第2話 徳はパンツが見たかった
「えっと、君は――」
ダダダッ!
徳が少女に歩み寄ろうとするより先に、少女は逃げるように駆け出した。そして一度だけ振り向いて……。
「どうかっ、どうかお願いですから恋人を作らないで下さい!」
「おっ、おいってうわぁああああ!」
――ビュウウウウウウウウウウッ!
強風。目の中に風の冷たさが染みてくるような強風に、思わず目を瞑る。
「ハァーッハッハッハッハ! 貴様が徳川徳之助だな!」
聞こえてくるその声は、少女の物ではない。
「ハーキョック様ぁ、さっきの子は追わなくて良いのですか?」
聞き覚えの無い声。それが聞こえてきて強い風がようやく止んだかと思えば、目の前には背の高い浅黒い男と褐色肌の少女の姿。そのどちらも宙に浮いており、少女の方は背中の黒い羽で羽ばたいている。
「フン、そんなザコをいちいち相手にせんで良い。俺様の目的を忘れたのかオロカモノめ」
むんずっ。
男が手を伸ばした先、それは褐色肌の少女の胸。いわゆるおっぱいだった。先ほどの天使のような白い肌の少女と身の丈はさほど変わらないのに、断然こちらの方が大きな胸。そんなぶるんぶるんのおっぱいが男の手の中でたゆんたゆんと揺れ動いている。
「おほぉおおおっ!」
目の前で暴れ出すおっぱいに目を奪われ、徳は思わず声を漏らす。突如として現れた男が何故宙に浮いているのか、黒い羽の生えた褐色肌の少女は何者なのか。それと、さっきの可愛らしい白い少女は何故、涙を流していたのか。
教えてくれるなら聞きたい事が山ほどあったが、今の徳は完全に目の前のおっぱいが揺れ動く様を見ることにしか頭が働かなかった。
「あんっ、ハーキョック様ぁ。徳川さんが見てますよ」
「ああそうだな。まるで餌が見えているのにそれを他の犬に目の前で平らげられた哀れな野良犬のような顔。当然恋人は居ない、間違いなく童貞の男……ククク、やはりこいつだ」
ハーキョックと呼ばれた浅黒い男はドラキュラのように長く鋭い歯を見せながら妖しく笑うと、おっぱいから手を離して地に舞い降りた。
「喜べ、そして敬え俺様を。俺様は一生恋人の出来る事のない運命だった貴様に、恋人を作ってやるためにやって来た魔人。その名も、ハーキョック様だ!」
「わっ、私は使い魔のフリンです」
徳の目の前には見知らぬ二人。それも自らを魔人や使い魔と名乗る面妖な者達。ハーキョックが言った言葉を思い出して、徳はブンブンと首を横に振った。
「いやいやいや、一生恋人が出来ないどころか北条さんに告白されてるし、その上見知らぬ美少女にも求愛されたばっかりだし適当な事を言うな!」
「なに? おいフリン、貴様ちゃんと調べてきたのではないのかオロカモノ!」
ポカッ!
フリンの頭にゲンコツが落ちる。するとフリンは涙目になりながら分厚い本を取り出してパラパラとページをめくる。
「あぅう、間違いないですよ。預言書によれば徳川さんはクラスメイトの女子に告白されたと勘違いしてドヤ顔で好きだと伝えてキモがられてショック死する運命ですよ」
「なにぃ、しかも振られた傷心で自殺ではなくショック死なのか!? 面白そうだからこのまま放って置くのも良いアリだな」
「そっ、それだと魔界に戻れなくなっちゃうじゃないですか~」
勘違い。振られる。キモがられる。ショック死。運命。
ハーキョックとフリンの言葉が徳に突き刺さる。が、いきなり現れた得体もしれない者達の発言を素直に信じられなかった。
「ハンッ、そんな事……あっ、そうかわかったぞ。悪魔だって言ってたし、きっと俺と北条さんの仲を引き裂こうとしているんだナ?」
「あうぅ、信じて下さいよぅ。それとハーキョック様は悪魔ではなくて魔人ですよぅ」
「嘘だ嘘だゼーッタイ嘘だ! 悪魔だか閻魔大王だか知らないけど、俺は今日から彼女持ちのリア充ライフをキャッキャウフフと満喫するんだーい!」
徳は認めない。告白されたのが勘違いだと言う事実を。真実を告げても、その事を全く信用していない徳に対し、フリンは困り顔でハーキョックを見た。
「やれやれ、人間はバカが多いから直接分からせるしか無いな」
カッ!
