62 それぞれの覚悟を胸に③
ガラン城内にはいくつもの部屋がある。王族が住まう部屋はもちろん、客間や使用用途の決まっている部屋もある。そんな数ある部屋の中でも一際険悪な雰囲気を放つ部屋があった。
ガラン城二階、端から四番目に位置する部屋。表向きは他の部屋と大差ない。扉に「ジョージ」と記載されたプレートがかかっている。事件は部屋の中で起きていた。
メイスを構えた軍人と
「そろそろ決着が付いたか?」
敵は亜麻色の髪に漆黒の瞳を持っていた。長毛に覆われた耳とズボンからはみ出したモフモフの尻尾。その顔立ちは、何度か新聞で見たディスガイア第四王子ジョージによく似ている。彼が気にしているのは目の前の敵ではなくどこかで起きている戦いの結末。
目の前にいるのに見向きもされないことが無性に悔しく虚しい。彼女に出来るのは、お世辞にも強いとは言えない力でメイスを振るうことだけ。振るったメイスは難なくかわされ、その銃口が彼女を狙う。でもその銃弾が彼女を捉えることはない。
「まだやる気? 弱いくせによく粘るよね」
「フェルメール人にしてはディスガイア語が上手いじゃない」
「毎日のように使ってりゃ嫌でも上手くなる」
「……今回の首謀者はあなたでしょ」
「へえ。本命は実戦より頭脳か。名前は?」
「ミント」
ミントの口から放たれる冷たい響きを持つ言葉。
その名前はディスガイアではありふれたもの。しかし彼はその名前に思うことがあったらしく、命を狙われている身でありながら笑みをこぼした。そんな些細なことさえもがミントを苛立たせる。
彼は首謀者であることを否定しなかった。今回のフェルメールによるディスガイアの襲撃は国王を狙ったもの。それを企てるとうなると人が限られてくる。加えて第四王子を思わせる外見に胸がざわついて仕方ない。
(クラウンが正しければ、今回得するのはフェルメールの人間と王妃、そして第四王子。王妃でも第四王子でもなくて、この戦いを企てて実行するだけの地位を持つ。さらに第四王子の私室に行き慣れている。そんなの、一人しかいないじゃない)
思考に必要なことは全てクラウンが教えてくれた。敵の持つリボルバーだって、クラウンのおかげで見慣れている。加えてミントの脳裏には一番敵に回したくない男カイルの動きが瞳に焼きついている。そうでなければ敵の放つ銃弾をかわすなんて芸当、出来なかったはずだ。
「不思議なもんだ。同じ名前だってのに、こうも違うんだな」
「何がおかしいのかしら?」
「あいつらの母親さ、ミントって言うんだぜ」
「ちょっと意味がわからないわ」
「王妃だよ。ネイサンとジョージの母親。驚くくらいあっさりとディスガイアを売った上に、俺に騙されてるなんて夢にも思ってねぇ。今頃ネイサンにやられてんじゃねぇの?」
ミントの目が大きく見開かれる。けれども敵はもう銃の引き金に手をかけなかった。
「フェルメールの王妃になれるわけねぇのにな。俺が既婚者かなんて、国王に聞きゃ一発でわかるんだぜ? けどあいつはそれを怠った。少し甘い言葉をかけてやっただけで呆気なく
ミントは静かに敵の言葉を待つ。メイスを構えたままだが、振ろうとはしない。敵を警戒しつつ、床に横たわる軍人の様子にも気を配る。
横たわったまま動かないのは、ミントのデュオであるライム。頭部から出血したまま動こうとせず、床に敷かれた絨毯には赤い血溜まりが出来ている。
「そろそろ行くかな」
「どうして?」
「手に入らねぇのに残る必要あるか? あいにく、もう一人の方は付け入る隙が無さそうだしな」
「手に入らない?」
「国王とネイサンの勝ちだ。なんならこっちは弱みを握られてる。王位が無理でもせめてここから逃げないと――」
「へぇ。まだ逃げられると思ってるの?」
その声はミントの後方から放たれた。突然開いた扉、聞こえてきた知ってる声、一気に敵との間合いを詰めて小鎌を振るう見慣れた人影。三日月型の刃が敵の首を深く裂く。矢が人影の頭上を通り、敵の心臓を射抜く。突然のことに敵も反応が出来なかった。
「時間稼ぎ、ありがとう」
第四王子の部屋に駆けつけたのは、先程まで王の間にいたツキヤとアンヤだった。もう体力が残っていないはずのツキヤはロディオンと交戦したとは思えないほど素早い動きを見せる。矢を使い切ったはずのアンヤは、背負った矢筒の中に一本だけ、丈が短く矢筒からはみ出ない矢を隠していた。
二人が欺いたのは敵ではなく味方。対フェルメール特殊部隊を指揮する立場であるクラウンとカイル。ロディオン戦の時に力を温存し、主犯との戦いに向けて準備をしていたよだ。敵の体が床に崩れ落ちると同時にミントがライムに駆け寄る。
「……やっぱりフェルメールの王子だったわ。第四王子の父親、だと思う」
「まさか王子自らが現場に来るなんてね。しかも、空間を越えて人を移動させる特殊な魔法を扱う張本人、と」
「というか、本当にこれで良かったのか?」
最初に言葉を発したのはミントだった。ツキヤとアンヤが手を下したのは、第四王子の本当の父親にしてディスガイアの領土を狙っていた、フェルメール国の王子。ツキヤの問いかけにアンヤが口を開く。
「クラウンはこういうことをしたがらない。僕達がやらなければカイルが動いたはず。ちゃんと、カイルには確認したよ。それに……戦場に主犯としていたんだ。殺されても文句は言えないでしょ」
他国の王子である以上、主犯とはいえ手を出すことは難しい。クラウンに至っては、城から追い出されたとはいえ王族である。まず手を出すことを
「ライムのこと、クラウンに話した?」
「まだだ。判断が鈍るだろうから、濁した」
「クラウン達は?」
「カイルは魔力切れでもう動けない。クラウンがカイルを運んでる。そのクラウンだって、もう攻撃手段が残ってない。危なかった」
「そう。二人が生きてて、少し安心したわ」
自分からクラウンとカイルの様子を訊ねたにしては、ミントの返事に元気がない。代わりにその手が、ライムが身につけていた鮮やかなピンク色のウィッグを外す。フェルメールで付けられた、失敗作の刻印がやけに目につく。
刻印が丸見えになっても、ウィッグを奪おうとしない。その淡い赤色の瞳は閉じられたまま、手足も動かない。
「悲しいのに、辛いのに、心の奥底で少し喜んでる私がいる。これで軍を去ることが出来る、お姉ちゃんの所に帰れる。そう思う私と、ライムのことを悲しむ私と。私が……私が! もっと強く生きたいって思っていたら、ライムは……」
時間稼ぎをしても、敵に裁きを下しても、失われたものが戻ってくることはない。全てが終わったからこそ、過去の後悔と矛盾する自分の気持ちに涙が零れる。
誰もミントにかけるべき言葉を見つけられないまま、時間だけが過ぎていく。
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