32 知りたくなかった真実③

 クラウン達三人がミント達三人と合流したのは夕方のことだった。クラウンの顔はどこか険しい。カイルは誰とも目を合わせようとせず俯きがち。二人と同じ場所にいたはずのアンヤは魂が抜け落ちたかのようにぼんやりとしている。


「アンヤ? おい、アンヤ。アンヤ! しっかりしろよ」


 傍目にも様子がおかしいアンヤに気付いたのだろう。ツキヤが真っ先に駆け寄り、思い切り抱きつく。アンヤはツキヤを止めようとせず、一方的に抱きつかれても拒絶せず、されるがままになっている。

 クラウンも様子がおかしい。いつものように六輪車椅子に乗っているのだが、やたらと足を気にしているように見える。クラウンがじゃがいもの様な足の先を気にするのは初めてのことだ。


「クラウン?」

「……足があるってどんな感じなんだ?」

「急にどうしたの? 今まで気にしたこともなかったじゃない」

「……もし足があれば、僕はどうしていたんだろう」


 ミントが声をかけるも会話にならない。やたらと足を気にしており、「足があったら……」と独り言を呟いている。とうに失った足をここまで気にするなんてこと、今までなかった。

 アンヤとクラウンが使い物にならない以上、話を聞けるのは一人しかいない。ミントはカイルに近付くとその顎を掴み、むりやり正面を向かせる。カイルの視線があからさまに横を向く。


「何があったのか、話しなさい。収穫はあったの?」

「収穫はあった。聖地奪還が目的らしい。というか、聖地奪還をきっかけにディスガイアを乗っ取る? うん、それを知れたのは収穫だな」


 収穫を告げるもその返答はなんだか歯切れが悪い。あからさまに視線を逸らすのと関係があるのだろう。アンヤ、クラウンをおかしくしたのも収穫以外の何かが原因。けれどもそれを知らないと話にならない。

 気がつけばミントは手を振り上げ、カイルの頬にビンタを放っていた。けれども痛覚の麻痺したカイルにはほとんど意味がない。衝撃だけが伝わり、ようやくミントに視線を合わせてくれるようになる。

 赤くなった頬に気付けない。それが、カイルの話が真実であると告げていた。痛みがわからない、怪我をしてもその程度がわからない、重傷を負っても動けなくなるまで気付けない。まるで意思を持って動くゾンビである。


「何があったの?」

「例の捕虜と話してきた」

「そんなわかりきってることを聞きたいわけじゃないんだけど?」

「……まあ、色々とな」


 クラウンの様子を横目で確認するとまた言葉を濁すカイル。それこそがカイルにできる最高の答えである。アンヤとクラウンの様子がおかしいのにはクラウンが絡んでいる。クラウン絡みということは第一王子絡み。ただ命を狙われているというだけではなさそうだ。


「フェルメールは聖地奪還を計画してる。が、捕虜は聖地の場所までは知らないそうだ。ディスガイアを攻撃したくなくて逃げてきた、と」

「よく覚えていたわね、ディスガイアのこと」

「俺と違う。三年前に誘拐されたらしいし、ディスガイアで過ごした日々の方が長い。忘れたのはディスガイア語の話し方だけだ」

「それ、そこまで衝撃的かしら? まだ呪詛の技術は不完全なわけよね。被験体の年齢層が上がることだって、予測出来なかったわけじゃないわ」

「……それとこれは別件だ」


 クラウンの態度に触れられるとすぐさま態度が変わった。任務に関することなら答えてくれるのに、クラウンに関することとなると答えない。クラウンを庇っているのか、配慮しているのか。これでは状況から推測して一つ一つ問うしかない。

 クラウンはしきりに足を気にしていた。生まれつき無いのだとこれまで気にも止めなかった足を過剰に意識している。クラウンの足に関する何かがあったのは明白である。けれどもそれは部外者であるアンヤが言葉を失う程のものだろうか。


「クラウンの、足?」


 カイルがコクリと頷いた。生まれつき無く、そのために捨てられて孤児院にいるのだと、そう聞かされていたクラウンの足。それが今更なんだというのだろう。


「生まれつきでしょ?」


 カイルが躊躇いがちに首を左右に振る。生まれつきではないのに足がない。その答えにミントは背筋がスーッと冷たくなるのを感じた。

 物心ついた時には足がなく、それを生まれつきと思い込まされていた。ともなれば答えは限られてくる。何らかの形で足を切り落とすことになった、だ。


「事故? 病気?」

「どちらでもない」

「え?」

「……意図的、だ」

「へ?」


 カイルの言葉に思わず間抜けな声が出てしまう。事故で失った、病気で切り落とさざるを得なかった。そういう答えを期待していた、そうであってほしかった。なのに、カイルから返ってきた言葉は「意図的」だ。誰かがわざと、生まれて間もないクラウンから足を奪ったことになる。


 これまでクラウンは足のない自分を恨んできた。足があれば捨てられなかった、城にいることができたと思っていた。捨てられた理由を足に見出していた。けれども欠けた理由が生まれつきではないとなれば話は変わってくる。

 もしクラウンに足があれば、見た目で差別されることも戦場で苦労することもなかっただろう。車椅子の扱いに長け、着実に戦果を上げているクラウン。けれどもその戦果はクラウンの努力の賜物。車椅子というハンデを理由にしないために、名を上げるために、今日まで頑張ってきた。


「詳しいことはわからん。が、最初から手の平の上で転がされていたわけだ。足を奪って行動範囲を制限してしまえば、できる事は限られる」


 誰にかは言わない。言いたくないのか、ミントが気付くのを待っているのか、言えない理由があるのか。意図的に足を切り落とされたとなれば、その犯人は間違いなく敵である。


「闇は思ったよりも深そうだ。アンヤも情報の意味に気付いてあんな状態に。クラウンは噂で知っていたらしい。信じたくなかったはずの噂が真実と知って、あんな状態になった」

「でしょうね」

「足があれば、と思い続けてた。足がないから捨てられたのだと思ってたんだ。正直、俺も信じがたい。あれは人間じゃない。それだけはわかる」

「カイルは平気なの?」

「わからん。クラウンのことを考えると胸が痛い。どうしてかはわからんが、胸が締め付けられるように痛くなる」


 ショックを受けたのはクラウンだけではないようだ。面会室に行かなかった三人が得られた情報は「フェルメールの聖地が標的」という情報だけ。主力となるクラウンの回復を待たずして次には進めない。

 ミントにとっても衝撃的だった。クラウン、カイルとは幼馴染。魔法学校に入学する前から知っている。クラウンがどれほど足を欲しがっていたか、元の家に帰りたがっていたのか、誰よりも知っている。だからこそ胸が苦しい。


「……許せない」


 誰に聞かせるわけでもない小さな言葉が口から溢れた。

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