65 花時雨の止んだ昼に
ユベラ養護院を後にしたクラウン達が向かったのは首都メマリー。先の襲撃の標的ともなったこの街の中央広場には、城前広場にある英雄像とは別に、度重なるフェルメールの襲撃による犠牲者を弔うための記念像がある。
車椅子に乗った青年と、右目に眼帯を付けた青年の銅像。この銅像のモデルとなったのは、襲撃で活躍したとあるデュオである。その土台の側面には犠牲者全員の名が、その地位や強さに関係なく名前順に刻まれている。
「……何度見ても慣れんな、この像には」
「同じく」
こんな変わった出で立ちのデュオなんて一組しかいない。そう、国王を守るべく動いたクラウンとカイルである。カイルはファルカタと左義手の刃を構え、クラウンは車椅子の上から
だが二人は自分達の銅像が見たくてここを訪れたわけではない。用があるのは土台の側面に刻まれた犠牲者の方。花時雨が止んで日が差したせいか、背中がやけに暑い。胸が詰まるような気がするのは気候のせいだろうか。
クラウンの白い指が「ライム」の彫られた文字をそっと撫でる。カイルもクラウンと同じことを繰り返す。ミントは文字を撫ではせず、今にも泣きそうな顔で俯きながら握り拳に力を込める。力を入れすぎたせいで手のひらに爪が食いこみ、血が滲んでいる。
「あの日、私達は黒幕を探すために第四王子の部屋にいた。空間を越えて人を移動させる? その魔法を使うのは……フェルメールの王子で、第四王子の本当の父親だったわ」
「着いた時には
「ええ、そうよ。そこから四人で戦ったの。でも私、やっぱりダメで。銃口を向けられても、かわすかどうか迷っちゃうの。そんな私に気付いていたのね。ライムが、私の代わりに……」
ライムはミントと同じ真名を持つ、ミントの相方である。しかし敵国フェルメールがガラン城を襲撃した際に命を落とし、デュオを組んでいたミントは晴れて軍職を辞することとなった。
戦闘の度に生きるかを迷ってしまっていたミント。戦場を嫌い、一日でも早く姉の待つ家に帰りたがっていた彼女は奇しくも、相方であるライムの死によって願いを叶えることとなった。だが、その理由が故に、彼女の心境は複雑だ。
「戦いたくなかった。死んだらお姉ちゃんが悲しむから生きなきゃ。でも、戦場から離れるにはデュオのどっちかが大怪我を負うか死ぬかしかなくて」
「そうだな」
「ライムが死んで悲しいのは本当。でも、戦場から離れることが出来て嬉しいのも本当。私、おかしいわよね。わかってる。そして――」
「そんな矛盾した気持ちを抱える自分が許せない。だろう?」
クラウンの言葉に、ミントは顔を上げた。その拍子に瞳から頬へと雫が伝う。今もまだ朝の花時雨が残っていれば、きっと彼女の悲しみを洗い流してくれただろう。しかし現実は、声を上げないようにするのが精一杯。涙を止めることは叶わない。
慰めようとミントに向けて手を伸ばす。しかし車椅子に座ったままのクラウンがどんなに頑張っても、ミントの体を優しく包み込むことは出来ない。それどころか背中をさすってやることさえ叶わない。
「……僕が許す」
「何、言ってるの?」
「僕なら、どんなお前も認めてやれる。だからそう、自分を責めるな。それに……お前に死なれると困る」
掠れた声でどうにかクラウンが絞り出した言葉は、ミントの笑い声によって掻き消された。つい先程まで泣いていたとは思えない笑い方に、クラウンとカイルは思わず顔を見合わせてしまう。
「さすが。上に立つ人は言うことが違うわね」
「そういうつもりで言ったんじゃない!」
「じゃあ、どういう意味かしら? やけに上から目線だけど」
「それは……たまたまそうなっただけで……」
「で、どういう意味なのかしら? 教えなさいよ、クラウン王子」
今度はクラウンが俯く番だった。赤く染った顔を隠し、どうにか腰に届きそうだった手を引っ込める。カイルがそっと、クラウンの車椅子を押した。予期せぬ衝撃で車椅子が動き、クラウンとミントの距離が一気に縮まる。
咄嗟に振り向こうとしたが、その青い瞳はミントから目を離すことを許さない。儚く微笑むミントを綺麗だと思うのは客観的に見てなのか、親しい仲であるが故か、クラウンはすぐに答えを見出せずにいる。
「なぁ、ミント。僕は強くなったと思うか?」
「なによ突然。……そうね。もう、私より十分強いと思うわ。いいえ、私だけじゃない。軍の中でも強い方だと思う、客観的に見て」
「そうか」
「ええ」
「……もっと僕を頼れ。いっそ、僕にミントの人生を托してくれ。お前が自分を否定する度に、傍でお前を肯定してやる。お前の代わりに、何度だってお前を許してやる」
濃い青の瞳が、淡い青の瞳を射抜いた。柔らかな風が金髪とウエーブがかった茶髪を揺らす。カイルの口角が微かに上がる。
「僕のことを強いと認めるのなら、ミントの人生を、僕に預けてほしい。僕の人生もミントに預ける。お前なら、僕の強さを見た目で決めつけないって知ってるから。……僕が王冠を手にする時、隣にはミントとカイル、二人にいてほしいんだ」
「そこ、俺入れちゃダメだろ」
「うるさい。お前は僕のデュオだからいいんだ。……ミント。返事を聞かせてくれないか?」
ミントの口がすぐに動くことはなかった。選択することが怖くて、言葉を紡ごうとしても声が出てこない。答えなんて最初から決まっているのに、肝心な声が出てくれない。
『ミント、大丈夫。怖くない』
気のせいだろうか。耳障りな風が相方ライムの聞き慣れた声を運んでくる。もう声の主はこの世にいないというのに、不思議とその言葉がミントの心を落ち着かせる。
ライムはもういない。ミントが前線に出ることも、おそらくもうない。今日という日を境に、クラウンとカイルは国内ではあるが少し遠い場所へ行ってしまう。ミントには、クラウンのいない生活など想像出来なかった。
「……じゃない」
「ん?」
「いいに決まってるじゃない。私の背中も人生も全部クラウンに預ける。その覚悟なら、とっくの昔にしてるんだから!」
「じゃあ、一緒に城で暮らしてくれるのか?」
「当たり前でしょ。私だって、隣にはクラウンがいてほしいもの」
ミントの選んだ答えは、クラウンの誘いを受けること。気付けばミントはカイルに代わって車椅子の持ち手を掴んでいた。そのままカイルに先立って城への道を歩き出す。太陽に負けないくらい眩しい笑顔が、今のミントの気持ちを代弁していた。
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