めた。


 見た目の大きさだけじゃない。明らかに他の天使とは力の差が、存在自体の大きさが違い過ぎる。


「ようこそ、ケコンシキー城へ。私は女神ケコンシキーと申します」


「悪いがすぐに帰るから、おもてなしは結構だぜ。モチロン、アイを連れてだけどナ」


 ガシッ!


 ケコンシキーの大きな手が、アイの体を掴んだ。


「それは出来ない相談ですね、この使途はイケナイ事をしたのですから」


 ギュウウウウウッ!


「ぐっ、アァアアアアア!」


 穏やかな表情のまま、ケコンシキーは手にほんの少しだけ力を加えた。するとその中に居るアイは悲鳴を上げた。


「このっ、止めろ!」


 徳が一瞬にしてアイの元へと移動して、力任せに巨大な手に斬りかかる。が。


 キィイイイイン!


 ケコンシキーの近くを飛び回っている天使に、あっさりと攻撃は止められた。


『ナニをしているオロカモノ!』


「えっ、ハーキョック?」


 手にしているマナソードから、ハーキョックの声が聞こえてきた。徳も、周りの天使達も驚きを隠せない様子だが、ケコンシキーだけはその声が聞こえてきても相変わらず穏やかな表情のままだ。


『力の無い貴様が力任せに攻撃してどうする。マナソードはかつて弱い人間が大悪魔を倒した事もある剣だ、その力を使え』


「その力……って、魔力じゃないのか?」


『オロカモノめ。人間の……想いの力だ』


 ぎゅっ。


 徳はマナソードを握り締めた。闇雲に剣を振るうのではなく、何の為に剣を持ったのか考えた。それはアイを、愛する女性を救う為。


「俺は……アイが好きだぁあああああ!」


 ドゴォオオオオオン!


 想いを込めた一振り。さっきまでは歯が立たなかった、ケコンシキーを纏うように存在していた天使達が一気に吹っ飛んだ。


 ドコォオオオオン! ドコォオオオオン!


 剣を振るう度に、多くの天使達がその力で吹き飛んで行く。数え切れないほどの天使達が存在していた空間には、もう邪魔者は居ない。只一人、巨大な存在を除いては。


「ああ、だからおやめなさいと申しましたのに」


 天使達が次々と倒されていく中。一人の人間がマナソードの力を引き出して無双する光景を目の当たりにしてもケコンシキーは顔色一つ変えていない。


「アイィイイイイイっ!」


 キィイインッ!


 渾身の想いを込めた徳の一撃は、届かなかった。


「なっ!?」


「かつては大悪魔をも倒した剣。確かに素晴らしい物ですが、貴方の想いはそれに遠く及びません」


 バシィッ!


 ハエを追い払う程度に軽く手を振った。徳の目にはそう見えたが、とてつもない力で体が弾き飛ばされた。


「その剣を使って大悪魔を倒した者は、勇者と呼ばれていました。彼は魔物達に故郷を襲撃され、家族も恋人も無残に殺され、復讐の為に立ち上がったのです」


 ひょい。


 徳の体を摘まみ上げて、ケコンシキーは言葉を続ける。


「長い長い旅路でした。道中で立ち寄った村々でも、同じように魔の手が襲ってくるのを幾度と無く体験しました。殺されていく罪の無い人々、そんな人を何人も見てきた勇者は一層魔物に対して敵対心が強くなってきました」


 ドンッ!


 悪戯に手を離し、徳の体が地面に叩き落とされる。


「決して自分だけじゃない、人間そのものを守ろうとした使命感。それほどの想いで、ようやく大悪魔を倒せる程の力となるのです。会ったばかりの、たった一人の相手に対してそんな想いの力は……無いのですよ」


 ズゥウウウウウン!


 巨大な拳を、徳の体を潰すように振り下ろす。


「ケコンシキー様、もう止めて下さいっ!」


「ふふっ、構いませんよ」


 スッ。


 ケコンシキーが手の力を緩め、アイはその場にゆっくりと降ろされる。まさか本当に許してもらえたのか。一瞬そんな都合の良い事を考えていたアイの前に、一本のナイフがカランと音を立てて落とされた。


「後はどうすれば良いか、分かりますよね?」


 ぎゅっ。


 落ちたナイフを拾い上げたアイは、徳に一歩近付いた。


「…………」

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