第4話 もうお前ら付き合ってしまえ

 徳は迷った。心地よい温もりを噛み締め続けるか。それとも少女の要求を、愛する女性の願いを聞きいれるか迷った。


 バッ!


 徳が心苦しく葛藤している間に、少女は徳の腕から脱出した。


「私達の話を聞いていましたか。私は、貴方を殺めようとしていたんですよ」


「知ってるさ、でも覚えてる。君がその時涙を流して躊躇った事を」


「それはっ、私が天の使命を全う出来ない未熟者だから……」


「とにかく俺は君が好きだ。愛している、どうか付き合って下さい!」


 戸惑う少女。それに対して徳は一歩も引かずに愛を全力でぶつける。懸命に、真っ直ぐに、好きだと言う気持ちを乗せて。


「っと、そうだ名前。まだ名前聞いてなかったナ、教えてくれ」


「……アイ」


「良い名前だ。アイ。アイちゃん、アイタソ……どんな呼び方も可愛いな」


 ニヤニヤとした顔の徳は、アイの名を何度も連呼した。名前を呼ばれる度に、アイは恥ずかしそうにピクリ、ピクリとその都度反応を見せる。


「可愛過ぎる……流石は俺の天使様。いや、アイは本物の天使ってやつかナ」


「も、もぉあんまり名前で呼ばないで下さい」


 ぷいっ。


 そっぽを向く。しかし、決して嫌っている者の取る態度では無い事は誰の目から見ても明らかだった。


「ククク……ハァーッハッハッハ!」


 徳とアイのやり取りをそれまで沈黙を貫いて見ていたハーキョックが、突然大きな声で笑い出した。


「もうお前ら付き合ってしまえ」


「ありがとうお義父さん!」


「ええい俺様は魔人だ、天界の奴とは無縁だオロカモノ」


 ガシッ!


 ハーキョックが徳とアイの肩を掴み、両者を向かい合わせる。


 ドキドキ。


 徳の目の前に、白い天使のような女の子。自然と視線はその小さく柔らかな唇に向けられていた。


「さて、恋人同士は……」


「幸せなキスをするのですぅ。キース、キース!」


 フリンがはやし立てると、ハーキョックがジリジリと力を加えて二人の距離が段々と近付いてくる。


 ドキドキドキドキ。


 柔らかな。触れた事は無いがきっととても柔らかなアイの唇が迫ってくる。体験するまでも無く、それに触れれば幸せが訪れる事は確定極まりない。


「っ!?」


 徳の前から、アイの唇が隠れるように離れていく。アイ自身がそうしたわけではない、ハーキョックが二人から手を離したから。そして、その姿が無くなっていたからだ。


「離れてっ!」


「えっ?」


 ――ズドォオオオオオオオオン!


 アイがその場から離れようと、徳に手を伸ばした瞬間に聞こえた爆音。気が付けば、周囲の地面が一部まるごと無くなっていた。


「おや、ちょーっと手元が狂ったか?」


「ヴァ、ヴァーカップル……様」


 爆発の後に舞った土煙の中から姿を見せたのは白い羽。天使の翼でバッサバッサと羽ばたきながら現れたのはアイよりも少し年上に見える、彼女もまた白い少女だった。


「あのさぁ、何でお前が人間と一緒にいるわけ?」


「そっ、それは……」


 その姿はちょうど徳の頭上。一体彼女が何者なのか、どうしていきなり攻撃をして来たのかと疑問に思うよりも先に、白いヒラヒラの服からパンツが見えないかと徳は必死で目を凝らしている。


「おっ、おい人間風情が何を見ている!」


「徳さん危ないっ!」


 ――バシィッ!


 それは一瞬だった。


 徳は誰よりも、その瞬間だけは誰よりも空を舞う白い少女の姿を、もといパンツを見ようと必死に目を凝らしていた。それでもその動きはまるで見えなかった、きっとおそろしく早い手刀でも食らわせたのだろう。彼女が地面に降りた事に気付いた時には、寸での所で徳を庇ったアイがその場に倒れ込んでいた。


「アイ!」


「ああん、コイツの事か?」


 ゲシィッ!


 地面に倒れているアイを、まるで邪魔者と言わんばかりに蹴り飛ばす。


「はぁーあ……アタシ様がどっかの悪魔に盗まれた預言書を取り戻す下っ端の仕事をしてるってのに、人間に姿見せて油売ってるなんて良いご身分だな!」


 ゲシィッ! ゲシィッ!


 白い羽の生えた少女は、八つ当たりと言わんばかりにアイを蹴り飛ばす。


「おいやめろ!」


 徳がそれを制止させようと割って入る。が、それでも少女はアイを蹴り飛ばす行為を止めなかった。


「大天使……いや、ラヴリエルの奴が死んだから時期に神となるこのアタシ様が、たかだか人間の言う事なんか聞くかよ!」


 ゲシィッ!


「やめろぉおおおおッ!」


 カッ!


 徳は目を見開いた。白い少女の姿をじっくりと見つめる。魔力の効果で、操ってでも今すぐに止めさせたかったからだ。


「人間の癖に魔力? まっ、大天使様にそんなん効かねーよ」


「クソッ、てか天使ならアイと同じだろ! 仲間じゃないのかよ!」


 ピクリ。


 その時、ただなすがままに蹴られていただけのアイの体が動いた。


「ハァ? お前人間に自分の事天使だって吹いてたのかよ」


 ガスッ!


 ヴァーカップルはアイの体を踏みつけるようにして、脚を下ろす。


「いっ!」


 徳は足蹴にされているアイを見た。震えている。怖いからじゃない。悲しいからでもない。きっとそれは、悔しいから震えているのだろう。


「ごめんなさい……私、天使なんかじゃありません。私は……使途です」


 涙。


 苦しそうに告白したアイの顔からは、それが確かに流れ出ていた。


「……関係ないよ」


「えっ」


 それは涙を流さないようにするためか、泣いている顔を見られたくないからか。必死に目を閉じていたアイは前を向いた。そこにはアイの顔を覗きこむように、しゃがんで見つめてくる徳の姿。


「使途って言ったって俺には良く分からないけど、アイは俺の天使だ。俺はアイが何者でも、きっと好きな事に変わりは無い」


「徳川……さん」


「徳で良いよ。さっきアイにそう呼ばれた時も嬉しかったしナ」

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