18 動き出す者達②
アムロの中心部には、ここを拠点とする軍人達が暮らす営舎がある。営舎、グラウンド、営舎を囲うように建てられた売店や資料館と言った施設達。アムロを構成するほとんどの建物が色彩をモノトーンで統一されている。
シャワー室、洗濯室などを完備した営舎は大きく二つに分けられる。一つは赤い瞳、青い瞳を持つデュオ専用の営舎。もう一つは黒い瞳を持つ者達専用の営舎。彼はデュオ専用の営舎に設けられた談話室の一つにいた。
外ハネの髪は夏の匂いを感じさせる若葉色。青い瞳はキョロキョロと談話室内を見回していて落ち着かない。褐色の肌と少し尖った耳を持つ彼の両腰には、愛用の武器である一対の小鎌が用意してある。
談話室と言ってもあるのはソファとテーブル、本棚くらいのもの。彩りを添えるためだけに置かれた観葉植物が使用者を出迎える。今、落ち着かない様子の彼が待つ談話室に人が入ろうとしていた。
「ツキヤ中尉、いる?」
落ち着いたアルトの声が彼の名を呼ぶ。ツキヤが入ってきた軍人に目を向けるとそこには、淡い青色の瞳を持つ女性軍人ミントがいた。冷たい眼差しがツキヤの体を的確に射抜く。
「急に呼び出すからじゃん? 誰かと思ったよ」
「まだ何も言ってないわよ」
「で、なんだよ。急に人のこと呼び出しといてさー。帰ったら部屋のドアに紙が挟んであったんだよ? 普通に怖くね?」
「この程度に恐怖を感じている時点でどうかと思うけど」
「戦場の恐怖とホラー的な恐怖は別物だろ? 俺、ホラー苦手なんだよ。アンヤは平気だけど俺は駄目なの」
「ひとまず、逃げなかったことは評価するわ」
ツキヤの手にはノートの切れ端が握られている。そこには「申から酉に刻移るとき、第三談話室へ」と大きく書かれ、その下には小さく細かな文字でツキヤをこの場へ来させるための文句が書かれている。
窓からはちょうど日の入りが始まった空が見える。オレンジ色と淡い青色のグラデーション。あと数時間もすれば夕食の時間である。
「カイルのことなんだけど」
「俺、頭使うことは苦手だよ? 調べ物ならアンヤに言ってー」
「そうね、確かに座学はアンヤ中尉の方が得意。けど、今回の件はアンヤ中尉じゃなくてツキヤ中尉が適任なの」
ミントの言葉にツキヤの青い目が一瞬見開かれた。さっきまで怖がっていたのが嘘のように口角が上がる。その瞳にもう恐れの色はない。
「何が聞きたいの?」
「カイルのこと」
「……その前にさー、階級付けて呼ぶのやめない? ミントさ、俺達と同期じゃん。タメじゃん。同期のこと聞くなら、堅っ苦しいの嫌なんだけどー」
「そうね。ねぇ、ツキヤ。カイル、帰ってきてから何か言ってた? 特に、義手のこと」
カイルはツキヤと同じ寮部屋で生活している。戦地でも同じパオで暮らすことが多く、先日のレルベアでも同じパオで日々を過ごしていた。そんなカイルの義手が壊れたのは記憶に新しい。
戻ってきた時、カイルは鈍色の義手を隠そうともしなかった。ハーネスは外れ、肘に剣を仕込んでいた。義手のタイプを変えるのは初めてのことである。
「戦闘用義手に変えたんだって。あ、魔力可動式義手だっけ」
「カイルってば、これまでずっと戦闘用義手って隠してたじゃない。普通の義手として振る舞って、手袋で金属製って隠してたくらいに徹底して隠してた」
「だね」
「一体どんな心変わりよ。何か聞いてる? ツキヤの目から見て、カイルは前と変わった?」
「なるほどな。確かにそれなら俺が適任だ。間違いない」
もう身構える必要はないと判断したのだろう。ツキヤはソファに深く腰掛けてミントのことを見つめた。笑っているはずなのにその笑顔が恐ろしく感じるのは、ツキヤの放つ殺気のせい。
「もう隠す必要が無くなったんだって」
「隠す必要がない?」
「詳しいことはクラウンしかわかってないっぽい。あと、カイルの雰囲気、なんか変わった気がする」
「雰囲気?」
「前はクラウンの為に戦ってる感じ。今は、自分の為に戦ってる感じ。レルベアで、変な捕虜捕まえてから、雰囲気変わった気がする」
「ドッグタグ代わりのとは違う入れ墨のやつね。そういえば私も、フェルメールからの襲撃者に入れ墨を持たない人がいるか聞かれたわね」
「これ、何かありそうだよねー。面白そうな匂いがする」
