33 青き瞳に映る過去①

 その時は突然訪れた。夕食を終えたクラウンは部屋にいた。突然、扉をノックする音が聞こえてきた。クラウンが応じるより先に扉が開き、来訪者が部屋に足を踏み入れる。


「やぁ、クラウン。少しだけ僕とお話をしない?」


 金色の短髪に濃く鮮やかな青い瞳。無精髭が目立つのはここ最近の激務と悩み事のせい。王冠こそ被っていないが、目の前に立つ人物をクラウンが見間違えるはずがない。


「父上……」

「ここ最近、妙な不運が続いていると聞いてね。気になってここに来ちゃったよ」

「ど、どうしてこんなところに……。お呼びくださればすぐに――」

「人知れず話した方がいいこともあるだろう? 例えば、不運の原因とか」


 国王は普段、王の間で仕事をする。プライベートの時間は複数いる妃やその子供達と共に過ごす。そうでなくても、常に護衛がいて一人になることがない。そんな国王が今、一人でクラウンの部屋にやってきた。


 鋭い眼光が五歳児の小さな体を射抜く。親としての優しさと国王としての厳しさを兼ね備えたその眼差しは、クラウンを萎縮させるには十分。しかも国王はすでに答えを見出している。


「今日、仕事を終えた時に気付いたよ。僕のマントにこんなお手紙が入っていてね。しかもこの手紙に書かれているのはディスガイア語じゃなくてアルカナ語。これは君からのラブレターだろう?」


 国王が手にしたのは、小さく折り畳まれた紙切れ。そこにはこの国では見慣れない文字が所狭しと並んでいる。異国語を扱える者は限られる。ましてや異国語で書いた手紙を国王のマントに忍ばせることが出来る者など、一人しかいない。


「……口にしなくていい。答えは二択、首を縦か横に振るだけ」

「はい」

「毒を盛られたのは本当?」

 クラウンはぎこちなくではあるが首を縦に振った。

「城内を車椅子で走る君を何人かが見てた。君は何かから逃げている?」

 クラウンはまた、小さく首を縦に振る。

「不運の犯人は、僕と君に親しい女性で間違いないかな?」


 クラウンはすぐに首を振らなかった。目を大きく見開き、少し考えてから首を縦に振る。それを見た国王は折り畳まれた紙切れを開いて何度か読み直す。


「僕なら近隣四カ国の言葉を読めると知って、出してくれたんだね。このラブレター、よく出来てる。アルカナ語で書かれているけれど、キーワードだけはアルカナ語に似せたゼファー語だ。僕でなければわからなかっただろうね」


 国王は何度も頷きながら手紙を読み返し、再びクラウンの方を見つめた。よく似た鮮やかな青い瞳が何かを訴えている。けれどもクラウンにはその何かを察することが出来ない。


 国王に宛てた手紙は王妃の目を盗んで、時間をかけて書き上げたものだ。この国で用いられているディスガイア語と隣国フェルメールの


「…………だったらなおさら、ここに置いてはおけないね。ついてきなさい」

「少しだけ、時間をください」

「五分だけあげよう。部屋の外で待ってる。やり残したことがあるなら、その間にすませなさい」


 与えられた五分で出来たのは、サイドチェストの引き出しに証拠となる二つを隠すことだけ。あとの一つは隠し場所が見つからず、持ち出すしかなかった。


 国王は外套とフードで顔を隠し、クラウンを連れ出した。いつの間にか手配されていた馬車に乗り、目的地へと向かう。クラウンが持ち出せたのは証拠品一つだけ。他は衣類一つ持っていくことを許されなかった。


「今日からクラウンと名乗りなさい」

「はい」

「城にいた彼とは別人だ。城にクラウンという人間はいない。城に縛られない、城のような不運に見舞われることのない、そんな場所に君を連れていく」

「はい」

「君は捨て子のクラウンだ。親はいない。偶然拾われた貴族に育てられ、今日まで過ごした。そのため、五ヶ国語を扱える。しかし貴族の家に余裕が無くなり、君を養えなくなった。このまま捨てるのも忍びないからと養護院に預けることとなった。……これが君の経歴だ。いいね?」


 国王の口から述べられるは捨て子クラウンの経歴。実際のクラウンの経歴とはかけ離れたそれは、捨て子クラウンとして生きるのに必要なもの。


「君の正体はこれから行く養護院の司祭様と院長だけが知る。それ以外の人には今言った経歴で通用させる」

「はい」

「今日から君は城と無関係になる。このことが何を意味するのかは、すぐに理解出来なくていい。いずれわかる日が来る。一つだけ、覚えていてほしい」

「何をですか?」

「……私は君を、愛してる。どうかその事を忘れないでくれ。これから色々な困難が君を待ち受けるだろう。それでも、どんな立ち位置であっても、私は君の味方だ。わかったね?」


 当時は国王の言葉を欠片も信じていなかった。ただのリップサービスだと思い、真に受けようともしなかった。カイルと出会ったのは、それから約一年後のことである。



 その日、突然国王に連れていかれたのがユベラの養護院である。それ以来第一王子ネイサンの名を捨て、捨て子クラウンとして今日まで生きてきた。カイルから渡された国王からの手紙を読んで、いつか城に戻ることを目標にした。その真意に気付いたのは、つい最近の話。


 王位継承権が残されているとは夢にも思わなかった。ネイサンの部屋が残っていることも、国王が望んでいることも、クラウンの足にまつわる真相も。国王に捨てられたと思っていた。全てが繋がったのはルイや捕虜の話を聞いてからのこと。


「城にいては狙われる、証拠を集めることも出来ない。だから『だったらなおさら、ここには置いておけない』と言われたわけだ。足については、陛下も想定外だっただろうな」


 自分で呟いて、吐き出した言葉に落ち込む。このままではダメだとわかっているのに、心は深い闇に囚われたまま。闇から逃げようとしても、すぐにその闇に飲み込まれる。


 その度に考えるのだ。どうしてあんなにも城に戻りたかったのか、見返すことにこだわっていたのか。そもそも一番見返したい人は、クラウンのことなど眼中に無いというのに頑張る意味があるのだろうか。


「はぁ」


 静かな部屋に深いため息が響く。捕虜から話を聞いてからというもの、何日も同じことを繰り返している。過去を想起して、自問自答を繰り返し、答えが見えないまま闇の中で藻掻く。


 悩むあまり、ノック音にすら気付かなかった。いつもであれば物音にすぐに反応した身構えるのに、今日は無防備な姿のまま。部屋の扉が開き、クラウンの元へと近付く人影が一つ……。


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