30 知りたくなかった真実①

 ディスガイア北部に位置する町アムロ。この町にはジン少佐率いる北軍が暮らしている。北軍が所有する捕虜達もまた、この町に収容されている。


 捕虜達がいる収容所。その面会室で、彼は手錠と足枷で自由を拘束されているというのに嬉しそうに笑っていた。黒髪に黒い瞳、見た目から察するにディスガイア人に間違いない。

 着ているのは青一色の囚人服。左腕のみ袖が捲られ、肩から先の皮膚が見えるようになっている。あらわになった左二の腕には刻印が入っていた。クラウンとカイルが知っている、フェルメールの音節文字と数字を組み合わせたあの入れ墨だ。


「何が楽しい?」

「ここは安全だ。それだけで嬉しい」


 囚人を前にカイルが話し出したのはフェルメール語。面会時に人数が制限されたため、カイル、クラウン、アンヤの三人のみが面会室に入ることとなった。会話はカイル、通訳はクラウン、記録はアンヤ。

 ツキヤ、ミント、ライムの三人は資料館で調べ物をしている。面会が終わり次第資料館で合流する予定だ。面会の都合でこういう分け方になった。


 面会室では囚人と面会人の間に鉄格子を挟む。囚人側には監視員がおり、内容を記録している。囚人が暴れたり変な動きを見せれば監視員が面会を中止を決定する。五人しかいない空間で、真っ先に切札を見せたのはカイルだった。

 右目を覆う眼帯を外し、目の隈を鉄格子の隙間へと近付ける。わかりやすく刻印のある場所を指で示した。カイルの皮膚に押された刻印に囚人の顔が青ざめる。


「俺は十年以上前に脱走した。あそこを逃げ出すのは簡単じゃない。どうやって逃げ出した?」

「……実験が中止になった。聖地奪還のために、俺達が前線に行けと。そのために城で指示を待てと」

「聖地、奪還」

「城へ運ばれてる途中で馬車から飛び降りて逃げたんだ。俺は、ディスガイアに帰りたかったから。ディスガイアを攻撃したくないから」


 囚人の言葉を聞いて額にシワが寄る。カイルは震える声で問いかけた。


「お前は連れてこられた?」

「十二歳の時。両親を殺され、俺だけが。だから――三年前」

「そりゃ覚えてるわけか。俺は二歳だか三歳だか、そんくらいの時だった。ディスガイア語は?」

「話し方を忘れた。聞き取れるんだけどな。皆同じくらいの年だったよ」

「あいつら、対象年齢を上げて実験してたのか!」


 囚人の話が正しければ、ある程度他国で育った子供がフェルメールに連れてこられ、呪詛を与えられたことになる。そうまでして続けていた実験を聖地奪還のために中止。アンヤとカイルが危惧していたことが現実に起きようとしている。


「フェルメールの言う聖地はどこだ?」


 カイルに代わって問うはクラウン。答えること自体は難しくないはずなのに、囚人は黙ったまま首を左右に振る。言えない理由があるのか、言いたくないのか。わかりかねたクラウンの青い瞳が囚人を睨みつける。


「信じてもらえないだろうけど、知らない。聖地の場所は知らない。かつての聖地が今はディスガイアの重要都市になってる、としか。教えてくれなかったんだ」

「捨て駒に教える情報はない、ということか」

「あとは、ディスガイアの第一王子を殺すために優秀な実験体が起用されてるってことしか……」

「その話、詳しく頼む」


 囚人は決して情報を話さなかったわけではない。ディスガイア語で何を聞いてもフェルメール語で返してくる。フェルメール語を自在に扱える者は限られており、北軍だとカイルとクラウンくらいしかいない。

 それ故に今回の面会の許可が下りた。監視員が内容を記録することを条件として、カイル達のやり方で情報を聞き出す。もちろん、監視員が記録するのはクラウンとカイルが通訳したものとなる。