レルベアで捕まえた一人のディスガイア人。彼はディスガイア人ではあるもののディスガイア語は話せず、ディスガイア語で問われた質問に対してフェルメール語で答えたという。
この捕虜についてミントやツキヤ達軍人に知らされた情報は数えるほど。フェルメールが異国人を戦力としていること、このような例が今後増えるかもしれないこと、この二つだけ。奇妙な入れ墨のことは何一つ知らされていない。
「面白い話、してるのな」
それは突然のことだった。談話室の扉が開き、一人の軍人が姿を見せる。右目には黒い眼帯、左手は鈍色、腰には武器であるファルカタを身につけている。軍人としては異様なその姿は、今まさに話題にしていたカイル本人であった。
赤い眼がミント、ツキヤの顔を順に捉えて笑う。その右手にはツキヤが持っているのと似たような紙切れが一枚。誘われたのはツキヤだけではなかったようだ。
「悪いな。話し込んでたら遅れた」
「クラウン?」
「まあな。で、俺がどうしたって?」
「カイルの義手、変わったよねーって。というか最初からそっちにした方がよかったんじゃない? 指を動かす感覚取り戻すの大変でしょ!」
「クラウンにも似たようなこと言われたよ。敵討ちのための義手から、戦うための義手に変えただけなんだがな」
「敵討ち」という言葉にミントの体がピクリとはねる。前の義手は性能を落とし、普通の義手として振る舞うためのもの。普通の義手から武器が出てくるとは誰も想定していないため、奇襲を仕掛けやすい。
「で、俺とツキヤを呼んで何がしたいんだ?」
「あなたの義手について――」
「本命は違うだろ? この前呼ばれたことに関係があるのか?」
「カイルって座学は人並みのくせにこういうところは鋭いわよね」
「考察が嫌いなんだ。考えるのはクラウンの役目。俺はクラウンの剣となり、戦う。それだけだ」
ミントは小さくため息を吐き出した。胸の真ん中よりほんの少し左寄り、心臓のあるあたりを右手で数回叩くと口を開く。
「特殊部隊って聞いたことあるかしら?」
「ねぇな」
「ないかなー」
ミントの問いかけにカイルとツキヤの声が重なる。
「でしょうね。これから設置される新しい部隊なの」
「……報告か? 勧誘か?」
これから設置されるという特殊部隊。その存在を問われた意味を考えた時、カイルの答えは二つにまで絞られた。
「惜しいわね。カイルには命令、ツキヤには勧誘、が正解」
「え、俺が勧誘? で、カイルが命令? え、どゆこと?」
「落ち着け、ツキヤ。どうしてジン少佐ではなくお前が伝えに来る?」
カイルの疑問は最もである。部隊や配属先の変更、昇格や降格の連絡、というのは基本的に大隊長であるジン少佐が行う。直接伝えられなければ掲示にて伝えるのが常。少尉による口頭での連絡は前代未聞だ。
「私は、特殊部隊の頭脳になるよう頼まれた。その時点でカイルとクラウンの配属は決定してた」
「クラウンも、か」
クラウンの名を聞いてカイルは小さく頷いた。けれどもツキヤはまだ納得していないようで、首を傾げている。
「特殊部隊の目的を聞いて、頼んだの。カイルとクラウンに合わせられる最適なデュオが一組いるから、彼らを勧誘させてほしいって」
「なんで、俺達?」
「あなた達はこの大隊の中でもかなり身体能力が高い。双子なだけあってチームワークも完璧。それに……」
ミントはそこで一瞬口を閉ざした。少しの間考えてから再び口を開く。
「クラウン、カイルと同期でずっと相部屋だった。ツキヤは第六感に優れていて変化を敏感に察して反応する。アンヤは私やクラウンとは違う視点から物を考えることができる」
「それがどうかしたのー?」
「この特殊部隊の目的において。一番大切なのは、クラウンとカイルを戦力として見れる人であること。実力があるだけじゃ駄目。下手に二人を知らない人と組むより、魔法学校からの付き合いである私達と組む方が連携が取れるの」
青い瞳がカイルの左腕と右目を覆う眼帯を捉える。ミントの言葉が意味する事を誰よりもよく知っているから、カイルは何も言えない。口から出かけた言葉を飲み込むのが精一杯だった。
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