66 王冠を君に
ディスガイア国首都に存在するガラン城は朝からやけに騒がしい。それもそのはず。今日のメインイベントは、国王から次期国王に王冠を引き継ぐというもの。その儀式を見守るのは、ごくわずかな関係者のみである。
「まだ来ねぇの? 遅くね?」
「ツキヤ君、落ち着いて。僕達が早く着きすぎただけだよ?」
「仕方ねぇだろ、眠れなかったんだから」
「気持ちはわかるけどね。一応僕達は、軍人の中から選ばれた、王族の護衛なんだよ。仕事に集中しなきゃ」
「矢を一本も所持してないアンヤには言われたくないな」
慌ただしいガラン城の中、広間には計十人の軍人達が集まり、身支度をしている。彼らは王族の護衛として軍人の中から選ばれた、実力のある軍人達である。クラウンの同期、ツキヤとアンヤの姿もそこにあった。
若葉色の髪に細長く尖った耳、褐色の肌。身に纏うは着慣れた紺色の軍服ではなく、護衛用の白いスーツ。これは今日の儀式のために新調した。普段は白い軍服を身につけている。
護衛などと呼ばれているが、今日はひと目でわかる武器を所持していない。アンヤは矢筒はもちろん弓さえも手放し、ツキヤも半長靴に一対の短剣を忍ばせる程度。儀式に参加する際はスーツで、目立つ武器を持たないというのがディスガイアのマナーだった。
「晴れて僕達も城勤め。クラウンとはこれからも一緒。でも、なんか遠くに行っちゃう気がするね」
「仕方ねぇだろ。そういう一族に生まれてんだ。クラウンは、立派な王位継承者なんだから」
「……まぁ、この地位は僕が実力で手にしたものだがな」
不意に二人の視界を遮った大きな影。慌てて視線を合わせればそこには、クラウンの車椅子を押すカイルの姿がある。カイルは紺色のスーツに白い手袋を身にまとい、瞳と同じルビー色のネクタイをつけている。クラウンは白いシャツに黒のブレザーという姿で、身につけるネクタイは瞳と同じサファイア色のシンプルなもの。
カイルはいつも装備しているファルカタを手放し、クラウンも表向きは武器を所持していないように見える。もちろんカイルは義肢に武器を仕込んでいるし、クラウンは車椅子の肘掛け部分に武器を隠している。
「ミントはここにいろ」
「マジか、ミントもいたのかよ」
「ツキヤ大尉、居ちゃ悪いかしら?」
「階級付けるのやめろって。同期だろ?」
クラウン達の背後から現れたミントは淡い紫色のアフタヌーンドレスを身にまとっていた。細かいプリーツが風によって優雅に舞う。軍服を着ていた時に比べて表情は穏やかになり、淡い青色の瞳はクラウンだけを追い続けている。
「カイル、行くぞ」
「わかった」
これから始まる儀式を前に、クラウンとカイルは移動を始める。二人は今日の儀式の主役。だからこそ、二人の同期であるツキヤ、アンヤ、ミントの三人の心は穏やかではなかった。
用意されたのは、ガラン城前の広場。そこに集うは関係者一同。広いスペースに並ぶは、現国王とクラウン、そしてクラウンの車椅子を押すカイルの三人。クラウンによく似た顔立ちの国王はどこか嬉しそうに見える。
「フェルメールから国を守り、その後も国のために様々な活動を行ってくれた。確かに君には足がない。だが、そのハンデを見事に克服し、強さを見せてくれた。これからもその力を我が国、ディスガイアのために使ってくれるかい?」
「はい」
「カイル。君には選択肢がある。クラウンのデュオとして城で働くか、僕のデュオのように城では無いところへ行くか。君は、どうしたい?」
「これからも、クラウンと共に。ディスガイアのために尽くすことを誓います」
クラウンには両足が無く、カイルには右目がない。これだけを見れば、世間的には弱者に分類されるだろう。しかし二人はそんな自らの人生を諦めず、名を上げようと奮闘した。その結果が今だ。
もう二人のことを見た目だけで弱者と判断する者はいない。今や二人は英雄だ。ディスガイア国建国に携わったデュオと同じように像まで建てられ、その伝説は国中に広まっている。二人が、この国の弱者のあり方を変えた。
国王の手からクラウンの頭上に今、金色に輝く冠が載せられる。それはディスガイア国の頂点に立ってきた歴代の王達が身につけていた王冠。今日のために磨きあげられた王冠は、太陽光と見間違うほど眩い光を放つ。
「ネイサン、僕は君を信じていた。だから君に一足早く
「教えてくださればいいものを」
「知らないから、足掻いたんでしょ? 本気で足掻かなきゃ、君は王冠を手にできない。例えそれが復讐や恨みという形であれ、ね」
戴冠の際に囁き声でかわされる言葉。クラウンは城を出る時に名前と地位を捨てた。けれども王位継承権は残されていた。きっと最初から権利が残っていると知っていたら、ここまで足掻かなかっただろう。