「ごめん、頭がごちゃごちゃしてきた。カイル、どういうことなの?」

「争い激化の理由は聖地奪還。てことは、その聖地を突き止めてフェルメールから守らなきゃならない。ついでに、第一王子を殺すためにも人員が割かれている。てことは、それなりの階級の奴が何らかの意図をもって、聖地奪還と第一王子暗殺を行おうとしてるってわけだ」

「えーと……」

「急に聖地奪還を始めた理由はわからない。でも、少なくともディスガイアを狙ってるのは間違いないと思う。聖地奪還と第一王子暗殺の主犯は同じ奴か、第一王子暗殺の主犯の方が立場が上。じゃなきゃ人員を割かないだろ、普通」


 争いの増え方から考えて、聖地奪還はここ数年で始まったことだろう。けれども第一王子暗殺はもっと前、それこそ第四王子が生まれた頃から始まっている。どちらも目的がディスガイアだとすれば、意味があるはずだ。

 第四王子が王になることにフェルメール側の利点がある。ならば無理に聖地奪還を試みて両国の関係を悪化させず、その機を待てばいい。ここ数年でディスガイア侵略を急がなければならない理由が出来たと考えるのが自然だ。


「第一王子の件、知ってる事すべて教えてもらおうか」

「言われなくても話す。君はフェルメール語で話しても理解できるんだろう?」

「ああ。過去の軍人はだめだったのか?」

「話したけど用語がほとんど通じなくて、第一王子が危険としか伝えられなかった」

「通訳も俺がやろう。話してくれ」


 カイルの言葉を聞くと囚人は深呼吸を一つ。ゆっくりと息を吸うと言葉を紡ぎ出す。


「第一王子はフェルメールの機密を盗んだまま身をくらました。機密を取り返した者は実験から開放する。初めは、それだけだった。これまでに出向いた実験体は三十三人。そのうち、帰ってきたのは一人だけ。残りは殺されたとされてる。何者かが実験体の存在に気付き、妨害したらしい。帰ってきた一人は他の実験体にこう言い残した。『俺達は何と戦わされているんだろうな?』」

「だそうだぞ? あの手の者が三十三人もいたのは初耳だ」

「いちいち数えていたらキリがない。俺はただ、任務をこなしただけだ」

「僕は一人しか知らないんだが?」

「一人は城から移動する時。残りの三十一人は在学中のことで、学校側の警備と一緒にしたことだ。わざわざ伝える必要もないかと思って、話さなかった」


 第一王子の名前や見た目を知らないらしい囚人は、実験体から彼を守った人物のことも曖昧にしか知らない。その話題となる人物二人は目の前にいるというのに、そのことにも気付かずに情報を話す。


「あまりにも実験体が死んだから、第一王子の方には人をあまり割かなくしたらしい。今は生き残った一人とそのデュオしか任務についてない」

「その程度の機密なんだな」

「ディスガイアに協力者がいて、その人と別の計画を進めることにしたらしい。断片的にしか聞かされてないけど」

「どんな内容だ?」

「聖地奪還に乗じて王を殺し、ディスガイア内で革命を起こす。奪還後は協力者を飼い殺しにする。王さえ殺してしまえば第一王子の握る情報は関係ないらしい。具体的にどう動くかは知らない」


 ディスガイアの第一王子が握るは第四王子の秘密だけ。その真相がわかるまで、王は第四王子に王位を継がせることをしない。けれども次期国王を指名した王が死んだとなれば話が大きく変わってくる。

 王位継承権を持つ者の中から選ばれる次期国王。通常であれば、王となるためには現国王に強さを示すことが必要だ。しかし国王が死ぬと、次期国王は国王の遺言 乃至ないし遺書によって決まる。王に近い者ならば遺書を偽装することは不可能ではない。


「……ディスガイアを乗っ取るのが目的か」


 クラウンの言葉が静かな面会室でやけにはっきりと響いた。

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