ハーキョックの瞳が大きく開いたと思った瞬間。徳はフラリと身体のバランスを崩しそうによろめいた。トロンとまぶたが急に重くなったような。暖かい布団に包まれてまどろむような、そんな感覚だった。
「さて、徳川徳之助。まずは俺様の事をハーキョック様と呼ぶようにしろ」
「ウッ……ハ、ハーキョック様」
「ガハハハ、人間は操り易くて面白いな」
パチン。
ハーキョックが指を鳴らすと、徳は電気ショックを浴びたかのように身体をビクンッと震わせて目を覚ます。
「ハーキョック様……ハーキョック様……って、なんだ今のは!?」
「言っただろう、俺様は魔人ハーキョック様だと。ほんの少し魔力で貴様を操っただけだ」
「魔法……ってやつか」
催眠術をかけられた事など一度も無いが、まるでそんな体験した徳。体の自由を奪われたような、無意識に体が動いたような感覚。
ハーキョックとフリン。二人が目の前に現れた時に空を飛んでいたのも、極論を言えばワイヤーアクションだとかCGだとか言ってしまえば片が付く。しかし、実際に魔力で自身が操られた徳は、この二人が魔の者だと確信できた。
「ククク、魔法と呼ぶ程の大それた術ではない。今のは貴様ら人間で言えばせいぜい『耳が……大きくなっちゃった!』程度の力だ」
「マジかよ! てかそれホントに大したこと無いだろ!」
どうやら魔人にとって今の催眠術のような行為は大した事ではないらしいが、不思議な力を目の当たりにした徳はほんの少しだけハーキョック達の言っている事が本当なのではと思えるようになってきた。
「魔人って事は分かったけど、俺をどうするんだ? 殺すのか? 北条さんに告白されて、その上見知らぬ少女と愛を語り合った罪な俺を……」
「オロカモノめ。俺様は貴様に恋人を作ってやるために来たと、さっきからそう言っているではないか」
「ほ、本当に……?」
告白された。しかし、それは勘違い。つまり偽りの愛だと囁く悪魔達。例えそれが本当だとしても、恋人を作るために来た事が本当ならどちらに転んでも問題ない。魔の力を借りてでも、一刻も早く恋人が欲しい徳はハーキョックの言葉に耳を貸した。
「さっき貴様を操った時に俺様が魔力をほんのちょびっとだけ与えてやった。人間の貴様でもしばらくは魔力が使えるはずだ」
「さっき使った力……って事は」
ゴクリ。
徳は唾を飲み込んだ。ハーキョックが使った魔法のような力が使える今なら、告白してきた実質両想いと思いこんでいる北条は勿論。他の女性でも、一人や二人でも何人でも恋人に。いや、もっとムフフな事だって出来てしまうと思ったからだ。
「なっ、何と言う悪魔の誘惑。それでも俺は北条さん一筋に生きる男だっ!」
「フン、誰でも構わんから早く恋人を作ってこい」
「うわっ!?」
ドンッ!
ハーキョックに背中を叩かれた徳は、その勢いのまま校舎の壁に激突した。顔面に衝撃が走り、ちょっぴり涙目になる。
「ええっ、何々ちょっと大丈夫!?」
「い、イテテ……って?」
確かにさっきまでは中庭に居たはずなのに、気が付けば教室の中で仰向けに倒れていた。徳が急に教室内で倒れ込んでいた事に、驚きつつも声をかけてくれた女子生徒の姿がそこにはあった。膝を曲げて、徳の顔を上から覗き込むような姿勢で。言い換えればスカートの中がもう少しで見えそうな位置で。
カッ!
どうやって中庭から教室に来たのかとか、まだ体が痛いだとかは気にもならなかった。今の徳は見えそうで見えないスカートの中。つまりは女子生徒のパンツを見たいという欲望のままに目を見開いた。
「ハイ……ワカリマシタ徳クン」
「えっ?」
ガバッ!
鼻の下を伸ばしてスカートの中が見えないか妄想していた徳に、女子生徒はまるで見せ付けるようにしてスカートをたくし上げた。
「おほぉおおうっ!」
「ドウゾ……徳クンノ好キナ、パンツデス」
女子生徒は後ろを振り向き、お尻を突き出した。ぴっちりとしたヒップラインの分かる白いパンティーと、ムチムチのフトモモを差し出された徳は光の速さで飛び起きた。
「デヘヘ……って、いやいやそうじゃない。俺には北条さんが居るんだっ!」
バチーンッ!
己の目を覚まさせるよう、両手で自身の頬を思い切り叩く。
「徳クン……きゃっ!」
頬を叩いた音がした後に、女子生徒は我に返った。たくし上げていたスカートを急いで下ろすと、徳の事をまるでゴミを見るような目で睨んだ。
「ねぇ、どういう事。徳君パンツ見てたよね」
「違うんだ、これにはワケがあってだナ……そうだ俺は図書室に行かないと!」
カッ!
再び目を見開いて女子生徒を見る。すると女子生徒のまぶたがトロンと閉じかけた。
「図書室ハ……一階ノ東門側ニアリマス」
「サンキュウ、じゃあ俺はこれで!」
ダダダダダッ!
徳は教室を出て走り出す。廊下を走るのはやめましょう書かれた注意書きに反抗するように駆け出した。
「俺様がせっかく女の所に移動してやったのに何をしているのだオロカモノ」
「ハーキョック様ぁ、今のは北条さんではなく違う人だったみたいですよぅ」
「チッ、人間の癖に選り好みしおって」
キキィッ!
廊下を走る徳が足を止めた。ハーキョックとフリンが居たからだ。
「ハァ、ハァ……どうだ、悪魔の誘惑に打ち勝ったぜ」
「えー、でも思いっきりパンツ見てたじゃないですか?」
「あっ、あれは……そ、そう。本当に魔力が使えるか試しただけだからナ」
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