22 希望の花開く時③

 カイルが王と話している頃のこと。クラウンは待合室ではなく城の二階にいた。六輪車椅子を動かすのは、城で出会った青年ルイである。

 一階と同じように丁寧に磨かれたフローリングの床。壁には一定間隔毎に同じ絵画が飾られている。壁紙の模様も一階とは違うものの、どこに行っても同じ。一階と同様に気を付けないと迷ってしまいそうだ。


 ルイの力を借りて階段を上り切ると、二人は大きく息を吐いた。車椅子に乗るクラウンが階段を上るには誰かに車椅子ごと運んでもらう必要がある。車椅子を降りて歩ける距離は僅かなうえ、多くの段差を上ることは難しい。

 二階から上は王族や客人向けの部屋となっている。薄っすらとなら覚えているのに、かつてこの空間を見たかと問われると自信はない。ルイの方を向くと漆黒の瞳がクラウンを見つめ返した。


「これでよかったのか?」


 気まずい空気に耐えかねてようやく絞り出した言葉は敬語ではなくタメ語。口に出してから後悔するももう遅い。ルイはタメ語で話したクラウンを責めようとしない。


「上官の許可を得たから問題ないでしょ。あとは、父上への定期報告が済むまでに探せばいい」

「そこじゃない」

「第二王子が指名すれば、少佐に断る権利はない。戻ってもお咎めはないはず。僕との関係は聞かれるかもしれないけれど」

「そこじゃない」


 実はクラウンとルイの二人は廊下で出会ってすぐに二階に来たわけではかった。二階へ移動する前に待合室に寄り、ジン少佐に許可を得た。その理由が「ルイ王子の用事にクラウンを付き添わせたい」というもの。

 ルイがわざわざ初見であるはずのクラウンを指名する必要はない。城内に関することなら使用人の方がよっぽど詳しい。追及しようと思えばいくらでも出来る。けれどジン少佐は何も聞かず、ただ「気をつけろ」と一言告げたのみ。


「タメ語で構わないよ? ここには僕と君しかいないんだ。建前の敬語は要らない。本来の立場は君の方が上だし」

「そこじゃない」

「じゃあなに?」

「よく手を貸す気になったな。王位という意味では一応敵だろう? それとも、僕は敵とすら認められないのか?」

「ああ、そんなことか」


 ルイは車椅子を動かす手を止めた。そしてクラウンの真正面に移動するとしゃがんで目線を合わせる。漆黒の瞳が瞬きすらせずにクラウンを見つめている。

 頬の辺りまで伸びた金髪はよく手入れがされているらしく、しっとりとまとまったツヤのある髪だ。その顔つきはどことなくクラウンに似ている。その顔立ちと身なりが意図せずともクラウンを苦しめる。


 敵か否かの問いかけを「そんなこと」と一蹴する。ルイにとっては気にするほどではないことでも、クラウンにとっては大きな問題だ。

 一時的とはいえ車椅子の持ち手を、背中を預けている。ただでさえ色々と危険の多いガラン城だ。気にかけることを増やして注意力を散漫にしたくない。なにより第二王子という身分でありながら第一王子に協力的なことが引っかかる。


「僕は君が羨ましいんだ」

「羨ましい? よく言う。僕へのあてつけか?」


 ルイの口から紡がれたのは聞き捨てならない単語であった。ディスガイアでは身体欠損者は弱者とされる。戦場で生き残れないと考えられるからだ。クラウンはそんな前提を覆して二年になる。


 いくつもの戦地へ赴いた。戦地では一般人にも軍人にも死人が出た。破壊された町で出来るのは残党を殺し、国民を避難所へ連れて行くことだけ。

 いつだってクラウンはカイルと共に前線で戦った。銃で身体能力を補い、複数の銃を所持することで装填時間を短縮し、魔法陣を効率的に発動し、その背中をカイルに托して、成果を上げてきた。

 今では車椅子だからとクラウンを戦力外とみなす者はいない。けれども生まれた時は違った。足がない事実を隠すように部屋に閉じ込められ、有事の際にはバルコニーの手すりで下半身を隠して登場した。


 そんなクラウンを羨ましいだなんてどの口が言うのだろう。クラウンからすれば五体満足なルイの方がよっぽど羨ましい。


「本当だよ。僕は君が羨ましい。英雄候補の青い瞳がある。四歳にして複数の言語を話せた」

「この通り、身体能力には恵まれないがな。短い距離しか歩けない」


 確かにルイは黒い瞳を持ち、どんなに足掻いても英雄にはなれない。英雄候補と呼ばれるのは赤い瞳と青い瞳の者だけ。けれども黒い瞳は英雄になれない代わりに、それ以外の何にでもなれる。


「それでも、羨ましい。僕には何も無いから。もう、王位継承は諦めてるよ」

「羨ましい? 羨ましがられるのようなことじゃない」


 青い瞳がジッとルイの顔を睨みつける。シャツの襟を掴んでみるが、ルイに抵抗する様子はない。クラウンはすぐさま手を離して舌打ちをする。


「生まれた時には見た目を理由に失望された。ここで生き残るには、必死に出来ることをやるしかなかった。その結果が今だ。もう権利すらないだろうがな」

「そんな君だから、羨ましいんだ。その心の強さは武器になる。それに、まだ君に権利は残ってる」

「追い出されたのに、か?」

「権利を残すから療養中なんだ。だから、君の今の名前は王冠クラウンなんていう皮肉な名前なんだ」


 ルイの言うことが確かなら、クラウンにはまだ王位継承権が残っていることになる。養護院に預けられた際に権利を失ったと思っていたクラウンにとってはまさに寝耳に水。

 いつか城に戻りたい。その一心で、英雄になることを望んだ。自分を棄てた人を見返すために名を上げることを願った。けれど、王冠を手にする可能性が残っているのなら、夢は変わってくる。

 今、クラウンに新たな道が示された。名を上げて城に勤めるか、名を上げてこの国の王を目指すか。当然、クラウンが選び取るのは――王冠クラウンを手にする道。強い光を宿した青い瞳に、ルイの口元が緩む。


「そういうところが羨ましいんだ。魔法学校で見かけた時から君は、諦めることを知らない」

「諦めて何になる? 僕達はただ前を向いて、今出来ることを進めるだけだ」

「確かに、諦めたらそこで終わりだからね」


 クラウンの迷いない口調に思わず肩をすくめる。自分が情けなく思えた。けれど今さら王位を目指したところで、クラウンには及ばない。ルイに出来ることはただ一つ。


「ところで、場所はここでいいの?」

「わかったら苦労しない。僕が暮らしていた部屋なのは間違いないんだが」

「その部屋ならまだ残ってる。この階だ。案内するよ」

「助かる」


 ルイの手が再び車椅子の持ち手を握る。今出来るのはクラウンを助けることだけ。金属タイヤの回る音が足音を打ち消す。クラウンの青い瞳はすでに未来を見据えていた。

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