34 青き瞳に映る過去②
物心がついた時から足が無かった。車椅子で日常を過ごすのが当たり前で、それをおかしいと思ったことはない。周囲の視線を気にすることも健常者を羨むこともある。けれども足が無いことに疑問を抱いたことはなかった。
他の人にあるものが無い。デュオのカイルは右目を失い左腕も動かせない。ならば欠けた者同士で頑張るしかない。車椅子で出来る事は限られる。だからこそ、出来る事は全てやってきた。
物心がついた時には立ち位置を理解し、自らの強さを示すべく異国語をいくつも習得した。デュオとなる者に出会い、戦地で名を上げることを望んだ。車椅子を言い訳にしないように、その操作を練習した。
「どうして陛下はこの子を残すのかしら。この子はいないことにされるはずだったのに。いっそ、いなくなればよかったのに」
車椅子のクラウンを想ってあてがわれた第一王子の部屋。一心不乱に本を読み漁る我が子を前に、王妃はいつだってそう嘆いた。聞こえないフリをしたのは、王妃からただならぬ雰囲気を感じたから。
生まれつき足がない自分が悪い。そう何度も自分を責めた。
足が無いから王妃に嫌われる。足があれば、足が無くても認められるだけの力があれば、城にいられる。そう思って生きてきた。それなのに――。
『……クラウンの両足は生まれつきじゃない。生まれてすぐに切り落とされたんだ』
頭に過ぎる、第二王子ルイの言葉。初めて聞いた時は信じられなかった。王位を目指すルイの戯言だと思った。いや、そう思い込みたかっただけかもしれない。
生まれたばかりの赤子の足を切り落として何になるのだろう。歩けない王族とそれを生んだと
(落ち込んでいる時間はない。そうわかってる。でも、駄目なんだ。僕はどうして生まれながらに足を奪われ、今こうして命を狙われている? 僕は何のために生まれた?)
冷静に考えようにも余計な思考が邪魔をする。自身にされたことを思うと体が震えてしまう。王妃の考えに近付こうとすればするほど、体の奥の方が冷えていくのを感じる。
王妃に必要とされなかった。いなくなることを、王族として扱われないことを望まれた。王妃に必要だったのは第四王子であってクラウンではない。そしてその理由は、クラウンの足ではなかった。
『第一王子と言えば、知ってる?』
捕虜はフェルメールの刻印持ちが第一王子を狙っている話を終えると突然そう切り出した。何を言いたいのかわからず黙り込むクラウン達三人に、捕虜が話の続きを語り出す。
『第一王子、両足が無いんだよ。生まれた時に王妃に切り落とされたんだって話だ。車椅子がなきゃ広範囲の移動は出来ないって話だけど、機密を保持したまま十年以上も逃げ続けるってすごいよな』
彼は何も知らないのだ。その第一王子がクラウンだとも、両足が無い理由を知らないことも。今まさに目の前で話を聞いているのが話題の第一王子だというのに、その可能性は微塵にも浮かばず、知っている情報をフェルメール語でペラペラと話してしまう。捕虜に罪はない。
『その話、どこで?』
『どこって王子だよ。実験の様子を見に来た王子が話してくれたんだ。第一王子の両足はディスガイアの王妃自らが切り落とし、肉料理として王子に振る舞ってくれたんだとか。どの肉料理より美味しかったそうだ』
王妃とフェルメールが繋がった瞬間であり、クラウンの両足の所在が明らかになった瞬間でもある。捕虜とカイルがそれほど動じていないのは、フェルメールにはそういう文化があるからだろう。少なくともディスガイアで生まれ育ったクラウンとアンヤには少々刺激的な話だった。
王妃の考えを推測することは困難を極める。けれども生まれた直後に足があったということは、クラウンが捨てられた理由は足以外だろう。しかも切り落とした足は捨てずに……。
「大丈夫か?」
車椅子の上で考え込むクラウンの視界に映り込んだ黒髪隻眼の青年。デュオにして護衛を担うカイル。捕虜の話が正しければ、カイルはクラウンの知らないところで三十人以上の被験体を殺してきた。全てはクラウンを守るためだけに。
初めて会った日、クラウンはカイルの右目と左腕を見て衝撃を受けた。城へ戻る道が閉ざされたように感じたのだ。それが誤解だったと知ってからは、良き相棒となった。鴉という組織に属していたというだけあって実力は申し分ない。
かつて絶望した眼帯姿は今、クラウンに安心感を与えてくれる。固い金属製の腕がクラウンの肩を抱き寄せた。金属特有の冷たさより、カイルの身体の暖かさがありがたい。今回ばかりは一人では立ち直れない。
「カイル、胸を貸せ」
掠れた声で告げると中腰になったカイルの胸元に顔を埋める。軍服の硬い生地の感触と勲章の硬い凹凸が痛い。布越しにカイルの鼓動が聞こえる気がした。カイルの右腕がクラウンの頭を優しく撫でる。たったそれだけのことなのに、じわりと視界が滲む。
「足がないからだと思ったんだ。あいつには足があって、僕には生まれつき足がない。だから捨てられたと思ってた。あの人は僕を捨て、あいつに全てを賭けたのだと。だから、足がない分頑張ろうとした。他で強さを示そうとした」
「知ってる」
「五カ国語を習得した。学校では上位の成績を収めた。戦地に出てからは最短コースで中尉に昇格した。今の任務をこなせば大尉になれるかもしれない。父上は僕に地位を残してくれた。僕を捨てたのは、あの人だけだ」
「そうだな」
「実力だって、並の兵に負ける気はしない。油断なんてお前の前以外ではしたことがない。そうでなきゃ、車椅子の身で今日まで生き延びてなんかいない。車椅子の身で昇格だって、この国では異例なことだ」
「そうだよな」
クラウンの声に嗚咽が混じり始める。カイルは相槌を打ち、クラウンの言葉を待っている。
「本当は足があったんだ。生まれた時には足があった。足を奪われなければ僕の人生は違ったものになっていたはずなんだ」
「そうかもな」
「なぜだ。僕に何が足りなかった、何がいけなかった。なんでどうして、生まれてすぐに足を奪われなきゃいけなかったんだ。どうすればあの人は僕を見てくれるんだ。僕は、一体どうして、なんのために……。だって、これじゃ、これじゃ僕は――」
その先はもう言葉にならなかった。感情に身を任せてカイルの胸を何度も叩く。嗚咽混じりの悲鳴を上げる。残されたじゃがいもの様な足をジタバタと動かしてみる。でもどんなに叫んでも暴れても、クラウンの心を解放させてはくれない。
カイルはじっとしたままクラウンの全てを受け止めた。クラウンの体を真正面から抱きしめた。余計な言葉を発することもなく、ただ静かにクラウンの声を拳をその身で受け止める。温もりを残す右腕がクラウンの頭を撫で続けている。
「僕は、どうして、生まれたんだろうな?」
嗚咽混じりに呟かれたクラウンの言葉にいつもの力強さはない。失われた両足の真相はクラウンの中の何かを壊してしまった。
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