63 王の間にて

 首都メマリーの中央で異彩な存在感を放つガラン城。王の間はその最上階にあった。ツヤツヤに磨かれた大理石の床。部屋の最奥には王のための玉座が置かれている。王は玉座の上から来客を見下ろす。

 先日、フェルメールからの襲撃があったとはとても思えない。あの日血で赤く染まった大理石の床。今は石の表面はもちろん、石と石の間に生じた溝にも赤色が残っていない。血の匂いも無くなり、襲撃前の王の間と同じになっている。


 頭上に載せられた王冠が照明で輝いていた。齢五十にしてその人生の半分を国王として過ごしている国王。金色の短髪に青い瞳、髪の長さこそ違えどその見た目はどこかクラウンに似ている。

 その濃い青の瞳が見下ろすは、玉座に向かって会釈する人影。彼は両足の膝から下がなく、跪くことが出来ないため車椅子に乗ったまま会釈をしている。紺色の軍服に付けられた真新しい肩章が先の戦いでの奮闘を物語っていた。


「この度は国を救ってくれてありがとう。失ったものも多いけれど、ディスガイアが存続しているだけで十分だ」

「ありがとうございます」

「さて、頭を上げて。本題に入ろっか。君にはいくつか選択肢がある」

「はい」

「一つ、ネイサンとして王族に戻る。一つ、クラウンのまま王族に戻る。一つ、王族には戻らず平民として暮らす。君の王位継承権は生きている。ルイは死に、ジョージは王位継承権を剥奪。王子はもう、君を含めて二人しかいない。どれを選んでも構わない。後悔しない選択をしなさい」


 先の襲撃で致命傷を負ったルイはそのまま命を落とした。ルイに致命傷を与えた第四王子ジョージは王位継承権を剥奪され、罪人として裁きを下された。刑が執行されるのはもう少し先になるだろう。

 王妃も死んだ。最後の最後までクラウンを認めないまま、己の罪を認めて死んだ。死んだ所で失われた足が戻ることはなく、王妃が死んだ今では虚しさだけが胸の奥の方に残り続けている。


「クラウンとして、王族に戻ります。そしていつか、このようなことが起きないように、新しい王位継承方法を決められたら、と考えております」


 答えならずっと前から、養護院に預けられた時から決まっていた。違うのは王族に戻る理由。前はただ、棄てた人を見返すためだけに王族を目指してきた。けれども今は、王族に戻ることでやり遂げたいことがある。王位継承方法の改正はその一つでしかない。


「幼子の戯言が真実であると証明せよ。時が来るまで生き延びよ。さすれば道は拓かれる」


 国王の言葉にクラウンの体がピクリと反応した。それはカイルとクラウンが出会った日、カイルから渡されたクシャクシャの紙に書かれていた言葉。


「見事に生き延び、戯言を真実と証明し、国の危機を救った。強さを示すには十分だ。よく、残された自分の武器を最大限に生かした」

「ありがとうございます」

「証拠品も全て提出してくれたそうだね。フェルメール王族にのみ与えられる特別な印鑑、ジョージをフェルメール王族として認める書類、ジョージの指紋をフェルメール王族の証として登録した書類。よくこれだけのものを集めたね」


 印鑑はクラウンが城から持ち出し、カイルの義眼の中に隠し続けていたもの。フェルメール王族の証として、特別な石を削って作られた印鑑なのだという。他の書類は一つを襲撃前に回収し、もう一つは王妃亡き後に王妃の部屋から回収した。

 フェルメールの弱みを握る形となった今回。国王はすぐさま動き、フェルメールに新たな交渉を持ちかけた。その成果の一つがフェルメールにおける研究所の廃止と被験者の身元引受けである。

 カイルのような特殊な刺青を持つ被験者を全員ディスガイア国で引き取り、国内の養護院で育てている。これはカイルの希望でもあった。クラウンとカイルの育ったユベラ養護院にも何人か、フェルメールから引き取った子供がいる。


「今回の褒美ということで一つ、君の欲しいものをあげよう。もちろん、王位とか死者蘇生とかは無理だけどね。用意できるものなら何でも叶えるよ」

「……ユベラ養護院に、石で作られた十字架と石版があります。その十字架は芝生の真ん中に立っています。ユベラ養護院の芝生から十字架にかけて、道を作ってほしいです。車椅子の僕でも一人で花を手向けるための道を」


 クラウンが選んだのは、幼少期を過ごしたユベラ養護院に関する願い。事件に巻き込まれて命を落とした子供達が、修道士達がいた。ユベラ養護院にある十字架は事件を忘れないためのもの。石版は犠牲者の名を刻んだもの。

 直近で訪れた際、カイルの義手が壊れていたこともあってクラウンは花を手向けることが出来なかった。義手が直ってからはすぐに戦地に向かったため、養護院に戻る暇がないまま今に至る。

 あの事件は、クラウンを殺すためにやってきたデュランが起こした者。デュランは先日、ガラン城での戦いでカイルによってその人生に終止符を打った。犯人が死んでも罪悪感が癒えないのは、事件の原因がクラウン自身にあると知ったからに違いない。


「それでいいの? 後悔しない? 王位を手にするために権利を使わないでいいの?」

「後悔しません。王位は、自分の手で掴むものです。僕はデュオであるカイルと共に、王にふさわしい強さを示します」

「……正解。ここで王位のために権利を行使すれば、君を候補から外さなければならなかったよ」


 正解となる選択肢が決まっている問いかけ。それを何事も無いかのように伝えておいて、クラウンの反応を見る。日常のちょっとした受け答えから王位継承候補から外されることもあるかもしれない。

 それを知ってもなおクラウンの覚悟は揺らがない。幼い時より「いつか戻る」と決めていたガラン城。王位継承権が残っていると知った今、彼が狙うはただ一つ、ディスガイア国王の座のみ。


「王族に戻るということは、そういうことだ。君の功績を知っても、君を見た目で判断して弱いと決めつける者は少なくない。また命を狙われる日々が訪れるかもしれない」

「覚悟なら出来てます。養護院に預けられた、棄てられたと思ったあの日から。本名とは別に、王冠クラウンという名をいただいてから」


 濃い青い瞳が告げている。それらと戦う準備なら出来ていると。それを知った上で国王を目指すのだと。国王ももう、車椅子だから戦えないとは判断しない。現に彼は、車椅子の身で城内の戦闘を生き抜いたではないか。

 あの日、王の間にて、国王はあえて援護を最小限に留めた。そうすることでクラウンがどう動くのかを見たかった。クラウンとカイルの動きを見たかった。結果、クラウンは見事期待に応えてくれた。新たに授けたクラウンという名に恥じない活躍に、未来の姿を見出した。


「王族として……第一王子として、必ずや王冠クラウンに恥じない働きを見せます」

「期待してるよ」


 気の所為か目の錯覚か。玉座から見下ろしたクラウンの頭部には、小さな王冠が乗っているように見える。濃い青色の瞳に映ったその姿に、思わず国王の口元が緩む。だがその真意を知る者は国王を除いて誰もいない。再び静寂が王の間を優しく包み込む。

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