棄てた奴らを見返したい。その一心で強さを求めた。デュオを組むカイルもクラウンと同じ「訳あり」と知っても、強さを求め続けた。全ては見返すため、城に仕える王族の護衛を目指すため。
国王の言う通りだった。棄てられたことを悲観してばかりで国王の思惑に気付かず、復讐心という形ではあるが確かに強くなった。ただ、幼子の戯言を真実にしようと必死だった。
「クラウン。これで、この国は君のものだ」
「……守れなかった人達がいます。僕のせいで犠牲になった人達がいます。僕はその十字架を背負って、この生涯を国に捧げると決めた。悲劇を繰り返さないために、守れなかった人達や犠牲になった人達が天国で胸を張れるように」
「応援するよ」
金色に輝く髪。その上に載せられた、光り輝く王冠。国王の手がクラウンから離れると同時に二人の小さな会話は終了した。新たな国王の誕生に、歓声が広間を包み込む。だが歓声は突如悲鳴に転じた。
クラウンと国王はすぐさま異変に気付き、その根源に目を向ける。どこからともなくカイルが二人に近付き、左手首から仕込み刃を出した。赤い左目が異変の根源を睨みつけている。王族の護衛として選ばれていたツキヤとアンヤは一対の短剣を手に、異変の根源に向かって突っ込んでいく。
「ネイ、サン……父上……」
国王とも王妃とも似ていない亜麻色の髪。クラウン、国王と同じ濃い青色の瞳。顔つきは若干王妃に似ているものの、国王には全くと言っていいほど似ていない。フェルメール人の特徴であるモフモフの尻尾がズボンから飛び出していた。
口を開けば、ディスガイア人では有り得ない、長く鋭い犬歯が顔を出す。その手には、どこで手に入れたのかもわからない刀が握られている。銀色に煌めく刃には既に血が付着している。その人物に、異変の正体に、クラウンも国王も心当たりがあった。
「
「いい、俺が行く。クラウンはここで待ってろ」
「そうはいかない。決着を、つけないと」
彼は元第四王子、ジョージ。クラウンの異父弟に当たるジョージは先の争いで第二王子ルイを殺害し、国王に武器を向けたとして捕らえられているはずだった。その彼がどういうわけか牢を脱出し、戴冠式が行われている広間に刀を所持してやってきた。
狙うはクラウンと国王。正体を知っているからこそ、王族の護衛を担当する軍人の手が一瞬止まる。そしてその止まった隙を突いて、ジョージの刃が軍人の皮膚を裂く。この状況を見過ごせるはずがない。
青い瞳と赤い瞳が宙で交わった。クラウンは車椅子の肘掛部分から
ジョージの刃が、関係者席にいたミントの首にあてがわれた。淡い青色の瞳はそれに動じることなく、クラウンの姿を探す。そして、ジョージの胸を思い切り肘で突いた。追いついたカイルがジョージの刃を仕込み刃で受け止め、重たい左足でその体を蹴飛ばす。
「……クラウン」
「はい」
「やりなさい」
「……はい」
後方から聞こえるは、国王の指示。気が付けばクラウンはリボルバーの狙いを定め、引き金を引いていた。銃弾はカイルが蹴飛ばした場所へ飛んでいき、ジョージの心臓を呆気なく貫く。ジョージの手からこぼれ落ちた刀はカイルが回収した。
人混みをすり抜け、クラウンがジョージの元に駆けつける。その濃い青の瞳は凍てつく眼差しを放っていた。危険を承知で車椅子から降り、ジョージの顔に近づく。
「ネイ、サン」
「大人しくしてれば死なずに済んだものを」
「ネ……サン」
「恨むなら、王妃を恨め。お前の父親を偽った母を、ディスガイアを裏切った母を」
「ネ……サ……」
「僕もお前も、王妃に愛されてなんかいなかった。王妃が愛したのは、フェルメールだ。金と地位と権力だ。
「そ……な……」
死にゆくジョージに語りかけるは、彼の全てを否定する言葉。穏やかに死なせはしない。死ぬ間際であるというのに精神的に追い詰める。だが、その瞳には薄らと涙が滲む。
「……哀れだな。
事切れたジョージに放たれた言葉は、刃のように鋭く冷たいものだった。ジョージ自身は悪くない。ただ、生まれ落ちた境遇が悪かっただけ。周りに言われるがままに動いて罪を犯し、今度はクラウンに刃を向けたことで命を落とした。
「もう、羨ましいとは思わない。足のことも、
カイルが何かを言う前に、言い訳がましくそう言葉を口にする。濃い血の匂いがやけに鼻につき、いつかの戦場を思い起こさせる。それが、どうしてかクラウンの胸をキュッと苦しめていた。
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