24 青き軍師の忘れ物②
クラウンの手には銀色の鍵が掴まれている。けれどもその手が震えていた。クラウンは無言のままタイヤを動かし、机に向かう。
天板の上には小さな本棚が設けられている。天板の下には左側にキャスター付のサイドチェストが収められていた。サイドチェストに設けられた引き出しは三つ。そのうち鍵付きは下段の一番大きな引き出し一つだけ。
震える手で鍵穴に鍵を差込もうとする。けれども上手く入ってはくれなかった。何度も試してようやく鍵穴に鍵が入る。縦向きに鍵を差し込むと、まずは普通に引き出しを開けた。
下段の引き出しはサイドチェストの下半分を占領している。開けた引き出しの中は文房具で溢れていた。けれども下半分を占領しているにしては底が浅いように見える。クラウンもそれを承知しているらしく、すぐに引き出しに手を伸ばす。
まず、引き出しにしまってあるインク壺に手をかけた。インク壺を掴んで持ち上げると底板がくっついてくる。底板の下には二枚目の底板があり、二枚の底板の間には一枚の紙切れが入っている。
その紙切れを手にした途端、クラウンの顔色が変わった。紙には一行だけ文字が書かれている。書かれているのはこの国の言語であるディスガイア語。
「『返してもらいます』か」
引き出しは二重底構造になっていた。二重底に隠されていたメモを読み上げると、クラウンは小さくため息を吐く。忘れ物はこの二重底に残っていない。
「忘れ物、盗まれてた?」
「二重底に隠していた方の忘れ物は持ち去られていた。これ、犯人の文字だろうな。見覚えがあるだろう?」
「これは……王妃様の文字、だね」
ルイに進捗を問われると二重底に隠されていた紙切れを差し出した。年月に伴い紙が劣化しているが文字は読める。現在も王妃との接点があるルイは、その文字を王妃のものと断言。かつてのクラウンの部屋を荒したのは王妃で間違いない。
「じゃあ、もう――」
「二重底に隠していた方はダメだった。けど、まだ終わりじゃない」
ルイの口は「諦めるしかない?」と言っているが、肝心の声は出てこなかった。その言葉はクラウンの強い眼差しが止めてしまった。クラウンはまだ諦めていない。その手が開いていた引き出しを閉じる。
クラウンは大きく深呼吸をした。瞳を閉じて何やら呟くと、再び目を開き鍵を睨みつける。その手が鍵の持ち手部分を掴んだ。
「さっきの辞書を取ってくれ」
鍵が入っていたディスガイア語の辞書。それをじゃがいものような形をした足の上に乗せた。短い足を膝の代わりにし、辞書のページをめくっていく。その青い瞳はいくつかのページにつけられた印を追いかけていた。
辞書を読み、鍵を多回転形ダイヤルのように右に左に、少しだけ動かす。動かしては辞書を読み、また動かす。何度かそれを繰り返した後に鍵の持ち手を床と平行にした。
この状態で再び引き出しを開けると、先程までとは違う第三の空間が現れる。空間の中には丸められた羊皮紙が一つ入っていた。クラウンは羊皮紙の中身を確認すると柔らかく微笑む。
「こっちは無事だな」
「驚いた。二重底に加えて仕掛け引き出しか」
「いざという時に備えて用意してもらっていた。辞書がヒントになっているんだ。下段の引き出しそのものが二重になっていて、その上側にはさらに二重底を仕込んである。犯人は上側しか開けられなかったようだな」
犯人がクラウンの忘れ物に気付いているか、気付いていないが念のために部屋を漁っているのか、その真相はわからない。だが、犯人が十年以上も探し続ける程に重要な物をクラウンは手にしているようだ。
養護院に移ってからも殺されかけた。クラウンの命を狙ったところから、口封じの意味合いが強いと考えられる。クラウンが何かを持ち出したと知っているなら、まずそれを盗もうとするはずだからだ。
クラウンは羊皮紙を広げ、ルイに渡す。文面は半分がフェルメール語、半分がディスガイア語になっていた。ルイにはディスガイア語の方しか読めない。
一見すると何の変哲もないただの羊皮紙だ。だが大事なのは羊皮紙に記されている文字である。クラウンの手から羊皮紙を受け取ったルイは急いでその中身を読み、言葉を失った。
「これ、フェルメール語とディスガイア語で同じことが書いてあるんだ」
「嘘、でしょ?」
「見ての通り本物だ。フェルメール特有の割印まで押してある。あちらの公式書類だな」
「だって、この内容が本当なら……」
「言っただろう? 『幼い子供の言葉が戯言ではないと証明する程度には重要だ』と」
割印は隣国フェルメールの文化。ニつ以上の文書に印をまたがるように押すことによって、文書の関連性を示すという。この羊皮紙は、フェルメールにある何かの書類に関連しているのだろう。
その羊皮紙に書かれていたのは第四王子の秘密に関することだった。その内容はディスガイアにおける王位継承権に影響する。この内容が明らかになれば、第四王子はもうその身分を名乗ることが許されなくなる。その親である王妃も同罪だ。
王を騙した罪は大きい。王妃とてそのリスクは承知しているであろう。そこまでして彼女は何を手に入れたかったのだろう。真相はまだ闇の中。
「もう一個の書類は?」
「似たようなものだ。これと同じように割印が押されている書類。まああれは無くても差し支えない」
「いいの?」
「もちろんあった方がいい。が、これさえ手に入れば、今無理にリスクを犯す必要はない。あの人に見つかるわけにはいかないからな」
自分で言ってからハッとした。この部屋のプレートに埃は積もっていなかった。部屋の中もそう。散らかった本や枕は片付いていないのに、埃はない。使用人が掃除するとしたら散らばった本などを片付けるのではないだろうか。
襲われたのは養護院にいた一度だけ。魔法学校や英雄専門学校の寮にいる間は手を出せず、卒業した時にはすでにフェルメールとの争いが激化していた。襲撃出来なくなったからこの部屋を探しているのだとしたら、今もまだこの部屋で何かを探しているのだとしたら、留まるのは危険だ。
この部屋にメモを残した王妃は今もこの城に住んでいる。となれば城内で会う可能性はゼロではない。両足のない車椅子に乗った軍人など限られている。この部屋の近くにいるのを見られれば間違いなく、クラウンの正体がバレるだろう。
今見つかるわけにはいかない。クラウンはすぐさま車椅子を動かして入口から離れた。入口の真正面に位置する本棚に近付くとその側板に手をかけた。
「急いで戻る――」
クラウンがルイに声をかけた時だ。今は使われていないはずの部屋を外からノックする音がした。ルイとクラウンがとっさに顔を見合わせる。二人の背筋に冷たいものが走った。
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