第74話 神楽坂さんの怖い話~迫りくるもの前編~

「子犬ちゃーん!」

神楽坂は豪快に扉を開け、奇妙なポーズをとって決める。

「今日は君の喜ぶ顔を見に怖い話を持ってきたよ!・・・あれ?」

けれど彼の期待を裏切り、部室にいるのは式子だけである。

「やぁ星夜。優君なら今日はいないよ。」

「ど、どうしてだい式子?」

「今日発売の本がどうしても買いたいそうだよ。だから柑奈と共に本屋に今頃はいるだろうね。」

「そ、そうかい。」

あからさまな残念そうな態度に式子はため息が出る。

「そういう態度は良くないぞ星夜。私に対して失礼というものだ。」

「んふふ。そうだね。いや、どうしても子犬ちゃんを振り向かせたくてね。」

「わかってくれれば私には問題ない。」

「お詫びと言ってはなんだが、今日用意してきた怖い話を聞いてくれないか式子。」

「ふふっ。その言葉を待っていたよ星夜。」

読んでいた本を置き、試すような目を神楽坂に向ける。

「さぁ、話してみたまえ星夜。」

式子の言葉に笑顔で答え、神楽坂は口を開いた。


Aさんにはちょっと人には言えない趣味があった。

その趣味というのが、夜中にマンションの屋上に出て、そこから双眼鏡で自分の住んでいる街を見ることである。

いつも朝見ている街とは違う、静まり返った街を見るのが楽しかったのである。

遠くに見える大きな給水タンク、ぽつんと佇むまぶしい自動販売機など。

普段とは違う顔を見ていると妙にワクワクしたのだ。

特にマンションの西側にある長い坂道はいろんな顔を見せてくれた。

「今日はどうかな~?ん?ああ、酔っ払いがタクシーから落ちてら。運転手も大変だなぁ。お!今自販機に大きな蛾が飛んでたぞ!」

その日も、Aさんは双眼鏡から見える景色を楽しんでいた。

そんな時だった。

「ん?」

長い坂道のてっぺん、ちょうど道路が切れて見えるところに人が立っていた。

しかも身長的に子供に見える。

「何やってんだろ?」

Aさんは好奇心からその人を双眼鏡から見続けました。

けれど、動く気配はありません。

「・・・本当に何してるんだ?酔ってるのか?でも、子供っぽいよなぁ。」

10分ほどだろうか、それほど長くはない時間見ていたが、その人は全くと言っていいほど動かない。

「・・・もういいや。」

見ることに飽きたAさんは他の景色を眺めていました。

「お!あそこのアパート、美人さんが入ったんだなぁ。いいなぁ。あっちのマンションはと・・・ん?」

Aさんが他のマンションを見ると、とある一室の男性が青ざめた顔で窓の外を見たいました。

気になったAさんはその男性の視線の先付近と双眼鏡で覗いた時、目を見開きました。

坂道の一番上にいた人が物凄い勢いで下ってきていたのです。

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