31 知りたくなかった真実②

 ディスガイアに伝わる神話がある。二人組の魔法使い、青い目のソロモンと赤い目のダビデ。二人の英雄は魔法の力で大軍を蹴散らし、ディスガイアに勝利をもたらし、多くの領土を獲得した。二人の英雄無くして今日に至るまでのディスガイアの発展は無い。

 ディスガイアの四方に隣接する国、ゼファー、アルカナ、ガイア、フェルメール。この四国は今でこそ友好関係を結んでいるが、かつては領土を争う関係だった。国境が決まるまでに多くの人が犠牲になった。その過去を消すことは出来ない。


「フェルメール以外の三国はわりと早い段階的友好関係になったのか。でも他国からの襲撃ありになってね?」

「それ、例の刻印絡みの襲撃よ。あと、異国人絡みの民間事件。刻印絡みの襲撃だってそれほど大人数じゃないし、記録上は国からの襲撃扱いにはなってるけど、国ってより国民の一部が勝手に起こした襲撃って扱いね」

「マジで?」

「国境付近に大人数で攻めてきているのはフェルメールだけね。かつて別の国からと誤解してた襲撃もフェルメールの刻印持ちだった。ということは、フェルメールが実戦に刻印持ちを起用したのはもう少し早いのかもしれないわ。それか、今ほど多くは起用していないだけなのか」


 資料館にて書物を漁りながら言葉を交わすのはツキヤとミント。ライムは巨大なディスガイアの地図に印と年号を記している。それはかつてミントがジン少佐と囲んでいた地図を再現しているようにも見える。

 608年を境に増え始めた赤い印はフェルメールからの襲撃の証。616年以降、ディスガイアへの襲撃はほぼフェルメールによるものだけ。他の三国からの襲撃は異国人が絡んだ民間事件に留まっている。


「608年、ユベラ養護院襲撃事件。これを機に増えてる」

「どういうわけか、ね。ちなみに魔法学校周辺で起きてる事件とユベラ養護院襲撃事件はどっちもあの二人絡みよ。話を聞いた今なら断言できる。ユベラの方なんて唯一まともに目撃した人がカイルだもの」

「……第一王子絡み?」

「おそらく、608年からの襲撃は第一王子を狙ったものだと思うわ。616年からさらに襲撃が増えてるのが不思議なんだけどね」


 不思議だと告げるミントにライムは首を傾げる。なぜミントが不思議がるのかわからない、そう言いたげだ。


「……敵がフェルメールなら、フェルメールの慣習とか調べるべき。向こうは、ディスガイアに合わせて動くわけじゃない」

「そっか。そうよね。フェルメール人だもの、フェルメールの慣習で動くわよね。当たり前のことが抜けてたわ。ありがとう、ライム」

「別に。私にはこれくらいしか出来ないだけ」


 黒いフードに顔が隠されているため、ライムの表情はわかりにくい。淡い赤色の瞳がミントから視線を逸らした。その指先が地図の上、ユベラ養護院を示している。


「フェルメールに関する本、探す?」

「お願い」

「りょーかい。ライムが頼むなんて珍しいな。ところでそういう本ってどこの本棚にあるんだ?」

「異国文化」

「サンキュー、ライム。ってわけで俺、ちょっと本集めてくる。スペース作っといてー」


 ミントとライムの話を聞いていたのだろう。ツキヤが軽やかな足取りで本を探しに旅立った。普通に歩けばいいのになぜかスキップして資料館内を移動する。そのくせ、ふわりと着地するためか音はそこまで目立たない。そんなツキヤの様子に思わずミントとライムは顔を見合わせる。


