21 希望の花開く時②
首都メマリーの中央で異彩な存在感を放つガラン城。王の間はその最上階にあった。ツヤツヤに磨かれた大理石の床。部屋の最奥には王のための玉座が置かれている。王は玉座の上から来客を見下ろす。
頭上に載せられた王冠が照明で輝いていた。齢五十にしてその人生の半分を国王として過ごしている国王。金色の短髪に青い瞳、髪の長さこそ違えどその見た目はどこかクラウンに似ている。
王を前にひざまずく青年が一人。肩ほどまで伸びた黒髪は、アシンメトリーな前髪で右目を上手く隠している。青年は俯いたままで王の言葉を待っていた。
「君がここに来るなんて珍しい。何かあった?」
それは穏やかで優しい声音だった。親が子に話しかけるのと似ている。青年に向けられた眼差しは優しく温もりの感じられるもの。王の声に青年が顔を上げる。
紺色の軍服に身を包んだ青年。軍服から飛び出した左腕は鈍色、金属で造られた戦闘用義手である。赤い左目が王の姿を捉える。その口元は笑っていなかった。
「あいつはまだ王位継承者ですか?」
「もちろん。でなければあんな偽名、付けさせないって。あの偽名が何を意味するか、わかるでしょ?」
「でもあいつは――」
「『誤解してる』でしょ? いいんだよ、それで。必要なことは全部君が知っていればいい。誤解について君は何も気にしなくていいんだ、カイル」
奇しくも王の口から紡がれたのは養護院で付けられたのと同じ、「カイル」という青年の名前。王の前でひざまずいているのはクラウンのデュオ、カイル中尉であった。
「まさか本名と同じ名前を付けられるなんてね。ま、これも運命、か」
「そうですね。……あの日、俺は何者かに襲撃され、養護院の近くで意識を失いました。偶然通りがかった方が俺を教会に運び、どうにか生き延びました。皮肉にも名前の由来も同じです」
「もしかしてだけど、その左腕は……」
「あの日の戦いで左腕を全く動かせなくなりました。肩から全く動かせず、最終的には、つい最近ではありますが、このような魔力可動式義手を用いることになりました。報告が遅れ申し訳ありません」
左腕が金属製であることを隠さなくなったのはつい最近の話。ようやく手首を少し動かせるようになったものの、指先の方はまだ万全とはいかない。そのため、仕込み剣も肘から変更なし。
カイルは養護院に運ばれた時のことを報告していなかったらしい。予期せぬ報告に国王の表情が険しくなる。
「どうして報告しなかったの?」
「敵が敵だから、です。敵の正体と目的に確証が持てるまで報告するわけにはいきませんでした。内容が内容であるため、書面での報告も避けました」
「ということは、何か掴めたの?」
「はい。敵の詳細は北軍の定期報告にてお伝えします。先にお伝えしたいのはその正体の一部と目的について」
そこまで話すと、カイルは右目を覆っていた黒い眼帯を外した。板状の義眼を外し、現れた空洞に指を入れる。
眼窩に残された、球形の容器を模した義眼台。空洞となっている内部にはいくつか物を隠している。カイルが外した板状の義眼は容器にはめ込む蓋の役割をはたしていた。眼窩から取り出した紙を王に託し、カイルは再び義眼をはめる。
「あの日俺を襲ったのも、十年前に養護院を襲撃したのも、レルベアで目撃されたものと同じです。俺と同じ入れ墨を持つ、フェルメールの被験体」
「同一人物?」
「別人です。目の色、顔つき、髪色、全て違いました。入れ墨の番号も違います。ですが、俺が交戦した相手の目的はどれも同じ」
「その目的は?」
「……クラウン」
カイルの言葉に一瞬場が凍りついた。青い瞳が紙からカイルへと視線を移す。カイルは表情を崩すことなく国王を見つめている。
クラウンは第一王子である。生まれつき足がないことを隠されて第一王子として過ごし、養護院に移されてからは偽名を使って今日まで生きてきた。クラウンの存在は王族の最重要機密とも言える。
そんなクラウンの存在を知り、クラウンの預けられた養護院に襲撃を仕掛ける。こんなことが出来る人物は限られる。加えてクラウンを狙うに十分な理由を持つ人物など、カイルは一人しか知らない。
「あの日襲ってきた奴は俺からクラウンの情報を盗もうとしてました。十年前の養護院ではあいつを殺そうとしたけど……どういうわけか、俺と賭けをして負けて、あいつの代わりに院長を殺しました」
「そこまで執拗に狙うと言ったら……」
「ええ、今想像された通りです。あの方とフェルメールが、何らかの理由で手を組んでいるとしか思えません」
「もしそうなら、どうしてここ数年で活発になった?」
「そこはこれから調べます。ここからは俺の予想ですが、フェルメールとあの方の狙いは……第四王子に国を継がせることだと思います」
妙なのは十年近くも空白の期間があったこと。そしてここ数年でフェルメールからの襲撃が増えたこと。先日、クラウンも似たようなことを告げていた。
国王の瞳が揺れ動く。俯こうとすると王冠が落ちそうになった。王冠を維持するためにも、国王は真正面を向き、視線だけをカイルに向ける。その顔に笑みは無い。
「それは、フェルメールに人をやれってことかな?」
「はい」
「表向きは友好国。だけど、フェルメールによる国境侵略は後を絶たない。それどころかここ数年で増えてきた」
「駄目、ですかね?」
「派遣するとすれば僕の直属部隊『鴉』より数名、が限界かな。軍から人を派遣するっていうのは流石に厳しいと思う」
条件付きではあるものの肯定の意を示す言葉が国王の口から紡がれる。それはカイルが望み、また予想していた答え。自然とカイルの頬も緩む。
「フェルメールの現状を知るためにも、お願いします」
「ちなみに自信はどの程度ある?」
「……あいつの忘れ物次第、ですね」
「なら、派遣するには十分だね。いっそ、君達で直接行ってみるかい?」
「目的地は軍人がそう簡単に行ける場所ではありません。鴉が忍び込んでやるか、訪問と称して合法的に入ってからやるか。二択です」
国境で戦こそ起きているが表向きは友好国。となれば王族が友好国を訪問することは当たり前。しかし現在動ける王族は限られてくる。
「引き続き任務、よろしくね」
「はい」
「あの子は元気かい?」
「ええ。二人で日々、戦果を上げるべく奮闘しております。今年に入り、二人して中尉となりました」
「それを聞けて安心したよ」
国王の手が王の間の出口を示す。もう時間だ。これ以上長居することはできない。
「あの子をよろしく頼む」
「はい」
「君が味方でよかったよ」
「俺はクラウンの剣ですから」
「君らしい答えだ。さあ、戻りなさい。次会う時は」
「知らないフリをしましょう」
カイルは大きく深呼吸をした。王に一礼すると、速やかに王の間を出ていく。後ろを振り返ることはない。故にカイルは王の異変に気付かない。
国王は玉座にて泣いていた。声を殺し、静かに泣いていた。彼の想いが本当に伝えたい者に届くことはない。それでも――。
「生きていてよかった。城から出して正解だった」
十二年ぶりに知人から直接聞く息子の近況に涙せずにはいられない。一国の主も今、このひと時だけは父親としての顔を見せる。王冠だけが国王のもう一つの顔を見守っていた。
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