20 希望の花開く時①
ディスガイア国の首都メマリー。ここには王族の住まう城があり、城を中心として放射状に建物が並ぶ。城前の広場にはディスガイア建国の際に活躍したとされる英雄二人の像があった。
メマリーはディスガイア国の中央に位置する町。その中でも広大な敷地を誇る城、ガラン城は国の中心。ディスガイア国唯一ともいえるこの城は、ディスガイア国の象徴である。
敷地を囲うように造られた赤い城壁。一定間隔ごとに設置された城壁塔では見張りの兵が襲撃に備えている。王族を守るためということもあり、少しピリピリしている。
赤煉瓦で造られた城壁。その開口部に当たるアーチ門は頑丈な木製の扉で塞がれている。アーチ門をくぐり抜けて舗装された道を進めば、王の待つ城へとたどり着く。
クラウンとカイルは所属する北軍の定期報告のために、ジン少佐と共に城を訪れていた。しかしすぐに王の間に行くことは叶わない。三人が案内されたのは紅茶と菓子の並ぶテーブルだった。
「王はただ今、面会中です。面会が終わりましたら呼びに来ます。それまでこちらでお待ちください」
そこは城内に用意された待合室。湯気の立つ紅茶はたった今注がれたばかり。王とすぐに面会できないと知り、クラウンとカイルが顔を見合わせる。カイルとクラウンの右手が一瞬だけピースサインを示した。
ジン少佐が席につき、早速紅茶に手を付ける。けれどクラウンとカイルは紅茶に見向きもしない。事前に伝えていたのだろうか。ジン少佐は部下の勝手な行動を咎めようとも止めようともしなかった。
二人は迷うこともなく待合室の入口に立つ使用人の元へと歩を進める。最初に接触したのはクラウンだ。
「大変申し訳ないのだが、お手洗いをお借りできないだろうか?」
「扉を出ましてまずは右へ。二つ目の曲がり角を左へ曲がり、突き当りを右へ。その後道なりに進めばお手洗いがあります」
「ありがとうございます」
クラウンが待合室から出ていったのを確認すると、今度はカイルが使用人に近付く。軍服の懐から何かを取り出すとそれを使用人に見せつけ、その耳元に口を寄せた。
「『
カイルが使用人の眼前に突きつけたのは表面の塗装がところどころ剥げた懐中時計。上蓋を開いて文字盤を見せつける。けれどもその懐中時計の文字盤は特定の時間を示したまま、秒針の一つさえ動かない。
懐中時計を目にした使用人は一瞬にしてその顔から笑みを消した。懐中時計の蓋をそっと閉じると黒い瞳がゆっくりと二回瞬きをする。
「菓子が足りないけど手が離せない? ならば俺が取りに行こう」
「道はわかりますか?」
「大丈夫だ。さっき聞いた」
「すみません。三種類ありまして、二種は菓子で二階に、一種は茶葉でして厳重にしまってあります」
「いくつずつ持ってくればいい?」
「そうですね……茶葉は四杯分、菓子は三個ずつ、お願いします」
「承知した。では取ってくる」
懐中時計を懐にしまうと、カイルもまた待合室を出ていく。待合室に一人残されたジン少佐は水面に映る自身の顔と睨み合っていた。
一足早く外に出たクラウンは今、必死に車椅子のタイヤを回していた。だが向かう先はお手洗いではない。
クラウンが自力で車椅子ごと移動できる範囲は限られている。人の手を借りなければ階段を上ることも下ることも出来ない。案内された待合室は一階。故に、クラウンが調べられるのは一階だけ。
城は王族の住まう場所であり、国王が仕事を行う場所。かつてこの城にクラウンも住んでいた。と言ってもそれは十ニ年と少し前の話。第四王子が生まれて少しの間は城内を逃げ回り、六歳の誕生日を迎える前に養護院へ連れてこられた。
もう城の内部をほとんど覚えていない。どの階に何があるかも、かつてどこで暮らしていたのかも、王妃と国王の顔や声さえわからない。
(意外と忘れているんだな。今回ばかりは時の流れが憎い。いきなり忘れ物を探すのは流石に無謀だったか?)
丁寧に磨かれたフローリングの床。壁紙はどこを通っても同じ柄で、曲がった場所と方向をしっかり覚えておかないと迷ってしまう。敵を錯乱させるための構造がクラウンの邪魔をする。
(あれは本に挟んだ。その本をどこかの本棚にしまったんだ、あのノートと一緒に。あれは、何階だ? 僕は何階で暮らしていた?)
少しでも記憶を辿ろうと廊下を移動するも何も思い出せない。それどころか行き止まりに辿り着き、待合室への帰り方もわからない始末だ。
覚えているのは、かつて暮らしていた階のとある部屋に隠したこと。それは本に挟み、本棚に紛れ込ませたこと。そしてそれこそが危険を承知で城内を彷徨っている理由。
「おや、どうされました? お手洗いはこちらではありませんよ?」
突如、背後から声がした。慌てて振り返ると、今度は叫びそうになる。今にも喉から飛び出そうな声を必死に抑え込んだ。
彼は金髪に黒い瞳を持つ、クラウンとそう年の変わらない青年だった。目を引くのは彼の身につけている衣服。
ロイヤルブルーの生地に白い縁取りをしたジャケット、胸ポケットには王家の紋章を形どる金の刺繍。白いパンツとジャケットの下に着込んだ白シャツはシワ一つない。首元を彩るはネクタイではなく紺色のリボン。
一目見ればわかる。彼は使用人ではない。
「待合室に戻ろうとしたら道に迷ってしまい、こんなところまで来てしまいました」
「では待合室までご案内しましょうか?」
「そうしていただけると大変ありがたいですが、申し訳ないです」
「大丈夫です。向かうのは待合室でよろしいのですね?」
彼は車椅子の持ち手を握るとわざとらしく声をかける。
「そうだ、名乗るのを忘れていました。私は第二王子のルイ。英雄候補にもなれず、強さもない為有力候補にもなれず。魔法学校卒業後は国王の側近として働いております」
「クラウンと申します。階級は中尉――」
「嘘つき」
ルイと名乗った青年はクラウンの言葉を遮り、そう告げた。クラウンもその言葉が意味することに気付かない程愚かではない。頬が怖ばる、仮初めの笑顔が崩れていく。
「僕達黒い目には視えるんです、真名が。君の真名を知ってる人は限られるけれども」
真名は生まれた時に神から与えられた、相方とを繋ぐ名前。呼び名と違って変えることはできない。クラウンの真名は、一部の王族関係者にのみ知られている。
「久しぶりだね、ネイサン」
耳元で囁かれる昔の呼び名、城を出た時に捨てた名前。ルイに押され、車椅子が廊下を進んでいく。意思と関係なく視界が動く。喉元で息が詰まって苦しい。
「まあ、真名を見るには額に手をかざす必要があるんだけどね。……直接話すのは何年ぶりだろう。一瞬わからなかったよ」
「よく応じたな」
「鴉に鳴かれれば、ね。で、忘れ物はどれくらい信用できるんだい?」
「幼い子供の言葉が戯言ではないと証明する程度には重要だ」
「なるほどね」
二人の口元が緩やかな弧を描く。表向きは迷子の客人と第二王子。ルイの手がクラウンを目的地へと導いていく。
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