「あの二人は最前線として、ツキヤとアンヤはちょっと特殊ね」

「アンヤは弓矢で遠距離、ツキヤは小鎌で近距離。なのに、二人はどんなに離れていても魔法を発動する」

「ツキヤ、ああ見えて安定してるのよね。どんな時も決まってアンヤの足元に魔法陣を発動するし、アンヤもその魔法陣の意図を汲み取って正確に構築する」

「……私なら、アンヤを隠して奇襲に使う」

「そのためにも、まずは狙いを突き止めないと。魔法の届く距離には限界があるから」


 魔法は同じ真名を持つデュオが揃わないと発動しない。青い目が魔法陣を発動、赤い目が魔法陣に触れて魔法を構築する。この魔法陣や魔法を発動出来る距離や数、魔法が届く範囲や威力には個人差がある。

 クラウンとカイルは魔力の量が多く、同時に複数の魔法を発動することが出来る。一方ツキヤとアンヤは二人ほど魔力を持たないが軍人としては多い方で、広範囲に魔法を発動することを得意とする。ミントとライムはというと魔力が少なく、一つしか発動出来ない上に威力も距離もそれほどない。


「私、軍を辞めたかったの。お姉ちゃんの待つユベラに戻りたかった。死ねば帰れると思ったのに、前線に出ても死ぬ勇気すらなかった」

「……私も。私には、帰る場所もない。死ぬまで軍にいるしかない」


 前線で死の機会を得た時、ミントは生きることを選んだ。ライムの声を聞いて必死に武器メイスを振るった。どうせ帰るなら生きて帰りたい。それだけがミントを突き動かした。


「今ここで頑張れば、国が変わる気がする。彼は、そういう人なの」

「知ってる。昔は頑張るとこが嫌いだった。後がないから、あんなに必死だったんだと、今は思う」

「クラウンとカイルは強いように見えてもろい。ツキヤは明るく見えるけどその分闇も濃い。アンヤは調べ物というより、状況判断に長けている。私は、頭脳しか取り柄がない」

「何が言いたいの?」

「敵はフェルメールの慣習で動く」

「うん」

「そんな当たり前のことを思い出させてくれるのは、ライムしかいないわ。あの四人は夢中になればなるほど当たり前が頭から抜ける。私も、情報が増えれば増えるほど当たり前のことが見えなくなる。だから、ライムの発言が必要なのよ」


 ミントの手がライムの被っていたフードを脱がせる。あらわになる、鮮やかなピンク色のおかっぱ頭とライムの素顔。淡い赤色の瞳を大きく見開いたライムは慌てて頭に手をやる。そんなライムの様子をミントは静かに見守っていた。


「自分で話す?」


 毛先を引っ張ると髪の塊が取れ、ジン少佐顔負けの毛のない頭があらわになる。頭頂部にはカイルや捕虜に刻まれたのと同じ入れ墨があった。けれどもそのフェルメール語の文字列にはカイルの物と違い、横線が入っている。文字列の上に走る横線は失敗作の証。

 おかっぱ頭はウィッグによるもの。ウィッグで刻印を隠し、さらにその上からフードを被ることで自分を守ってきた。刻印はあまり見せたいものではないらしく、すぐにウィッグを被り直す。


「怖い」

「カイルも――」

「カイルは成功した! 私は、私は……失敗して、所属国のディスガイアに捨てられた。残されたのは、私の髪で作られたウィッグだけ。髪は一度も生えてこない。多分、カイルが話してた呪詛によるもの」

「そうね」

「情報を提供出来るほどフェルメールを知らない。被験体を名乗れるほど強くもない。フェルメール語もわからない。非力な私が話したところで……」

「クラウン馬鹿と二人だけの世界全開にしてる双子、そして自分の目的しか見えていない足のない男。少なくとも、差別はしないと思う。むしろライムのそれも、あの二人が求めて止まない情報なんじゃないかしら」


 ミントを見上げるライムの目は潤んでいる。けれども遠くから足音が聞こえた途端、フードを深く被って何事もないかのようにテーブルの上を片付け始める。まだミント以外には見せられないライムの正体。ミントは胸がザワつくのを感じた。

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